君に色々あると喜ぶ人たちが居るのさ(愉悦
カナタの前に現れた長身の美女、彼女から頼まれた道案内は特に何かをしたわけでもない。
彼女がアレは何だと聞けば答え、こっちには何があるのだろうと言えば連れて行って分かる範囲で教えただけだ。
「ふむ、中々に興味深いな。これが王都と呼ばれる場所か」
「王都は初めてなのか?」
「うむ。少なくとも人間が住む場所……コホン、ここには初めて来たな」
漆黒の長い髪と血のような真っ赤な瞳は見ようによっては悪の魔女にも見えなくはなかったものの、マリアやアルファナ、カンナたちとはタイプは違えど同じレベルの美女だったのでカナタからすれば目の保養だった。
「すまなかったな。わざわざこのような田舎者の案内をさせてしまって」
「良いってことよ。美女のお誘いを受けれて嬉しかったぜ」
なんてことをその気がないのに口にする。
キリッとした表情を浮かべてカナタはそう言ったが、女性は特に反応することはなく目を丸くして見つめ返してきた。
ノーリアクションだったことにまた外してしまったと心の中で大反省会を繰り広げたカナタだった。
それからも彼女を案内し、街並みを一望できる高手にやってきた。
「……我はこのような美しい光景を壊そうとしていたのか」
「どうした?」
「いやなんでもない。少し考えることがあっただけだ」
女性はそう言ってカナタに向き直った。
街中を歩いている時に多くの人が彼女に目を向けていたが、そうされるくらいに本当に整っている美しい顔だ。
こうして見つめられるとカナタもドキドキしてしまうが、マリアやアルファナたちのおかげで美女に対する耐性が少しは付いていた。
(……不思議な人だなこの人。いや、本当に人か?)
そんなことは漠然とカナタは考えた。
目の前の女性は人と大差ない姿をしている……というよりも、人と全く変わらない姿をしていた。
しかし、どこか微妙に今まで接してきた人とは違うようなものをカナタは感じてしまったのだ。
「アンタ……人か?」
それはポッと出た言葉だった。
女性は目を丸くし、驚いたなと口にした。
「部下から渡されたマジックアイテムのおかげで人と全く同じ気配のはずだが……まさか気付かれるとは思わなかった。いや、これも愛か?」
「……どういうこと?」
「くくくっ、いやいや気分が良い。そうかそうか、そうなのだな!」
突然顔を赤くしたと思えば目に見えて喜んだ姿を見せてくる女性だ。
カナタはその反応にどう言葉を返せばいいのか分からず、女性が肩を震わせて笑うのを黙って見続けるしかなかった。
「いやすまない、つい嬉しくてな」
「つまり……アンタは人じゃないってことか?」
そう口にすると女性はうむと頷いた。
周りに人は居らず、監視魔法のようなものも働いていないのを確認してか女性は指に嵌められていた指輪を外した。
すると、その瞬間女性から圧倒的な魔の気配が解き放たれた。
それは以前アギラを連れ去った男と同じ気配であり、それが女性が魔族であるという証明でもあった。
「改めて名乗ろう。我の名はシュロウザ、しがない魔族だ」
「……えっと、カナタだ」
「カナタ……か。うむ……呼び捨てで良いのか?」
「え? あぁ構わんぜ」
さんでも君でも呼び捨てでも別にカナタは構わなかった。
女性……シュロウザがパチンと指を鳴らすと、まるでカナタの周りだけ色が変わったように黒くなった。
「外界から切り離した。この場で我を認識出来るのはカナタだけだ」
「へぇ……そんな魔法があるんだな」
カナタも魔法について勉強を始めたのは学院に来てからだ。
どうやらこの異世界にはまだまだカナタの知らない魔法が数多くあるらしく、流石異世界だとカナタは心が躍るのを感じていた。
「……カナタは魔族についてどう思っている?」
「魔族について?」
「あぁ」
突然の問いかけではあったが、カナタは腕を組んで考え始めた。
魔族についてどう思うか、そう聞かれても特に何とも思わない……というよりも魔族についてそこまで知らないからというのが大きかった。
「俺個人としては特に何とも思わないかな。昔から人と魔族は争ってたみたいだけど俺からすれば昔のことなんか知らないからな」
「うむ……」
「仲良く出来るならした方が絶対に良い、争って誰かが死んだりして悲しいことになるよりは断然良いはずだ。誰かが死ねば悲しむ人が居る、それは魔族だってきっと同じだよな?」
「あぁ。その通り、我らも仲間が死ねば涙を流す」
こうして話が出来ている時点で魔族にもちゃんと心がある証だ。
カナタが転生者ではなく、この世界で生まれ魔族は悪だと義務教育でも受けていればまた話は違ったのかもしれないが……あくまでカナタはどちらかに肩入れするような目線ではないのだ。
「……くくっ、やはり良い目線を持っているな」
「どうした?」
「なあカナタ、そなたの魔力は凄まじいな?」
「っ!?」
それは確信を持った言葉だった。
基本的に魔力は測定されることで強度が分かるのだが、もしかしたら魔族には直感のようなもので相手が抱える魔力の質が見えるのかもしれない。
それを裏付けるようにシュロウザは言葉を続けた。
「我ら魔族には相手の抱える魔力の波が見える。カナタ、そなたが抱える魔力は我よりも遥かに多い。個人でこのような人間が居るとは思わなかった」
「……どれくらい多いように見えるんだ?」
「分からぬ。限界が見えないからな」
どうやらカナタの抱える無限の魔力に彼女は気付いているみたいだ。
ただ限界が見えないだけで無限とまでは勘づいてないらしく、おそらくは彼女も無限の魔力という発想に至れないのだと思われる。
無限の魔力など本来はあり得ない、それがこの世界の常識だからだ。
「だがそうか……なるほど、これならば納得だ」
「……なあ、さっきから何をブツブツ言ってるんだ?」
「気にするな。我の趣味だ独り言は」
「そ、そっか……」
口元を引き摺らせたカナタにシュロウザは歩み寄った。
そして彼女は褐色肌の手を差し出し、カナタは自然とその手を取った。
「カナタは思うのだな? こうして魔族と人は手を取り合えるのだと」
「あぁ。道のりは大変かもしれないけど、きっと出来るって思ってる」
「そうか……そうだな」
握った手は少し冷たかったが、どこも人と変わらない手だった。
そこでカナタはある名前を出すことにした――それはハイシン、自分が演じ決してバレてはならないと考えている名前を。
「今人間界で流行ってるハイシンも言ってるんだぜ? 人と魔族が分かり合えればどれだけ平和になるんだろうなって。俺もそれを願う一人だよ」
そう伝えると何故か彼女はポカンとしたがすぐに肩を震わせて笑いだした。
そんなにおかしなことを言ったかなと不安になったカナタだが、シュロウザはすまないと言って謝った。
「我もハイシンのリスナーだからな。確かに彼も言っていた……否、彼の言葉があったからこそ我は変わったのだ」
「……なあシュロウザ、ハイシンって魔界でも有名なのか?」
「有名だぞ? 我もそうだが特に若い層には絶大な人気を誇っておる」
「な、なるほど……」
「頭の固い老人共にはウケが悪いが、そちらは既に掃除を始めておる」
「……………」
何やら聞いてはならない事情を聞いてしまった気がするが、それでもカナタにとって魔界でも人気だと言われたことは嬉しかった。
前世で例えるならば、日本だけでなく海外でも人気だと言われるのと同じなのだ。
「……魔界かぁ。どんなとこなんだろうな?」
「今度来るか!?」
「え? いけるの?」
「うむ! 我が居れば顔パスだぞ!」
「ちょ、ちょっと近い! 近いって!!」
鼻息荒く顔を近づけてきたシュロウザにドキドキよりも若干引いてしまったカナタだった。
機会があれば、そう言ってその場は何とか収めることが出来た。
また会おうと約束してシュロウザは魔界に帰り、カナタの不思議な一日は終わりを迎えるのだった。
シュロウザは言ってしまえば魔王になるわけだが、魔王という名称は知られていても真名までは知られていないので、シュロウザの名前を知ったからと言ってそれが魔王に結び付くわけがなく、カナタが気付かないのもおかしな話ではなかった。
さて、そんなシュロウザとの出会いから数日が過ぎてもカナタの日々は変わらず今日も元気に配信だ。
「それじゃあ今日はここまでだな! みんなもはよ寝ろよ~」
端末に向かってそう言葉を伝え、ハイシンとしての時間が終わった。
カナタは体を解すように腕を伸ばし、椅子の背もたれに思いっきり体を預けて体を反らした。
その瞬間、彼は見てしまった。
「……え」
「……ふへ♪」
前世において古来より人々を脅かした恐ろしき存在であるGのごとく、黒い装束に身を包んだ女が大の字で天井に張り付いていた。
彼女は非常に整った顔立ちをしているが、それを悉く台無しにする歪んだ笑みを浮かべながらカナタを見つめている。
「……………」
「……あ、涎が」
女性の口元から涎が滴り、それは真っ直ぐにカナタの額にベトッと落ちた。
カナタはあまりのことに反応できず、ジッと固まってしまったが徐々に我を取り戻し何とか口を開いた。
「な、なんだてめえは!!」
そう言って指を差すと、彼女は体操選手もビックリの動きで綺麗に天井から地面に着地した。
「初めましてハイシン様、私は怪しい者ではなくファンであります!!」
どの口が言ってんだとカナタは盛大にツッコミを入れるのだった。
【あとがき】
彼女が誰でなんで知ってるのかは次回!
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