第93話 『36食目:ラコメット握り』
騎士カペルと、向こうの最大戦力であるマクセルが敗北したことで、クーデター側の敗北があっさり確定した。
副本部長は捕縛され、クーデターに協力したハンターは全てハンター協力側のルールに則って処分されることになった。その日はもうクタクタで、治療院付きの家に帰ってすぐに寝てしまった。
翌日の昼前、本部長の部屋に俺だけが呼び出された。クーデターで怪我したハンターたちの治療をさせられるのかと思ったら、そうではないらしい。
どうやら今、ここには珍しく
なんでも黒髪の、ものすごい美人だそうで、みんなその子に治療されたいと行ってしまったとか。ワザと怪我するやつまで…そこまでとなると、俺もどんな美人なのかちょっと気になった。
「
「ハンター全体で10人もいないからな」
それは確かに、かなりレアなギフトだよなぁ。
「ああ、そうそう、そのハンターなんだが、お前会いに行っとけ」
「は?いきなりなんですか?美人だからですか?」
「お前、いま恋人が側にいないからって自由だな…」
「……」
アンとルカは、被害にあったハンター協会の建物の清掃などをしていて、別行動だ。いや、ちょっと調子に乗ってたわ。よくない…戒めよう。
「お前、人探ししてるんだろ?」
「人探し…もしかして姉の件ですか?」
「それだ、それ。黒髪、黒目、お前に似た顔立ちで、歳は今18前後。顔を見てないのでお前に似ているかはわからねぇが、ほかの条件は満たしてるぜ」
な…なんだってぇー。それはいますぐ、会いに行かなくては…。
「治療院ですか!?」
「あ、ああ、治療院だ」
「ちょっと待て、まだ話が残ってる」
そう言って、本部長は、ペラリ、と1枚の紙を差し出してきた。随分と高そうな紙に何かいろいろと書かれていて、下の方にご立派な印が押されている。
「シダンの暴行疑いは、騎士カペルから、取り下げの連絡が来ている」
「もうですかっ!?」
「もともと実際に罪に問うというより、クーデター時の足止め程度だったのだろう。足止めとしては完全に失敗していたがな」
ルカが
「で、昨日のクーデターの際には、シダン、お前、事情がいろいろ複雑と言っていたが、ほかにもまだ何かあるのか?」
「
「…………初耳だ」
本部長は、俺のもたらした情報について、驚愕を隠そうとして失敗した。目や口がヒクっと動いて、明らかに、意表を突かれたのがわかった。
「ここ最近、武器の不調による怪我人が増えていたんです。それで、勝手ながら、調査をしたところ偽の
「おい…とんでもなくヤバい話じゃないか!?」
「さぁ?ただ、組織的というよりは、武器担当の鍛冶屋が、また外部からの依頼か何かで請け負っていた、という感じみたいですがね」
本部長は、はぁー、と長いため息をついた。
「なんだってこのタイミングで、そんなことが…まさか暗殺者はその偽
「いや、それは違うと思います。何せ調べ始めたのは昨日ですからね」
「そこはクーデター関連なのは、そうなんだな」
本部長も入り組んだ事態に腕を組んで、うーん、と唸った。事態がややこしすぎるからな。俺もさっきから頭の中で情報を整理しながら話している。
「本部長が、俺に向けられた暗殺者を捕まえて、情報を引き出した方が、俺が偽物の
「ふむふむ。順番からすると、そうなるな…」
「それで暗殺ができなかったから、カペルを使ってクーデター時に、一時的な排除という方向に変更したのかと思われます」
たまたま
「となると、偽
「それが、そうでもなさそうなんですよ」
「まだ、なにかあるのか…」
本部長は、もう勘弁してほしいと言わんばかりに、首を振った。俺だって面倒だわ。だけど、思った以上に、何だか根が深い問題なんだよね。
「それは…」
俺が説明するため、切り出そうとすると、コンコン、とドアをノックする音がした。
本部長が入室を許可すると、アンが入ってきた。お盆の上に…あれは…ラコメットを三角の形に握った…要するにおにぎりを持ってきていた。
「そろそろぉ〜お腹が空く頃だとぉ〜思ってぇ〜ラコメット握り、お持ちしましたぁ〜」
うおー!おにぎりじゃん!すげー!こっちでは、ラコメット握りね、なるほど。俺の前に3つ、本部長の前にも3つのラコメット握りが置かれる。
「うまそうだなー。アン、ありがとう。食べさせてもらうね」
「はぁい〜どうぞぉ〜」
中身は…マーガミンで味付けしたそぼろのような鶏肉、そしてニカグチのニームル、ショウスで煮込んだっぽい角切りの猪肉の3種類だった。どれも具の塩味とラコメットとの相性が良すぎて、バクバク食える。
ロクフケイは、地理的な問題で海とは遠いので、魚などは、料理として存在しない。その具も、肉か野菜となるわけだ。
「うっわ…うますぎる…」
「ご主人様ぁ〜♪ありがとうございます♪」
やっば。美味すぎて、そして地球のおにぎりが思い出されて、涙がでそうだった。
…さて、話を戻さなくちゃな。そういえば、ここから先の話はアンも関係しているよな。なら、このまま居てもらうとするか。
「アン、ちょっとこれから話すことに関係しているから、そのまま、ここに残ってくれないか?」
「あぁ〜はい〜」
クーチャーを湯呑に入れて、二人分出してくれたアンにそう言って、ここに留まってもらうようにお願いする。
すると、アンは自分の分のクーチャーも入れると、俺の隣に座った。いや、近過ぎない?ぴったりくっついてるというか、ほとんど抱きついてるに近いんですけど…。そして、なんで、肩にしなだれかかってくるの。
いや、すごく嬉しくはあるけど。激しく動揺する内心を表に出さないようにしながら、話を続ける。
「本部長は、カペルの能力、知ってますか?」
「いや、知らん…というか、あの存在自体、この事件まで完全にノーマークだったわ」
本部長は、俺にしなだれかかるアンを一瞬だけ見たが、流した。そして、お手上げと言わんばかりに、両手を軽く上げた。ランクAなんてやつを、今の今まで、情報伝えないようにするなんて、どんだけ隠されていたんだろうな。
「
本部長は、今日何度目かになる深いため息をついた。そんなため息ばっかり吐いてると、幸せが逃げちゃいますよ。
「そんなややこしいやつ相手によく勝てたな」
「ギフトの扱いが、だいぶ甘かったですからね」
「…14歳とは思えない発言だな…」
俺は、アンの方をちらりと見る。それから本部長に向き直り話を続ける。
「アンは…本部長は知ってると思いますが、精神系統の魔法が使えます」
「それは、まぁ知っている」
俺は、少し前のめりになって本部長との距離を近づけると、声のトーンを落とした。
「さて、本部長…こっから先の話は、かなりヤバいので絶対に秘密にしてくださいね」
「おい秘密ってなんだよ?俺になんか変な爆弾を持たせる気か…!」
「
「俺の意志を無視して、勝手に話を進めるなよ…」
本部長は、右手を頭を当てて、ギュッと目を瞑った。本部長は、そういうことも含んでやる仕事だから、諦めてくださいな。
「
「それは、まぁ、魔法の知識あれば、誰でも知ってる話だな」
「ところで、俺のギフト知ってます?」
突然の話題に、本部長は怪訝な顔をするも、もちろん忘れている訳もなく、ぽそりと喋りだす。
「…恐らく世界に1人、植物の
そこで何かに気づいたのか、机を両手でバンと叩き、立ち上がった。
「おい!まさかっ!?」
「はい。そのまさかです」
「お前のギフト…どれくらい伸ばせる?」
「進化していまは400メートル伸ばせます」
「〜〜〜!!!」
本部長は、俺とアンの合せ技について、どのようなものか察したらしい。悶絶のあまり声も出ないようだ。
「あっはっはっ!」
「あっはっはっ…じゃねーぞぉ!!!」
「ちなみに、こんなに細くもできます」
最大限に細くした、
「その能力で…偽
「正解です。さすが本部長、話が早い」
「それがどう繋がるんだ?記憶にカペルが出てきたのか?」
「うーん。それなら話は早いんですけどね…」
「なんだったんだ?」
俺のやっていることは、決して、非合法ではないが、バレてないだけで、結構スレスレのことをしているよなぁ。
「
最初、アンからこの情報を聞いたときは幻術かーくらいに思っていた。しかし、その直後というタイミングで、カペルという、俺を狙って、幻術を使うヤツが現れたのだ。むしろ、カペルとの関係を結び付けないほうが難しいくらいだ。
「なるほど。確証は全くないが、タイミング的に考えると、カペルの幻術が疑わしいということか」
「そういうことです。さらにその幻術の相手は数日前から、俺を排除すべきと話していたようです」
本部長は、指で机をトントンと叩き考え事を始めた。情報が交錯してるからな、頭の中で何がわかって、何がわかってないか、整理しているのだろう。
1分ほど立ってから、また本部長が口を開いた。
「結局、カペルは何をしたかったんだ?目的はなんなんだ?」
「わかりません。クーデターで何かをしたかったのか?偽の
「なるほど…つまり、実は何も解決していないかもしれない、ということか…」
「そうなりますね」
「あーめんどくせぇな」
本部長は頭をガシガシ掻いた。いくら仕事とは言え、政治的な話は当然、本業ではない。ハンターの割り振りや指揮なら能力を発揮するが、そういうことは、得意な方ではないのだろうな。
「ハンターはもともと国の何かに対して、捜査権なんか持っていませんが、今回のことは、シマット商業国の、どこまでが悪事に加担しているかわかりませんので、捜査を国に任せるのも難しい話です」
「ふうむ。だが、そうだな…少なくともシダンが容疑をかけられる原因となった暗殺者については、一定程度、捜査ができるな」
「ああ、相互権を使うんですか?」
これはハンター協会と国との間に決められている取り決めなのだが、ハンターに対する国の捜査に不信ありとして、再捜査をするように介入を行うことができる。
もちろんリスクがデカくて、国に落ち度がないとなると、ハンター協会側がかなりの賠償などを背負うが、絶対の自信があれば、事態をひっくり返し、かなり有利に運べるようになる伝家の宝刀だ。
「しかし、これは可能性だが、さっきのシダンの話を総合すると、カペルが、暗殺者に幻術をほどこしていたことも考えられるな」
「そうなると、
証拠不十分となり、こっちが相互権を使ったデメリットばかりが残ってしまう。
「…あのぅ〜あまりぃ〜よろしいことではないのですがぁ〜提案がありますぅ〜」
おずおず、という風にアンが手を上げた。
「ええと、ハンターアンリエッタ、なんだね?」
「まずは事前に私がぁ〜
本部長は、愕然とした顔をした。まさかアンからダーティな手法が提案されたことに驚いたのだろう。とはいえ、そうも言っていられない可能性がある。
「綺麗なことなんか言ってられない、か…」
「ですぅ〜。私たちがぁ〜襲われたのはぁ〜事実なのでぇ〜それを明らかにするだけですぅ〜。向こうがずるい手を〜先に使ったんですからぁ〜」
「しかし
アンは、本部長の懸念について、否定するように首を振った。
「新しい記憶を〜植え付けるのはぉ難しいですがぁ〜むしろ幻術で歪められたものを元に戻すのでぇ〜却ってぇ〜自然になりますぅ〜」
「わかった…それで行こう…諸々の手続きはこちらでやっておくから、ちぃと待っててくれ」
「ではぁ〜ご主人様ぁ〜こちらは〜あの暗殺者を見つけて〜
アンの話に、俺は力強く頷いた。
「ああ…本部長もそれでいいですね…今日、明日でどうにかしてみますから」
「頼んだぞ」
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