お怒りの魔王様

 ハイシンの名を騙るアギラという貴族生徒のことをカナタは全く知らない。

 というよりも興味がそもそもなかった。

 基本的に貴族生徒は平民を見下す者が大半なので自分からは一切関わりを持とうとしないからである。


(それなりに騒ぎになってんな)


 自分のクラスだけでなく、どうやら他のクラスからもアギラを一目見ようと向かう生徒が居るらしい。

 まあその大半は信じていない様子で、アギラ自身も既にボロが出ているらしく結局彼の言ったことは出鱈目であると広がりそうだった。


「思った通りだよ。そもそも今までのハイシンを見てたらあんなのとは全く違うって分かるもんね」

「そうそう、つうかハイシンは自分のことを平民って言ってたし」


 相変わらず隣から聞こえてくる女子たちの声にカナタは耳を傾けていた。

 カナタは配信で平民だと明言しており、その時点から既に間違えているのだ。

 しかもそのアギラという生徒自身は普通だが家の方はかなり真っ黒な噂が多いらしく、それもあって信じている生徒の数はかなり少ないのだとか。


「ちと見に行ってみるかね」


 いや、僅かながらに興味はあったようだ。

 立ち上がったカナタはそのまま廊下に出てアギラのクラスに向かい、中を覗かなくても大きな声が聞こえた。


「だから俺がハイシンなんだよ! なんで誰も分かってくれねえんだよ!!」

「ぷふっ!?」


 あまりの言い訳にカナタは噴き出した。

 それは簡単にバレますわと、カナタは一体どんな顔の間抜けだとアギラを見た。


「……イケメンじゃねえか」


 アギラはイケメンだった。

 貴族ということもあって育ちの良さを感じさせる見た目であり、権力にモノを言わせてそうな顔だと申し訳ないがカナタは偏見を持った。


「良く分からんけど、ある程度有名になって顔も知られてなければなりすましなんてものも出てくるよなそりゃ。前世でもこういうのは良くあったし」


 本人になりすまして変なサイトに誘導したり、お金を配りますよと言って詐欺をする事例も数多くあった。

 それに比べればアギラがしたことは単にハイシンの名を騙っただけ……カナタに言わせれば可愛いモノだった。


「とはいえ勝手に名前を使われるのは困るな……どうするか」


 どうしてこんなすぐにバレる嘘を吐いてまでハイシンの名を騙ったのか、それが気になりカナタは少し調査をすることにした。

 とはいっても空いた時間を使ってアギラを追跡しボロが出るのを待つだけだが、意外にも早くその時は訪れた。


「ったく、どいつもこいつもハイシンハイシンうるせえんだよ。狂信者どもが!」


 一日の授業が終わった放課後のこと、カナタはアギラを尾行していた。

 アギラが訪れたのは建物の陰で誰も居らず、そんな場所でアギラが苛々を隠そうともせずに壁を蹴って当たり散らしていた。


「平民の言うことを真に受けるとか終わってんだろ。世界は俺たち選ばれた貴族を中心に回ってるんだ! たかだか珍しいことをしてるからって調子に乗ってる顔も分からねえゴミの言うことを聞きやがって!!」


 そこからも彼の愚痴のようなものを聞いていたが、どうもハイシンになり切って評価を地に落とそうと考えていたらしい。

 このことには家の方も全面的に賛成したらしく、あまりにもお粗末な計画にカナタ自身呆れて物も言えなかった。


「子供が考えた計画じゃねえんだからさ……そんなの上手く行くわけねえだろ」


 仮にハイシンの評価を地に落としたところで、そうなるとハイシンの名を騙ったアギラ自身が冷めた目で見られることに気付いているのだろうか。

 もっと頭を使えばこうして名乗ったりせずハイシンの名前を使って色々と工作すればいくらでも出来そうなものを……どうやらアギラの一家は相当にバカらしかった。


「本当ですよね。愚かなモノです」

「えぇ。馬鹿もここまで来ると救われないわ」

「っ!?」


 そこでカナタはギョッとして背後を振り返った。

 いつの間にそこに居たのか、マリアとアルファナがすぐ後ろに立っていた。


「……いつの間に?」

「ごめんなさいね。私たちも彼に用があったのよ」

「はい。とても大切な用でしたが……なるほど、カナタ様も彼に対して気苦労を抱えてしまったのですね」


 その瞬間、アルファナの纏う雰囲気が変質した。

 だがすぐにハッとするように元に戻ったが、カナタもマリアも今のは何だろうと首を傾げていた。

 さて、こうしてカナタの傍に学院を代表する高貴な存在が二人も現れたわけだがどうしようかと慌てるのはカナタの方だ。


「……えっと」


 この状況、どうすればいいのかと助けを求めたいが誰も居ない。

 目を泳がせるカナタに対し、柔らかく微笑んで口を開いたのはアルファナだった。


「カナタ様はハイシン様を御存じですか?」


 その言葉にカナタの心臓が跳ねた。

 しかしどうにか表情に出すことはなく頷いた。


「実は私とマリアはハイシン様のファンなのです」

「アルファナ!?」

「……へ、へぇ」


 それは嬉しいことを聞いて心が躍る……ことはなかった。

 まさか王女と聖女が配信を聴いている、ましてやファンだとは露ほども思ってなかったので困惑の方が大きかった。


「私とマリアはお互いに国の重要なポジションに付いており、苦労もそれなりにしてきて気が休まらない時もありました。しかしそんな時、私たちはハイシン様のことを知って……気付けば虜になっていました」

「お、おぉ……」

「ちょっとそこまで言わなくてもいいでしょ!?」


 慌てるマリアのことは一切気にせずにアルファナは言葉を続けた。


「だからこそ、こうして彼がハイシン様の名を偽ることが許せないのです。朝の段階で彼が嘘を言っていることは多くの者たちに知られていますが、どうしてそんなことをしたのかカナタ様同様に私たちも気になったのですよ」

「……そうだったのか」


 まあその理由については今さっきアギラが全て自白したようなものだ。

 彼は草の陰でカナタたちは聞いているとも知らずに、ずっとハイシンに対する罵詈雑言を口にしている。

 その度にカナタの傍に居る二人の機嫌が急降下していくのだが……とはいえ、カナタは困惑から若干の感動へと変わっていた。


(……まさか王女様と聖女様が俺のファンってめっちゃ嬉しいんだけど。ちょっと国の在り方に物申したりとかしたがこの反応を見るに……大丈夫そうか?)


 アルファナは特に問題なさそうだ。

 マリアもアルファナに全て話されてしまったからか、開き直るように大きなため息を一つ吐いて口を開いた。


「ま、まあそこまで気にしてるわけじゃないのよ? でもやっぱり、自分が少しでも気にしている人を陥れようとするのは許せないわ」

「なるほどな」


 優しいなと、素直にカナタは心の中で思った。

 そんな時、ふとアルファナがカナタを見つめてこんなことを口にした。


「私は彼を許せませんが……カナタ様はどう思われますか?」

「俺が?」

「はい」


 アルファナはカナタを真っ直ぐに見つめてそう聞いてきた。

 マリアもアルファナと同様にカナタの意見を聞きたいのかジッと見ている。


「……まあ、名前を偽ったことは迷惑なことだし止めた方が良いとは思う。反省さえしてくれればいいんじゃないか? たぶんだけどハイシンもあまり過激なことは望まないと思うしな」


 カナタとしてはこれが最大限の譲歩だった。

 名前を偽られて実害を被ったわけではなく、アギラのしたことは全て空回っており誰も信じていない……その時点で特に何かケジメを付けろとも思わなかった。


「分かりました。ならばそのように……!?」

「っ!?」


 アルファナが頷いた瞬間、カナタは信じられないモノを見た。

 それは視線の先に居たアギラが何か黒い球体に包まれて消えてしまったのである。

 マリアとアルファナも咄嗟にそちらに視線を向けたが、既にアギラの姿はどこにもなく思わず駆け出した。


「あいつは何処に行ったんだ?」

「分からないわ……アルファナ、今のは」

「はい。の者の力を感じました」


 魔の者、それはつまり魔族ということだ。





「な、なんだてめえは……」


 一方で、突如姿を消したアギラは人間界には居なかった。

 彼が飛ばされた場所は魔界、しかも魔の者たちの頂点に君臨する美しい女性の目の前に彼は居た。


「のう人間、貴様がハイシンか?」

「っ……」


 女性の言葉にアギラはそうだと言いかけて何も言えなかった。

 彼女の眼光はあまりにも鋭く、血のように真っ赤な瞳はまるで未来の自分を見せているかのようだったからだ。


「魔王様、そいつ全く違うと思いますぜ? こいつの魔力は人間の基準で言えばSS相当……とてもじゃないが全方位に声を届けるのは無理ってもんだぜ」

「分かっておる」


 女性は立ち上がった。

 彼女はアギラより少し背が高い程度、おそらく百八十ほどだ。

 長身の女性が歩くだけなのに、まるで地響きが聞こえるかのような錯覚をアギラは感じた。


「我が愛する者の名を騙った罪、覚悟は出来ておろうな?」

「ひぃっ!?」


 膨れ上がった女性の魔力にアギラはその場に尻もちを付いた。

 じょろろと音を立ててズボンは濡れ、黄色い液体が汚く広がっていった。


 アギラもまさか、魔王がハイシンの信者とは夢にも思わないだろう。

 まあかなり混乱しているので魔王が女性であることも、ハイシンのことを魔族が知っていることも気にする余裕はなさそうだが……。




【あとがき】


アギラ君は生きる。

みんなの心の中でな。

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