ガチ恋のあるべき姿()

 その日の夜、彼女はすぐにアルファナの元を訪ねた。


「アルファナ!」

「あら、急いでどうし……もしかしてカナタ様のことですか?」

「……えぇ……えぇその通りよ!! その反応はもしかなくてもそういうことでいいのよねそうでしょうねえほら答えなさいよこら!!」

「ゆ、揺らさないでください!!」


 錯乱していると言っても過言ではない様子でマリアは問い詰めた。

 肩に手を当てられてグラグラと体を揺らされると、連動するようにアルファナの小さな体に不釣り合いな大きな胸がぷるんぷるんと揺れていた。


「カナタ君は……いいえ、カナタ様はハイシン様なのよね!?」

「そ、そうですよ! だから落ち着いてくださいってば!!」

「これが落ち着いていられるわけないでしょうが!! だって……だってだってだってだって!!」

「……もうやだこの王女めんどくさい!!」


 我慢できずにアルファナはマリアの体をトンと押した。

 マリアもアルファナを困らせたことに遅れて気付いたのか、すぅはぁと大きく息を吸うように深呼吸をして気持ちを落ち着ける。


「まあ私も直接確認したわけではないですが彼は間違いなくハイシン様です」

「……端末を通すと少し声は変わるから違うかなとは思っていたのよ。でも彼の話し方はハイシン様を彷彿とさせていたから」


 少し考えれば分かることでもあったが、それでもマリアにとってハイシンという存在は何よりも大きなものだ。

 だからこそ傍に居てくれたらどれだけ嬉しいかと常に妄想していたし、いつも配信上で掛ける言葉を全て自分だけに向けてほしいなんてことも考えていた。


「……ハイシン様……カナタ様♪」


 どっちの呼び名が良いのか定着しないが、そこでマリアはビビッと体に電流が走った。

 ハイシンとは彼が使う偽名のようなもので真の名はカナタである。

 つまり、マリアはカナタの真名を知っているわけだ……おや、それはつまりもはや夫婦ではとそこまでマリアの考えは跳躍した。


「ど、どうしようかしらアルファナ。カナタ様との婚儀はいつ取り計らおうかしら」

「あはは、戯言言うんじゃありませんよ」


 ちなみに、カナタと結婚するのは私だと心の中でアルファナが呟いたのも当然のことだった。

 さて、色々と事実を知ってトリップしているマリアだがこのまま放っておくと王女としての特権をフルに使って暴走しかねないのでアルファナは釘を打つくことに。


「マリア、私は一つあなたにいっておかねばならないことがあります」

「なによお」


 アルファナが真剣な空気を醸し出してもマリアは相変わらず口元がユルユルだ。

 その様子にアルファナは聖女らしからぬ舌打ちをしてからその緩みに緩んだ頬を両方から抓った。


「いたっ!?」

「カナタ様は確かにハイシン様ですが、今傍に居る彼はハイシン様ではなくカナタ様です。それを忘れることがないように……もしも彼に迷惑を掛けるのであれば、あなたであっても私は許しませんよ」

「っ……」


 流石にそこまで言われればマリアも落ち着く他ない。

 アルファナが言ったことはこうだ――確かにカナタはハイシンと同一人物、しかし実際の彼はカナタでありハイシンは配信上の名前に過ぎない。

 だからこそ、ハイシンとして接することでカナタに何か不利益が被ってはならないとアルファナは考えているわけだ。


「ハイシン様の名はかなり有名です。私たちを含め、王国や他国の重鎮もハイシン様のお声を聴いています。ですが、忌まわしいことにそんなハイシン様を排そうとする動きがあるのも確かなのですよ」

「……分かってるわ」


 ハイシンは確かに絶大な人気を誇るハイシンシャとなった。

 だがしかし、影響が強く言葉一つで国さえも動かすとなるとそれを忌まわしいと考え排除しようとする勢力があるのも確かなのだ。

 今はまだカナタ=ハイシンだと知られていないからこそ、彼の安全は守られているようなものなのだ。


「私やマリアが彼のことに気付けたのは偶然ですけれど……ふふ、喜んではダメですが僅かな油断を見せるカナタ様には困ったものです」

「あ……そっか。私ったら一人で喜んじゃって恥ずかしいわ」


 マリアの様子にアルファナは満足した様子で頷いた。

 そして、ニヤリと笑った彼女はマリアに提案する――まるで悩める幼子に言い聞かせる悪魔のように、彼女はマリアの耳元に顔を近づけて囁いた。


「ですがこのことを知っているのは私とマリアくらいです。ならば私たちにしか出来ない彼へのサポートもあると思うのです」

「!!」


 ハッとするようマリアはアルファナを見た。

 そう、今現状でハイシンの真実を知っている存在は限られている。

 マリアとアルファナ、そしてカンナくらいのものだ……あくまで現状はだが。


「彼に何か起きた時、聖女である私と王女であるマリアは大きな力になれる。それは間違いないでしょう?」

「そうね……その通りだわ」


 確かにその通りだった。

 王女であるマリアと聖女であるアルファナ、二人の存在は王国のみならず他国にもある程度は影響力を持っているほどだ。

 どんな勢力を前にしても国を動かすことが出来る立場にあるのだから。


「……まあいずれ、彼と話はしたいと思っています。気付いてました? 今まで私たちと話をする中で、ハイシン様の話題が出た時に少しばかり気を張っていたのですカナタ様は」

「え? そうなの?」

「……ふむ、マリアは観察力が足りませんね」


 いや普通は気付かないモノなのだが……アルファナが見過ぎているだけだ。


「カナタ様も気付かれるわけにはいかないと思っているはずですし、ハイシンシャというのはそもそもそういったものなのかもしれないですね。身元がバレてしまうのは多くの不確定要素を生む……つまりはそういうことです」

「……そうね。アルファナの言う通りだわ」


 そこでアルファナは指を立てた。


「なので! 私たちは陰からカナタ様がハイシン様だと気付かれることがないようにサポートをするのです。それが気付いてしまった私たち、ハイシン様のファンとしての在るべき姿ではないでしょうか」

「ファンとしての在るべき姿……」


 アルファナの言葉にマリアは感心したように呟いた。

 以前に二人を厄介リスナーだと言ったが、どうもそれはもしかしたら違ったのかもしれない。

 ハイシンシャであるカナタに寄り添いながら、何が良くて何がダメなのかを明確に理解し裏からサポートをしようとする彼女たちは正にファンの鏡だと言えるだろう。


「マリア、私たちは同志です。カナタ様を支えていきましょう」

「えぇ。分かったわアルファナ! 私たちは同志だものね!」


 ここに美しき友情が分かりやすく姿を見せた。

 王女と聖女として、ずっと前から共に助け合ってきた友である二人は一人の男の為に手を取り合うことを決めたのだ。

 いやはや、素晴らしき少女たちの友情――


(ですが、カナタ様の一番は私ですよマリア)

(うふふっ♪ でもカナタ君の一番は私だわアルファナ)


 ……今日も良い天気だ……あ、夜だった。

 笑顔で手を取り合う二人はニコニコと綺麗な笑みを浮かべているが、お互いに心の奥底では似たような欲望を抱いていた。

 あくまでカナタに寄り添う姿だが、その奥底にあるのは彼とどうにか良い仲になりたいと願う姿だった。

 やはり、彼女たちはガチ恋勢だった。


「……というかマリア、今気づいたのですがあなた相当ですね?」

「……アルファナの方も相当でしょうが」


 二人は互いに顔を見合わせ、そろそろ時間だと端末を手に取った。

 今回はアルファナの部屋なので彼女の端末から彼の声を聴くことに。


『よぉみんな! 今日もこの時間がやってきたぜぇ!』

「ハイシン様ああああああああああ!!」

「愛してるわああああああああああ!!」


 もう何も隠す必要はないと、二人は拘束具を外したかのように伸び伸びと配信を聴き始めた。

 こうして、ある意味カナタを囲む動きは本格化することとなる。

 ハイシンとしての絶大な人気は小さなコミュニティを形成し、大きなうねりとなるほど巨大に成長するのも未来の話だ。





 王女と聖女が手を結んだ裏で、カナタもまた伸び伸びと配信を続けられていた。

 王都における城下町はカナタにとってマリアや、アルファナ、カンナと出会うというイベントがあったのように多くの出来事が起こる場所でもある。


「もし、そこの者少し良いだろうか」

「あん?」


 ある日のこと、カナタは呼び止められた。

 振り向いたそこに居たのは女性にしてはかなり背が高く、もしかしたらカナタよりも十センチは大きいかもしれない。

 派手過ぎず地味過ぎず、かといって女性の美しさを損なわない服装に身を包んだ彼女はカナタを見てモジモジとしていた。


「……どうした?」

「いや……わ、我を……」

「うん」

「……ここを案内してはくれまいか」


 突然の道案内の提案、カナタは珍しいなと思いつつも頷くのだった。




【あとがき】


実は異世界で配信はダメかなって思ってましたが色んな人に見てもらえていると分かって嬉しく感じています。

本当にありがとうございます。

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