また一つ、動かしたハイシン
「あいつだぜ。平民のくせに良い成績を出したってのは」
「マジかよ。あんなパッとしない奴がか?」
「生意気だろ。教師に気付かれないように呼び出そうぜ」
「やめとけよ。マリア様に嫌われたいのか」
放課後、廊下を歩くと色んな声がカナタに届く。
宮廷魔術師を招いての実践練習の結果が良い意味でも悪い意味でも噂となって広がっているらしい。
これでカナタが貴族生徒だったら賞賛に変わっていたかもしれないが、いくら学園の中で差別が許されないとしても、やはり根本的には貴族生徒たちの平民を見下す意識は変わらない。
(……ぶっちゃけ、今の俺の方が資産で言えば上だろうけどな)
それだけ投げ銭のお金が凄まじいということだ。
これから寮に戻りいつものようにカナタは配信をするつもりだ。毎回毎回多くの人が来てくれることにもしかしてニートが多いのか、なんて失礼なことも考えてしまうが本当にリスナーの存在はありがたいと思っている。
「それじゃあとっとと帰るとして……あん?」
それは偶然見えた後姿だった。
どこかに向かう二人組の男女、その二人というのがマリアとカナタを鼻で笑ったあの男子だった。二人で向かうのは人気のない場所、まさかと思いカナタの野次馬根性が出しゃばった。
「おいおい、一国の王女様が逢引きか? こいつはよもやだぜ」
王女ともなると相手が婚約者として存在しているとは思ったが、そうでない可能性もあるのかもしれない。なんにせよ気になるものは気になるとしてカナタは二人の後をバレないように追いかけた。
向かった先は建物の陰、そこで男子はこう口を開いた。
「マリア様、俺はあなたを愛しています!」
「それは……告白ですか?」
「はい! 俺、ずっとあなたをお慕いしていました! 一目見た時からずっと、ずっとあなただけを!」
逢引きではなく告白だったようだ。
鼻で笑われたこともあって良いイメージはなかったが、そこそこに熱い性格をしてるじゃないかとカナタは感心した。
しかし、相手は王女の時点で彼の想いが叶うことはない。
「ごめんなさい。気持ちは嬉しいけれど私には既に……」
「そう……ですよね」
やっぱり婚約者が居るようだ――
「心を捧げた方が居るの。だからあなたの想いに答えることは出来ないわ」
「それは……婚約者ですか?」
「婚約者? 私には婚約者なんて居ないわよ? 私は第三王女だから恋愛、というよりも結婚相手は自由にしても良いと言われていてね。それならば相手は必要ない、私はとある方にこの身を捧げたいのよ」
マリアには婚約者が居ないようだ。
基本的に王女くらいの立場なら婚約者は普通、或いは隣国にでも嫁ぐものだと思っていただけにカナタもそうだし告白した男子も驚いていた。
(……なるほどな。しっかしあの王女様があそこまで言う相手が居るんだな。王女っつってもその立場を鼻に掛けないし、それに平民も気に掛けていて優しさが溢れている。オマケに美人で胸も大きく俺の好み……はぁうらやま、あんな美人に想われる相手はどんな徳を積んだんだよ)
カナタにとってマリアは本当に好みだった。
それは恋をするというよりも、単純にカナタの好みを押し込めたような美少女に対する憧れのようなものだ。
前世でいう漫画やアニメで出てくるようなキャラクターのような可愛らしさと美しさを秘めているからこそ、余計にカナタはそう思うのである。
「っと、どうでも良いか。配信配信!」
告白劇から目を逸らし、カナタはすぐに寮に戻るのだった。
部屋に入ってしっかり鍵を掛け、いつものように机の置かれた端末のスイッチを入れた。
「……今日はお便りは良いか。適当に喋るべ」
今日もするとは言っていたが特に何時からとは伝えていない。なのでいつものように人は集まらないかと思っていたが、配信を始めた瞬間一気に人が集まったのを示すように接続端末の数が増えて行った。
「よっすお前ら! まだ夕方には早いのに仕事とかねえのかよ。まあ俺としてはお前らが来てくれることが嬉しいけどな!」
それは何度も言うが素直な気持ちである。
有名になったことで少し天狗になる部分はあるが、それでも見に来てくれる人たちのためにこの時間を楽しく過ごしてほしいという願いはあった。
「今日は雑談だけどさぁ……ちょっと近いうちに色々とアップデートしようと思ってるぜ。具体的にはカメラ……そうだな、お前らの端末に映像が映るようにしたいと思ってる。もちろん顔は出さずに手元くらいだけどな」
名無しの王女:ハイシン様のおててですって!? 私、その輝きに目が耐えられるのかしら!? あぁでも、ハイシン様の手で焼かれるならそれも快感♪
「早速ヤバいのが釣れたがまあ……やりたいこともあるからな。みんな楽しみにしていてくれよ」
早速名無しの王女が反応したがカナタは軽くスルーした。
他のリスナーにとっても名無しの王女は大金持ちでありヤバい奴という認識は同じなので初見以外は特に気にはしない。
「そういやさ、今日目の前で告白劇があったんだよ。お互いにイケメンと美女で何だこいつらって感じだったわ。まあ美女の方が断ったんだけどな!」
早速マリアとあの男子生徒の話題をネタにさせてもらった。
まあこの配信をあのマリアが見ているわけがないとカナタも思っているので話したわけだが、コメント欄は大賑わいだ。それだけカナタと同じくイケメンに僻む連中が多いのだ。
:ハイシン様、私があなた様とお付き合いをしたいですわ
:何言ってるのよ私よ!
:いいや我だ
:許せん、余こそがハイシンには相応しい
名無しの王女:はっ、何言ってるのかしらこのゴミ共は。私がハイシン様にもっとも相応しいに決まってるでしょうが!!
「厄介なリスナーはお断りだぜ? 気持ちは嬉しいがみんなが見る場所で喧嘩する奴は嫌いだぞ~?」
カナタがそう言うとコメントがぴしゃっと止まった。
どうもそれだけ変なことを口にしてカナタに嫌われたくないという意志が感じられた。
さて、ここでカナタはある意味この世界のタブーをぶち込んだ。
「なあなあ、魔王ってのはどんな姿してんだろうな。みんなは知ってるか?」
それは魔王に対する興味からの言葉だった。
長年人間と敵対している魔族の長であり、強大な力を持った王である。その姿は謎に包まれているらしく、人間の中で魔王の姿を見た者は居ないらしいのだ。
「筋骨隆々の大男か、それともナイスバディの美女か……期待が膨らむねぇ。まあ俺は何度も言うが人間とか魔族とか気にしちゃいねえ。争わずにみんなが仲良く出来ればそれで良いって思ってるような奴だ。先人の戦いを愚弄するだとか、そもそも魔族に対してそのようなことを考えるなど理解できないって思われるだろ」
そこで言葉を一旦切り、カナタは飲み物を飲んで言葉を続けた。
「でもよく考えてみ? 人間にも守るべきものはあるし魔族にも守るべきものってのはあるはずだ。そりゃあ欲望に従って暴虐の限りを尽くす奴もいるだろうぜ? けどそれは人間だって同じだと思ってる。好きに犯罪をする奴も居れば女を犯すことに快感を覚える奴だって居るんだから」
そこはある意味特殊な趣向を持った人間に限定されるが、王都の外に出ればいくらでもそんな話は聞くことがある。
村を襲って女を奪い作物を燃やし、男は皆殺しなんてのも珍しい話じゃない。人間にだって残酷なことに快楽を覚える異常者も居るのだ。
「まあ人と魔族が馴れ合うってのは当分……いや、永遠に来ないかもしれないけど見てみたい気もするよな。争うんじゃなくて互いに手を取り合えば人間の良い部分、魔族の良い部分をお互いに共有してもっと良い世界になると思うんだがなぁ」
あくまで夢物語ではあるが、実現出来ればこの世界は真に平和になるだろう。
:面白いな。やはりハイシン、そなたは面白い。我も前向きに考えよう
「なんだ魔王の真似か? 良いねぇ魔王様、何かこう良い案の提示を頼むぜ」
魔王が見てるわけないのでこれまたすぐにカナタはスルーした。
しかし後日、まさかの魔族側からしばらく不可侵の申し出が人間側にあった。それは予期せぬことではあったが、人間側からすれば是非にと頷きたくなる提案だったのだ。
:なあなあ、ハイシンの話の後だよな?
:どうなってんだ……まさかハイシンの声を魔王も聞いてるのか!?
:ハイシン……どこまでもビッグな男だぜ
:つうか何者だよハイシン……そりゃ各国からの最重要人物になるわけだ
カナタの知らない場所で、また一つ彼は有名になった。
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