ネットの世界は怖いよ
「ちゃんと見えてるか? いやーこっちでも確認してるけど中々良いじゃねえか」
新たな試みとして手元を映す配信を今日初めてカナタは行った。
カナタが配信を行う端末とは別に、もう一つの予備端末から映像を確認しているがかなり綺麗に映っている。
(まだ腫れが引いてないからこいつを貼ってるけど格好付かねえな。ま、それも今朝にドジ踏んだ俺が悪い)
早く腫れを引かせるために手の甲に貼った湿布がやけに目立つ。
リスナーから届くコメントの中には手元配信ということで発狂している者も居れば、何かあったのかと心配してくれる声もある。
「今朝にちょっとドジっちまってな。みんな棚の上にある物とかには気をつけようぜ」
それだけで何があったのか伝わったようでお大事にという声が多くなった。
さて、こうして手元配信が始まったわけだが初日ということで目新しいことはこれ以上ない。
つまり、お便りの時間だ。
「ま、何か俺が気に入ったものとか美味いと思ったものをその内紹介したりするぜ。今日はいつも通りお便りの行くどー!」
手元を映すことが成功し、いつも以上にカナタは気分が良かった。
それは彼の声が弾んでいることが何よりの証拠であり、それはリスナーにも分かりやすく伝わっていることだろう。
:こ、これがハイシン様のおてて!!
:……ハイシンよ、我に握らせてくれ
:待っていてくださいハイシン様、近いうちにあなたの傍に参ります!
「手元が見えただけで随分盛り上がるな。まあいいかお便りだ!」
いつも通りに気持ち悪いほどに反応する連中を華麗にスルーしつつ、まず一つ目のお便りをカナタは読み上げた。
「えっと何々……」
“ハイシン様! 突然のお便りを申し訳ありません。どうしてもアドバイスをいただきたくこうして送らせていただきました。
私はランダル公国の者なのですが、友人が数日後に処刑されてしまうかもしれないのです”
「おいおい物騒じゃねえか」
一発目のお便りにしてはかなり物騒な内容だった。
ランダル公国とはシストルほどではないが歴史のある国であり、土地もかなり大きく魔法機器開発が発展した国だ。
カナタはもちろん行ったことはないが、シストルとランダルはお互いに切っても切り離せないほどに密接な貿易関係を築いている大切な国とされている。
“詳細を話しますと、私のその友人にはかなり格式の高い家のご子息が婚約者となっているのです。
友人はあまり目立つような子ではないですし自己主張もそこまで出来るタイプではありません。
ですがとても健気な子で、いつも婚約者のために頑張っている子なのです”
文面からはこの送り主がいかにその友人を大切にしているかが伝わってきた。
真剣な様子のカナタもそうだが、リスナーも内容が内容なだけにいつもより静かだ。
“しかし、そんな子が突然ありもしない罪で投獄されてしまいました。
なんでも彼女の妹を殺そうとしたとかで、そんなことあり得るはずがないのに、それであの子は……。
私はあり得ない、何かの間違いだと訴えましたが誰も聞く耳を持ってくれないのです。みんな異常なほどに妹の言葉のみを鵜呑みにしてあの子のことは何一つ話を一切聞こうとしないのです!”
「なるほど分かった」
まだ少し文章は続いていたが一旦そこで読むのを止めた。
傍に置いていた飲み物で喉を潤しカナタは言葉を続けた。
「確か公国の人もこの配信を見てくれる人は結構居たな?」
そう聞くとコメント欄が僅かにざわついた。公国に住んでいると伝えてくる者、その騒ぎについて知っている者もそれなりに目に付いた。
「取り敢えずもしも公国のお偉いさんが聞いてたらその処刑は一旦待て。まあ俺は部外者で何が正しいのかは分からんが、少し頭を空っぽにしてから俺が今から言うことを試してほしい」
実を言うとこの流れ、カナタは前世のネット小説で読んだことのある物語に似ていた。
何か不思議な力を持った誰かが特定の誰かを貶める為に、自作自演を行って罪を擦りつけて処刑させるという物語だ。
「まず、その妹について味方する連中全員が何かしら魅了系の魔法に掛かっていないか、また別の何かをされていないかを調べろ。んでその妹についても徹底的に特殊な能力を持ってないか調べてみてくれ」
おそらく魅了系のような魔法を使っているのではないかとカナタは推測した。
魔法でないのならかなり珍しいが魔眼というケースもある。
「非常に珍しいが魔眼なんてことも考えられる。いいか? 俺の言葉を馬鹿馬鹿しいとか思うなら是非試してみてくれ。あ、つうかシストルからもそういった打診は出来るのか? 出来るなら是非言ってみてくれよ。もしかしたら罪のない一つの命を助けることが出来るかもしれないからな」
:任せてくださいハイシン様!
:すぐに指示を出します!
高速で流れるコメントに気になるものを見たが、取り敢えず今はスルーすることにした。
このお便りがどういった形に転ぶか分からないが、カナタからすればここまでしか出来ることは何もない。
「良い方向に収まることを願うぜ。それじゃあ次に行くぞ」
だが、こうやって何か危機に対して発信するのもやはり悪くはないなとカナタは人知れず思うのだった。
さて、次のお便りだが……カナタは読むのを躊躇った。
「おいおい、これはお便りじゃなくて脅迫だぜ?」
彼が言ったようにふと見たお便りの内容はカナタに対する脅迫だった。
“よおハイシン、俺は盗賊団ギルメスを統べるカマキリってもんだ。
配信だかなんだか知らねえが、随分調子に乗ってるじゃねえかムカつくぜ。
てめえみてえな奴は声を聞くだけでも虫唾が走るからなぁ、俺たちは必ずてめえを見つけ出してぶっ殺してやる。
精々震えて眠りやがれクソ野郎”
「てめえがなクソ野郎」
それはおそらく単なる嫉妬のようなものなのか、或いはカナタの存在を忌々しく思っているかのどらちかだ。
カナタはただこうやって何処とも知らぬ場所から声を発しているだけで、投げ銭を通じて莫大なお金が届けられる。
それに対して気に入らないと思う者はやはり一定数居るということだ。
「脅迫とかやめとけよー? 時代が時代なら特定されて豚箱に突っ込まれるだけだぜ」
結局言葉だけだろうとそのお便りを軽くスルーした。
しかし、嘘であってもカナタを……いや、ハイシンに対して殺すなどと言ってしまえばどうなるか、それをこの盗賊は知らないのだ。
ハイシンを崇拝し、彼を神のように崇める存在の行動力を。
とある洞窟の奥、それなりに生活感のある場所にて多くの男たちが倒れていた。
その洞窟から逃げ出すように一人のでっぷりと太った男が駆け出してきた。
「クソ! なんでこんなところにまであんな連中が来やがるんだ! 何がハイシン様だ気持ち悪いんだよ!」
男の名前はカマキリ、昨夜にハイシンに対して殺すと送った男だった。
いつものように洞窟で仲間たちと次のターゲットを決めていた時、奇襲とも言える襲撃を受けたのだ。
カマキリたちのような盗賊たちが排除されることは別に珍しいことではないが、今回に関しては全く予期出来なかったのと相手があまりに多すぎた。
「クソ! クソクソクソクソ! これも全部あのクソ野郎のせいだ!」
そう言った瞬間、カマキリの足に激痛が走りその場に転げた。
とてつもない痛みを感じる足に目を向けると、そこに彼の足はなかった。
「全く、あまり手間をかけさせないでくれ」
「そうですよ。面倒なことこの上ないですからね」
剣も持った美丈夫と白いローブを身に纏う背の高い女性だ。
そして、空からもカマキリを見下ろす翼の生えた魔族が居た。
「やれやれ、こうして人間が始末に走るなら出張らなくも良かったな」
魔族の姿は確認されていないが、今カマキリは三人に囲まれていることになる。
果たして彼らは誰なのか、それは単純明快でそれぞれマリアとアルファナ、シュロウザの部下だった。
事の発端は昨日の配信でカマキリが殺すと言ってしまったことが今回の彼にとっての悲劇を生むことになった。
「ハイシン様を殺す? 全く、この世界には救いのない馬鹿も居たものだ」
「そうですね。聖女様が直々に来ようとしましたが今回は譲っていただきました」
……まあ、彼らもまたハイシンの信者だったということだ。
マリアやアルファナ、シュロウザよりはソフトな信者だがこうして物凄い行動力を生むくらいには立派に狂っている。
本当はマリア、アルファナ、シュロウザが直々に粛清しようとしたがそれは流石にマズイということで部下が動いた結果でもあった。
男からすれば自業自得であり不幸な出来事だが、やはりネットの世界は怖いという教訓になっただろう。
彼は死ぬが。
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