第96話 『37食目:温泉スウィートリン』
そういえば、姉かもしれない、黒髪の美女に会うことはできなかった。本部長から仕事の説明を聞いたあとに診察室を訪ねたら、もぬけの殻だったのだ。
ただ、本部長から、その女性の情報だけは聞くことが出来た。
名はプラト、と言うらしい。そして、フォームという、俺と同じ年の男と二人でハンターをしていて、ロクフケイに拠点登録もしているそうだ。
「ロクフケイに拠点登録をしているのならば、急がなくても、そのうち、会えるだろう」
そう思い、まずは与えられた仕事に集中することにした。何せ、休みを取ろうと思ったその前に仕事を割り振られてしまったのだから、探す暇もない。
本部長に、もしその2人が拠点を移動して、戻ってこないような仕事を受ける場合、連絡をくれるように話は通しておいた。こうすれば、すれ違ってしまうことはないだろう。
レスタでの仕事には、その後、3日ほど出かけるための準備などでわたわた追われて、結局、4日目に行くことになった。
プリズーガ山の中腹に最近出来た温泉地レスタ。アン、ルカとの3人で登り徒歩で向かった。リザ村に向かう途中の、まだ大分麓に近いところの分かれ道で少し折れて、30分ほど進むだけでたどり着く。ロクフケイから、徒歩で2時間はかからないから、比較的近いと言えるだろう。
そもそも広報活動ってなんだろう?と思って、依頼票とにらめっこしていたのだが、どうやら、この世界で作られる広報紙みたいなもののモデル役らしい。
カメラに似た
「見た目がとてもよく、かつハンターというみなさんにご協力を頂きたく、今回、お願いに上がったところ、許可を頂いた次第です」
レスタにつくと、街の入り口で待ち構えていたスタッフらしき人にいきなり捕まり、早速、仕事の説明を受けていた。
今回の仕事、普通ならハンターの業務とは関係ないので断るような通すのが難しい案件ではある。しかし、本部長曰く、シマットの王族側に貸しを作ることもあって、受けたらしい。
「シマットの王様が持ってる、個人指名の権利を使ってまでやってくるとはなぁ」
そういえば、地球で、この手のモデル撮影の契約は、キチンとしないと、とんでもない条件を突きつけてくるやつがいる、と聞いたことがある。
撮影と言い張り、とんでもない写真を撮ろうとしたり…だ。そのことを思い出した俺は、穴のあくほど、依頼票の仕事内容は見た。依頼票に問題はなかった。あの内容ならば、変なことは出来まい、という様に書かれてはいた。ハンターに頼むからか、適当なことは書けないのだろうな。
「では、すみませんがこちらで用意した劇団員とカップルのデート風に撮って頂きたく」
「「えー」」
2人が、ひどく不満そうな声を出す。それは確かに契約違反ではないな。俺ら以外にも、劇団員が交じる可能性は書かれていたからなぁ。ま、仕事なんだから諦めましょう。
「えーと、2人とも頑張ってね」
「ちょっとシダンさん、何言ってるんですか?」
「?」
カメラらしき機材を持った女性スタッフが、そう抗議の声を上げた。
「依頼票の対象は『あなた方のパーティー』になっていたはずですよ?」
「はぁ…確かにそうですが…え?俺のこと?」
「「「もちろんですよ!」」」
ほかにも3人ほどいた女性スタッフが声を揃えて、訴えてきた。えー。俺もやるの?何だか、面倒くさいなぁ…。
「シダンさんを使うかどうかで、女性客の数が変わりますから当然です!こっちで用意した女性劇団員とカップル風の撮影をしてもらいます!」
「「えーーーー!!!」」
今度は、ルカとアンが「妾、泣きそうじゃ」「いぃ〜やぁ〜だぁ〜」と大声で騒ぎ始めた。が、すでに、向こうには、めっちゃイケメンな青年2人に、落ち着いた感じの美人1人がスタンバイしていたので、逃れられまい。
その落ち着いた感じの美人…俺と同じ歳くらいの…少女が俺に近づいて、手を差し出してきた。
少女は、金髪碧眼で、スラリと背が高く、やったら顔が小さい。175ほどある俺から見ても、わずかに目線が下がるくらいの背丈だ。スタイルはいい…というか、女優さんだけあってびっくりするくらい細い。
「初めまして、シダンさん、ロクフケイのアーツロー劇団のミレイと申します。よろしくお願いしますね」
「えーと、ハンター階級7のシダンです。今日は撮影よろしくお願いします」
手を取って握り返すと、向こうはその上から反対の手まで重ねてきた。えーと。振り払う訳にもいかないから、困ったな。
戸惑って見たミレイさんの顔には、パッチリとした目の上にくりんくりんの長い睫毛がついてて、瞬きをするたびに、動くのがよくわかる。
そういえば、アーツロー劇団って、すげー有名な劇団じゃん。ロクフケイの大きめな劇場で、いつも、何らかの劇をしている。時には、王族も見に来るような格式の高い劇団だったはずだ。
俺も何回か、アンと2人でアーツロー劇団の劇を見に行ったことがある。そして、言われてみると、この子も劇中で、見た覚えがある。端役ではなく、それなりの役をしていたから、割と人気の役者なんじゃなかろうか?
「ご主人様ぁ〜鼻の下ぁ〜伸ばしたらぁ〜いやですぅ〜」
「旦那様ぁー妾はー妾はーアッーーー!」
イケメン劇団員たちに連れて行かれる2人。イケメンさんたち、苦笑いしてるよ…大変そうだな…。
「えーと、じゃあ早速、撮影を始めましょう!」
ようやく手を離してくれたミレイさんは、2人が連れて行かれたのとは、反対方向を指さした。
このレスタという温泉地は、地球の日本で「温泉街」と言われて想像するものと案外似ている。というのも、レスタはとんでもない湯量が溢れており、流れ出る温泉を、ある程度、外気にさらすように流して、温度調整する必要があるそうだ。
何故なら、川に直接流すと、温度が急激に上がって生態系が壊れてしまうのだ。そのため、屋外で冷やしてから、放流するらしく、地球で言うところの草津温泉の湯畑のような、施設『クーラー』がある。
クーラーが、街の真ん中を流れ、その周囲には買い食いするためのロクフケイと同じく石造りの建物に構えられた店が並んでいる。店には、すでに人がそれなりの数いて、賑わっているようにも見える。
「結構な人がいますねぇ」
ミレイさんは、俺の3歩くらい前を歩きながら、くるりとこちらを振り返った。短めのスカートがひらりと翻り、細い脚が膝より上まで見えて、ちょっと目をやり場に困る。
ルカもアンも、ハンターということもあり、ミレイさんみたいな可愛い服装をあまりしない。もちろん、お化粧なんかは、すごく気を使っているのはわかるけどね。
よくある架空の異世界ファンタジー作品では、ピラピラした服装をしているのもあるが、あんなもん、山道で枝に引っかかってすぐ破けるからね。着るのは無理。
今度、デートするときに、街中で着るための、可愛い服買ってあげるかぁ。2人が可愛い服着れば、自分の目の保養にもなるし。
「こんなに人がいるのに、これって、宣伝が必要なんでしょうかねぇ?」
「これでは、まだまだ必要らしいです…シマットは商業国ですから、商人や庶民も来るようになるまで広めてこそ、だそうですよ?」
なるほど、今いるのは王領での話題となったものを見に来たという貴族ばかりということか。確かに服装が、豪奢な奴ばかりだ。
町並みもよく見てみると最近作られただろう、豪華な感じの作りと、昔からあるだろう味わい深い作りの建物が共存していた。
「しかし、デート風ねぇ…参ったなぁ」
「シダンさん、モテモテなんだからデートなんて慣れたものでしょ?」
「モテモテって…一体、どこの情報ですか?」
「違うんですか?劇団員の子が噂してましたよ?最近ロクフケイのハンター協会の治療院にめちゃくちゃイケメンのハンターがいて、優しく治療してくれるって」
うわー。なんだそれ。恥ずかしいわ。治療院はハンター優先だが、空いていれば一般人も治療する。ハンターが来ない昼間とか、確かに女の子が多くて、アンが般若化してたなぁ。
「いや…声はかけて頂きますがデートに慣れているかと言うと…そうでも…ないです」
「そうなんですね。あ、脚は義足と聞いていましたが、大丈夫ですか?」
「ああ、ありがとうございます。脚は義足と言ってもギフトで出したものですから…ほら、結構滑らかに歩くでしょう?」
ギフトで生やした義足だが、カペルとも戦えていたように、歩くくらいは全く支障がない。早く走ったり、長旅が出来ないのが不便なくらいだ。
「ギフト!そうですよね!ハンターの方ってみんなギフト持ちですよね」
「そうですね。ほぼ全員がギフト持ちですね」
「シダンさんのギフトってどんなやつなんですか?」
「え?俺のギフトですか…えーとですね」
さっきから、ミレイさんは、もちろん仕事だろうから、ニコニコの笑顔だ。俺も意外と普通に話せているから、表情は自然なんじゃないかと思う。
だからか、横のカメラマン?がめっちゃパシパシ写真(この世界ではリアルグラフと言うそうだ)を撮っている。ミレイさんは気づいているかわからないけど、ハンターの俺はいくらなんでも気がつく。
カメラマン?さんはこっそり撮ってるつもりなんだろうなぁ。意識しないように、自然にしないと…。
ま、あんまり気を張っても仕方ないか。折角の美人と
「ミレイさん、あのお店、何か売ってるみたいだけど、見に行かない?」
「え?あ、はい。何のお店でしょう?」
「俺のギフトの話はあのお店に行きがてらしましょう」
「はい♪」
※※※※※※
「これは…スウィートリン、と書いてありますね」
「スウィートリン、ですか」
俺が指さしたお店の店先で作られていたのは…見た目は…完全に温泉まんじゅうだ。
「あらあら、美男美女カップルさんだねぇ〜よかったら食べてって?」
店先で番をしていた、腰の曲がった年配の女性が、声をかけてきた。恐らく、院長先生よりもさらに10は年上だろう。そのとても柔和な顔は、癒されに多くの人が来ただろう温泉地には、ぜひいて欲しい人材だ。
「お姉さん、これいくら?」
「お姉さんって、また美男の上に口まで上手いねぇ…1つ
「ありがとう。じゃあ2つ下さい」
銅貨を10枚手渡しする。
「彼女さんずいぶんと別嬪さんだねぇ、大事にしてあげなよ」
「あはは、ありがとうございます」
ふとその店に「宿」とも看板が出ていることに気がついた。なるほど、宿をやってて、温泉まんじゅうもどきも売ってるのか。
「お姉さん、宿もやってるんだ?」
「ええ。そうなんだけど、最近、王様が温泉開拓にやっきになったからか、貴族様の作った大きくて立派なホテルが出来ちゃってね…」
「それは…」
「で、宿は閑古鳥。このお菓子も貴族様のお口には合わないみたいで…昔、のんびりやってた頃が懐かしいよ」
「そう…なんですね…」
その王様に力を貸しちゃってる俺としては何だか申し訳ない気持ちになる。貴族の大資本で攻めてこられちゃあ、庶民は歯が立たない。
「お姉さん、スウィートリン、あと2つ貰っていい?」
「あと2つかい?いいよ?そんなに食べたいのかい?」
「あとで合流する人にもね、上げようと思って」
そう言って、銅貨を12枚渡した。
「10枚でいいのに…」
「もう渡しちゃったから、ね」
「ハイハイ、ありがとうね。また来てね」
さらに受け取った2つをカバンに入れて、残りを両手に1つづつ持ち、手に持ったスウィートリンの片方をミレイさんに渡す。
「ほい。一緒に食べようか?」
「あのお金…」
「いや、これくらいいいよ、さすがに」
「ありがとうございます…でも、あ、あの…彼女なんて言われて…迷惑ですよね…すみません」
「ああ、気にしないで。いまは撮影中だから、そういうことにしておかないと、ね」
「は、はい…」
ミレイさんは、そのあとボソリと俺に聞こえない声で呟いた。
「やっぱり、や…………」
ん?今、何て言った?ホントに聞こえなかったぞ。非鈍感系を自称する俺としたことが、聞き逃すとは。
「えーと?ごめん、聞こえなかった…もう一度言ってもらってもいい?」
「いいえ!なんでもないです!はい!このスウィートリンおいしいですね!」
むう。聞いても話してくれなさそうだな。諦めるか。
「じゃあ、俺も一口食べてみようかな」
まず一口。うわ、甘い。見た目は温泉まんじゅうだが中は餡ではない。
柔らかくはあるが張りのある甘いもの…ゼリー…いや、これはプリンだ。混ぜられているミルクの匂い的に、たぶんウシミルクと、オストリーの卵を混ぜて、まんじゅうの皮の中に閉じ込めて、温泉熱で蒸したってところかな?
「甘い…甘くて美味しい…」
ミレイさんがその甘さにうっとりとしている。
「この中身、きっと、ウシミルクとオストリーの卵だよね、ウシミルクはヤギミルクよりもクセが少なくて食べやすいですね」
「ロクフケイは、ウシミルクが主流ですよね…私は出身がマーリネのキワイトなので、ヤギミルクの方が飲み慣れていますけど」
キワイトなら、ヤギミルクだろうなぁ。俺も旅でロクフケイに来るまでは、ミルクはずっとヤギミルクだったからな。
「へー。ミレイさん、キワイト出身なんだ」
「はい。キワイトのすごく田舎の、カミイ村の出身です」
「カミイ村…えーと」
カミイ村は通ったことがある。初めての仕事で、
「たしかエゴカワ道沿いの村だよね…ラコメットを作ってる村だったかな?」
「シダンさん…よく覚えてましたね。さすがです」
その言い方に少し引っかかりを覚えた。
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