失ったものの大きさ

かまくら

もう帰ってこない


ピーーーーーー


風通しのよい病室の一つ。

そこで鳴り響く無常な機械音。

様々な管で繋がれた彼女をただ呆然と見つめる僕。


……今日、彼女が亡くなった。



◇◆◇



「……」


家に帰ればいつものように「お帰り」という声が聞こえてくるんじゃないか。

そんな願望は、電気の付いていない暗い部屋を見て消え失せた。


カチリという音と共に部屋は人工の明かりで照らされ、見慣れた彼女との思い出が視界の端から端まで映し出された。


一緒に買ったマグカップ、旅行先で撮った写真、欲しいと言うから買ってあげた大きいクマのぬいぐるみ…

そのどれをとっても、今は心に出来た傷を広げていく物でしかなかった。


「……なんで…」


テーブルに置いていたコップを掴み…次の瞬間、壁に思い切り叩きつけた。

バリンという破壊音と共に粉々になったコップの破片が床に散らばった。


「なんで!!彼女が……っ!!」


病室では何も思わなかった。

当たり前の事のように感じていた。

冷たくなった彼女を見て、何か物でも見つめるような気分だった。


違った、違ったんだ。

現実を受け入れられないから、失ったものの大きさを感じたくなかったから、心を壊してたんだ。

もう彼女はどこにも居ない。

彼女の形をしたものはあっても、そこに彼女の意思はもう居ない。


「うあ……あぁあああああああああああ!!!!」


そこからの行為は、自暴自棄に等しかった。

辺りの家具、小物に感情のまま当たり散らし、脳が発する危険信号を無視してひたすら傷を負い、怒りと悲しみを声に出して暴れた。


少しの理性が戻った頃には、部屋はもはや元の形を為していなかった。

ゴミ捨て場と言われれば納得してしまうほど、無傷な物が無い程には荒れていた。


もう、どうでもいい。


彼女が二度と帰ってこないという事実に比べれば、なにもかもに対してそう思えた。

荒れた部屋を見ても、なんの感情も抱かない。


そう思っていた矢先、散らばった本の中に見慣れないノートのような物を見つけた。


見覚えのないという感想が浮かび、必然的に彼女の物だと分かった。


無気力に、何気なくそれを手に取る。

ノートの表紙には『日記』と書いていた。


「日記って……小学生じゃ、ないんだから…」


字体といいシンプルさといい、彼女らしさをそのノートに感じてサラリとページを捲る。


そこには付き合った日の日付と、その日の出来事が丁寧に書かれていた。

…少しして、またページを捲っていく。


楽しかった事、悲しかった事、嬉しかった事、怒っていた事、喧嘩したこと、仲直りしたこと、一緒に笑い合ったこと、デートに行った事…

彼女が感じ、思った事がこのノートに全て書かれていた。


そして、どんな事があっても全てのページの最後に「好き」と書いてあった。

彼女は、いつでも僕を愛してくれていた。

喧嘩してしまった日にも、悲しい思いをしている日にも。


「……僕も、僕もずっと好きだよ。これからも、この先もずっと…」




彼女が残したものは、僕にとってあまりにも大きすぎた。



〜end〜

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