あっちもこっちも信者ばっか

 人には運命に出会う瞬間というものが存在する。

 それは彼女――令嬢リサにとって、今日がその運命と出会った日だった。


『自らの妹を嫉妬に狂って殺そうとするなど度し難い。お前のような人間を婚約者にしていた私が愚かだったようだ』


 リサには幼い頃から婚約者が居た。

 相手は自分の家よりも立派な歴史を持つ大貴族の子息で、この身が釣り合わないと思いながらも家族の期待と彼に少しでも認められたいと思い、リサは必死に自分なりに頑張っていた。

 しかし、そんな彼女の頑張りを嘲笑うかのように悲劇が生まれた。


『お姉さまが不幸で居ることが私にとって何よりも楽しいことなの。どうかしら? 本妻の娘であるお姉さまよりも、妾腹の娘である私の方が愛されるのを見るのは!』


 幼い頃に父が連れてきた可愛らしい女の子、彼女は地味な容姿のリサよりも遥かに派手でキラキラした女の子だった。

 義理の妹となった彼女、アンナはとにかく泣き虫だったがリサはずっとそんな彼女の姉で居られるようにとも頑張っていた。

 そんな頑張りを続けて十六年が経った一昨日のこと、リサはわけが分からない状態で妹を殺そうとしたとして牢獄に囚われることになった。


『罪人には罰を与えなければならない。を手に掛けようとした君の罪は重いのだ。後日、君は処刑される』


 その言葉にリサは何も言い返すことが出来ず、ただただ呆然とするほかなかった。

 こんな状態になっても何も言えず、涙を流すことしか出来ない自分自身が嫌いだった。

 同時に皮膚に爪が食い込んで血が出てしまうくらいに恨みを心に募らせた。

 もしも来世があるのならば、必ずやお前たちに復讐してみせる……だから覚えていろとリサの心に黒い靄のようなものが掛かったのだ。


『リサ! 絶対に大丈夫だから……だからもう少し頑張って!』


 友人は毎日リサに会いに来てくれた。

 信じられるものが居ない現状において、ただ彼女だけがリサの心の支えだった。

 彼女が盲信しているハイシンなる存在に助けを求めると言っていたが、生憎とリサは興味を持っていないのでハイシンの名前は知っているがどんな存在なのかはあまり詳しくなかった。


 そんな絶望と僅かな希望に縋る日々も、今日で終わりを迎えた。

 それはいつも通り、あの憎き妹が嘲笑うような顔で牢屋に現れた。


「やっほ~お姉さま。冷たい地面の感触はどうかしら?」

「……アンナ」

「くふふっ! 良い顔ねお姉さま、とても無様……とても無様! でもとても気持ちが良いわ! お姉さまみたいなみすぼらしい女にはそういう姿がお似合いよ」

「……………」


 綺麗なドレスを着たアンナと違い、今のリサは囚人に相応しいボロボロな布のような服を着ている。今もそうだが、夜になると寒くて眠れたものではない。


「何も言えないの? あははっ! そうよねだって私みたいな高貴な存在には何も言えないわよね! まあでもそれももうすぐ終わるから安心して、お姉さまが処刑されることでこの苦しみから救われるから」

「っ……ふざけないでよ! 全部……全部アンタのせいじゃない!」


 今までの積もり積もったものが言葉として出て行く。

 しかし、どれだけ叫んでもそれはアンナを悦ばせるだけだった。


「それじゃあお姉さま、処刑台でまた会いましょうね?」


 醜い笑みを浮かべて彼女は立ち去る……はずだったのだいつもなら。

 二人しかいないはずの牢屋、そこに続く扉が大きな音を立てて開き誰かが入って来た。


「あら……」

「……?」


 現れたのは二人の人物であり、公国に駐留している王都シストルの外交官だったのである。

 彼らはアンナを……否、リサに目を向けて頷き合いこう口を開いた。


「リサ嬢、あなたの処刑ですが一旦取り止めとなりました」

「え?」

「……は?」


 驚くリサとアンナ、外交官の一人は鍵を手にリサの牢屋の鍵を開けた。


「立てますか?」

「は、はい……」


 これも全てアンナの演出かとリサは考えたが、唖然とするアンナの様子にそうではないことが分かった。

 一体何が起きているのか、それが分からないままリサは温かな服に着替えさせられ空いたお腹を満たすように久しぶりのちゃんとした食事を口にした。


「……美味しい……美味しいわ……っ!」


 それは久しぶりに流した涙だった。

 絶望によって涙は枯れていたが、それでもこうしてまた普段の生活が戻ってきたことは嬉しかった。

 まだ家族や婚約者、そして妹とは会ってないがリサとしては二度と見たくない顔でもあった。


「リサ嬢、よろしいでしょうか?」


 そんな彼女の元にあの外交官が現れた。

 そして教えてもらった事実はリサにとって衝撃の事実だった。


「アンナが魔眼を……?」

「えぇ」


 なんとアンナは魔眼を持っていたらしい。

 他者の認識を狂わせ、意のままに操り虜にすることが出来る魅了の魔眼……それを使ってアンナはリサを貶めるためにこれほどの騒ぎを起こしたらしい。


「魔眼とはある時に発現されると言われていますが、それを使って誰かを処刑させようとしたなど許せるはずもありません。本来なら彼女こそ処刑される立場でしょうがあなた様のお父上が庇ったため、アンナ嬢は目を喪うことと、そして家から外に出さないという条件で解放されます」

「……そうですか」


 目を喪う、それは果たしてどれほどの苦悩を伴うのだろうか。

 とはいえリサはどこかそんな状態となるアンナに対して喜びがあった。処刑されないのは残念だが、二度と光を見れなくされ外にも出れなくなる……その苦痛を死ぬまで味わうことになるからだ。


「……ふふ」


 笑ってしまった自分を悪い女だと思う。

 しかし、彼女の境遇を考えればそれも当然だった。


「本来ならばあなたを助けることは叶わず、この国だけの問題でしたのでこちらとしても気付かない出来事でした」

「あ……確かにそうですよね」


 ならばどうやってリサは助かることになったのか、それは外交官の口によって説明された。


「発端はリサ嬢のご友人がハイシン様にこのことを伝えてくれたおかげです」

「ハイシン……様?」


 外交官の様子が若干怪しくなり、熱に浮かされたように話し出した。


「そうです。今回のことはハイシン様がリサ嬢の現状を打開するべく声を上げられました。その声に応えるべく、マリア王女と聖女アルファナ様らが中心となり異例とはなりますが今回のことに待ったを掛けたのです」

「は、はぁ……」


 なるほど分からない、それがリサの認識だった。

 外交官の様子は段々と熱を帯び、彼がどれだけハイシンという存在に対して重きを置いているかが良く分かる。

 まるで口の止まらなくなった友人を見ている感覚だった。


「やはりハイシン様は素晴らしい……素晴らしい! こんなにも遠い国にすらハイシン様の影響力があるとは……あぁなんということだ。これでは一生を賭して追いかけていかねばならないではないか! どこまでもどこまでも、ハイシン様の活躍を見届けねば!!」

「……………」


 それは本当に狂った姿だった。

 しかし、リサはこの時に全く予想していなかった。

 その姿が未来の自分であることを。

 命を救われ、国の垣根を超えて死の運命を変えてくれた彼に対し、彼女の友人がドン引きするほどの熱烈な信者になってしまうことをまだ彼女は知らない。





 さて、どこかの公国で問題が解決ししばらくした日のことだ。

 カナタはいつも通り学院に通い時に貴族生徒に鬱陶しく思われながら、時に平民生徒にすら嫉妬の目を向けられながら過ごしていた。


「なあ、なんか今日慌ただしくなかったか?」

「そうだな。なんか教師たちの方で打ち合わせやら何やらしてたけど……」


 机に突っ伏す彼の耳にそんな言葉が届いたのだが、特に興味はないのでそれ以上聞こうとも思わない。

 そうこうしていると担任教師が疲れた顔でやってきた。


「あ〜……みんなおはよう。今日からしばらくこのクラスで新たに仲間に加わる方が居る」


 その言葉に教室が沸いた。

 カナタも珍しいことなので体を起こすほどだ。


「ただし、その方はこの王都になくてはならぬ方である。マリア王女とも親交が厚く、つまり王族とも密接な関係にある方だ。今まではお顔を世に出すことはなかったが、これからのことを考えて表に出ることを決めたそうだ」


 どうやらかなりやんごとなき立場の人間がこのクラスに加わるらしく、一斉に緊張感のようなものが張り詰めた。

 教師が合図をすると一人の少女が教室に入ってきた。

 その少女のあまりの美しさに男子も女子も見惚れていた。


「……え?」


 だが、その中で唯一カナタだけはその少女に対して驚きを見せた。

 背の低い女の子だがその暴力的なスタイルは目の毒であり、歩くたびに制服の上から揺れるかのようだ。


「初めまして、アルファナと申します。若輩者ではありますが、聖女の任を賜っている者です」


 聖女、その言葉にクラスの全員が驚いた。

 とりわけカナタに至っては信じられない気持ちで彼女を見つめる他ない。

 アルファナと名乗った少女、それはかつてカナタが街中で出会った女の子だったのだ。


 とはいえ、なぜ彼女のような存在がこのクラスなのか……色々と思惑がありそうだ。



【あとがき】


アルファナ可愛いと思います。

逞しい行動力です()

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