第97話 『38食目:山菜ケーキセット』
ミレイさんの言い方に、少し引っかかりを覚えたが追及するのも、野暮な気がして、流すことにした。
「シダンさんは、覚えてないかもしれませんが…ええと…次は、あちらの喫茶店に入りません?」
「ああ、そうですね…気が利かず、すみません」
今は秋だ。秋の山ともなれば、それなりに気温が低くなる。短いスカートに、少し隙のある服となれば、なおさら寒いだろう。
スウィードリンを買ったお店の隣が、なんともシャレオツな喫茶店だった。ミレイさんに、そのお店に入ることを提案したら、了承してくれた。スタッフにも話をして、喫茶店に入ることにした。
外観は、総石造りの店構えで、平屋。そこまで大きなお店ではないだろう。外から見えるところでは唯一の木製であった扉を開けて中に入ると、扉に取り付けられていたのだろう、鈴がカランカランと涼やかな音を立てた。
内壁はやはり、石造りだが、テーブルや椅子などは木製だ。バーカウンター風のテーブルの前に高い丸椅子10ほど。ほかに席はなかった。
「お二人ですか?」
先頭で店に入った俺に、いかにも喫茶店のマスター、という感じのシルバーヘアーのナイスミドルが声をかけてくれた。
「はい…ええと、席に座るのは2人なんですが、こちらの人がリアルグラフを撮りたいみたいなのですが、大丈夫ですか?」
店内で撮影するのだ。リアルグラフは普及しているものではないが、それなりに知られてもいる。当然、許可は必要だろう。
「ええ。大丈夫ですよ…こちらの席にどうぞ」
ナイスミドルは、躊躇うこともなく撮影の許可を出すと、手前の席を手のひらで示した。
窓には、ガラスが張られていて、外からの日差しが柔らかく差してきた。薄っすらと照らされたテーブルの、良く磨かれた味わいのある表面の光沢から、丁寧に、長く、使われてきたものなのだろう、ということがわかる。ここも昔からあるお店なのだろうなぁ。
ミレイさんが席の近くに来たので、椅子を引いてあげた。ミレイさんは、少しだけ驚いた顔をしたが、小声でありがとうございます、と言って席についた。
俺も自分の椅子を引いて、ミレイさんの隣に腰掛けた。ふわっと、ミレイさんから甘いような、爽やかなような、不思議だが、とてもいい匂いがしてきた。
「こちらが、メニューです」
マスターが差し出してきた、紙のメニューを表を開いてから、ミレイさんとの間のあたりに置いた。
「ミレイさんは、何を頼みます?」
「ええと、私は…飲み物はエコールと…何にしましょうか?」
「俺は、この山菜ケーキって一体…気になります」
「確かに…山菜って、普通は甘くないですよね…?それでケーキってどんなのでしょう?」
ミレイさんの疑問を受けて、マスターが「山菜ケーキはですね」と説明を始めた。
「山にはよくあるキービーという山菜がありましてね…この山菜を煮ると、出てきた汁がすごく甘いということが最近わかりまして、それを使ったケーキなんですよ」
キービー。響きといい、甘い汁といい、いわゆる地球で言うところのサトウキビのことなのかは。こっちでは、山に生えてくるんだなぁ。
「じゃあ、俺はエコールに、その山菜ケーキをお願いします」
「あ、私も同じのをお願いします
マスターは畏まりました、と言ってメニューを引き取って、カウンター裏にあるキッチンで用意を始めた。
「こちらが山菜ケーキになります」
出てきたのは、真っ黒なケーキだった。表面にツルツルとした光沢があり、フォークで切れ目を入れると表面がサク、と割れるような感触があった。
(なるほど、これは表面を黒糖で覆ったケーキということか…)
キービーが、もしサトウキビのようなものなら、汁を煮詰めれば黒糖が出来上がる。黒糖を使ったお菓子といえば、真っ先にかりん糖やふ菓子が思い浮かぶが、なるほど、表面の光沢は、あれらのお菓子の感じに似ていた。
「甘い…そして、薫りが強い」
黒糖の甘味とそして、白糖にはない、独特の薫りというかコクがある。ケーキの生地にはあの甘いオストリーの卵が使われているようだ。
あのまるで果糖とも言うべき、ハッキリとした甘みと、黒糖の醸し出すコク深い僅かな苦味を含む甘みが、素晴らしいバランスでハーモニーを成している。
しかし、それだけではない。後味に不思議なサッパリするような、鼻に少し抜けるような、ピリリとするような後味もある…これは?
「これは…スパイス?」
「よく気づかれましたね…仕上げに少しだけコショウをかけています」
仕上げにコショウかぁ。案外甘いものとスパイスって合うんだよね。クラフトコーラって色々なスパイス使うし、実際日本でもコショウを少しかけたケーキもある。
そういえば、この世界、コショウはコショウだ。ほかにも、砂糖はサトウだし、ミルクもミルク。ヤギやウシ、イノシシなどもそのまんまだ。
でも、小麦粉はスイル粉、米はラコメット。うーん。何でだろう?ま、あまり深く考えない方がいいかな。
「すごい、美味しいケーキですね」
ミレイさんが、嬉しそうに言う。何だか、ミレイさんと普通のデートをしてるよなぁ。明日、明後日はちゃんとルカやアンとこういう普通のデートがしたいなぁ。
「ところで、シダンさん」
「?」
口の中が甘くなってきたので、エコールを飲んでリセットしていると、ミレイさんが話を振ってきた。
「2年ほど前に、カミイ村にいらしたときのことを覚えてますか?」
「たしか…えーと」
さっきの話の続きかな?あのときは、街道にいたモンスター…
「確か…そう駆除した報告をしたときに」
「はい」
「同じ年くらいの女の子の怪我を治してあげ…た…ような…あ…」
「はい。私はそのとき、シダンさんに怪我を治してもらった女の子です」
「そうでしたか…気が付きませんでしたよ」
なるほど。何となく最初から俺に対して、随分と好意的に感じるのはそういう理由か。
「あのとき、すぐにお礼が言えなくて…でも旅をしているハンターさんだから…」
そういえば、あのときは、結構深い怪我だったからな。治したあとも、ミレイさんが、しばらく呆然としていたのを覚えている。
「そんなこと、気にしないでくださいよ」
「私は命をすくわれたんですよ!」
「いや、本当に気にしないでください。みなさんをモンスターから守るのはハンターの仕事なので…」
あのキワイトの件は、ハンター協会側の不手際から起きたことなのだから、そんなに感謝されると、逆に申し訳ない気持ちになる。
「私はとにかくもう一度シダンさんに会いたくて、歩いてきた方角からきっとにキワイトに向かったと思って…行ったらもういなくて…シマットに行くにはいろいろ許可が必要で…着いたらもう恋人がいるし…なら、ロクフケイで人の目につく仕事…劇団員をやっていれば振り向いて貰えるかと…」
「あの…ミレイさん?」
「あ、すみません…何か…」
参ったなぁ。
俺は、ここ1年で、驚くほどモテていたので、さすがにミレイさんの俺に抱いている感情には察しがつく。深い怪我を治した人で…こういう感じになる人を何人か見たんだよね。感謝と好意がごっちゃ混ぜになっちゃうというか…いや、俺の勘違いなら良いんだけどな…。
「いえ、大丈夫です。気にしないでください」
「あはは…すみません、つい」
何だか、微妙な空気になってしまった。スタッフから、この喫茶店までで、充分いいリアルグラフ撮れました、と言われたので、撮影会もここでお開きとなった。
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