第62話 『22食目:ガーレトとミールミールスープ』

さて、折角の長期休暇なのだ。いきなり目的地に向けて旅立つのも味気ない。


まず、俺とリーゼは、ハンター協会に勧められた宿に行き、部屋を確保して、カナチヨに留まることにした。互いの荷物を各部屋に置くと、そのまま、宿の1階でリーゼと昼ご飯を食べることにした。


ちなみに宿の女将さんが出してくれたのは、パンと野菜のスープだ。


パンと言っても、酵母を使ったフワフワのやつではなく、小麦粉…ようするにスイル粉だが…をヤギミルクで溶いて、焼いただけなので、どっちかというとクレープに近い。正式名称は、ガーレトという。


生地にはクレープみたいな甘さはなく、塩も砂糖も最低限しか使っていないと思われる。これは単体ではなく、間に肉や野菜などを挟んで、包んで食べるものだ。地球のおかずクレープとほぼ同じだ。


「ガーレトって、甘いものを挟んでも美味しそうだよなー」

「えええ?シダン、それはいくらなんでもないよ」


リーゼは慌てて首を振ったから、この世界では、オヤツクレープは存在せず、食事という認識のようだ。


この日の昼ごはんには、ガーレトの他に、鋭歯兎シザーラビットという、適性階級1のモンスターの肉を、野菜と共に煮込み、特性のスパイスで味付けした「ミールミールスープ」が一緒についてきた。この野菜は、マイルという、トマトそっくりの野菜をメインに使っている。


見た目的には、ミネストローネに似ていないこともないが、スパイスの効かせ方が全然違うので味は全く異なる。


「ミールミールスープってスパイスいろいろ使ってるね…贅沢」

「うーん、でもミールミールスープに使ってるスパイスは高いの使ってないから、結構いろんなところで出てくるよ?」

「そうなのか…俺は初めて食べたわ」


ガーレトは、甘さがない分、合わせられるおかずの幅が広い気がする。ミールミールスープの肉とかを挟む人も食堂内では見かけた。


人によるかも知れないが、俺はガーレトの方が地球のおかずクレープにはしっくりくると思った。肉を挟んで食べるとボリュームもあって食べごたえがある。


ミールミールスープの、見た目はミネストローネと言ったが、味はドロっとしていないスパイスが効いたデミグラスソースと言うべきか。


一緒に出すだけあって、ガーレトとの相性がよい。ガーレトをミールミールスープにつけて食べている人もいた。そこらへんマナーとかなく、自由に食べていいらしい。


食事も終わりが見えて来る頃、いつの間にか、リーゼとの雑話が、これからの方針の会議になっていた。


「さて、シダンは、どーするつもりなの?」

「折角だから…そうだな、シマットまでは歩きで数日と遠くはないし…。50日くらいは、このあたりの料理をゆっくり食べ歩いたり観光したりしたいかなぁ〜リーゼはどう思う?」

「そっか。それでいいと思うよ。ボクは、ちょっとやりたいことがあるから、別行動でいいかな?」

「やりたいこと?」

「うん…」


そう頷いたリーゼは、少し俯き加減になる。うつむくと、俺の位置からは、リーゼの長い睫毛が、パチパチと瞬いているのがよくわかる。桜色の唇といい、形のいい鼻といい、あーうん。リーゼってつくづく美少女だよなぁ。


「うん…シダンに隠しても仕方ないから言うけどさ…」

「ああ…」

「ボクは自分を鍛え直したいんだ」


意を決したからだろう、リーゼには珍しく、キリとした真剣な顔でそう言った。


「鍛え直す?」

「そう。やっぱりあの時の殺人鬼マーダーの狩り、ずっと納得いってないんだ」

「あの時か…」


確かに同族喰らいカルニバルの時に比べて、リーゼの活躍の場は、少なかった。キワイトからの旅で、リーゼがこっそり訓練しているのは見ていたがのだが…。どうやら、殺人鬼マーダーの狩りについて、ずっと気にしていたようだ。


「シダンのパーティーメンバーとして恥ずかしくないように、どこか戦闘強化バトルドレス向けの道場に通って、少しでもコツを掴もうかなぁと思っているんだ」

「なるほど。それは…うん、いいことだと思う。1人で考えると難しいこともある。人の目を借りれば、自分の改善点も見易いと思うよ」

「そうだよね!ありがとう!2月足らずだけど、何とかシダンが、あのとき話していた、アレのコツを掴んでみるよ!」


アレか。同族喰らいカルニバルとの戦いの後にリーゼに話した成長の可能性の件だな。道場に行けば、リーゼほどの倍率ではなくても、敏捷力と筋力の強化という、同じような傾向のギフトを持つ人はいるはず。ヒントを掴めるかもな。


「シダンにばっかり出来ることが増えていくから…ボクも負けないようにするんだ!」

「わかったよ。まぁ、宿は同じなんだから、連絡だけは絶やさないようにして、それじゃあしばらくは別行動だな」

「うん…じゃ!時間ないから、ボクはもう行くね」

「おう」


リーゼは、最後の一口を一気に咀嚼する。スッと立ち上がり、荷物を持つや否や、ビュン、という音が聞こえてきそうな勢いで外に出ていった。思い立ったら早いというか、決断早いよなぁ。


その決断の早さは、キワイトからの旅で何度もあった狩りでは都度、助けられた。だが、確かに大物の狩りでは、リーゼが気に病む結果だったのも確かだ。


「50日後を楽しみにしてるぜ」


正直に言うと、これだけ長く一緒に旅をして、死線を越えて、連帯意識というか、仲間意識はかなり芽生えている。それに、同じ年の女の子、しかもあれだけの美少女なんだから、全く意識しないという訳にもいかず、なんだかんだ情があるのも確かだ。


でも、恋人としては…出会った頃よりは近づいたけど、まだ、遠いかな。最初にあんなことがあって結婚をノー、と言ったのが気持ち的に尾を引いてる気がする。アンみたいに最初から好意的だと素直に受け入れられるんだけどね。


リーゼから、強烈なアプローチは日々受けるけど。


さて、俺は俺で、ある意味、旅の本来の目的の達成する。つまりグルメ旅だ。ここまでもハンターならではの現地料理を食べたいし、キワイトではアンの様々な料理を堪能した。


そのアンが作ってくれた中で、1つ気になったのが、シマットのスパイス料理だ。


「カレー、とはちょっと違う、ドライカレーとタンドリーチキンの間の子みたいなの、美味しかったよなぁ…あれはシマットの料理だって話していたっけ」


ドライカレーのようにひき肉ではなく、タンドリーチキンよりは小さく、ぶつ切り程度なのだが、スープはなく、スイル粉か何かでとろみをつけて、肉に纏わせていた。


味はカレーから少し遠かったが、香りはかなりカレーに近かった。味も複雑で、出汁ではなく、スパイスがかなり効いているタイプの料理なのは間違いなかった。多分、地球的に言うとカレースパイスの材料である、クミンシードに近いものが入っていたと思う。


「アンが言っていたけど、シマットは商業国なだけあり、スパイスのような調味料も豊富と聞いたからな」


さて、スパイスの店を探して自分で作ってみるか?アンが作ってくれた料理…何だったかな?


そうだ、確か『ドールル』って名前だったな。ただアンが言うには、とあるスパイスが手に入らなくて、似た味のスパイスで代用して作ったと話していた。


あれでも十分においしかったので、是非とも、完全版を食べてみたい。なので、ドールルを完全にするためのスパイスを探すか、あるいは料理を出している店を探すか、いずれかをすることにした。


宿の女将さんに、そういう店の場所を聞いてみてもいいけれど、まだ先は長い訳だし、初日は何も聞かずにプラプラとしてみようかね。


「女将さん、ごちそうさま」

「あいよー」


鉱人族ドワーフの女将さんがしてくれた、大きな声の返事を背に宿を出た。

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