信者二号、魔王シュロウザ

 人間と魔族は何故争うのか、それは人間にとっても魔族にとっても永遠の課題だった。

 どうしてそうなってしまったのか、どうしてこうなったのか、それは昔から続いているからとしか言いようがなかった。

 そんな終わりのない戦いの中で、魔族の長を務める魔王もその歴史を憂いていた。


「何故我らは争う。何故我らは共に手を取り合えぬ」


 そんな疑問は確かにあった。

 まるでそうであれと命令されているかのような、世界そのものから思考停止を言い渡され傀儡のようになっている感覚を魔王は味わっていた。

 停戦の申し出やそれ以外の交渉など、そこに行き着きはすれど行動に移すことそのものを封じられているような感覚だ。


「……我らには戦うことしか出来ぬ、我らはそれこそが正しい」


 まあだからといって変わることはなかった。

 今まで続けてきたことをそのまま続ける、それが魔王にとっても魔族にとっても、そして人間にとってもそれが常識だったからだ。

 しかし、それはまるで思考の枷だった。

 どうしてそうなのかに疑問を思わず、ただそうであれと固定された思考の元に動いていく――そんな時だったのだ。


「むっ? ハイシン? 何者だそれは」


 人間界のトレンドに詳しい部下がハイシンという存在を魔王に知らせたのは。

 ハイシンという人間が活動している音声を乗せて広範囲に拡散させ、自分の思ったことをただただ話すだけだがとにかく人気らしいと魔王は聞いた。


『中々面白いこと話してますよこいつ。いやぁ人間にもこんな感覚の奴が居るんすねぇ。友達に居たら楽しい感じっすよ』


 人間界のように携帯型の端末はないので、魔王が用意させたのは据え置き型の端末だ。部下がハイシンのことを妙に推すのでせっかくだからということで用意させたのである。


「さて、どのような人間なのだ?」


 それから魔王はハイシンの声を聴いた。

 一言で言うならば今まで見たことのある人間とは一癖も二癖も違う人間だということは分かった。

 そして彼の話し方、話す内容はどこか他者を惹きつけるものがあったのだ。


『みんな今日は何食った? 俺はトーストの上にエッグを乗せた贅沢メニューだぜ』

「我は肉だ。朝から少し辛かったぞ」


 ハイシンが言葉を返してくれるわけがないのに、自然と魔王は言葉を返していた。

 ただの暇つぶしになればいい、そんな感覚でハイシンの声を聴き始めたが気付けば彼の配信を開くことが魔王の日課のようにもなっていた。


「さて、今日はどんな内容なのだろうか……しかし、このハイシンとやらは一体どのような力の持ち主なのだ?」


 ハイシンの全方位に声を届かせる拡散方法、それに対して多大なる魔力を消費することは当然魔王も知っている。

 だからこそ、その魔力の強大さに対して魔王も警戒はしていたのだ。

 人間の中で魔力ランクはSSSが最高と言われているが、魔王に関してその規格を当て嵌めるとおそらくそれ以上であることは容易に想像できる。

 しかし、そんな魔王よりもハイシンの魔力保有量が多いことも気付いていた。


「興味深い、本当に興味深いぞハイシン」


 彼は決して誰かに肩入れすることはなく、いつも自分の思うことだけを口にしていた。歯にモノ着せぬ言い草、それは人間と感性の異なる魔王にとってとても心地の良い裏表の無さだった。

 そして、そんな魔王にとってハイシンが大きな存在になったのがとある瞬間だ。


『そういやさ、なんで人間と魔族は争ってんだろうな。正直俺からすりゃ犠牲しか増えないからやる意味ねえじゃんって思うわけよ。誰も疑問に思わねえの?』

「っ!?」


 近くに居た部下に飲んでいた飲み物をぶん投げるほどに魔王は驚いた。

 それは今まで魔王がずっと抱き続けていた疑問、周りに誰も同じことを考える存在が居なかった内容だったからだ。


『まあそうは言っても俺の意見だ。人間だと……まあ各国のお偉いさんで魔族側は魔王になるのか? 首脳会談……あぁ組織のトップ同士で話し合うとかも出来ると平和なんだがなぁ。まあ俺はそれよりも腹が減って来たんで今日の夕飯の方が大事だが』

「……こやつめ」


 魔王は呆れたが笑っていた。

 そんなこともあって、同じ視点で物事を考え同じ疑問を感じることが出来る同士だと魔王の中でハイシンは位置付けられた。


「ほう、投げ銭というのかこの機能は」

「どうしたんです?」

「うむ。ハイシンに対して我々が何かサポートできる機能が始まったのだ。この投げ銭というやつは通貨を送ることが可能みたいだ」


 そうして魔王もまた、どこかの狂った王女のように金を送ることが始まった。

 魔王であるからこそ財力は凄まじく、小出しではあるが魔王の小出しは人間界での大金だった。


『嬉しいんだけどよ。ちゃんと自分のことを一番に考えてくれな? 俺が実装した機能だけどなんか申し訳ないからさ』

「気にするなハイシンよ。我はお前の財布である、何故なら魔王だからだ」


 長く配信を聞いていたからか、二度目になるがどこぞの狂った王女のように信者へと生まれ変わった魔王がそこには居た。

 魔王にとってハイシンの声を聴いている瞬間が一番の幸せだと感じ、同じ視点で物事を考えられる彼のことを魔王は傍に居てほしいだと思い始めたのである。


「ハイシン……ハイシン、顔も知らぬ人の子よ。我はお前が欲しい、我は魔王であり多くのモノを蹂躙する存在だ。だが……」


 魔王は……はポッと頬を赤らめた。


「……お前になら、この身を蹂躙されたい」


 百戦錬磨の魔王も現代で言うガチ恋勢の仲間入りだった。

 ハイシンというのはとにかく新鮮で、この世界で魔王が見たことも会ったこともないからこそここまでの感情を覚えたのだ。

 配信ということで彼が届けるのは素直な言葉、それを毎日のように耳元で聴いていればハイシンが傍に居るのだと、彼が傍に居ること自体が正しいのだと錯覚しても何もおかしなことはない。


「はぁ……ハイシン、我はお前に会いたい。どうすれば会える? どうすればお前の顔を見れる。どうすればお前に求められる?」


 一人で使うにはあまりにも大きく、そして豪勢な浴室で魔王は憂いを帯びた表情でハイシンを思う。

 地面に付いてしまうほどの長い黒髪、血のような真っ赤な瞳、巨大な翼は人ならざるもの証であり、均衡の取れた凹凸のある肉体は女性としての美を形成している。


「……人間界か。どこかにお前は居るのだな……さて、お前は何処に居る」


 浅黒い肌の彼女は虚空に向かって手を伸ばす。

 この手にハイシンを掴みたい、この腕で抱きしめたい、全てを差し出し全てを与えてもらいたい、そう魔王である彼女――真名はシュロウザという彼女はハイシンに狂ってしまった女だった。





「……よし! 完成だ」


 そして、どこぞの魔王にガチ恋されているとも知らずハイシンはとあるものを完成させた。

 それは以前に彼が口にした手元を映すマジックアイテムだ。

 特に喋ることが変わるわけではないが、近日中にこのように配信がアップデートで来たぞというのは伝えるつもりである。


「手袋とかした方が良いか? いや良いか、手元で身バレとかあり得ねえだろ。それに窮屈そうだしな!」


 ちなみに、この考えが大変な事態を巻き起こすことになるのを彼は知らない。

 カナタはまだここが異世界だという認識と、そしてガチ恋と呼ばれる者たちの異常な洞察力にまだ気付けていない。

 まあそもそもの話、彼は人気が出てきたと思っているが恋をされているとは気付いていないのである。


「よし、いつからやるかなぁ」


 現代にも存在していた厄介オタク、それを彼もSNSなどを通じて知っているはずなのだが……まあその当事者になるとは全く思っていなかったのだろう。

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