第103話 『41食目:メイドの愛情たっぷり弁当』
オールマートでの買い物を終えて、再び、馬車に戻ってきた。次はどこにしようかなぁ、と悩んでいた俺が何かを言う前に、アンが、こそこそと御者に話すと、馬車が動き始めた。どこか行き先を言ったのだろう。
「アン、どこか行きたいところがあるの?」
「はいぃ〜少し先にあるぅ〜丘が眺めがよいとのことでぇ〜行ってみたいんですぅ〜」
なるほどね、下調べをしてきているとは、デートを楽しみにしていたのは、俺だけじゃないんだな。確かに、もともと2人の要望と言えば、そうなんだけど、俺がめちゃくちゃ楽しみにしていたので、そのこと失念してた。
しばらく進んだ馬車が止まったのは、街から少し外れた場所にある、散策道の入り口だった。
「ここの上らしいですぅ〜」
また、馬車から先に降りて、手を取り、アンをエスコートする。アンは俺がこういう細かいことをしても、すぐに喜んでくれるので、実に甲斐がある。
降りたところから、上に向かって続く散策道を、いかにも楽しみという風に小走りで行くアン。俺はその後を追いかけていった。走りながら、ひらひらとするアンのスカート姿が、実に眩しい。
普段からメイド服姿のアンは、スカートと言えばスカートなんだけど、私服姿と言おうか。いつもと違う雰囲気のアンに、妙にドキドキさせられる。
数分も歩くと、木が少ない丘の上に出た。周囲は短い草ばかりなので、ある程度、手入れがされているのだろう。遠くまで見通すことができる、実に絶景だ。
アンは丘の上の1番眺めがいいところに、持ってきていたシートを敷いた。そして、そこに座ると、カバンからテキパキと、何かを出して用意し始めた。
「えーとぉ~2人にきりなってぇ〜これを〜食べてほしくてぇ〜」
そして、最後に手持ちのカバンから取り出したのは…弁当箱らしきものだった。蓋をパカと開くと中には、地球で言うところのサンドイッチがびっしりと入っていた。
「これってお弁当?もしかして、アンの?」
「はぁい〜もちろん、手作りですぅ〜」
「うわー美味しそう!食べていいよね?」
「もちろん〜ですぅ〜召し上がれぇ〜」
まずは、1番手前にあったものを取った。温泉パンに、そして、挟まっているのは、
「え…ヤバ…めちゃくちゃウマ…」
褒め言葉というより、思わずという感じでそう漏れてしまった。褒めようなどと思っていない、気づいたら反射的に美味い、と言っていた。
「これもぉ〜どうぞぉ〜」
「ああ、ありがとう」
空いた手にカップに入れた飲み物を渡された。これは温かいエコールだ。山の上は、少し寒気もするから、温かい飲み物は助かるなぁ。
しかし、保温の容器なんて
「温かくて、ちょうどいいよ、ありがとう。でも、よく、こんな温かいエコールを用意できたね?」
「これですよぉ〜
そう言って、アンは指から小さな炎を出した。そっか、アンは魔法使いだったな。
「なるほど、これは便利だなー」
「へへへ〜」
2つ目のスパイスで味付けされた野菜が挟まったパン、3つ目のオストリーの卵とウシミルクで作ったクリームを挟んだもの。味の方向性はどれも違うものの、かなりの美味なサンドイッチばかりだった。
「ふう。お腹いっぱいだ。ありがとうおいしかったよ」
「エコール〜おかわりぃ飲みますぅ〜?」
「あ、お願いしていい?」
「はぁい〜」
空になった容器を渡すと、それにおかわりのエコールを注いでくれた。これもやっぱりほんわか温かくなっている。
「しかし、綺麗な景色だね」
「ですよねぇ〜」
秋の紅葉、眼下に広がる温泉街。その先に広がるロクフケイの街並み。シマットに来てから、何だかんだ2年近く経っている。
2年でいろいろあったな。何より、ロゼッタ、リーゼ、アン、ルカ。こんな美人な4人が恋人になったのだ。ラッキー以外の言葉はないだろう。
でも、その恋人という関係も今日までにするつもりだ。
アンは、わざわざ隣の国から、俺に会うために仕事を辞めてまで来てくれた。そして、足が悪い俺のために、すでに1年も尽くしてくれているのだ。そんな、彼女との関係を、いつまでも、そのままにしておくなんていうのは、ありえない。
だから、この機会に俺の気持ちを明確にして、関係を一歩、進めておきたいのだ。
「アン…手を出して…」
「!!」
俺がポケットから出してきた指輪に、目を見張るアン。一応、確認したが、この世界に結婚指輪の習慣はない。だが逆に、そこで、お店の人から聞いた話で、俺は自分の大きなやらかしを知ってしまったのだ。
というのは、別に指輪に限った話ではないらしい。男から女にアクセサリーを贈るということは『あなたを意識しています』という意思表明らしい。
それを聞いた俺は、いろいろ思い返して、ある意味ホッとしたよ。今までアクセサリー渡したの、ロゼッタとアンとリーゼの3人だけだったから。
初めてロゼッタに渡したとき、コーダエ領主がお金を出したのに自分の名前は絶対に出すなと言ったのは、要するに名前を出すと領主からロゼッタへの告白になってしまうからだろう。
アンに櫛を渡したときの感激の仕方、その後のリーゼとのやり取り。ロゼッタとリーゼのアクセサリーの見せ合いなど、これまでいろいろアクセサリーにまつわるいろんな出来事の意味を、今更ながらに知った。
「2つ目のぉ〜アクセサリーを〜渡す意味はぁ〜わかってますかぁ〜?」
2つ目を渡すのは『これからもずっと一緒にいてほしい』との意志。要するにプロポーズだ。
この世界にもきちんと結婚の習慣はある。それもほとんど地球のものと同じ感覚のものだ。あぶねぇよ。さっきまで1つ目の意味すら知らなかったんだよ。勧められるままに買って何も知らずに渡していたら大事故だった。聞いておいて良かった。
「それは知ってる…だけど、その…アンには悪いけど、ほかの3人にも同じことを伝えるので…正式に籍を入れるのは、しばらく待っててほしい…ただ意志だけは、その伝えておきたいから…アン…その結婚して欲しいんだ」
「は、はいぃ~…」
アンの指に指輪を嵌めた。すると、アンは、俺の手に、自分の空いている手を添えてきた。寒さが強いからか、手から感じられるアンの体温がいつもよりも暖かく感じる。
頬を赤く染め、目を潤ませたアンを正面から見ている、俺の心臓はバクバクいってた。
不意にアンが目を閉じる。
覚悟を決めて、アンの唇に、俺の唇を重ねた。アンの唇は微かに震えていた。
唇の柔らかさ、アンの体温、少し濡れた吐息。
唇を通して伝わってくる全ての暴力的な感触に、俺の理性は呆気なく吹き飛ばされた。思わず、キスをしながら、アンの前歯を軽く舐めてしまう。
一瞬だけ、ビクリとしたアンは、その後、少し顔を斜めに傾けて、俺の舌に、積極的に自分の舌を絡めてきた。
「…んんっ…ん…あむ…ちゅ」
ちゅる、ちゅ、互いを貪るような湿った音が、誰もいない、丘の上の広場に響いた。
しばらくするとアンが、力が抜けていくように後ろにくずれそうになる。慌てて、それを支えるように、俺が、覆いかぶさると、ふぁさと、アンの留めていた長い髪の毛が、地面に広がった。
そして………。
………慌てて、ガバッ、と俺は身体をあげた。このまま押し倒して、お空の下で、ダーッ、しちゃう感じだったよね。今のは…それは…さすがに…。
「だ…ダメダメダメダメダメダメ」
いかんいかん。若い身体怖い。静まれ!静まれ俺の俺よ!俺の中の線引きはキスまでと決めている。
「ご主人様のぉ〜いくじなしぃ〜」
「う…」
「こんなにぃ〜エッチなぁキスをしておいてぇ〜お預けとかぁ〜」
「ご…ごめん…これ以上は、歯止め効かなくなりそうで…いや、もうすでに歯止め効いてない気がするし…」
うわあ!!俺のバカちん!!理性がッ!!!弱いぞッ!!アンとの初キスで、気分が、もう、何だか、しっちゃかめっちゃかだ。そして、ロゼッタやリーゼへの罪悪感がまた大きく膨らんでしまった。…帰ってきたら2人に土下座だなぁ。
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