信者五号、暗殺者カラス改めミラ
ザンダード帝国に生きる伝説とも言われている暗殺者カラス、そのカラスという名は個人を指す名前ではなく、その事象自体を表す言葉でもあった。
魔力の低さと引き換えに、類い稀なる身体能力とどんな強者にさえ勘付かれることのない絶対的な隠形を得意とする存在――それがカラスである。
「平民のカナタ……簡単に終わりそうな仕事だな」
貴族でもなければ騎士でもなく、戦士でもなければ冒険者でもないただの平民を殺せとの依頼にカラスはそう思っていた。
依頼をしてきた貴族は王都でその平民に恥を欠かされたらしく、ただ恨みを晴らしたいがためにカラスに依頼をしてきたのだ。
「……まあ良い、この平民には運がなかったと諦めてもらおう。私はカラスとして仕事は忠実にこなす……まあ例外はあるがな」
王都の街並みを見下ろしながらカラスはそう呟き、建物の陰に飛び降りた。
そして、そこから出てきたのは黒衣に身を包んだ怪しげな暗殺者の姿ではなく、幼い顔立ちながらも女性としての美貌が完成に近づきつつある女の子だった。
「よし、情報収集から始めよう!」
カラス――その名は伝説の暗殺者を指す名前だが、まさかその暗殺者がこのような女の子だとは誰も思うまい。
ある意味でカラスとしての隠形はここから始まっていたとも言えるわけだ。
カラスとしての顔を隠した少女は城下町を中心にカナタの情報を集めたのだが、すぐに彼女の元に集まってきた。
「簡単に集まったなぁ……心苦しいけど依頼を受けた以上はやるしかない」
暗殺者として心が痛まないわけではない、だが仕事だからこそやらねばならない。
(私はカラスだ……暗殺の術を継承し、カラスとしてしか生きられない存在……カラス以外の何者でもない存在)
カラスは……彼女はそんなどっちつかずの自分が嫌いだった。
暗殺者として過ごすことには既に慣れており苦痛は感じないが、相手によっては心を押し殺してその手を血に染めたことも多くある。
それでもカラスは暗殺者としての仕事をずっと完遂してきた。
そんな彼女だったが、暗殺者としての自分もそうだし日々の煩わしさを忘れさせてくれる存在と出会った。
『よぉみんな! 今日もこの時間がやってきたぜぇ!!』
それこそがハイシンの声を聴くことだった。
暗殺者としての顔を持っていたとしても中身は年頃の少女であり、流行が気になるのも当然でそこから彼女はハイシンを追った。
そうしてハイシンを追う中でカラスは思ったことがあった。
少女はカラスとして本来の自分を隠し、ハイシンも本来の自分を隠しているそれは一つの共通点に思えて親近感も勝手に感じていたのだ。
『いやいや、俺は別にどっちに肩入れをするつもりもねえよ馬鹿野郎。ちゃんと最初から話を聞いて意見してくれよ、それじゃあ次にいくど~!!』
依頼が終わった後、或いは何もない時であってもカラスはハイシンの声を聴くのが日常の一部になり生き甲斐になっていった。
彼女自身まさかここまでハイシンにハマるとは思っておらず、何度か依頼の呼び出しをすっぽかしたこともあるほどにカラスはハイシンの虜になったのだ。
『えっと何々……職業には色々なモノが多くありますが、裏の世界には暗殺者なんて呼ばれている者も居ます。ハイシン様はいかがお考えでしょうか……またこいつは濃い質問がやって来たなぁ』
それは決してカラス自身が送ったお便りではなかったが、彼女が肩をビクッとさせるくらいには驚いたものだった。
暗殺者、それは利用したい者だけが依頼する存在でしかない。
故に恐れられ軽蔑され、そして誰にも心から求められることのない存在なのはカラスも理解している。
だからもしもハイシンに悪いように言われたらそれはそれでショックだが、普通の人間の感性なのでカラスは決して文句を言うつもりはない。
『暗殺者についてどう思うか……か。やっぱ怖いよなぁ』
怖い、当然だと彼女は力なく笑った。
しかし、やっぱり彼は彼でどこか不思議な感覚を持っている存在だった――ハイシンは更にこう言葉を続けた。
『でも個人的にはすっげえかっこいいって思うけどな。暗闇に紛れてターゲットの息の根を止める、アサシンってやつだろ?』
その言葉にカラスは目を丸くした。
コメントの方もそれはどうなんだという意見が多かったが、まあハイシンだからなというコメントですぐに埋め尽くされていく。
『暗殺者ってかっこよく言っても犯罪者に変わりはないわけだもんな。たぶん受け入れることは無理だし好意的に受け止めるってのも無理な話だろ。でも俺からすればまあそういう人も居るんだなって認識だ』
その言葉を最後に暗殺者の話題は終わったが、ずっとカラスはボーっとその後もハイシンの言葉を聴いて過ごしていた。
ハイシンが言った言葉は全てどちらかに肩入れするものではなく、あくまで自分が思ったことを口にしただけなのにカラスはその懐の深さに魅せられた――つまり、彼女はかなりチョロい女の子だったわけだ。
『私……ハイシン様のこと好きだなぁ。うん大好きだ』
あまりにもチョロすぎるガチ恋勢の爆誕だった。
さて、そんな風に簡単にカラスの過去を語ったが彼女が運命に出会う日はすぐそこまで来ていた。
「……ここがいつも過ごしている学生寮だね」
平民だからか、或いは城下町で色んな出店を利用しているかは分からないがカナタについての情報は簡単に集まりこうして住居まで特定も早かった。
決行は夜だと決め、それまでは害のないただの女として時間を潰す。
そして時間が過ぎて夜になり、カラスとしての衣装に身を包んで彼女は絶対の隠形を展開しながらカナタの部屋に忍び込んだ。
「許せカナタとやら、これもまた私の罪として永遠に刻まれる。永劫に渡って私を恨むが良い」
夕飯を済ませたカナタが戻ってきたことで、すぐに剣を手にその首を掻き切ろうとしたが……おやっとカラスは手を止めた。
(……ハイシン様じゃない?)
おかしい、何故かは分からないがカラスちゃんは気付いちゃった。
端末を通して声は若干変わっており、手元を映すことになったとしてもそう簡単に見破れるものでもない。
それでもカラスはカナタという少年を一目見て彼がハイシンだと気付いたのだ。
(……え? あれ? どういうことなの? 私、夢でも見てる?)
黒衣に身を包んで顔は見えないが、オロオロとしている姿が目に浮かぶようだ。
さて、どうしてカナタがハイシンであると一発で見抜けたか……それは単純にカラスの暗殺者としての観察眼と目の良さがハイシンの正体を見破ったのだ。
そして極めつけは気配そのものだ。
カラスは気配を消すことに長けており、同時に気配を感じ取ることにも人類最強クラスで長けている。
ハイシンが喋る時の息遣いなど諸々も、一瞬で彼がハイシンだと気付ける要因だったわけだ。
「あ~飯が美味かったぜぇ。この最高の気分のまま配信やってくか!!」
「っ!?!?!?!?!?!?」
カラスちゃん、目をバッと見開いた。
天井に張り付いているだけだが、それでも気配を極限まで薄めれば姿の認識さえも誤魔化せてしまう。
彼女は誰にも気付かれない隠形を展開しながら、目を開きっぱなしにし充血して涙が出ても決して瞬きはしなかった。
「みんな今日もやって来たぜ! まあ早速お便り行っちゃうか!」
カラスは天国に居る気分だった。
まさかこうしてターゲットの部屋に潜り込んだかと思えば、まさかのハイシン本人に出会うことが出来たからだ。
既にハイシンを……否、カナタを殺そうとする意識はなく依頼のことも完全に頭の外に飛んで行った。
(生ハイシン様が生配信をしている!!)
叫び回りたいほどの感情に包まれながらも、彼女はハイシンのリスナーとして彼に迷惑を掛けたくはなかった……むしろ、迷惑を掛けたとなってはその場で自ら首を落とそうとさえ考えている。
(私はハイシン様のリスナーだ! 彼に迷惑を掛けるわけにはいかない……だからこうしてジッと彼を見つめてるんだ!)
いやそうじゃないと、どこからか聞こえてきそうだった。
そのまま至福の時間が過ぎ去り、配信を終えたカナタは眠たそうにベッドに入り込んでそのまま眠ってしまった。
「……ハイシン様……ふへ♪」
すたっと床に着地し、眠るカナタの顔をジッと見つめた。
そのまま朝方まで微動だにすることなく、カナタが目を覚まそうとしたところで再び隠形を展開して姿を消した。
彼女は闇に紛れる存在、どれだけ夜の睡眠時間を削ろうともそれしきで体調を崩す軟な体をしていない。
(ずっと見ていられる。ハイシン様の寝顔を何時間、何十時間見てても飽きないしずっと見てるだけで心がポカポカしてくる)
完全に危ない思考回路に陥っていた。
それから数日ほど、カナタの部屋に彼女はずっと居た……そう、ずっと彼女は隠形を展開してカナタのことを見ていたのだ。
……しかし、そんな彼女も推しを見ていれば気が緩む。
「……え?」
「……ふへ♪」
見つかったことよりも、カナタに認識されたことが何よりも嬉しかった。
誰だお前はと聞かれ、彼女は自信を持って答えた。
「初めましてハイシン様、私は怪しい者ではなくファンであります!!」
「どの口が言ってんだ!?」
カラス、真の名はミラと名乗る彼女はこうして憧れの存在と会話をすることが出来たのだった。
まあ当然のことだが、カナタからすれば心臓が飛び出るほどの驚きだったのは言うまでもなく、すぐにミラはカナタの前で土下座をすることになった。
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