3章後半:疾風と再会とハーレム

第61話 シマット商業国カナチヨ

「あれがカナチヨかー」

「はー、やっとか〜。ボクもさっすがに疲れたよ」


平原の真ん中に、大きな壁がそびえ立っていた。ここはマーリネ農業国とシマット商業国の国境にあたる。


マーリネのエゴカワ道を使ってシマットに入るときには、この壁の向こうあるカナチヨという街を通過することになる。そして、今回の引率仕事はこのカナチヨで報告をすれば終わりになる。


と、さらっと言ったが、キワイトからここまでの道のりは酷いものだった。普通に歩いても1月かかる距離なのだが、引率しながらの旅だったため、2か月かかった。


「というかコイツラ、ボクらが思っていたよりも、さらにポンコツで、ホント疲れたよ」

「わかっていたこととは言え、疲れたよな」


リーゼが後ろからついてきているポンコツハンターたちを睨みつけた。


「そうだよー全く!こいつら、手間ばーっかりかかるのに、えらっそうな顔して、ホンット頭くる!」


この2か月ですっかり調教されたポンコツハンターたちは、リーゼに睨みつけられると、申し訳無さそうに身体を縮こまらせた。


「まぁ、なんというか、一部のポンコツたちは、ホントに死んじまったしなぁ…救いようがないというか…」


ちなみに彼らの数は、半分ほどになっている。別に俺が処刑したとかではなく、無謀にモンスターに突撃していったやつが勝手に死んでいったのだ。


死んだやつ全員に共通しているのが、悪い立場を挽回するために無茶な狩りを繰り返したってことだ。こっちからそんなことに駆り立てはしていないのだが、言われなくても、立場が悪いことだけはさすがに理解していたようだ。


勝手に察して、勝手に死んじまったのだから、俺らにはどうしようもない。それにしてもやり方が悪すぎだし、こっちだって後味が悪い。


「俺らに隠れて、勝手に狩りに行っちまうからなぁ。こちらが探して、見つけたと思ったら、死んでたとか、勘弁して欲しかったな…」

「うん、そんなことあったよね…なんかもう探す方の身にもなってほしいというか、なんと言うか…」


ポンコツどもの面倒にすっかり疲れ果てたリーゼが、脱力するように、そう言った。


「しかし、もう半年経つのかー」


ようやく見えてきたシマット商業国思わず、俺はそうこぼす。コーダエを出てから、もうそんなに経つんだよなぁ。


「そうだねーコーダエでシダンに出会ったの、そんなに前なんだねぇ」

「ああ、最初のリーゼの印象は最悪だったけどな」

「うう、それは言わないでよ…」


半年経っても、シマットにいるはずのキースさんにはまだ会えてはいない。すれ違うことがないように、途中のハンター協会支部には伝言は残してある。


ただ向こうからの連絡もなかったようなので、マーリネ方面へ戻ってきている、ということはないだろう。キースさんたちも仕事しながらこっちに来たらそれ相応の時間がかかることはわかるだろうから、遅いと思ってることはあるまい。


「それにしても、大きな壁だよなぁ」


眼前に広がる国境の壁を見て、俺は思わずそう漏らした。国境らしき国境は、前世を含めて、人生で初めて見る。


この壁の向こうにあるカナチヨは、当然国境沿いの街になるので、シマット商業国でもマーリネ農業国にもっとも近い街だ。


また、シマットの首都である、ロクフケイと近いこともあり、物流が盛んだ。カナチヨから、マーリネ方面へ出る道がいくつにも分かれていて、マーリネの各地に向かっている。


「あれ…人が少ない…マーリネからシマットへ行く人ってこんなに少ないの?」

「マーリネからだけじゃなくて、マーリネの東にあるシバタイ共和国、タキ河川国、ワラカ森林国とか東の方の国に繋がってる道もあるから、そっちの方面の人もいると思うけど、少ないのは時期の問題かな?」


国境に近づくと、同じく国境を越えようとする馬車や徒歩旅、行商人ホーカーなど、人々が増えてはきたがやはり寂しい。それでも国境の検問には長蛇の列が出来ていて、普通にしていたらそもそも1日で入れるかどうかもわからないほど、混み合ってはいた。


「ボクが前に通ったときは、もっとたくさんの人いたなぁ」

「ああ、そういえばリーゼはシマット商業国の出身なんだっけ?」

「そうだよ、だからコーダエに来たときに、この道は通ってるんだ…うーん、人の量が全然違うけど」

「時期の問題だろうな」


今は冬の終わり春前だ。マーリネは農業国であり、今は農閑期である。逆算するとリーゼは夏の終わりから秋に来たのだろう。その時期は収穫期であり、出荷する農作物は莫大な量で、それはそれは賑わっていただろう。


「今はマーリネの農閑期だからね。でもリーゼが来たときは収穫期で、みんなシマットを通じて、世界に食べ物を送る大事な時期だから混んでて当然だったと思うよ」

「なるほど!ボクが通ったときは今の逆だったってことか」

「そうそう」


さて、こんな空いている時期ではあるが、それでもさすがに普通の検問は長い。しかし、ハンターの俺らは真面目に並ぶ必要がない。何故ならハンターには、通常とは別の検問があり、審査らしき審査もなく簡単に通してくれるのだ。


「ハンター用の検問は…あっちか」

「さすがに列は短いな…」


ハンターはもともと国境を超えるのにフリーパスの存在だ。こうした、きちんとした国境がないような山奥に狩りに行くこともある。


その際にハンターだけは、勝手に国境を超えても咎められない。むしろ国境なくモンスターを狩るための組織なのだから。


ちなみに行商人ホーカーも同じ列になっている。行商人ホーカーも、ハンターと似て行商ギルドというものに所属し、国籍は行商ギルドにある。そういう形で商人であり、国には所属していない者も、それなりにいる。


運送専門の商人や、個人的な貿易商、国家間の物資のやり取りをする大商人まで、大きなくくりで行商人ホーカーということになり、行商ギルドに所属している。


行商ギルドも、独自の傭兵などを雇い、戦力を持っている。またハンターにモンスター駆除依頼をしたり、個人指名権で護衛を依頼することもある。


しかし、そうでない人間はこうしたことができない。この世界、国に所属していると、検問が厳しいだけでなく、こうした戦力的な意味でも行き来がとても厳しいのだ。


「お疲れさまです。こちらはハンター様と行商人ホーカーの専用検問ですがみなさまは…ハンターの方ですか?」


検問の兵士が挨拶と一緒に確認をしてきた。フリーパスと言っても、最低限、ハンター証の確認は必要だ。


「はい、これ」

「どれどれ…ハンター、シダン、年齢12歳、ギフトがランクAの技能憑依ライカンスロープ、階級…い、一流…え?統制委員ルーラー!?えええ?」


後ろに並んでいる、ほかのパーティのハンターがザワ、となる。ううう、何か晒し者みたいでイヤだわ。


「ええと、通っていいですよね?」

「もちろんです、ハンターシダン!ぜひシマット国でゆっくりと、お寛ぎください!」


有能なハンターが国にいてくれると仕事の解決もしやすい。ハンター協会としては、全世界平等にモンスターから守ることを標榜している。


しかし、それでも過ごしやすい国に優秀なハンターは集まりやすいし、優秀なハンターがいるところはモンスターの被害も少なくなる。


国境の中に入ると、カナチヨの町並みが見えてきた。商業の交流を生業とする街なだけあって、とても活気に溢れている。


目の前には幅が20メートルはある大通りが向こうまで通っていて、その左右には露天が所狭しと広がっている。


露店の更に奥には石造りの建物が並んでいて、これは、店だろうか?建物の雰囲気は石造りで揃えられていてキワイトに似ていた。


「安いよーマーガイモ買うならウチが一番だよ!」

「世にも珍しい変異種の干し肉だ!数が少ないから早いもん勝ちだよ!」

「ウキリ、ヤベキツ、マート、新鮮な野菜が入ったよ!買っていきなー!」


自分の店をアピールする声が、通りに響いて、どこの店の声だかもわからないほどだ。思わず、地球の東京、上野にあるアメヤ横丁を思い出した。


「シダン、待った?」


俺の次に検問を受けていたリーゼも終わったようだ。


「いや、カナチヨってすげぇ栄えてるなぁって驚いていた」

「だよねぇ…でも、シマットの首都になるロクフケイは、もっとすごいよ…何せ世界でも屈指の大きさの街だからね〜」

「へー。キースさんがいるのもロクフケイだよなー楽しみだわー」

「ロクフケイは、栄えているだけあって、美味しいお店がたくさんあるからねーたぶん、シダンは楽しめるんじゃないかな?」

「うわーますます楽しみになってきた」


リーゼと雑談をしていたら、ポンコツハンターたちも検問を通ってきたので、カナチヨのハンター協会まで、最後の引率をする。


街の中の地面は、歩きやすかった。ずっとエゴカワ道の舗装も何もない、単なる土むき出しのところを歩いてきて、足は疲弊の一途だった。


ところがここは、同じサイズの石がキレイに敷き詰められている石畳で、キレイに舗装がされているから、とても歩きやすい。そのため、街行く馬車もスイスイと進んでいる。


カナチヨのハンター協会は、キワイトより立派だった。コーダエってめっちゃ田舎なんだな。受付には何人か人がいたが、少し目つきの悪い熊人族ワーベアの男性のところが空いていたので、そちらに行く。


「街道の警邏任務完了したので報告します」

「お疲れ様です…はい。確認しました…。ええと引率したパーティーは?」

「あちらですね」

「了解しました。シダン様とリーゼ様はこちらにお願いします。ほかの方は解散で問題ありません。明日には仕事の連絡をしますので、こちらに来てください。拠点登録などありましたら、その時にお願いします」


熊人族ワーベアの男性のその声で、明らかにホッとするポンコツハンターたち。蜘蛛の子を散らすようにいなくなっていった。


「キワイトの件については、すでに連絡が来ていますので、知っております。彼らがどういうハンターかについても…。この票にあるには、何人か『処分』する可能性もあると書いてありますが…そのあたりはどうなりましたか?」

「20人中『処分』は0です。ただ本人の技量の問題で12人が事故死しています」

「本当に事故死なのですか?」


俺は統制委員ルーラーだから、そんなことをしても仕方ないのだが、一応の確認だろう。


「はい。彼らも立場が悪いことだけはさすがに理解していたようで、勝手に察して、勝手に狩りに行って、死んでしまった、ということです」

「更生についてはどうですか?」


俺は首を振る。はっきり言って俺らに怯えて、大人しくしていただけで、それがなくなればどうなるのかわからない奴らばかりだ。


「当面は上位者の監視下で使うしかないと思います」

「やはりそうですか…わかりました」


熊人族ワーベアの男性は、スラスラ、と書面に何かを記述していた。早速彼らの更生プログラムが組まれるのだろう。


「さて、では、次の仕事の内容については、何か希望はありますか?」

「ロクフケイに行きたいのですが、あちらに向かう仕事はありますか?」

「そうですね…実は、さっき別のパーティーがちょうど、その仕事を受けたのでいまないんですよ…」

「そうですか…じゃあ、次にそういう仕事があるまで、しばらくここで働こうかな…」


リーゼと目が合うと「仕方ないね」とでも言いたげに肩をすくめた。


すると、熊人族ワーベアの受付男性は、書類を見ながら何かに気づいたようだ。


「ん?ハンターシダン、ハンターリーゼ、あなた4月に活動開始してから、休みを全く取っていませんね」

「はぁ…そういう状況にまったくなかったので…」

「ハンターは、フリーの仕事ではありません。月に5日〜10日休みを取ることが義務付けられています。貴重なギフト持ちに仕事をさせるのですから、怪我などを考えると当然の措置です」

「なるほど…休みか」


うーん。12歳にして、いつのまにか社畜化してたのね、俺。


「そのため、ハンターシダン、ハンターリーゼは半年分として、60日の休暇を与えます。拠点登録はどうしますか?」

「休暇を使ってのんびりロクフケイに行くので、そちらで登録します…リーゼもそれでいいよね?」


リーゼはウンウン、首を縦に振って肯定してきた。


「わかりました。では、お二人共、お疲れ様でした。しばし羽根を伸ばして、次の仕事まで英気を養ってください」


熊人族ワーベアの男性の声に見送られて、俺とリーゼは、連れ立ってハンター協会の建物の外に出た。


うーん、と背筋を伸ばして、深呼吸すると、ネーリマとは何だか空気の味が違うような気がした。


「さて、ここからロクフケイまでは、徒歩でまっすぐいけば3日もあればいける。60日のうち50日は、のんびりと休みにしようか?」

「いいねー!そうしよ!」


わーい、とリーゼが諸手を挙げて喜びを示した。産まれてからこの方、休みらしい休みもなかったから、俺も内心、ワクワクしていた。さーて何をしようかなぁ。

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