挿話03 『21食目:ブキョウ博国高級店のベリケーキ』

ヴィクトリアに案内されてついたのは、随分とおしゃれなカフェだった。


ブキョウ博国でも、1番栄えている通りの真ん中らへんにある、白い石で出来た2階建てのお店。前にはものすごく長い列ができていた。


並んでいる人の格好もカラフルで、良さそうな布を使ってるいい服ばっかりだから、きっとお金持ちなんだろうなぁ。


でも、公爵令嬢ってもっとすごいんだなぁ。ちょっと挨拶しただけで、長い列を無視して、すぐに奥の個室らしきところに案内された。


お店の中もすごいキラキラしていて豪華なんだけど…お金、大丈夫かな…。私、今いくら持ってたっけ…。


「今日はわたくしが強引にお誘いしましたから、奢らせてくだいまし」

「ありがとう。手持ちで足りるか心配だったの」


席に座ると、特に注文をしていないのに、メイドさんっぽい人が、いかにも高そうな紅茶と、真っ白くて上に赤い果物が載っているケーキが運んできた。


「ヴィクトリア、これは何というケーキなの?」

「これは、ベリケーキというものですわ」

「ベリケーキ?初めて聞いた名前だよ」

「この上に乗ってるのがベリ、と言って最近、近辺の農場で栽培を始めた人気の果物ですの」


親指と人差し指で作った輪っかくらいの大きさで、真っ赤で三角で、表面がブツブツしている。


「じゃあ、頂きます」

「どうぞですわ」


キレイな磁気のお皿に乗ったケーキを、キレイなシルバーのフォークで小さく切って、一口入れる。


うわ。甘い。でも、間に挟まっていた果物の甘酸っぱさとのバランスがすごい。


「これスポンジとスポンジの間にも、ベリ?を切ったやつが入っているの?」

「そうですわ。クリームの甘さと、ベリの甘酸っぱさがとても調和していて、素敵でしょ?」

「うん。これは、とってもおいしいね」


シーくんに食べさせてあげたい。絶対に喜ぶだろうなぁ。シーくん、今頃、何をしているんだろう?きっと旅先で女の子に囲まれながら、デレデレしているんだろうなぁ。


私より小柄の可愛らしい女の子とか、私より背が高くて胸もお尻も大きい女の子とか。そういう女の子たちに誘惑されて、胸とかお尻とか見て、エッチな顔になってるんだろうなぁ。抱きつかれていたりして…うううう。


「…ロゼッタ…その…わたくしの話をしてもいいかしら?」


かなり変なところまで頭の中の考えが飛んでいたけれど、ヴィクトリアの声で、現実に引き戻された。


「あ、うん。大丈夫だよ」

「わたくし…あの…その…」


ヴィクトリアは、指をもじもじして、何かを言いづらそうにしている。そして、紅茶を一口、含んでゆっくり飲み込んでから、ようやく続きを口にした。


「その…わたくし…ずっと…ずーっと、特待生になりたいと思っていたんですの」


その一言で、事情が察せた。それが私に突っかかってきた訳、私と話そうとした訳、なんだね。


「特待生に?なんで?」

「特待生なら、あの人も振り向いてくれるかもって」


あの人が振り向いてくれるかもって、なるほど、恋が理由かぁ。私もシーくんへの好きな気持ちだけで、動いているからなぁ。そういう好きな人への気持ちはよくわかる。


恋は盲目。何かと暴走しちゃうよね。私にもすごく覚えがある。だから私の中でヴィクトリアに対する怒りが急速に萎んでいった。むしろ、なんか共感しちゃったもん。


「でも特待生どころか、推薦も貰えなくて…せめて出迎え役でどんな人か見てやろうってなって…勝手に嫉妬してました。ロゼッタ、改めて、本当に申し訳ありません」


それに、ここまで、はっきり、理由を言われて、頭まで下げられて、許さなかったら、今度は私がカッコ悪くなる。カッコ悪い女はシーくんに似合わない。いろんな入り混じった私の感情は、全部、許すという方向で決着がついた。


「いいよ。誤解も解けて、謝ってもらったんだから、もう済んだ話だよ」


私は最初『推薦』だった。推薦は仕事にはつけるけど部署が選べない。シーくんに計算を教えてもらって、いっぱい勉強して、特待生…正式には特待研修生…になることができた。


シーくんは、北方蛮族イーサマータの出なのに、いつ、あんな数学を勉強したのかわからないけれど。


「ヴィクトリアには、好きな人がいるんだね?」

「ええ!この指輪をくれた人ですの…階級5のハンターの方で、センゴク様と言います。そして、いつか一緒になろうと言ってくださってますの」

「階級5?じゃあ歳も結構離れてるの?」

「12歳、上の方です」


つまり24歳?うーん。何か怪しくない?24歳が、12歳の公爵令嬢にアクセサリーって、なんかなぁ。


あー、でもヴィクトリア的には憧れのお兄さんとかなのかな?確かに24歳になって大人なシーくんから告白されたら、って思うと気持ちわかるかも。


「でも、アクセサリーくれたなら、振り向かせるも何もないんじゃない?」 

「そのはずなのですが、最近は、ちっとも構ってくださらなくて…いえ、会ってすら下さらなくて…」


ヴィクトリ目を伏せ、俯きながら、そう言った。


「釣り合うようにハンター協会の受付嬢になると告げたときに、反対をされて、喧嘩をしてしまいましたの…」

「ええ?なんで?」

「わかりませんですの。でも、もうその時には父にも話をしていて、立派な仕事だ、頑張りなさいって引っ込められなくなったんですの…」


ヴィクトリアは、ギュッと下唇を噛んで、何かに耐えるような表情をした。公爵令嬢なんて、何でも貰えて、何でもできて、思うがまま、ワガママかと思っていた。


でも、そんなに環境が恵まれていたとしても、好きな人が振り向いてくれない、なんて孤児の私と同じようなことで悩むんだなぁ。


「だから、せめて特待生になれば、振り向いてくださるのかと…」


それにしても、そのセンゴクって人、怪しいよね。


受付嬢は、ぶっちゃけハンターからも人気だ。有り体に言っちゃうと、受付嬢を彼女にしたハンターは扱いだ。だからハンターのシーくんを振り向かせたくて、私も受付嬢を目指したのだ。


ハンターが、もし自分の彼女が受付嬢目指すなら普通は応援する。名誉的な仕事の部分もあるから、反対するなんて、意味がわからない。


「ところで、ロゼッタ…貴女のそのブレスレットの君は、やっぱりハンターなのかしら?」

「!!」


ヴィクトリアに指摘されて、シーくんの顔が浮かんできた。


「図星なのね…貴女も真面目そうに見えて、動機は邪なのですわね…ふふふ」

「いいの!私はシーくんを振り向かせるためにはどんな手でも使うって決めてるから!」

「あら?でもアクセサリー貰ったのでは?」

「シーくんは鈍いから…たぶん意味を知らないで渡してきてる」

「そ…それは前途多難ですわね」


前に別の人から同じことを言われた気がする。


ヴィクトリアとは、このケーキですっかり打ち解けた。友達…というにはまだ早いけど、一緒に事務をしていく仲間、くらいにはなった気がする。


※※※※※※


翌日、地図通りに来ると、本部の建物って訳でもないのに大きくて、ピカピカしてる建物についた。もちろん本部よりはだいぶ小さいけど、コーダエのハンター協会の10倍はある。


それでもここの呼称は「ハンター協会受付」なんて小さそうな名前をしている。


扉を開けて入ると、やっぱり中もコーダエよりもずっとキレイだった。ただ、コーダエと同じく木の内装だったのは、ちょっとホッとした。


建物に入ると、入ってすぐのところに立っていた只人族ヒュームの女性が私に気づいて話しかけて来た。


「あーあなた、昨日、本部から連絡があった研修生ね、早速、はい、この受付に座ってくれる?」


若い…といっても、私よりは5つくらい年上だと思うけど…只人族ヒュームの女の人が私にそう話しかけてきた。


「一通りの作業については、理解している?」

「はい。座学では習いはしました。実際にやったことはないですが…」

「充分。何かわからないことあったら気軽に声をかけて頂戴、あ、私はイーナっていうからよろしく」 

「はい。私はロゼッタと言います。イーナさん、よろしくお願いします」


そう挨拶をして、割り当てられた受付に座った。


初めての受付業務には、私もかなり緊張した。しかし、基本的にハンターは優しい人が多かったし、そんなに複雑な業務もなかった。お陰で特に大きな問題もなく、仕事をこなしていた。


「うーん。さすがは特待生…優秀ね…今日初めてとは思えないわー」

「イーナさん、お疲れ様です。イーナさんのご指導がよかったからです」


本当にイーナさんの指示は的確だった。問題発生しそうなとき、事前に一言言ってくれるし、面倒くさそうなハンターは全て引き受けてくれた。


「お昼過ぎのこの時間帯ならハンターはほとんど来ないわ。だから交代でお昼にしましょう」

「わかりました。イーナさんお先にどうぞ」

「先輩を立てる優しい後輩だなぁ…じゃあお先に遠慮なく〜」


そう言ってイーナさんは、奥に引っ込んで行った。奥の、裏にも出口があるので、そちらから外に食べに行くのだろう。帰ってきたらオススメのお店とか教えてもらおうっと。


その後は一人で作業をしていた。しばらくして、お腹が空いてきたなぁ、お昼何を食べようかなぁ、とか書類整理をしながら、考えていたら、入口がバタン、と開く音がした。イーナさんもう、帰ってきたかな?イーナさんにしては、早すぎる気がする。


あ、やっぱりイーナさんじゃなかった。恐らく20歳を過ぎた、少し目が落ち窪んだ、男の人だった。弓矢を持ってるから、それがメインの武器のハンターなんだろう。


手には依頼票らしき紙を、丸めて持ってるけど…。ん…何だか違和感…今、書類処理に使っていた状況観察サーベイが、この人の何かに反応している。


「これが依頼票だ!仕事終わったんだから、早く手続きをしろ!」


うわー。なんだか、すごく横柄な人だ。嫌だなぁ。マニュアル的には横柄でも何でも、毅然とした対応をしなくてはいけない。急かされて仕事のチェックを甘くしたりとかは、絶対にしてはいけない、とある。


もちろん、横柄な人は大キライだから、細かく見て問題がないかをチェックする。


状況確認サーベイ


うーん。この依頼票、なんかおかしい。さっきの違和感は、依頼票に反応していたのかぁ。


どのあたりに?もうちょい状況確認サーベイでよく見てみよう。うーん、と、あーこの依頼票、これもしかして…。


「てめぇ!何をしてるんだ。早く依頼完成の手続きをしろ。急いでるんだよ」

「静かにしてください。あまり騒ぐとペナルティを与えます」

「何だと!研修中のガキが生意気言ってんじゃねーぞ!」


吠えたハンターは、何と怒りのままに、私を掴もうと手を出してきたのだ。


でも、大した動きじゃない。それに、もともと状況確認サーベイで予感はしていたので、対応は簡単だもんね。


完全障壁パーフェクトウォール

「あがっ」


完全障壁パーフェクトウォールは防御系統魔法の第5階位になる、最高峰の防御魔法だ。タイミングが合えば、竜の吐息ドラゴンブレスすら凌ぐんだ。


あとは、完全障壁パーフェクトウォールにぶつけて、痛がっている手に触って…


他者転移トランスファー


偉そうな男の姿が消える。


移動系統魔法ムーブブランチングマギーの第5階位・他者転移トランスファーを使って、3階まで吹き抜けになってる、その天井近くに転移させたのだ。


数秒後、重力に従って落ちてきた男が、ドン、と大きな音を立てた。まだ、辛うじて生きいるようで、モゾモゾと動いてはいる。


「その人、依頼票を偽造しています。あと現場受付への暴行未遂です」


ようやく警備の人が慌てて駆けつけてきて、その偉そうなハンターはお縄になった。


でも、さっきの見ていた依頼票…ハンターの項目…階級5・センゴクって書いてあった。ああ、気が重い。

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