嗅覚の鋭い女は怖い
「……ふわぁ良く寝たぜ~」
朝、目を覚ましたカナタは開口一番に大きな声を上げた。
本来なら朝っぱらから大きな声を出すと迷惑になるのだが、こういう時に一人部屋というのは便利である。
「とっとと食堂行って飯済ますか」
カナタが通う学院は多くの設備が整っている。
王立学院ということもあって王都を代表する学び舎だからこそだろうか、それに王女も通っているので尚更力を入れることになったのだと思われる。
簡単に身嗜みを整えて食堂に向かうとそれなりの生徒の数があった。
各々に集まってテーブルに着いて朝食を食べる彼らの間をカナタは歩いて行く。
(朝はやっぱりトーストとエッグタルトだよなぁ)
前世での記憶と照らし合わせて良かったこと、それは結構前世の料理と似通ったものが存在しているということだ。
そのおかげもあって懐かしい気持ちになったりもするし、全く見たことのない料理に新鮮な気持ちになったりと良いことしかない。
ちなみに、カナタは一人で朝食を食べている。
話をする相手は居ないし、誰も話しかけてこない……カナタは特に寂しいとは思っていない、思っていないったら思っていないのだ。
朝食を済ませて部屋に戻り、カナタは端末で自身の口座情報を見た。
「めっちゃ貯まってるなぁ……この世界に確定申告がなくて助かったぜ」
ハイシンとしての活動をする中で投げ銭によってかなりの額が貯まっている。
それこそ眺めの良い場所に別荘を建ててもお釣りが来るくらいだ。
今は広告料なんてものも発生していないので配信をすることで儲かる仕組みは投げ銭しかない。
「まさかこんなに金を投げられるとは思わんかったが……」
実はそこまで期待はしていなかったのだ。
カナタが配信をすることで聴いてくれた人が楽しい気持ちになり、応援したいなと思ってくれたらその気持ちを送ることの出来るシステムを組み上げたのだ。
そのおかげで大変な金が良く投げられるのだが、その代表的な例が名無しの王女などと言った大金持ちと思われる層だ。
「ま、金があって困ることはねえ。ありがたいこった」
金は裏切らない、むしろ金だけが唯一信じられると言ってもいいほどだ。どこの世界も基本的に金があれば出来ないことは何もないのだから。
学院に向かう準備を終わらせ、カナタは荷物を手に部屋を出た。
相変わらず誰も隣に居ない道を歩いて行く。
誰か一人くらい友人が出来てもおかしくないのに、カナタはずっと一人だった。
「うっす~」
魔力Sランクが通う教室に入り、挨拶をして疎らながら返ってくる声があるだけでもマシだった。
ちなみに昨日助けてくれたマリアはSSSランク、絡んできた貴族生徒は二人ともSランクだ。
つまり、教室の中から昨日のことを根に持っているのか睨んでくる二人組が居る。
「……はぁ。ほんとめんどくせえ」
突き刺さる視線を面倒だと思いカナタは机に突っ伏した。
このまま何もせずに担当教師が来るまで待とうと思ったのだが、隣に集まっている女子がこんな話をしていた。
「昨日もハイシンのお話面白かったね」
「うん。口は悪いけど言ってることは間違いじゃないもんね。最初は慣れなかったけど最近はこれ以上ないくらいにファンになっちゃった」
「どこか中毒性があるんだよねぇ。それに彼って凄く有名になったじゃん? 彼の声で色んな決まり事に変化を及ぼすこともあるみたいだし」
ぴくぴくっとカナタの耳が動いた。
まさか近くにそのハイシンであるカナタが居るとは彼女たちも思わないだろう。
カナタとしても別に名乗り出るつもりはない、何故なら真実ではあるが絶対に信じてもらえないからだ。
(信じてもらえねえけど悪くねえなぁ。有名人最高!!)
前世でも配信者というのはこんな気持ちだったのかとちょっと考えてしまう。
この世界で配信活動をしているのはカナタただ一人、今までも何人か真似ようとしたが膨大な魔力が必要になるので結局誰も実現できていない。
正に今、カナタだけがその道を駆け抜けているのだ。
「このまま配信者……違うな、読み方は同じでもハイシンシャだ。その道を俺は駆け抜けてやるぜ」
それは小さな決意の表れだった。
転生者特典とも言うべき無限の魔力、何度も言うがカナタには無双したりすることに興味はなく俺tueeeeeにも興味は全くない。
ただただ彼は配信さえ出来ればそれで良いのだ。
(……今は言葉しか届けられねえし、せめて手元くらいは映せるようにはしたいもんだな。どうにか作ってみっか)
どれだけの時間掛かるか分からないが、この世界で何か気に入ったアイテムの紹介をしたりするのも楽しそうだとカナタは笑った。
時間の流れは早くSSSランクからSランクまでのクラスでの合同授業がやってきた。
それなりに人数が多いのだが、何でも国が誇る宮廷魔術師がやってきて講義をするとのことだ。
「……面倒だな」
無限の魔力、それはチート能力だ。つまり魔力に関してカナタに出来ないことはほとんど存在しない。
宮廷魔術師が上級魔法を放ったとしても、カナタの放つ下級魔法の方が遥かに威力も範囲も強大なのだから。
「つまり、魔法とはイメージである。そして――」
周りの人間は真剣に話を聞いているがカナタからすればどうでもいいことだ。
バレないように欠伸をしたが、どうも今のは隣に座った誰かに見られていたらしい。
「?」
「……ふん、所詮Sクラスか」
鼻で笑ったのは見るからにイケメンの男だった。
SSSクラス所属を示す金色のバッジが胸元に付けられているので、彼からしたら格下であるカナタを嘲笑っただけに過ぎない。
まあカナタからすればどんな相手も魔力に関しては格下であり、そのイケメンの挑発は何も意味を持たないのだが。
「ま、退屈なのは変わんねえしな」
それだけ言ってカナタは前を向いた。
隣からとんでもない敵意を感じるのと同時に、逆に挑発になったかとカナタは反省するのだった。
それから実践練習の時間になり、多くの生徒たちがとある人物の元に集まっている。それがマリアであったり先ほどのイケメンだった。
「ファイア!」
向こうにある的に正確に下級魔法のファイアを当てられるかの練習だ。
少し齧れば誰でも出来ることだが、今カナタの目の前で頑張っている平民の男子はかなり苦戦しているらしい。
たとえ魔力ランクが高くても、その魔力を練り正確に放てるかは別問題だ。
「平民らしい無様さだな」
「おいおい、恥ずかしい姿を見せるくらいなら最初からやんじゃねえよ」
貴族からのヤジに泣きそうになっている男子の姿が気の毒に思えてくる。
結果その男子は上手いこと出来ずに貴族の笑い物になった。
「次はカナタさん、どうぞ」
「うっす」
呼ばれたのでカナタは前に出た。
さっきと同じように貴族生徒からの不快な視線は感じる。
だがカナタにとってそれはやはり何の意味もない。
「ファイア」
短く呟くと、小さな火球が的に向かった。
規模はあまりに小さく見えたが、着弾した瞬間に大きく爆発した。
「お見事ですカナタさん。みなさん、今のが丁寧な魔法の発動です」
悔しそうにする貴族生徒、嫉妬の視線を向けてくる平民生徒、その二つの視線を受けてカナタはもうどうすれば正解なのか分からなった。
隅っこに引っ込んだカナタ、そんな彼の傍にマリアが歩いてきた。
「あなた、凄い腕を持ってるのね。見直したわよ」
「ありがとうございます」
他の連中なら泣いて喜ぶだろうがカナタとしては早く離れてほしいと思ってる。何故なら向けられる視線の数が凄まじいからだ。
「……ねえ」
「なんです?」
「……ないわね。何でもないわ。ちょっと喋り方のアクセントが気になってね」
「アクセント?」
つまり発音がどこかおかしいとでも言いたいのだろうか。
結局マリアはすぐに歩いて行ってしまったが、一体発音が違うとして何が気になるのだろうとカナタはずっと考えていた。
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