お前に何があったんだ!?

「……って、何気にマズくねえか?」


 目の前で突如消えたアギラ、カナタはしばらく呆然としていたがそう呟いたことでマリアとアルファナも動き出した。


「別に良い気もしますが……っと、聖女としてダメですね」

「別に良いと思うけど……いえいえ、王女としてダメねこれじゃあ」


 ちなみに二人の呟きはカナタには聞こえていなかった。

 真っ黒な球体に関してカナタは初めて見たのだが、先ほどアルファナは魔の気配と言っていた。

 それはつまり魔族の仕業ということは分かった。

 だが魔族がどうしてアギラを連れて行ったのか、その理由が全く分からない。


「もしかして魔族も?」

「……あり得るのでしょうか。しかし、ハイシン様の威光の前には分かりません」

「さっきから何をブツブツ言ってるんだ?」


 そうカナタが聞いた瞬間、再び先ほどの黒い球体が姿を現した。


「っ!?」

「きゃっ!?」

「あ♪」


 背を向けていたマリアとアルファナを引っ張るようにして背後に隠し、カナタはいつでも迎撃が出来るように体勢を整えた。

 無限の魔力を持っているとはいえ戦いの知識がそこまであるわけではない、それでも男として自然と彼女たちを守ろうと体が動いた。


「……?」


 しかし、その警戒とは裏腹に表れたのはアギラだった。

 彼は口から泡を吹くようにして気絶しているのもあるが、カナタたちの方へむわっと嫌な臭いが漂ってきた。

 その臭いの正体はアギラの漏らした小便であり、カナタだけでなくマリアとアルファナでさえも鼻に手を当てていた。


「ははっ、随分と恥ずかしい恰好だなぁ人間」


 そしてもう一つ現れた人影、それは大きな翼を持った人ならざる者だった。

 おちゃらけたような声の持ち主の彼は何と言うか……とてもチャラチャラとした見た目の男だった。

 大きな翼はともかくとして、大きな体と金の髪、僅かに見える尖った歯は鋭利な刃物のようにも見える。


「魔族!」

「下がってカナタ君!」


 カナタも臨戦態勢を解いていないが、剣を構えたマリアと魔力を練り始めたアルファナが前に立った。

 魔族はカナタたちに目を向けたが、彼には全く敵対の意志は見られなかった。


「おっと、突然現れて申し訳ない。ハイシンの名を騙ったこいつにうちのボスが大層お怒りでな。それでちょい罰を与える意味で連れ去らせてもらったぜ」

「……え?」

「ハイシン様?」

「お?」


 おや、突然カオスな雰囲気が広がり始めたぞ……。

 カナタは魔族の口から出たハイシンという名前にドキッとし、マリアとアルファナは目を丸くしてつい警戒を一瞬とはいえ解いた。


「ハイシン様っつうと……まさか?」

「……えぇ」

「そのようですね」

「お、おい……」


 何やら通じ合った様子の三人にカナタは困惑した。

 マリアは剣を収め、アルファナも練っていた魔力を霧散させた。


「……くくっ! そういうことか、つまり同士ってことだな!」


 ニコッと人懐っこい笑みを浮かべた魔族はそのまま無警戒に近づいてくる。

 魔界から人間界に対して不干渉の申し出があったばかりだが、それでもいくらか警戒してしまうのは当然だ。


「……? あぁまあ警戒はされるか。人間と魔族、まだ分かり合うのは難しいか。いくらハイシンの言葉があるとはいってもな」

「あなたは……」

「……ふむ」


 神妙な顔つきの三人だがカナタだけは何だこの空気はと疲れた顔をしていた。

 既にアギラの存在はないモノとして考えているのか、あまりにも可哀想だが命があるだけマシかとも思える。

 まあこんな姿を国の至宝たる王女と聖女に見られた時点で男としては死にたいかもしれないが。


「まあ良い、今回は単にそいつに仕置きをしたかっただけだ。俺を含め魔族の中にもハイシンのリスナーが数多く存在している。俺はまあ普通なんだが……うちのボスである魔王様はそれなりに入れ込んでいてな。いつも欠かさずに聴いてるくらいだぜ」

「……マジかよ」

「驚くよなぁ。ま、それだけハイシンが面白いってことだ!」


 再び魔族は笑顔を浮かべてそう言った。

 カナタにとって初めて目にした魔族にここまで自分の配信について良いことを言われると気分は良くなるし嬉しいというものだ。

 まあ自分がそのハイシンであると言えないのは当たり前だが、それでも魔族にリスナーが居て支持もされているというのは嬉しい誤算だった。


「凄いわねハイシン様は……」

「はい……人と魔の垣根を超えて繋ぐ存在……あぁハイシン様♪」

「……おたくら、魔王様と同じ匂いがするぜ」


 そこで魔族はカナタに目を向けた。

 彼はカナタを見て感心したような顔になって呟く。


「そこに転がってる奴よりもお前さんがハイシンって言われた方が納得できる魔力を持ってるな?」

「さあどうだかな」


 動揺していないフリをしているが心臓はバクバクだ。

 今の魔族の言葉にマリアが物凄い形相で見つめてくるのだが、生憎とそちらに視線を向けるのは怖かった。

 この場をどう収めるか、そう考えていたカナタを救うようにアルファナがパンパンと手を叩く。


「魔族の方、敵対の意志がないのであればこの場はこれで終わりとしましょう。彼については私たちも言いたいことがありましたが、これ以上ない罰になったでしょう」

「だな。魔王様直々に魔力を押し当てたからトラウマもんかもだが」

「まあ良いのでは? それほどの罪なのですから」

「ふ~ん? 嬢ちゃん中々良い性格をしてんな?」

「うふふ♪」

「ははっ♪」


 何故か仲良くなっている二人にもうカナタは帰りたかった。

 それからすぐに魔族は帰って行ったが、カナタとしては非常に濃い時間を過ごしたようなものだった。


「マリア、あまりジロジロ見るのはやめなさい」

「……でも」

「そう言えばマリア、何か今日用事があると言っていませんでしたか?」

「……はっ!? そうだったわ!!」


 どうやらマリアは何か用があったらしく、そのまますぐに駆けて行ってしまった。

 ジッと見つめていたあの視線、まるで真っ暗な視線を向けられていたようで怖かったが何とか助かった気分のカナタだった。


「……なんて日だよ今日は」

「本当ですね」


 傍にアルファナが近づいてきた。

 カナタよりも小さな身長の彼女だからこそ、近づけばカナタを見上げる形になる。


「カナタ様」

「どうした?」


 見上げてくる彼女はその体の小ささもあって本当に可愛らしく、カナタがドキドキするには十分だった。


「庇ってくれたこと、ありがとうございます。凄く嬉しかったです♪」

「あ、あぁさっきのか」


 まあ男が守るのは当然だと、あくまでそう言いたかったがカナタは頬を掻いて視線を逸らした。

 こういう時に女性に慣れていないのが顕著に出てくる。

 とはいえ、視線を逸らしてもアルファナは決して笑ったりせずにジッと尊敬の眼差しをカナタに向け続けていた。


「……やっぱり素敵ですぅ」


 ちなみにこの呟きは聞こえていた。

 更に顔を赤くしたカナタだったが、流石にアギラを放っておくことわけにもいかずに寮まで運ぼうと近づいた。


「ま、災難だったなぁ」

「お優しいのですねカナタ様」

「まあ普通じゃねえか?」


 アギラを抱き起こし、腕を肩に回そうとしたところで彼は目を開けた。


「こ、ここは……っ!?」


 そしてカナタに目を向けて何かに怯えるように身を縮こまらせた。


「は、ハイシン様助けて……ハイシン様助けてえええええええ!!」

「……………」

「あら……」


 ハイシンを毛嫌いしていたはずなのに、何故かハイシンに助けを求めるアギラの姿にカナタとアルファナは互いに目を見合わせた。


「ハイシンを嫌いだった彼、帰ってきたら助けを求めるようになっていた件」

「一つの物語が出来そうな感じですね」


 彼は一体どんな仕置きをされたのか、カナタは非常に気になった。

 しかし今回の出来事はある意味、カナタにとって魔族の動向を知ることが出来た有益な時間だったのは確かだ。


(……あの魔族が言ったことが本当なら魔王も聴いてんのかよ。あ、だから不干渉を言い出したのか?)


 魔族側が言い出した不干渉についてはハイシンの力があるのでは、そう囁かれていたがあながち間違いはないのかもしれない。

 ちなみに余談だが、アギラは嘘を吐いたことを全面的に認めた。

 人が変わったような彼は家の不正を全て告発したとかどうとか。


『ハイシン様を陥れようなど言語道断、俺はそんな所業を許せない』


 それがアギラの口癖になったと、友人たちは恐ろし気に語るのだった。

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