ま~た厄介なのを増やしたよこいつは
カナタにとってまさかの相手でもあるアルファナとの繋がりが出来た翌日、Sクラスの教室には本来SSSクラスに居るはずのマリアが来ていた。
「それにしても突然で驚いたわよアルファナ」
「ふふ、ごめんなさいマリア。どうしても学院というものの空気を味わいたかったものでして……それに」
「それに?」
「いえ、何でもありません」
どうやら王女であるマリアにとってもアルファナの転入は想定外らしく、色々と質問をしていた。
事情はどうであれ、こうして王国の至宝とも呼ばれる王女と謎のベールに包まれていた聖女が二人並んでいる姿は一種の芸術だった。
(……アイドルかよ)
そんな二人から離れた場所でカナタは心の中で呟いた。
カナタの周りもそうだしクラス中の男子と女子が二人に目を向けている。
「……可憐だ」
「なんと美しい……」
「挟まりてぇ……」
「二人の空気に近寄れない……」
「そうよね。凄く話がしたいのに……」
注目の的である二人は全く意に介しておらず、やはり王女と聖女という立場上多くの目に触れる機会はそれなりに多いはずだ。
人前に出ることも喋ることもそれなりに経験しているからこそああして平然とした様子を保てるのだろう。
(……まあ周りに一切興味がないように見えるが)
これはあくまでカナタの勝手な感想だ。
マリアもアルファナも話しかけられれば対応するが、その表情には相手に対する興味の一切が無いようにも見える。
昨日アルファナが見せた笑顔も幻だったのではないかとカナタに思わせるほどだ。
(アルファナもやっぱり配慮してくれてるのか教室では話しかけてこないしな)
名前を呼ぶことを許可してもらったが、だからといって人前で話しかけてくるようなことはなかった。
時折目が合っては微笑まれるし、話したそうな雰囲気も感じるのだがやはりカナタのことを考えてのことだろう。
平民に対する差別意識は根強く残っており、いくら教師が優秀であっても目に見えない部分での対処は難しい。だからこそ、聖女である彼女が平民のカナタに話しかけた瞬間どうなるかは想像が付く。
「……ま、どうでも良いけど」
まあそれでもカナタが気にすることはないだろう。
ただでさえ孤立無援で友人も居ないので今更だ……ちょっぴり悲しいと思ったがカナタには配信がある。
顔は知らず名前すら知らない、それでも多くのファンが居てくれる限りカナタは何も悲しいことはないのである……ないったらないのだ!
「悲しい……よし! 俺だって友人の一人や二人くらいはなぁ」
カナタはそう意気込んで背後に体を向けた。
そこに座っているのは同じ平民だが魔法実習でカナタに良く嫉妬する生徒だ。
「よ、昨日の飯は何だった?」
「はっ、うるせえよ」
「……………」
カナタの敗北だった。
サッと前を向いたカナタは机に突っ伏し、今日はリスナーのみんなに慰めてもらおうと心に決めた。
「ねえねえ、また出たらしいよ」
「あぁ知ってる。カラスでしょ?」
「怖いよね……場所は確かミトラスだし近いよ」
「ま、まあこっちまでは来ないでしょ流石に」
カナタの近くの席で女子たちがそんな会話をしていた。
その話の内容について寝たふりをしながらカナタも考えていた。
(カラス……鳥の名前じゃないんだよなこれが)
カナタの前世にはカラスと呼ばれる鳥が居たが、この世界で言われているカラスは決して鳥の名前ではない。
カナタが普段過ごしている王都シストルの遥か東の国、ザンダード帝国のとある街を根城にする暗殺者の名前だった。
(カラス……伝説の暗殺者か。ミトラスっていうとこっから百キロくらいか)
彼女たちが口にしたミトラスという街はここからおよそ百キロ程度しか離れていないのだが、どうやらそこにその伝説の暗殺者が現れたとのことだ。
黒い衣に身を包み性別は不明で全てが謎に包まれているカラスは金さえ出せばどんな相手でも殺すとされている。
「私たちも標的にされたら殺されちゃうの?」
「そんな私たち有名じゃないでしょうが」
「言えてる。それにカラスってヤバい相手には手を出さないらしいよね」
カラスが基本的に請け負う暗殺はそれなりの身分までとなっている。
それはそれでカラスも立派な犯罪者だが、それでもこれまで捕まっていないからこそその実力の高さが窺えた。
(……ま、俺には関係のない話だぜ)
いくら相手が伝説の暗殺者だろうが自分には関係ないとカナタは考えた。
カナタもハイシンとしてかなり有名にはなったが、だからといって暗殺者に狙われるとも思っていない。
単純に現実味がないだけだが、まあ仮に狙われたところでハイシンがカナタであると行き着くことも無理なので不安はなかった。
「ちっとばかし寝るかぁ」
まだ教師が来るまでしばらくあるのでカナタは眠ることにした。
ザンダード帝国、どこかの屋敷でとある貴族が黒ずくめの人物と向き合っていた。
二人の間のテーブルにはとてつもない量の金貨が置かれており、これだけで数十年は贅沢が出来るであろう金貨の山だった。
「カラス、依頼だ」
でっぷりと太った貴族は黒ずくめの人物、カラスにそう言った。
「賜ろう。誰をやればいい?」
マスクの中から聞こえてきたのは中世的な声だった。
そう、この人物こそ伝説の暗殺者と言われているカラスであり、こうして依頼を受けるためにこの貴族の元に参上したのだ。
「まあそう急くな。しかし……なるほど流石は伝説か。中々の佇まいだ」
「世辞は良い。早く内容を話せ、私も暇ではない」
「貴様……貴族の私に向かって――」
その瞬間、目に見えぬ速さでカラスは剣に手を当てた。
かちゃっと音を立てたカラスに貴族は無意識に体を震わせ、分かったからと慌てるように用件を話し始めた。
「とある人物を殺してほしい。奴の存在は国の在り方を……制度すらも歪める忌々しき存在だ」
「ほう、そこまで言うのか」
「あぁ。その者の名前はハイシンだ」
「……………」
ハイシン、その名を口にした瞬間カラスは何も言わなくなった。
その様子に首を傾げつつも、貴族はハイシンの言葉によって動いてしまった制度のことをまるで恨みを吐き出すように一つずつ口にした。
「もう良い、話は分かった」
「そうか。まあ時間に制限はない、奴の真の名と顔を知っている者は居ない以上仕方のないことだが……頼むぞカラス、それは前金だ取っておくがいい」
それだけ言って貴族は背を向けたが、カラスが貴族を呼び止めるように口を開く。
「前金は要らん」
「ほう? 仕事が終わってからもらうと? 随分と殊勝じゃないか」
「違う。そもそも依頼を受けることが出来なくなったからだ」
「……なに?」
その瞬間、貴族の首が飛んだ。
まるで噴水のように真っ赤な血が吹き上がり、バタッと音を立てて首から上を失った体は倒れるのだった。
「依頼者は死んだ。故に依頼もなくなったので金も受け取れないそれだけのことだ」
それだけ言ってカラスはその場から最初からいなかったかのように消えた。
後にその屋敷は騒ぎになるのだが、色々と裏で非道なことをしていた貴族だったらしく奴が死んだことで救われた命が多くあったらしい。
「……………」
貴族を殺した後、建物から建物へ飛び移りながら移動する身のこなしは見事としか言えず、夜の闇に紛れるその姿は正に暗殺者の姿そのものだった。
カラスが向かった先は時計台、街並みが一望できる場所だ。
「ハイシン様を殺す……か。ふっ、罰当たりなゴミも居たものだな」
……伝説の暗殺者であるカラスもまたどこかで見たような雰囲気を醸し始めた。
カラスはマスクに手を掛けて外すと、中から現れたのは可愛らしく整った少女の顔だった。
これこそがカラスの……彼女の正体だった。
伝説の暗殺者として恐れられ、多くの依頼をこなすことで人を殺めてきたわけだがまさかそんなカラスの正体が少女だとは誰も思わないだろう。
「あ、始まっちゃう……」
マスクを取ったことで年相応の女の子の声が聞こえた。
彼女は端末を取り出し、とある配信にアクセスする……そう、ハイシンの配信だ。
『よぉみんな、始まったぜ今日もよぉ!!』
「きゃあああああっ!?!?!? ハイシン様ああああああああっ!?!?」
はい、この子も狂った信者でしたよっと。
ここにもまたハイシンの魔の手が伸びていた。
伝説の暗殺者もハイシンに狂い、彼の虜となって厄介オタクとは言わないまでもそれなりにのめり込んでいる。
「あぁ素敵なお声……いつ聞いても癒されるよぉ」
端末に頬を擦り付け、一番近い場所で彼の声を聴く。
彼女にとってこの配信は本業である暗殺よりも大事なこと、優先順位は完全にハイシンの一強だ。
『今日さぁ、頑張って友達を一人作ろうと思ったんだ俺。でも話しかけたら開口一番でうるせえって言われちまった……俺を慰めてくれよみんな』
ハイシンは決して本気で泣きそうなわけではないだろうが、声を震わせる演技も配信をする上での芸みたいなものだ。
しかし、時にそれが伝わらない厄介な存在は居るものだ。
「……………」
ハイシンの言葉を聞いた彼女は目の色を変え、自身の得物に手を当てた。
ハイシンもまさか、伝説の暗殺者が自分の配信を聞いているとは思わないだろう。
だが事実、彼のファンの一人に暗殺者もちゃんと加わっていたのだ。
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