馬鹿に説明してもそもそも馬鹿は以下略

「待ちな兄ちゃん」

「その手を離しなさい」


 マリアを伴いカナタは二人の間に割って入った。

 女性は驚いたように目を丸くしたが、男性は突然介入してきたカナタたちに向かって鋭い視線を向けてきた。


「なんだてめえらは。俺の邪魔をすんじゃねえよ!」


 カナタはともかくとして、王国の王女であるマリアに対してこのようなことを口にするのは不敬罪甚だしいが、まあこの場に王女が居るとは思わないだろう。

 とはいえ、周りの人たちを含め女性もマリアのことには気付いているようだ。

 マリアはあまり騒がしくてほしくないみたいだが、それでも王女が介入したとあってはそれは避けられない。


「彼女、嫌がっているでしょう? 男として恥ずかしくないのかしら?」

「ああ? ……ってなんだ嬢ちゃんも中々良い女じゃねえか」


 男はマリアに手を伸ばすが彼女はパシッと手を叩いた。

 すると当たり前のように男は逆上したが、カナタが彼の肩に手を置いた。


「まあ落ち着けって」

「っ!?」


 その瞬間、男は一瞬のうちに膝を突いた。

 カナタはしたことは簡単なこと、手の平に魔力を込めてそのまま男に触れた瞬間解放したのだ。

 まるで魔力の圧力とも言うべきか、カナタの持つ無限の魔力はたったそれだけでも成人男性を地面に縫い付けるほどの力を持っていた。


「……てめえ、俺にこんなことをしてどうなるか分かってんのか!?」

「知らねえよ。帝国の貴族様がどうとかなんて聞こえてねえしな。ま、知ってたところでどうでも良いことだし?」

「なんだとぉ!?」


 思いっきりカナタには聞こえていたが、だからといって怖気づく理由は欠片も存在しなかった。

 確かに帝国の中で貴族相手に喧嘩を売るのはリスキーかもしれない、しかしここは帝国ではなく王国だ。

 しかも今回男の方が明らかに悪いのは多くの人が目撃している。


「そうね。帝国の方ではどうか知らないけれど、ここでは帝国の貴族に逆らってはいけないなんてルールはないわ。まあ時と場合には寄るけれど……この場合は質の悪い男が相手だもの遠慮する必要はないわね」

「んだとクソアマが!」

「だから暴れるなって」

「ぐぅ……ちくしょうが!!」


 カナタから視線を外し、マリアに向かおうとした男の肩を再びポンと叩く。男は一切の抵抗が出来ないかのように先ほどよりも無様な形で地面に倒れた。

 倒れながらも必死の形相でカナタを睨みつけてくるが全く気にならない。


「カナタ君、相当な魔力量ねやっぱり」

「……あ」

「ふふっ、何か秘密があるみたいね?」

「……………」


 見つけてやったぞ、そう言わんばかりにマリアは嬉しそうに笑っていた。

 ただそれは純粋な笑みではなく、どこか寒気すら感じさせる笑みだったのはカナタにも分からなかったが。


「あなた方は……」


 そこでやっと女性が口を開いた。

 カナタは彼女に目を向け、一瞬とはいえ心が奪われるのではないかと思わせるほどに見惚れてしまった。

 真紅の綺麗な髪と凹凸の激しい体、見た目もそうだが雰囲気までが女性として完成されており妖艶さを醸し出している。


(……こんな人が居るんだな。さっすが異世界半端ねえぜ)


 見た目の良さで言えばマリアやアルファナも退けは取らないのだが……あまりにも雰囲気がエッチすぎるのである。

 真っ黒なドレスを身に纏っているが、豊かな胸元の谷間も見えており確かにこれならば他所の国の人間にしつこく声を掛けられてもおかしくはない。


「その人、私を買おうとしたのよ」

「買うって……あぁもしかして娼婦なのか?」

「えぇ。ただこの場合は身請けになるわね」


 身請け、つまり金で女性を買って手元に置こうとしたわけだ。

 この女性が娼婦であるならば貴族からの身請けは願ったり叶ったりだろう……まあこんな貴族が相手だからこそ断ったのだと思われるが。

 娼婦というのは最近では受け入れられてきた職業であり、国からの厚いサポートがされている。


(娼婦か……そういや以前に娼婦について喋ったことがあったな)


 配信の中で以前に娼婦について語ったことをカナタは思い出した。

 あの時は心無いお便りにイライラしてしまったが、実は紹介しきれなかったお便りで娼婦と思われる女性たちから多くの感謝があれ以降に届けられたことがあるのだ。

 自分の言葉に勇気をもらえたと、元気をもらえたと言われたことは本当に嬉しい経験だった。


「……この俺が!」

「あん?」


 そんな風に随分と前のことを思い返していた時、男が叫び出した。


「この俺が気に入ったから手元に置いてやるって言ったんだ! それなのにこの女は生意気にも断りやがった! 娼婦なんていうゴミに目を掛けてやった俺をコケにしやがってよおおおおおお!!」


 そのゴミに夢中になっているのは何処の誰だよとみんなが呆れたことだろう。

 しかしながら、今のゴミと言う言葉にマリアと女性は分かりやすく眉を顰め、カナタに至ってはしゃがみ込んで男の顔を覗き込んだ。


「娼婦なんていうゴミ……か、良くも言えたもんだなそんなことが」

「文句あんのかよ!?」

「あるに決まってんだろ」


 カナタは話し出した。

 男と目を合わせながら一切逸らすことなく。


「娼婦はゴミなんかじゃねえ、夢を与えてくれる立派な人たちだ」

「っ!?」

「……それって」


 女性は息を呑み、マリアはジッとカナタを見つめ始めた。

 二人の様子に気付くことなくカナタは言葉を続けた。


「俺はそこまで詳しいわけじゃねえ……でも一つだけ分かる。彼女たちは自分の仕事に誇りを持っているはずだ。どんな相手でも誠心誠意尽くして癒しと温もりを提供する立派な仕事だ。俺は男だけど、彼女たちを心から尊敬するぜ?」


 男だからこそ女である彼女たちの気持ちを真に理解することは出来ない。

 それでも王都の娼館はかなり有名であり、従業員の対応も素晴らしいと口コミがあるのはカナタも僅かな情報として知っている。

 かつては最底辺と言われていた娼婦たちだが、今や彼女たちは国からも認められるほどにまでなった。


「名前も知らない帝国の貴族さんよ。俺なんかの言葉が響くわけはねえと思うんだがこれだけは言わせてくれ――彼女たちをそんな風に言うんじゃねえぞ」


 かつて娼婦について語ったからこそ、そして届けられた感謝の言葉があるからこそカナタは強くそう言った。

 それからすぐに警備兵が訪れ男は連行されていった。

 まあ犯罪を犯したわけではないのですぐに釈放されるみたいだが、それでも王都からはすぐに出て行くことになるとのことだ。


「……? どうした?」


 男が連れて行かれた後、カナタはジッと見つめてくるマリアと娼婦の女性に困惑した。


「……やっぱりそうなのね。だからアルファナは」

「マリア?」

「ううん、何でもない……ふふ……フフフフフフっ♪」

「っ!?」


 突然笑い出したマリアはハッキリ言って気味が悪かった。

 マリアから少し距離を取ってしまいそうになったが、それよりも早く娼婦の女性が声を掛けてきた。


「ありがとう。あんな風に言われて嬉しかったわ」

「いや、俺は思ったことを口にしただけだ」


 別に女性に良いところを見せようだとか思ったわけではなく、本当に娼婦について思っていたことをカナタは口にしただけなのだ。

 そこで女性は何を思ったのか手を見せてほしいと言った。


「?」

「……………」


 カナタが手を差し出すと彼女は優しく両手で包み込み、手の裏と表を見ながら何かに気付いたように体を震わせた。


「カンナよ」

「え?」

「私の名前、どうかこれから会った時はそう呼んでほしいの」

「……えっと」


 何故か女性――カンナからの眼差しが優しすぎる件、なんてことをカナタは呑気に考えていた。


「あなたの名前は?」

「……カナタっす」

「カナタ君……ね。ふふ、私ね? 多くの男性を相手していたからこそ見分け方というか、観察眼にはそれなりに自信があるの」

「はぁ……」


 一体彼女は何を言っているんだとカナタは首を傾げた。

 これから仕事だとカンナは去ろうとしたが、胸元から一枚の紙を取り出してカナタに手渡した。


「それがあればいつでも私を訪ねることが出来るわ。私が働く娼館の受付で見せればすぐにでも取り次いでもらえるの。そして万が一私に癒してほしかったらお金も要らなくなる」

「っ!?」


 クスッと笑ってカンナは歩いて行った。

 耳元で囁かれた時、まるで心臓を掴まれたような錯覚があったが……カナタは今は気にしないことにした。


「……抜け目ないわねあの人」

「マリア?」

「何でもないわ。アルファナと色々話をしないとね」

「だから何なんだよ……」


 達成感はあったが、妙に疲れたなとカナタはため息を吐いた。






 カンナに言い寄っていた男は帝国に送還された。

 しかし、プライドの高い貴族だからこそカナタに良いようにされたことは気に入らなかった。

 抑え付けられている間と、警備兵に連れて行かれる際にある程度のことは知ることが出来たのだ。


(まさか王女とはな……だがあの平民は別だ。俺をコケにしやがって!!)


 彼の抱く怒りは全てカナタへと向けられていた。

 自分のことを邪魔した挙句あのような醜態を晒させたこと、しかも平民だからということで怒りは止まらない。


「王都に住む平民のカナタ……くくっ、それだけ分かっていれば十分だ」


 男は意気揚々とそう呟き、自ら絶望へと足を踏み入れた。


「依頼者か」

「カラス、お前に依頼だ」


 あ~あ、やっちまったわこの馬鹿が。

 そうどこからか聞こえてきそうだった。

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