消えた誰かの背後でほくそ笑む奴も居る

 王都シストルからそれなりに離れた山岳部、そこには小さな村がある。

 ロギンという名の小さな村は農業が盛んで王都にもそうだし、他の地域にもロギンで作られた野菜などを売りに出すことで生計を立てている者たちが多い。


「やれやれ、あの子は元気にしてるかねぇ」


 そう呟いたのは恰幅の良い女性だ。

 大きな体で重たい物を軽々と運ぶ姿は非常に逞しく、筋肉もそれなりに付いているようで大した力の持ち主だ。


「メザ、そろそろ昼食にしようか」

「あいよ。すぐに作るから待ってておくれ」


 メザと呼ばれた女性は夫の声に応えるようにして一旦手を止めた。

 汚れた手を洗いながら、今この村には居ない息子のことを彼女は想った。


『なあ母さん、俺学院に行ってくるわ。せっかく魔力がそれなりにあるんだし精々ビッグになってやるぜ』


 そう言って意気揚々と息子は王都に旅立った。

 母親としては息子が傍から居なくなることは寂しかったものの、かなり大きな魔力を持って生まれたのであればその可能性を広げてほしかった。

 何より、息子がそうしたいと言ったことを否定できるわけがなかったのだ。


「カナタ……元気にやってるかい?」


 そう、この体格の良いメザと言う名の女性はカナタの母親だった。

 一応定期的にカナタとは連絡は取り合っているが、手紙越しのカナタは相変わらずの様子だ。

 まあ流石に彼が世間を賑わせるハイシンとは気付いておらず……というよりもここはあまりにも田舎すぎてハイシンの名はそこまで広がっていない。


「アンタは本当に何をやってんだい?」


 毎月それなりのお金がカナタから送られてくるのだが、それが果たして何をして得られた物なのかは分かっていない。

 それでも息子が怪しいことをしているとは思っていないので、送られてきたお金は使わずに大切に保管してある。

 いずれ何かあった時の為に、後はカナタ自身が使えるようにと残してあるのだ。


「おや、メザはこれから昼食かの?」

「えぇ村長、そのつもりです」


 メザに声を掛けたのは村長だった。

 いつ亡くなってもおかしくない年齢まで老いた村長だが、こうして街を歩き回れるくらいには元気だった。


「旦那に美味しい料理を作ってあげると良かろう。儂は昼から王都の使者とお話があるのでな」

「あぁあれですか。それにしてもいきなりですよね」

「うむ。最初は何やら怪しいと思ったのだが、どうもが気に掛けてくれたらしいのじゃ」

「まあ!」


 村長の言葉にメザは驚きを露にした。

 こうしてこの辺境とも言える地に王都から使者が来ることは珍しく、それも聖女が気に掛けているというのは大きなことだった。

 何か困ったことはないか、何かしてほしいことはないか、そう言った文面が最初に送られてきたのを機にこうして実際にこちらに訪問する手筈も整ったらしいのだ。


「ここから外に出るための道の整備くらいは希望したいものですね」

「それは提案してみるつもりじゃよ。どんな返事がもらえるかは分からんが、聖女様はとても素晴らしいお方と聞く。そんな彼女の使者様であるならば安心できるというモノじゃ」


 そうですねとメザは笑みを浮かべた。

 ちなみにこの後村長は使者と会って話をしたのだが、道の整備に関しては既に聖女から指示が出されていたらしく村長が提案せずとも大丈夫だった。


「もしや、こちらのことを見たことがおありで?」

「いいえ、聖女様は基本的にシストルから出ることはありません」

「……はぁ」


 となると誰かが聖女に伝えたのか、或いは別の形で聖女が知る機会があったのかは不明だ。

 まあ何はともあれ、こうして少しばかり村にとって良いことをしてもらえるのであれば村長としても喜ばしい限りだ。


「聖女様の慈愛に感謝いたします」

「伝えておきましょう……まあ、今聖女様は学院に通われているのですが」

「ほう?」

「毎日楽しそうにしていると話は聞いているので、私たちとしても嬉しいことです」


 その後はこれからの段取りを決めながら世間話に興じた。

 辺境の地で何もないし古臭い建物ばかりだが、それでも文句の一切を口にしない使者の人たちは他の村人たちにも大いに歓迎されたらしい。





「なあアルファナ」

「なんですか?」


 学院での授業が終了し帰ろうとしたところをカナタはアルファナに呼び止められ、良かったらこれから少し話でもどうかと誘われたのだ。

 他の貴族生徒や平民生徒の目を掻い潜るように誘われたカナタだが、特に断る理由もなかったので頷いたわけだ。


「そっちは大丈夫なのか? 聖女の仕事とか色々」

「大丈夫ですよ。いつも夜か朝に指示は出してますし、基本的に私の姿が必要となる用件はそこまでないので」

「ふ~ん」


 なら大丈夫かとカナタは安心した。

 確かに聖女として姿を見せるとなるとそれなりに大きな会議や他国との会談ばかりと聞いている。

 隣に座るこの小柄な少女がそんな大きな役職に付いているとは今も思えないが、やっぱり聖女というのは凄い仕事なんだなとカナタは再認識した。


「それよりもカナタ様、今日は後ろの席の方はどうしたのでしょうか」

「あぁ……なんか体調悪いとかで休んだんだよな」


 カナタに対してうるさいと言ったあの男子生徒だが、彼は今日珍しく学院を休んでおり空席だった。

 なんでも体調が悪くなったらしいとは教師が言っていたが、特にカナタとしては興味がなかったので気にしていない。


「休んだクラスメイトのことも心配するなんて流石は聖女様って感じだな」

「ふふ、そんなことはありませんよ。私は別に優しいとは思っていません」

「へぇ?」


 聖女とは慈愛の塊のようなイメージだが、彼女はそうではないと首を横に振った。


「聖女というのは単に適性があったからこそ選ばれただけです。本当の私はそんな綺麗な存在ではありません。普通に怒りますし、普通に嫌なことは嫌だと言いますし、面倒なことはやりたくないと駄々を捏ねることもあります」

「おぉ……」

「それに……邪魔だと思った存在は問答無用で排除しようとさえしますから」


 その声にはとてつもない圧が込められていた。

 だがしかし、カナタは特に聖女らしくないななどと思うことはなかった。

 何故なら怒ることも嫌だと思うことも、面倒だと感じることも全て人として当然の感情だからだ。

 聖女は全てを受け入れるわけではない、当り前のことだがそれを改めて知れた気分だった。


「そう言えば前に聞いてきた結局何だったんだ?」

「あぁカナタ様の故郷についてですか?」

「あぁ」


 実は一昨日、カナタはアルファナから故郷に付いて聞かれたことがあった。

 遠くにある小さな村だと伝えると、彼女は興味深そうにどんな場所かも聞いてきたのだ。


『村に続く道がマジでボロボロなんだよな。少しでも綺麗に整備されると色々と楽そうなんだがな』

『なるほど……他には何かありますか?』


 なんて会話をしたのも記憶に新しい。

 相手が聖女であっても特に興味を引くような話がないことに申し訳なさすら感じたくらいだ。


「私としてもあまり聞いたことのない場所の話でしたから勉強になりました。何が出来るのか、何をすれば尽くせるのかも考えられましたし」

「……まあ勉強になったら全然」

「はい♪」


 前半はともかく、後半は何を言っているのか理解できなかったがちょっと雰囲気が怖かったので詳しくは聞かなかった。

 さて、そんな風に二人で話をしていると更に予想外の人物がやってきた。


「やっぱりここに居たのねアルファナ」

「あら、いらっしゃいマリア」


 やってきたのはマリアだった。

 カナタとしては突然のことで驚いたが、隣でアルファナが大丈夫だと口にした。


「アルファナから色々と聞いてるから大丈夫よ。私としてもあなたの魔法の腕は一目置いてるからね」

「はぁ……」


 そう言ってマリアは隣に座った。

 マリアとアルファナ、決して安易にお目に掛かれないような美少女二人に囲まれてカナタは必死にニヤニヤしないようにと頬に力を入れた。


(……もしかして俺ってモテ期ってやつなのか!?)


 そんなことを考えたがすぐにないかと苦笑し気持ちを落ち着けるのだった。

 しかし、何故かマリアはジッとカナタの顔を見つめてくる。

 真剣に何かを探るようなその視線にカナタはどうしたのかと目を向けるが、そんなマリアに注意を促したのがアルファナだったのだ。


「あまり人の顔をジロジロと見るものではありませんよマリア」

「……あ、ごめんなさい」

「いや、別に構わねえけどよ……です」


 素で返してしまいすぐに敬語に直したが、クスッとマリアは笑った。


「アルファナとは普通に話してるんでしょ? なら私にも敬語は無しで良いわ。同じ学院に通う以上は平等な立ち位置だし、王女っていう肩書も忘れてちょうだい」

「それは無理じゃないですかね……無理じゃね?」


 さっきとは全く逆で敬語をタメ口に直した。

 マリアは不快な顔をせず、それで良いと頷いてくれたのでこれで良かったらしい。


(今日はこの気持ちを配信に乗せるかぁ。やっぱり美少女ってのは良いよな!)


 彼女たちのおかげで配信に使うネタが生まれたカナタだった。

 ちなみに、マリアはその後もジッと気付かれないようにカナタの横顔を見つめ続けていた。

 果たしてそれが何を意味するのか、何を齎すのか……それは誰にも分からないことである。

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