第92話 ハンターVS騎士

「へへ…シダンさんよ…俺とやろうや?…へへ」


いつのまにか、あの不気味な騎士がマクセルを庇うように立っていた。


少し猫背気味なこの男は、まるで陰気を人の形に固めたような、不気味な雰囲気を纏っている。顔立ちなど見るに、年は恐らく俺と同じくらいだろう。


「シダンさんよ、そこに春の巫女がいるっつーことは、春の王ロードから春の芽吹きの王フォレストロードとして、覚醒しているんだよな?」

「いきなり、何の話しだ?」


カペルが、ルカを剣先で、さし示しながら、そう言った。春の王ロード?春の巫女?なんのこっちゃ?


「へへ…秋の巫女まで連れて何をとぼけている?まぁ秋の旦那も、俺も、星の意志から背いたからな」

「だから、何の話をしているんだ?」


意味不明な言葉を俺に投げかけてきたかと思うと、それについては何の説明もせず、勝手にベラベラを喋っている。


「俺はよぉ、へへ…星に背いたからよぉ、本来なれるはずの『冬の雪割りの隠者フォレストハーミット』には覚醒できなくなったんだ…替わりによお!」


そして、返事の代わりとばかりに、5メートルほどの距離を一息で詰めて、切りかかってきた。俺は慌てて、腕に若木の根ルートを纏わりつかせて、剣を受け止める。


「なんちゅーパワーだよっ!」

「俺は、ただの只人族ヒュームじゃねーからな…へへ」


向こうは片手で無造作に、踏み込みながら軽く振り下ろしただけの剣だった。それなのに、俺は若木の根ルートを纏った両手で、交差して受け止めるのがやっとだった。


しかも、そこからカペルがさらに力を入れると、完全に力負けした俺は、膝をついてしまった。くっそ、このまま押し切られるとやべぇぞ。


若木の根ルート!✕19」


自分の腕に纏っている1本を残し、残り全ての地下茎で、カペルの背後から襲いかかる。しかし、背後から仕掛けた地下茎の動きよりも早く、カペルは、数メートルバッスステップすることで、難を逃れた。


(背後からの若木の根ルートを見もせずに避けるなんて、やたらと勘がやたらいいな。いや、本当にそれだけか?…畳み掛けて、確認するか…)


巨人の指フィンガー!」

「へへ…甘いですぜ…へへ」


4本の大きなルートが、素早くしなり、カペルを狙う。しかし、縦横無尽に襲いかかるルートが、かすりもしない。カペルは、僅かな動きですべてを見切って、端っから軌道の上にすら立たないのだ。


(いや、本当に見切っているのか?それにしては…なにか変だな…)


よく見ろ…こいつ、何がおかしいんだ。そうだ。カペルの目線がおかしいんだ。


何故、こいつはさっきから、俺の地下茎ではなく、俺自身を見ているんだ?攻撃をしているのは、地面から生えている若木の根ルートなのに、だ。


そちらを見ないで、どうして俺を見ながら、攻撃がかすりもしないのか。


(広範囲攻撃に変えて、さらに2択も仕掛けてみるか?)


変則的なしなりをしながら広範囲をカバーして、逃げ場を少なくする。さらに俺の若木の根ルートならではだが、ギリギリで、カペルの動きに合わせて、軌道を切り替える攻撃に変えた。


すると、急にカペルの反応が悪くなる。特にギリギリで、カペルの動きに合わせて軌道を変える攻撃は、対応自体はできても、持っている剣で弾くしかできなくなった。


「へへ…そう来ますか…へへ」


若木の根ルートの攻撃は一撃、一撃がそれなりに重いため、剣で弾いているだけで、体力を消耗するはずだ。ところが、こっちは若木の根ルートを生やすのに体力を使うもののそれすら微々たるもので、振り回すのに限ってはほぼノーリスクだ。


つまりこのままでは、俺がどんどん有利になっていくだけだ。カペルも、それに気づいたようで若干の焦りが表情に見えている。


そんな風に、カペルを心理的に追い詰めたところで、今度は、攻撃範囲に一瞬だけ、意図的に空白を作り躱す場所を作り、誘い込んでみる。


「へへ…へ!」


こんな露骨な隙に乗ってきた!カペルは、そのスキに体をねじ込み、まるで吸い込まれる様に、空白地帯に踏み込んできた。


もちろん、それは罠だ。カペルが、踏み込んできた瞬間、全方位からの若木の根ルートによる捕縛ホールドが襲いかかる。敢えて1拍ずらした、捕縛ホールドは、カペルを捉え、雁字搦めにした。


「へへ…」


カペルは、捕縛ホールドに全身を縛られて、動けなくなっても、ヘラヘラと笑っている。


今の程度の罠を、見抜けないのか。てっきり、何らかの強力で、非常識なギフトを…例えば未来視など…持っているのでは、と疑っていたが…。こんな簡単なものにあっさりとひっかかるということは、違うのか?


雁字搦めのカペルを見ながら、そんなことを考えていたのだが…。


すると、唐突に、訳もなく、目の前のカペルとは全く違うところから、殺気を感じたのだ。


俺は、反射的に鎧化アーマーを纏った。鎧化アーマーは、自分自身を若木の根ルートで覆う緊急避難の技だ。


俺が若木の根ルートを纏うのとほぼ同時に、腹あたりにかなり強い衝撃を感じる。


直後、捕縛ホールドしていたはずのカペルが霧のように消えて、俺の横腹に、剣を叩きつけているポーズを取ったカペルが正面に現れた。


「幻術か…なるほど」

「へへ…見破られたか…へへ…さすがその若さで階級7になっただけはある…へへ」

「いつまで、ヘラヘラしてられるかね」

「へへ…いつまで…へっ!」


俺は、叩きつけてきた剣を、若木の根ルートで素早く巻き取っていく。そのまま、剣を掴んだ手まで飲み込もとしたが、カペルは咄嗟に剣を手放して、難を逃れた。


俺の若木の根ルートは自在に動くから、安易に触れるのは危険なのだ。あっという間に触れているものを巻き込んで、捕まえていくことができる。


「へへ…あんた、それでもホントに義足なのか?戦い慣れし過ぎだろ…へへ」


ふむ。先程、捕まえたカペルは幻術のカペルだったのか…。確かに、捕まえる直前、つまり罠にかかった瞬間、急にカペルの動きが悪くなったようにも感じた。


あれが、幻術か何かを使ったタイミングなのだろう。しかし、あのタイミングで幻術を使えるということは、カペルは、俺の仕掛けたは見切っていたということだ。


一方で、先程からへの対処は、かなり精彩に欠けていた。


先のことは、どんな戦士よりも見ることができるのに、一般的な駆け引きは人並み。そして、詠唱もなく簡単に発動できる幻覚。ここから導きだされるのは…。


「お前のギフト、予見あるいは未来の選択肢を見られる特性と、そして幻術をかける特性の2つの特性を持ってるな」

「!」

神魔眼ヴィジョンか…なるほどね。予見の神眼、幻術の魔眼ってところか?予見はどの程度かわからんが、相手の行動次第ではこちらの行動も変わるから戦闘中は精々数秒がいいところだろうな」

「………」


戦闘のような瞬間瞬間で、状況が移り変わるようなシーンでなければ、かなり長めに予測できるみたいだがな。俺が暗殺者に襲われてから、治療院に行き、さらにハンター協会まで移動するのを見ていたように。


「幻術は、虚像をその場に映し出すタイプではなく、個人に見せる…つまり個人の視覚に働きかけるタイプか」

「……へへ」

「俺の恋人たちは、幻術にかかっていなかったみたいだからな」


アンもルカも、俺が剣で切られかけてガードしたのを、反応をしていた。すなわち『カペルにお腹あたりを切られたが、大丈夫なのか?』という焦りと心配が、真っ先に見えたのだ。


もし二人も俺と同じように幻術にかかっていたら、その速度での反応はできなかったはずだ。即ち『今何が起きてるか?』という確認から入り、その何がおきているかの確認により、俺が切られている様子に気が付き、そして『大丈夫なのか?』になるはずだ。


つまり幻術にかかっているかどうかで俺が切られたことに関する2人の反応が、ワンテンポ変わってくる訳だ。


「どうしたい?薄ら笑いが消えてるぜ?」


俺の解説に、カペルから、明らかに余裕の雰囲気が消えた。


「へへ…あんたヤバすぎるぜ…両足義足だから、今がチャンスと聞いていたんだがな…俺よりもギフトを使いこなしている…」

「お前は能力が強すぎて、雑だな…振りまわされている」

「…言ってくれる…へへ」


さて、あとはこの謎の怪力だが、とても神魔眼ヴィジョンのギフトの特性では、説明がつかない。しかし、当然、只人族ヒュームが出せる筋力でもない。間違いなく、筋力に対するブーストがかかっている。


こいつのギフトは、特殊異能スペシャルだから、戦闘強化バトルドレスの強化も魔法素養マジョリーによる強化魔法の類いも、ありえない。ギフトを2つ持つことはないからだ。


そういえば…カペルは、先ほど『星の意志から背いた』『俺はただの只人族ではない』なんて言ってたな。星ではない超常の力と言えば、もちろん神の力しかない。


「『星の意志から背く』…つまりギフト星の情けではない…星でないということは、つまり神…『俺はただの只人族ではない』?…種族特性神の恩寵か…?」

「!!あんた…どこまで知ってるんだよッ!」


カペルが、蹴りを放ちつつ、後ろに下がって、俺から距離を置いた。少し肩で息をしている。先ほどからの戦いで、体力をそれなりに消耗していたなのだろうが、俺の種明かしが当たっていた焦りもあるのかもしれない。


というか『どこまで知っている』とは、失礼だなぁ。状況と情報から、勝手に推理しただけだ。


カペルと距離を置いて、ヤツの出方を様子を見ていると、今度は、カペルの背後の氷の壁が急に溶け出した。


周囲を覆う壁は、ルカの古代魔法エインシャントマギーで作ったものだから、そう簡単には溶かせないはずだが…一体なにが起きている?


俺がその答えにたどり着く前に、人が通れるほどの穴が開いてしまう。そして、その穴の向こうには、黒いマントを着て、フードを深く被った男が立っていた。


フードの闇に顔は隠れているが、見えている目元や皮膚の感じなどから、俺と歳は変わらないくらいと思われる。


冬の隠者ハーミット、いつまで遊んでいるののですかか?」

「へへ…秋の旦那か…加勢に来てくれたんで?それとも秋の巫女に挨拶に来たので?」


カペルにそう言われた黒マントは一瞬だけアンの方を見る。アンは黒マントを見て、ひどく顔を強張らせるが、黒マントはすぐに興味をなくしたように踵を返した。


「旦那というう気持ち悪いい呼び方ははやめてください。それに春の王はは、危険だと警告したはずですがが、何故、手を出しているのですかか?」


『秋の旦那』とカペルに呼ばれた黒マントは、背中越しにカペルにそう言う。何かマスクで口を隠しているからか、言葉がブレて聞こえる。不気味なやつだ。


「…面目ねぇ…秋の法皇ポープ…へへ…」

冬の隠者ハーミット、引きますよよ?春の王ロードはは、星の本命プランですからねね…春の巫女ががいるなら、今は二人がかりでも危険ですす」


それだけ言うと黒い『秋の法皇ポープ』は自分で開けた穴の奥に消えていった。


「シダンさん…春の王ロード…あんたとやるには…へへ…まだ準備不足だったみたいだな…へへ…今日のところは逃げさせてもらうぜ…『魔眼ファントム』!」


そう言うと、カペルも、まるでそこに居なかったかのようにかき消えた。


「逃げられたか…」

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