第94話 偽装

本部長は、アンにおにぎりのお礼を言って出かけていった。早速、相互権に関する手続きを進めてくれるようだ。


「じゃあ、俺たちは王城にいる騎士団の詰め所にでも行こうか?」

「はいぃ〜ご主人様ぁ〜。でぇ〜騎士の詰め所っていうとぉ〜どこにあるんですかぁ〜」


ロクフケイは、王都に当たるが、ここにいる騎士団は、当然、王属の騎士団になる。詰め所も王城、ということになる。あの暗殺者やカペルも、城の詰所に居ることだろう。


「普通は王城内にあると思うよ」

「王城の中にぃ〜若木の根ルートを〜這わせるんですかぁ〜」

「ま、そうなるなぁ」


王城に入ったことがないため、いろいろな人の記憶を読みながら、探っていく必要があるだろう。


「長さぁ〜足りますかぁ〜」

「中の廊下を辿っていくと足りないだろうなぁ」


いくら若木の根が400メートル伸びると言っても、王城の中を律儀に辿っていたら曲がり、くねり、距離が足りなくなる。


しかし、単純な大きさだけなら、城は周囲の壁から見ても、精々200メートル四方程度だ。堀もないため、場所さえ別れば、可能な限り地面の下を通して行くことで、直線に近い形で辿れる。


「地面の下を通して行ったりすれば、まず足りると思う」

「なるほどぉ〜わかりましたぁ〜」


そう言って、王城正門の近くにある建物の陰に身を隠す。それなりに人の流れもあるため、周りから見ると隠れているというより、休んでいるようにしか見えないだろうが。


「王城正門にいる兵士あたりから記憶を探って行こうか?」

「はぁい〜わかりましたぁ〜」

「よし…じゃあ、行くぞルー…」


俺が王城の門に向かって若木の根ルートを伸ばそうとする。すると、ルカが俺の前に手を出してきた。


「旦那様、待つのじゃ。一応、探知していることを逆探知する魔法というものもあるのじゃ。若木の根ルートを探るのは困難ではあるのじゃが、旦那様のギフトは、微弱ではあるが魔力を使っておるようなのでな…一応、防御魔法をかけるのじゃ」

「なるほど…王城だもんな…防御は、かなり厳重だろう…防御魔法、頼んだ」

「では、かけるぞ…知識・移動・困難ケン・ラド・ハガル


ルカの防御魔法が発動するのを確認してから、今度こそ若木の根ルートを伸ばす。そして、アンが繰り返し精神探査メモリーサーチを使っていくことで、門番からメイド、メイドから騎士団詰所の位置を知り、さらにそこで詰めている騎士まで伸ばしたのだが…。


「うぅん…どの騎士の記憶にもぉ~カペルの姿がぁ~ありません〜。幻術にかけられたぁ〜跡もぉ~ありません〜…」


うーん、と腕を組み唸るアン。腕を組んだことによって…母性の象徴スイカップが両腕に挟まれてグイグイ持ち上げられるが、もちろん見ない。


リーゼと違って、アンは、絶対にわざとやっている。これを見たりしたら、まぁいろいろとからかってくること請け合いだ。


「わかった。ならば仕方がない。一旦、ここから離れよう…あまり長い時間滞在して、誰かの記憶に残ると厄介だ」

「ですねえ〜」


王城前でうろうろしている俺らに、まだ監視役が、ついていないことを確認して、その場から離れる。途中、雑談をしながら、まるで恋人が昼間っからデートをしているかのように振る舞うのも忘れない。


何となく人気の少ない方に歩いている内に、以前、暗殺者に狙われて、捕獲して、カペルに引き渡した公園に辿り着いてしまった。


「カペルのぉ〜騎士という名のり自体がぁ〜嘘だったのでしょうかぁ?う〜ん」


この公園に来たことで、またカペルのことを思い出したのか、アンが不意にそう言い出す。


「いえ〜やっぱりぃ〜嘘というのはぁ~おかしいですよねぇ~。わざわざ偽物の騎士にぃ〜わざわざクーデター側はぁ〜協力を頼みませんよねぇ〜」

「そうだね。カペルが騎士というのは、本当の話だと思う」


本部長がカペルから送られてきた書類を横から見たが、きちんと騎士の印が押されていた。身分を偽っているとは思えない。


「…ううむ…旦那様」

「ルカ?」

「ヤツは…確かに自らを騎士とは名乗った。しかしなのじゃ、どこの、誰の、騎士とは、名乗っておらんかったのじゃ」


ルカは、あのときを思い出すように、ゆっくりと、確認しながら、そう話した。


「確かに思い出してみれば、そうだけど…。でもここにいるなら、王都、つまり王の騎士なんじゃないの?」

「そうとも限らんじゃろ?例えば、ロクフケイに屋敷を持ってる貴族の騎士、という可能性もあるのじゃ」

「ただそれだと、その貴族の騎士が、王都で治安維持をするのは問題じゃない?」


それは王権すら無視する行為で、そこまでして俺を足止めするのは、リスクが大き過ぎる。


「ううむ、確かにそうじゃな」

「もちろん、嘘ついてやった可能性もあるけど、正式な騎士がそれしちゃうと主家に迷惑かかるから、しないと思うんだよなぁ」


うーん。おかしいなぁ。どういうことなんだろう?カペルがまるで雲隠れしたみたいに、足跡が掴めなくなった。


「あのときは、この公園を通っていたときに襲いかかられたんだよなぁ」

「そうなんですよぉ〜…う〜ん。う〜ん…」

「アン?もし、何か気になることがあるなら、話してみてくれない?」

「なんなんでしょうかぁ〜この違和感〜」


この公園は、騎士が巡回して見ているようだ。1つ向こうの通りを、1人の騎士が馬に乗って、横切りながら、奥の方に進んでいった。やがて、曲がり角を進んで、姿は見えなくなる。


「あ…鎧…」


アンがポツリ、と呟いた。何の話だ?


「鎧…って?」

「はい〜鎧…というか騎士の装備ってぇ〜基本的にぃ~支給品〜ですよねぇ〜?」

「ん?ああ、それは、そうだろうな」

「ということはぁ〜所属が同じ騎士ってぇ〜だいたい同じようなぁ〜武装になりますよねぇ?」

「それは…そうだよね」


真剣に話しながらアンは、まだ腕組をやめるつもりがないらしい。しかも、さっきから少しづつ近づいてきてるの、ちょっと怖いんだけど。


「やっぱり〜あのぉ〜さっき詰め所で見た鎧とぉ〜さっきぃ〜公園を〜巡回していた騎士ぃ〜鎧がぜ〜んぜん、違うんですよねぇ〜」

「む。言われてみると全然違うな…」


じりじりと迫り、ついに、俺の腕まであと、数センチまで迫った母性の象徴スイカップを前に平静を装って、そう返す。


「…まさか…」


そして迫りくる母性の象徴スイカップを避けるように…ではなく、とあることに気づいて、公園の入り口にある立て看板まで戻った。


そして、その立て看板を見る。すると、この公園が王立ではなく、貴族が私的に整備している公園だとわかった。


ノブレス・オブリージュ、持てるものの義務、など言われるが、要するにお金持ちは、庶民にいろいろと施しをしましょう、ということだ。


この世界の貴族においては、、というのはよくあるノブレス・オブリージュではある。


公園の管理を貴族が行う、ということは、行ってみれば、その公園が、一種の治外法権のような状態になる。警備も王都の騎士ではなく、管理している貴族に帰属している騎士が行うことになる。


「この公園を整備しているのは…カナチヨ子爵?」


カナチヨ子爵…ああ、昔ライムちゃんを金持ちのボンボンがナンパしてた、あの問題のときに、最後に美味しいところを持っていったのがカナチヨ子爵だったな。


「たしかに、2年前だかに、カナチヨの街で俺を監視していた騎士と、カペルは同じような格好をしていた気がする」


王城にいた騎士は、腕は肩当てポールドロン手甲ゴーントリッド、そして下半身も、腰当てタスから脛当てグリーフまで、フルフルに着けていた。


ところがいま公園を廻っていた騎士やカペルは、胸当てブレストプレート肩当てポールドロンだけ。しかも肩当てポールドロンの左側だけ、妙ちきりんなトゲがついていた。


「なるほど、なるほど…カペルはカナチヨ子爵家の騎士で、自分の公園を管理する権限として、ここで警察権を行使した…と」


言われてみれば…昨日も、監視から逃げるように動いていたら自然とこの公園に来たような…うまく誘導されたのか?


待てよ。ならば「俺を容疑から外すことにする」と記したあの立派な紙に、カナチヨ子爵家所属ということがはずされて、としか書かれていなかったのは…何でだ?


「あああ!クソッ!!単なる時間稼ぎかっ!!!」


クソッ!俺らの行動…読まれているぞ!カペルのやつ、面倒くさすぎるじゃねーか!

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