挿話04 詐欺師
「そんなこと信じられませんわ!」
受付の仕事が終わり、さすがに今日あったこと、見たことをヴィクトリアに話さないわけにもいかない。
階級5でセンゴク、と依頼票に書かれていた人が襲ってきたことをヴィクトリアに話した。そして、依頼票は、偽造の可能性が高いことも。
「だいたい偽造なんて、保管書類との突き合わせが必要で、そんな簡単にわかることではないですわ」
「わかるの、私の場合は」
「どういうことですの?」
「私は
ギフトは嘘をつかない。ギフトがくれた違和感が何かを見抜くのは訓練は必要だけど。
「
「嘘ですわっ!」
「本当なの。もしかしたら名前も、階級も同じハンターなだけで、他人なのかもしれないけど」
そう、私は直接取り調べはしなかったが、すでに取り調べ室に拘束されているセンゴクの様子を間接的に話くらいは聞いた。それによると…
「取り調べに対して『俺は公爵令嬢と婚約しているんだ』と叫んでいたみたい」
「そんなのウソーー!センゴク様はそんなことしないですわーー!!!」
うわーん、と泣きながら部屋を出ていくヴィクトリア。好きな人がそんなことしたら、そりゃあ、たしかにショックだよねぇ。
「ヴィクトリアには可哀想だけど、犯罪は犯罪だからなぁ…規則的には階級3への降格、半年の減給ってところかな?」
依頼票の偽造は重罪だ。ハンター協会の信用を損ねる問題なので、厳重に対処されるだろう。状況次第ではハンター資格剥奪までありえる。
ハンター資格剥奪はとても重い。資格を剥奪されたハンターは、どこの国籍も持たない人間になるため、国からの保護が一切なくなる。
泣いて出ていってしまったヴィクトリア。さて、私はどうしようかな。
「うーん。このことに関わるのは、
ふと、ヴィクトリアと喫茶店で話したことを思い出した。いかにお互いが想っているあの人のことが好きか、心置きなく話せて、楽しい時間だったのは間違いない。
「でも…あんなふうに、好きな人のこと、思いっきり話し合うの、楽しかったなぁ」
そういえば私、シーくんにべったりで、友達みたいな人、少なかったかも。特にコーダエに来てからは、ホントになかったなぁ。サクラとかも…うーん、友達というよりライバルだったしなぁ。
あんな風に気持ちをおおっぴらにして、話したのは人生で初めてかもしれない。だからヴィクトリアとの時間が楽しかったんだと思う。
「そうだよね。さすがに昨日あれだけ仲良く話した子を見捨てはられないかなぁ。目的とは外れるけど、友達…になるかもしれないもんね」
ヴィクトリアのことは、シーくんとの結婚とは少しも関係ない。その時間を勉強に当てた方が、シーくんとの結婚の近道だろう。でも、昨日のああいう時間がなくなるのもイヤだな。
「またヴィクトリアとあんな風に話ができたら楽しいだろうしなぁ…しょうがないっか」
じゃあ、やることは1つ。まずは、ヴィクトリアがどこに行ったか、探しに行こうかな?
※※※※※※
まず、行き先に当たりを付けるとすれば、当然のようにハンター協会受付の建物だろう。何せセンゴクが捕まっているのだ。
そして、その予想は当たりのようだ。
「うるせぇよ!ここから出られりゃあいいんだよ!取り調べ室の鍵を開けてくれてありがとよ、マヌケなお嬢様よぉ!」
「センゴク様っ!」
ハンター協会受付の建物に近づくと、ヴィクトリアと、昨日の男、センゴクが言い争う声が聞こえてきた。
慌てて中に入ると、センゴクに襟首を掴まれたヴィクトリアが涙目になっていた。受付の時間は過ぎていて、受付業務は終わっているので、パッと見に、視界内に人はいない。
「うるせぇ!最後は鍵を持ってきて、役に立ったから許してやるが、お前ホントに使えねぇよな」
「そ…それはいったいどういう…」
「公爵令嬢だから、金引き出せると思ったら、何で公爵家を出て、受付嬢になんかなってんだ!?馬鹿かよ!使えねぇな!」
「そんな…センゴク様…嘘ですよね!」
争い声を聞いたからか、奥から警備員が何人か駆けつけてきた。それを見て、センゴクはヴィクトリアを後ろから抑え…そしてその顔にナイフを突きつけた。
「これ以上、近寄ってきたら、公爵令嬢の大事なお顔に傷をつけるぞぉ!ひゃっはぁっ!」
センゴクは、そう言って、警備員を威嚇しながら、出入口に向かって進んでいる。つまり、出入口に立っている私のところに、じりじりとこちらに近づいてきているのだ。
もう少し、左…そしてこっち側…に来れば…。
近づきながら、私に気づいたらしいセンゴクは、酷く歪んで、ゲスな笑みを浮かべだ。
「へっ!?さっきの
センゴクが私を見て、そんな汚い言葉を吐き出した。バカな話。私はシーくん以外の男に可愛がられるつもりはない。
再度、脅しつけるように、ヴィクトリアへナイフを突きつけ、威嚇しながら、センゴクは、ゆっくりと私に迫ってきた。
私は、少しづつ後ろに下がりながら、立ち位置を調整する。
まるでセンゴクが怖いかのように、少しづつ移動しながら、センゴクが目標のポイントにくるのを見計らう。
センゴクは仮にも階級5のハンターだ。まともに正面から殴り合いなどでもしたら私が負ける。さっきは不意打ちだから制圧できたんだ。だから今回も不意打ちで決めなくっちゃダメだ。
センゴクが怖くて下がっているように見せかけて、私がさっきから狙っているのは、床だ。
じりじりとセンゴクを誘導して……よし!今だ!センゴクが目標地点を踏んだ。私はすぐに魔法を構築する。
「
床の木目。細長い床材が組み合わされている。細長い床材の端と端。
センゴクが踏んだ床材は、今、私が踏んでいるのと同じ床材だ。
だから、同じ木で作られた床板を、センゴクが踏むように誘導した。同じ一枚の木材だから、杖の先端で触れたのと同じ効果を得られるわけ。
私の唱えた
ドンッ!!!
吹き抜けの3階から、また落とされたセンゴクは、床に倒れた。指先はまだ動いているので死んではいない…と思う。殺しちゃうとまずいよね?
「助かった…ですの?」
力が抜けたように、座り込むヴィクトリア。全く…恋は盲目とは言うけれども…もうちょっと男を見る目を…と思って自分にもちょっと刺さった。
シーくんのこと大好きだけど、エッチなのはなぁ。私にだけエッチな目向けるなら、全然、良いんだけど、今頃、色とりどりの女の子と…。
想像したらイラっとなったので、センゴクの顔面を踵で思いっきり踏みつけた。シーくん曰く踵での顔面踏みは、私みたいな女の子がやっても男に充分効くんだって。
メコって音がして、センゴクはピクリとも動かなくなった。あ、殺しちゃった…なんてことないよね?アハハハ…。
振り返ると、まだヴィクトリアが立ち上がれないみたい。座ったままなのも可哀想だから、手を差し出してあげた。
「ほら、もう立ちなよ」
「え、ええ。ありがとうございますわ」
私の手を掴むが、ヴィクトリアは、まだ力が入らないみたいで、うまく起き上がれない。
「あ、あれ?おかしいですわ…力が…」
これまで、何不自由なく、花よ蝶よと育てられた公爵令嬢。そんな女の子が、好きだった男の人からナイフを突きつけられた訳だから、さすがにキツかったかな。
「しょうがないなぁ…
「ひゃあ!?」
上から糸で引っ張られたみたいに、ヴィクトリアが立ち上がる。そこで、私はすかさず、脇から肩を入れてあげて、倒れないように支えてあげる。
「ロ、ロ、ロ、ロ、ロ、ロゼッタ!?」
「ほら、転ばないように気をつけて…あっちの椅子まで行こう?」
位置の移動を伴わない、姿勢の制御。
「なんで、わたくしのために…こんな…」
「昨日、ヴィクトリアと話をして楽しかったから」
「それだけで?」
「それだけで…だって」
ヴィクトリアから目を反らす。何だか堂々と言うにはちょっと照れくさい言葉だから。
「私たち、もう友達でしょ?」
私の言葉に、ヴィクトリアはきょとん、とした。しばらくして、私が言った意味が浸透したみたいで、実にお嬢様らしく、少し頬を赤くして、上品に、微笑んだ。
「そうね…そうですわね。ロゼッタ…ありがとう」
「どういたしまして」
※※※※※※
「男なんて懲り懲りですわ!」
「ヴィクトリア、極端すぎない?」
「男なんて!もう男なんていらないですわ!」
センゴクは、公爵令嬢のお陰でいい装備が揃えられたので、階級が5まではいけた。しかし、実力不足が露呈してきて、降格の危機にあったらしい。
さらに、ヴィクトリアが公爵家を出て、金を引き出せなくなると、後がない、となって依頼票の偽造に至ったようだ。
ちなみにヴィクトリアが鍵を持ち出したことについては、脅されて仕方なくやらされたとのことになり、口頭での厳重注意のみとなった。
そんな結末を私はヴィクトリアに近所の料理屋で、お酒を飲みながら説明した。
12歳からお酒は飲める。ただし醸造酒だけ。蒸留酒は18歳から。だから、ヴィクトリアと2人でエールを飲んでいる。
「それに比べて、ロゼッタはいい女ですわ〜」
一杯目の半分くらいで、すでに赤ら顔のヴィクトリアは、ぎりぎり呂律が回ってるくらいの口調でそう言った。
「は?」
「こんなに美人で、優しくて、強くて、魔法もできて、勉強もできて、パーフェクトですわ」
「あ、ありがとう…」
ヴィクトリアは、グビグビとジョッキに残ってたエールを飲み干し、近くにいた店員さんにお替りを頼んだ。
まもなく来た2杯目をまた飲んでから、ぷは~、と息をついた。ぷは~って、公爵令嬢がやっていいことじゃない気がする。
「そのシダンさんとやらは、どうして、ロゼッタみたいないい女を放っておくんですの?信じられませんわぁ!」
「あははは…」
「でも、ロゼッタ。よくよく考えたら、男の人である必要あるのかしら?」
「は?」
ヴィクトリアの目がかなり座ってた。もしかして、お酒飲み過ぎなんじゃないの?
「だって、男と比べても、ロゼッタより出来る人なんてそうそう居ないですわ?」
「そういう問題じゃ…」
「ロゼッタ…そんな中々、振り向いてくれない男より、わたくしではダメかしら?」
な、な、な、何を言ってるのヴィクトリアは!?
「シーくんは振り向いてくれるもんっ!」
「うちは公爵家ですから、ロゼッタに、不自由はさせませんわ!」
「ちょっ…な、何を言ってって、ヴィクトリア!や、やめ…どこを触って…アーーーッ!」
酒に酔ったヴィクトリアは、私の必死の静止が全く効かなかった。いくら友達とは言っても、ヴィクトリアと、打ち解けすぎたかもしれない。
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