第98話 『39食目:ヤマーメン』

「お客さん、その琥珀のネックレス、どなたからのプレゼントですかね?」


ミレイさんとは喫茶店で別れて、俺はそのまま残って一人でエコールを飲んでいたのだが…。店のマスターが話しかけて来た。


「え?ああ、これですか?そうです。恋人からのプレゼントです」

「それは、とても珍しい品なんですよ…確か、東方蛮族ダッチア族が稀に、友人の無事を祈って作ると、聞いたことあります」


東方蛮族ダッチア族か。名前だけしか知らないが、蛮族というだけで、何とも言えない感慨が湧いてくる。


ロゼッタに、このネックレスを渡した友達というのが東方蛮族ダッチア族だったのかもな。


「恋人が、むかし友達から貰ったものと話していたので、その友達が東方蛮族ダッチア族なのかもしれません」

「その琥珀のネックレスは、渡した人と、無事に再会できるような思いも込められていると、聞いたことがあります」

「再会ですか?」

「そう、無事に再会しますように、とね」


その話の通りならば、俺がこのネックレス持っていると、ロゼッタのその友達と会うことになるかもしれないなぁ。


※※※※※※


撮影は終わったので今度こそ、明日以降に休みをもらって、ルカやアンとのデートに行きたい。せっかくだから、この温泉地でデートできたら最高じゃないか。


ということで、今日はまだ、日が沈むまでに時間が残っているから下調べをしておこうと思う。


「服やアクセサリーが売ってるお店は定番かな?あと2人は…何をしたら、喜んでくれるのかなぁ」


アンはわかる。さすがに1年も同棲してれば、そのくらいは察するというものだ。アンは、実にわかりやすい、ウィンドウショッピングが好きだ。


ロクフケイのきらびやかな店へ、何度つきあわされたことか。義足なので、さすがに荷物持ちはさせられなかったけどね。


ま、でも何というか、アン自身は、俺がアンに惚れてること理解しているのか、結構、俺を振り回してくる。そして、それを絶対にこっちが嫌だなと思わない程度に留めてくるという巧妙さがある。


だから、こっちは『可愛い彼女のワガママ』みたいになるし、そう思うようにコントロールされていて、それをこっちが自覚しててもなお、やっぱり言うことを聞いてしまうのだ。ものすごい小悪魔よ。


ロゼッタになると、このあたり幼馴染力を駆使して意外と力技で振り回してくる。ロゼッタに「そうなの!」と言われると、パブロフの犬よろしく、素直に従ってしまう。


リーゼはド天然だ。いっつも尻拭いをしてる感じなのだが、何故かあのしょんぼり顔を見ると放っておけず、ついつい優しくしてしまう。


ルカは毎度、言葉巧みに誘導されてる気がする。


やっぱり俺、思いっきり尻に敷かれてるよね。昔は、亭主関白ってカッコいいとか思っていたけど、好きな女の子の言われるがままになるのも悪くない。俺の本性は、どこかでMなのかもしれない。


「村の中は、これでだいたい見れたかな」


さて、バカなことを考えながら、村を見ていたら一通り村を見終わった。


「アンを連れていきたい店は、だいたい決まったけど、ルカはどうしようかなぁ?どんなことが好きなんだろうなぁ?」


うーん。難しい。ルカに何がいいか、なーんて聞いても「旦那様と2人で、過ごせれば何でもいいのじゃ」とか言いかねないからなぁ。


さて、どうしようかと悩んでいたら、ふと、小腹が空いてきた。空腹で悩んでもいい考えは浮かばないだろうから、何かを腹に入れるとしようかな。


「さて、何を食べようかなぁ」


ここ最近は、アンが毎日、ご飯を作ってくれていたのでろくにメニューを考えていなかった。外食するときは、いつも作ってくれているアンの希望に沿っていたし。


ふと、思った。これは良くない、と。


数年前、コーダエに来たばっかりの俺は、美味いものを探そうとギラギラしていた気がする。今ではただ生きてるだけで、アン手作りの上手い飯が食べられる。それは良いのだが、牙をもがれたのではないかという疑惑が浮かぶ。


あの頃の、ギラギラ感を思い出せ。


村の全図は入った。食べ物屋が並んでいたあたりに行ってみよう。そう思い、数分歩いて、いい匂いが漂う区画に戻ってくることができた。


「ふぅむ。俺の腹はどんなのを求めてるかなぁ」


アンの料理は、家庭料理ではあるが、ぶっちゃけそこらの店より遥かに美味しい上に、ヴァリエーションが半端ない。


キワイトで別れてから、再会するまでにも特訓してらしく「ご主人様のために」レパートリーを増やしたそうな。くうう、アン…愛してるよっ!


ただ、これは地理的な話ではあるんだけど、キワイトもロクフケイもカナチヨも、内陸だからか、海産物がほとんどないんだよね。隣のカナチヨから流れてくるスパイスがあるから、出汁をとる文化もあまりない。お粥に使ってきたくらいかなぁ?


「海産出汁か…昆布出汁や鰹だしなら、内陸でも使えるっちゃー使えるとは思うんだけど、見慣れない人には見た目が不気味かなぁ……むっ!?」


考えごとをしながら歩いていたら、今、通った店から、食欲をそそるパンチのある匂いがしてきた。歩を戻して、匂いがしてきた店の前に行くと…。


木製の小さな、平屋の建物だ。昔からある部類の店だろう。貴族は…絶対に入らないだろうなぁ。


「この強烈な力強い匂いは…ショウスに……まさか…豚骨か!?」


思わず店の扉を見ると『おいしいヤマーメン』と書いてある。ヤマーメン?聞いたことがない料理名だなぁ。


「いや。俺の腹がここにしろと叫んでいる…ような気がする。ええい、ままよ」


外側から中が覗けないので、どんな料理なのか全くわからない。なんだか今日の俺は久々の一人飯でテンションが変になっている。だが、俺の腹を信じて、扉を開けた。


「いらっしゃいませ、お一人様ですか?」

「ええ、1人です」

「どうぞ、こちらへ」


中の席は、カウンターといくつかのテーブル席があるだけだった。外観通りの、こじんまりとした店で、お客さんは誰もいなかった。


入口でいらっしゃいませ、と言ってきた中年の女性に案内されて、カウンター席に座る。席には、板が一枚置いてあり、メニューらしきものが書いてあった。


板一枚にあるメニューは、見ると、ヤマーメン、大盛りヤマーメン、ヤマーメン肉盛り、ヤマーメン野菜盛り、ヤマーメン全部載せの5つしかない。


「全部、結局、ヤマーメンじゃん…」


ヤマーメン。お前は一体なんなんだ。いや、しかし名前の語感といい、この豚骨の匂い。そして、このメニューの感じ。地球のアレを彷彿させる。


そう、カレー、ハンバーグにならぶみんなが大好きな3大巨頭、ラーメンだ。そういえば、こちらに来てからは麺類を見かけたことがないよな。


「これは…期待せざるを得ないな…すみません、ヤマーメンを1つ下さい」

「あいよ」


厨房にいた、中年くらいの只人族ヒュームの男性が、威勢よく返事をした。短い髪の毛に、気難しそうな顔。ねじり鉢巻に、黒シャツ、前掛けという、如何にも感じに、俺は地球との収斂への期待が高まった。


厨房を覗くと、腰のあたりの高さで、横に流れるかなり太い管のようなものがあった。一体なんだろう?隅の配管ではなく、厨房の中心にあるから、何らかの調理器具なのだろうか?


ねじり鉢巻きの男性は、その太い管に上側に取り付けられた、四方50センチほどの蓋を開けた。


すると、中からはモワッ、と大きく湯気が立った。これは、管の中を湯が流れてるのだろうか?いや、単なる湯とは違う、かすかではあるが、独特の香りがする。


「もしかして、管の中を温泉水が流れている!?」

「おう、にいちゃん、よくわかったな。これは温泉水だよ。この街はね、温泉水をいろんなものの熱源として使ってるんだ」

「もしかしてかなり熱いんですか?」

「ああ。源泉はボコボコいってるくらいだからな。むしろ温泉の熱をいろいろなものに利用して、冷ましてからでないと風呂に使えないんだよ」


厨房にあるということは、当然、調理に使うのだろう。何というエコ村だ。めっちゃSDGS実現してるじゃん。


男性は管の蓋を開けた、湯気が立つところに、直径10センチほどの筒のような容器を掲げた。男性が筒の底についた蓋を開けると、その容器から、何本も細い筋のように、液体が管に落ちていく。


(中に液体が入っていて、下がじょうろみたいになっているのか…)


どうやら、蓋を開けた管内の左右には、細かい網がついていて、中に入れたものが、流れていかないようになっているらしい。この管は、温泉水を使った、茹でるための調理器具という訳だ。


しばらくしてから、男性は管の中にフォークを突っ込んで、細く、透明な、麺状のものを掬い上げてきた。


「これって…もしかして春雨か…」


春雨は、確かに豆とかのデンプン質を使い、水と混ぜ、じょうろみたいな容器から沸騰する鍋に入れて固めることで、麺状にする料理だ。


「美味しそうだね、おじさん…ところでなんでヤマーメンって名前なの?」

「原料が、このあたりに生えているヤマーという植物の根を絞ると出てくる汁なんだよ」

「へー」

「んで、南東国郡のトーコー漁国や、エドガー海洋国ではこういう細い料理をメン、というらしい。それにちなんで付けた」


トーコー漁国、エドガー海洋国かぁ。マーリネやシマットみたいな北西国郡にいる俺からすると遠い国ではある。でも、いつか行ってみたいな。


しかし、根の汁かぁ。根菜類に近いやつなのかな?きっとヤマーという植物は、根にデンプン質を蓄えるんだろう。根は水分も多いだろうし、そのまま絞れば使えるっていうのは便利だなぁ。


「はい、お待ちヤマーメンだ」

「おお!待ってました」


それなりに太めではあるが、これはやはり、春雨だ。そして、スープは、どう嗅いでも『醤油豚骨』である。


「頂きます!」


ま、箸はないので、麺はフォークで啜るしかない。スープは、こちらのスプーンで飲むんだな。まずは、スープを軽く一口。


「うッ…うまい!」

「へへ!そりゃあ、よかった」


ほぼ、地球の醤油豚骨だが、やはりショウスの影響か甘みがある。しかし、この豚骨っぽい出汁の脂の甘さとのマッチが半端ない。地球のより深みがあるかもしれない。


「次は…麺だな…」


くううう。縮れ感が強い麺だから、とにかくスープがよく絡む。たまらん。麺も少し癖が強い香りをしている。青臭いよりは、やはり芋の土臭さが微かに残っているが、このガツンと強い醤油豚骨?風のスープに押されて、却って隠し味みたいになっている。


こっちに転生してから、そういえば、初めて食べる麺類だ。地球でそば打ちを経験したときに、麺類はくっそむずいって思い知らされたのもあって、転生してからも自作は避けていたんだよね。


しかし、春雨なら麺切りの高度な技術はいらないので、もう少し手軽にできるかもしれない。


ずるずるとすすり、途中でスープを口に含み、また麺をすする。久々の麺類に思わず、夢中で食べてしまった。もちろん、完飲。


いや、美味しかった。今度は全部載せを食べよう。ラーメンではなかったが、パンチある豚骨醤油のお蔭でラーメン食べたい欲を満たせた。


「ごちそうさま」


そう言って、席を立つと、入口で案内してくれた女性にお金を渡した。


「おう。お粗末様…。そういやぁ、兄ちゃん、そのネックレス、東方蛮族ダッチア族のヤツだろ?」


お会計も済んで、店を出ようとしたところ、料理人の男性がそんな風に声をかけてきた。


「らしいですね?私も恋人から貰って、その恋人がどうやら東方蛮族ダッチア族の友人からもらったらしいです」

「へぇ。そうなんだなぁ。いやね、さっきも2人組がきてよ、何でも東方蛮族ダッチア族のハンターだって言っててな」

「ハンター…」

「いや、やったら別嬪な黒髪のねぇちゃんだったけど…ん?なんか〜んん?にいちゃん、雰囲気似てるな?東方蛮族ダッチア族に親戚とかいたりするのか?」

「!」


俺と似ている…だと?ハンターで?本部長が話していた治療系統魔法キュアブランチングマギーの使い手と同一人物なのか?


「もしかして、その黒髪のハンター、歳は18くらいだったりします?」

「あ、ああそんくらいだったと思うぞ?やっぱり親戚だったのか?」

「ええ。その人、多分、俺の生き別れの姉です」

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