信者三号、聖女アルファナ

 その日は休日だった。

 基本的にカナタの休日は寮の部屋でゴロゴロするのだが、偶には気分転換に外に出ることもある。


「いやぁ、こうして晴れた日は散歩も良いもんだぜ」


 手に持った特製のパンを食べながらカナタはそう呟いた。

 特に寮に居ても今日はやることがなく配信も夜からだということで、カナタは食べ歩きでもしようかと外に出ていた。

 カナタが手にしている特性のパン、それは前世で食べたことのあるケバブのようなものだった。程よい辛味と野菜のバランスが素晴らしく、見つけた瞬間にビビッと来た彼はそれを買ったのだ。


「……いやぁ美味いね。最高に美味い」


 パクパクと一つ目を食べ終え、もう一つを食べようとしたその時だった。


「おいおい嬢ちゃん、ぶつかってきてそれはねえんじゃねえか?」

「も、申し訳ございません……」


 カナタの目の前、白いローブに身を包む小柄な少女に絡む男が居た。

 どうもあの女の子は男にぶつかってしまったらしく、必死に謝っているが男は開放してくれそうにない。

 そんな異世界におけるテンプレな状況にカナタは小さくため息を吐いた。


「……はぁ。ちょうど兵士も傍に居ねえし、これはまさか俺にやれと?」


 正に神の天啓か? なんてことをカナタは考えたがそんなことあってたまるかと苦笑した。

 この世界におけるカナタは勇者でも英雄でもなくただのハイシンシャだ。

 それならばきっと彼女を救う役目を負った男が現れるはずだろう……まあ、カナタにとって、後姿からでも分かる美少女の困った姿に何もしないというのはあり得なかったが。


「よおおっさん、たかがぶつかったくらいで大人気ねえぜ? もしかしたら骨でも折れるくらいにその子が爆速で走ってたか?」


 少女と男の間に割って入った。


「なんだクソガキが」

「……………」


 男の反応はともかく少女はポカンとした様子でカナタを見た。どうも外してしまったらしくカナタは微妙な気持ちになったが、取り合えず彼女を助けるという名目は果たすことにした。


「取り合えず離そうかおっさん」

「なっ!?」


 手の平に魔力を込めてカナタは男の手を少女から離した。

 そこまでカナタ自身の握力がないわけではないが、魔力を込めればいとも簡単にその手が離れるくらいの力を持つ。

 男は流石にカナタに対して分が悪いと思ったのか、捨て台詞を吐いて歩いて行ってしまった。


「ったく、謝罪の一つくらいすればいいのに……なあ少女よ」

「……………」


 名前も分からないし体もかなり小さいので少女と呼んで問題はなさそうだ。

 ダボっとしたローブのせいで体型は分からないが、少し胸元の辺りが出っ張ってるのは服の特性だろうとカナタは思うのだった。

 さて、こうして少女を助けたわけだが彼女はジッとカナタのことを見つめている。

 まるで信じられないモノを見たようなその瞳にどうすればいいのか分からなくなるのはカナタだった。


「どうした?」

「……あ、いえ……その、聞き覚えのある声だなって思ったもので」

「ふ~ん?」


 っと、そこでカナタはまさかと思った。

 カナタはハイシンとしてこの世界ではそれなりに有名になった。なのでハイシンとしての声とカナタの声が重なったのかと思ったのだ。


(まあ聞き覚え程度なら問題はないか。いやでも、これくらい可愛い子ならバレから淡い恋が始まったり……)


 彼も年頃なのでそんなことは当然想像してしまう。

 まあそれはあくまでハイシンの人気にあやかったものなのでカナタ自身を想ってくれているわけではない。

 それを考えるとカナタは一気にニヤッとした気持ちが冷めていった。


「さてと、取り合えず助けたわけだけどもう良いか? 流石にあいつも戻ってこなさそうだし」

「あ、大丈夫です! 本当なら私でも撃退出来たんですけど、あまり強い力を使うと怪我をさせてしまいそうでしたので!」

「……あ、そういうタイプか」


 どうやら助ける必要はなかったみたいだ。

 しかしと、そこでカナタは改めて少女を見た。

 ダボっとしたローブとヴェールのようなものを被っているが、美しい銀髪は太陽の光を反射するようにキラキラと輝いている。

 空色の瞳はまるで宝石のように綺麗に見え、そんな綺麗さが彼女の純真な心を表しているようにも見えた。


「そういうタイプ? 良く分かりませんがあなた様の優しさは伝わっております。ありがとうございました名も知らぬ方」

「いやいや、良いってことよ。美少女を助けられたんなら気分も良いからな」

「ふふっ、美少女ですか。マリア第三王女などの方が遥かに美少女と思いますが」


 いや、そもそも彼女たちのレベルが高すぎるのである。

 カナタの前世では決して出会えないような……否、その世界に存在すらしてないであろう美しさなのである。


「……流石異世界だな」

「??」

「何でもねえ」


 誤魔化すようにカナタは頭を掻いた。

 その時、少女はあっと声を上げた。彼女が目を向けるのはカナタの手の甲だ。


「それ、どうしたんですか?」

「え? あぁこれか」


 手の甲には傷を癒すマジックアイテム、湿布のような物が貼られていた。

 実は昨夜、部屋の整理整頓をしていた時に重たいものが手の上に落下してしまったのだ。

 それで今朝になっても腫れが引いてなかったのでこの痛みを和らげるアイテムを付けているのだ。


「ま、明日にはたぶん良くなってるさ」

「なるほどです。ご自愛くださいね?」

「……優しいなぁ少女は」


 幼い少女の優しさに涙を流しそうだった。

 それはオーバーだったが、ついつい年下だと思った少女の頭を撫でたカナタだったがすぐにヤバいと思って手を引っ込めた。


「おっと悪いな」

「いえ、全然大丈夫ですよ。う~ん、もしかして年下と思われてますか?」

「……え? 違うの?」

「本当に年下かもしれないですが、良く見る同年代の雰囲気にそっくりでしたので。私は今年で十七になりました」

「……一緒だわ」


 まさかこんなに小さい少女が同年代とは思わなかった。

 カナタの身長は百七十程度、大して少女はおそらく百五十ないくらいなので結構な差があった。


「……なんか悪かった」

「いえ、全然大丈夫ですよ。私、同年代と比べて背が低いのでよく言われるんです。あぁでも、体の方はちゃんと大人なんですよ?」

「ふぇ?」


 そこで彼女は胸元を少しだけ見せてくれた。

 そこには小さな体にそぐわぬ圧倒的な膨らみが見え、カナタは一瞬フリーズしたがすぐに目を逸らした。


「ふふ、ちゃんと大人っぽい仕草も出来るんです♪」

「……そか」


 どうやら彼女はカナタが思う以上に良い性格をしているのかもしれない。

 しかし、そんな彼女は少し下を向いてボソッと呟いた。それはしっかりとカナタにも伝わるほどの大きさだった。


「私、毎日体を清めています。いつの日か、あの方に全てを捧げられるようにと」

「?」

「……ふふ、何でもありません。それでは心優しき人、また機会があればお会いしましょう」

「おう。じゃあな」


 そう言葉を交わし、カナタは彼女と別れるのだった。

 ちなみに、彼女がローブを胸元をずらした時に十字架のようなアクセサリーが首からぶら下がっているのを見た。

 体に十字架を思わせる何かを装備しているのは基本的に特殊な位置に立つ人間に多いというのも分かっているので、もしかしたら彼女はかなり特別な存在なのではないかとカナタは睨んだ。


「ま、どうでも良いことか。よし、帰るぜ」


 美少女との出会いに幸福を感じながら彼はホクホク顔で寮に戻るのだった。





「お帰りなさいませ、聖女様」

「ただいま戻りました」


 王都シストルの一角、広大な敷地の中に存在する建物の扉を彼女は潜った。

 その少女は街でカナタが出会った女の子であり、今聖女と呼ばれた存在でもあったのだ。

 聖女とは王国にとってなくてはならない存在、膨大な魔力を持ち他国との交渉などの場において彼女もまた姿を現す。

 しかし、公に場に出る彼女は顔を隠しているため、この少女が聖女であると知る者は限られた者しか居ないのである。


「……よき出会いでした。優しそうな方でしたね……それに、声がとても似ていた気がしました。あり得ないと思いつつも、もしかしてと思うくらいには」


 さて、彼女もまた何やら怪しい雰囲気を醸し出し始めた。

 彼女は椅子に座って端末を起動し、とある録音ファイルを開いた。


『さて、今日もお便り読んでくぜぇ』

「きゃああああああハイシン様ぁあああああああ♪」


 ……そう、聖女と呼ばれた彼女もまた俗世間に染まってしまった子だったのだ。

 彼女がハイシンを知ることになったきっかけ、そしてここまで狂った理由はいくつかあるが、やはり一番は純粋過ぎたのだ。

 単純にハイシンの声そのものが彼女は好きだった。


「本当に良い声ですぅ……はぁはぁ」


 鼻息荒いその姿、間違いなく彼女を知る者が見たらたまげて気絶してしまうかもしれないほどの衝撃だ。


「ハイシン様、どうしてそんな素敵なお声をしてるんですか? 私の下腹部にきゅんきゅんと響くその声……いやんもう声でお子が出来てしまいますぅ!」


 顔を真っ赤にしながらいやんいやんと体をくねらせる彼女の姿、それは彼女を知る者だけでなく知らない者からしても完全に危ない奴にしか見えなかった。

 しかし、そんな狂いに狂った彼女はその夜に運命を知った。


『じゃ~ん、手元が映せるようになったぜ! みんな見てるかぁ?』

「手元ですって……え?」


 まさかのハイシンの手が見えるとは思わず、画面を食い入るように見た時彼女は見てしまったのだ――ハイシンの手、そこに湿布のようなものが貼られていたことを。


「……まさか……まさかまさかまさかまさか!!」


 聖女アルファナ、彼女の脳に浮かんだのは街中で出会った彼だった。

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