有名になるとなりすましが出てくるよな!
それは配信中のことだった。
いつものようにカナタはハイシンとして視聴者に声を届けていたが、こんなコメントが彼の目に入った。
:ところでハイシンさんは自分の影響力をどのように思っていますか?
影響力、そう言われてもあまりピンとは来なかった。
カナタは公の前に姿を現すわけでもなく、ただ好き勝手を端末を通して喋っているだけなのだから。
まあとはいえ、かなり有名になったのは分かるし自分の口にしたことで変化が起きることも理解している……がしかし、それでもこのスタンスを変えるつもりはない。
「あまりピンと来ないんだが、少なからず影響力を持つようになったのは分かる。ハイシンシャとして色んな人に見られてる証だしな」
スタンスを変えるつもりはないが、かといって過激なことを言うつもりはない。
あくまで物事に対して客観的に述べ、その上で助けてほしい声が届けば自分の意見と共に出来るだけ良い形に収まってほしいとアドバイスをするのだ。
アドバイスと言っても結局は自分の言いたいこと、こうしたらいいのではないかを述べているだけなのだが。
「ま、俺は自分の言いたいことを言い続けるだけさ。こうしてみんなに言葉を届けることも出来るし、手元だけとはいえ見せられるようにもなった。他にも色々とやりたいことはあるんだぜ?」
前世で見ていた配信者たちのやっていたことは一通りやりたいと思っている。
今はまだ手元を映すだけだが、自分で映像を映す機会を持ち運び可能にしてロケみたいな感じのこともしてみたいのだ。
:ハイシン様、是非とも挑戦なさってください。私はこれからも援助をさせていただきます!!
:楽しみにしていますハイシン様。私にとってあなた様の声を聴けることこそ至高の幸せなのですから
:何かしてほしいことがあれば言え、我も力になるぞ
などと多くの嬉しいコメントがカナタの元に届いた。
時に恐ろしいような文面や、とてつもない量のお金が送られてくるがこうしてカナタが配信を続けられるのもリスナーのみんなが居てこそだ。
「マジでありがとな♪」
それは珍しくもはにかんだお礼の言葉だった。
どこか照れ臭そうに、けれども嬉しそうな感情を隠し切れない様子の言葉に一瞬コメントの動きが止まった。
しかしすぐに目に負えない速度でコメントが動いていくのだった。
「ちなみになんだが……」
ふと気になったことがカナタにはあった。
カナタは自分の影響力にある程度は気付いているが、どの程度のモノか断定出来るほど気付いていない。
なのでこんな問いかけをしてしまったのだ。
「もしも俺が世界征服したいなんてバカを言ったらどうなんだろうな」
:協力するまでですが?
:全ての権力を使ってあなた様に世界を捧げましょう
:簡単なことだ。我が蹂躙しそこをハイシンに渡そう
:人を殺すのは慣れております。頼ってくだされば誰であれ仕留めましょう
:全てを無に帰し、新たな秩序をあなたに
物騒なコメントが大量に並び、流石にカナタも妙なことを言ってしまったなと反省した。
「あまり本気にするなよ! 俺は世界征服なんて興味はないし、誰かの上に立つつもりもないんだから。まあでも、誰かが虐げられるのは嫌だからみんなも誰かを傷つけたりはやめような!」
口は災いの元、誰が聞いているかも分からないのでカナタはすぐにそう言ってこの話題は終わらせた。
思えば前世でも小さなことを口走ってそれが大きな問題となり大炎上した配信者を良く見ていたのを思い出す。
(俺も気を付けないとな。ま、この世界に炎上っていう概念はないだろうが……気を付けるに越したことはねえか)
炎上然り身バレ然り、一層気合を入れていこうと心に決めた。
「さてと、今日も色々と読んでくぜぇ」
いつもと同じお便りの時間だ。
時にはこう心温まるお便りを読みたいなとカナタが思う今日この頃、彼が最初に見た文章は正にそのような内容だった。
“ハイシン様、悩みでもなんでもないのですが一つお礼を言わせてほしいのです。
私の家は代々奴隷を扱う家計でしたが、私を含め両親も使用人たちも奴隷のことは道具のようにしか考えていませんでした。
しかし、ハイシン様の奴隷に対する想いを聞いてから私たち一家の中で変化が起きたのです。奴隷も私たちと同じこの世界に生まれた一つの命、当たり前のことですがそれに私たちは気付いていなかったのです。
彼らも私たちと同じ存在、対等の存在であると考えた時に自分たちがいかに悍ましかったのかを知りました。
それに気付かせていただいたことを心より感謝しています。
今までしてきたことはどれだけ時間が掛かっても償っていくつもりです”
「……俺のおかげって言われると違う気もするが、まあ嬉しいもんだな。これからも奴隷のことは大切にしてやってくれ。きっとその奴隷もアンタと出会えて良かったって思ってるぜきっと」
まあ奴隷の気持ちは分からないが、少なくとも虐げられるよりは全然良いだろう。
カナタがいつぞやに奴隷も一つの命だからと発信してから王国の中でも奴隷に対する認識は変わった。
このことについてカナタは自分の力だと傲慢なことを言うつもりはない。
「一通目から心温まる話だったぜ。よし次はっと……」
“ハイシン様の私物が何か欲しいです”
「……おいおい直球じゃねえか」
まさかのカナタの私物が欲しいとのことだ。
相手が誰かも分からないのだから住所なんてそのまた夢の話、とはいえリスナーへのプレゼント企画というのはいずれやってみたいとはカナタも考えていた。
「いずれはプレゼント企画なんてものもやってみたいな。何をプレゼントするかはちょっと分からんけど……う~ん、なんかこうハイシンのグッズなんかも作ってみたいもんだぜ」
グッズみたいなものは定番だろうか、まだ形になるほど構想は出来ていないものの作ってみたい気持ちは当然ある。
「こんなのが良いんじゃないかってのはあるけど、流石に俺はその辺の知識はないから誰かと考えることにはなるんだろうが」
:ならば是非、私がお話を聞きますわ! ハイシン様の役に立てる重要なポジションに居ますから!!
「王女さん……アンタ本当にナニモンだよ」
いつも大金を投げ銭としてくれるので金持ちなのは分かっているが、まあそれでも顔が見えないので怖いことに変わりはない。
グッズ販売のことは視野に入れながらどのようにしていくかはこれからゆっくり考えていくことにして、次のお便りに向かった。
“ハイシン様、好きです”
「俺もリスナーのみんなを愛してるぜ」
自分でそう言った瞬間にカナタは寒気を感じるほどに気持ち悪いと思ったが、一部のリスナーが発狂していた。
心なしか部屋の窓を通して遠くから声が聞こえるような気がしないでもない。
それからもカナタはお便りを読んでいきながらリスナーとの時間を過ごしていく。
だが翌日、一つの事件が発生した。
「……なんで朝はこんなに眠いんだろうなぁ」
相変わらず机に突っ伏しながらカナタはそう呟いた。
クラスにも人が増えてきて騒がしくなってきた頃、カナタはふと仲良くなったアルファナに目を向けた。
彼女は相変わらず多くの生徒たちに囲まれており、笑顔で対応している姿は流石聖女様である。
「俺には絶対に無理だな……」
まああそこまで誰かに話しかけられることもなければ、好かれているわけでもないので考えるだけ無駄である。
アルファナから視線を外し、再び瞳を閉じたその時だった。
「ねえねえ聞いた?」
「うんうん聞いた」
「あれってマジなの?」
いつも隣で噂話を提供してくれる女子たちが今日も何かを話していた。
暇つぶしも兼ねて寝たふりをしながら彼女たちの声に耳を傾けるカナタ……まさかの話題が彼女たちから飛び出した。
「SSクラスに所属するアギラ・トレースって貴族がハイシンって話だよ?」
「なんか今朝になって自分が実は、みたいな感じで話してるんだよね」
「……嘘じゃないの? 普通に信じられないんだけど」
有名になると出てくる偽物、それがどうやら現れたらしい。
「……いや簡単にバレるだろアホか」
ハイシンはカナタであり、アギラという貴族でないのは明白だ。
それにカナタが配信で違うと口にすればそれまでだが……ここでこの話を自分からすると王都にカナタが居ると憶測が生まれ、更には学院生ということも知られるかもしれない。
「……あれ、意外と簡単に否定できない? いや、こんなタレコミがあったんだがって話せば大丈夫か」
一応の解決策は見つかったのでとりあえず今は捨て置くことに。
しかしカナタはハイシンの名が持つ影響力を簡単に考えすぎていた。誰かが嘘を吐いて偽物になろうとも、良くも悪くもハイシンは多くの人を惹きつけるのだ。
つまり興味本位なのか何か理由があったのかは不明だが、嘘を吐いた貴族生徒に対して何かが起きることがここに決まったのである。
「聖女様? どうかなされましたか?」
「いえいえ、何でもありませんようふふ」
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