外伝08話 運命ってありますか?

それは不意に目の前に現れた。


霧の中に閉じ込められて、2週間を過ぎたころ。唐突に霧が、晴れ上がった。そして、目の前には、大きな、それはそれは、大きな樹がそびえ立っていたのだ。


迷ったなんてありえない。霧になってから、その場を動かなかったのだ。もちろん、霧に包まれる前にこんな樹はなかった。あって気が付かない方がどうにかしている。


何せその大きさは、天を衝くというか、あまりにもバカでかすぎて、樹の上が見えない。幹の太さも意味がわからない…だって太さは20メートルはある。計算上、一周60メートルはあるということだ。


なんでこんな大きな樹が、森の外から見えなかったのかわからないくらい、バカみたいな大きさだ。


「ここが、ハンター協会が指示していた場所なの?これ…エインシャントトレントにしては、ちょっと大きすぎるというか」 

「ボクも、わからないよー。エインシャントトレントって、こんなに大きいものなの?さすがのボクでもこれがちょっと非常識なのはわかるよ…」


しかし状況把握サーベイで探ってみても、異常なところが見つからないのが却って怖い。だってこれ、見るからに異常なんだけどなぁ。


バカでかい樹の近くに、たくさんの樹の実が落ちていた。1つだけ拾って確認してみると、エインシャントトレントの実だった。この樹の実も状況把握サーベイで探ってみて、おかしなところはなかった。


「落ちてる樹の実はエインシャントトレントのヤツだよ。実物を見たことはないけど、ブキョウ博国の図書館の挿絵で見たから、間違いないよ」

「ええ!?じゃあこの樹がエインシャントトレントなの?ボク初めて見るけど、ちょっと信じられないや…」

「まぁ、仕事もエインシャントトレントの実の回収だから、これを持って帰れば、この樹がどんなにやばくても問題ないでしょう?」


エインシャントトレントの実は、ハンター協会が作ってハンターに売っている傷薬の材料だ。血止めと消毒に強い効果があり、特に塗ればすぐに血が止まるということで、多くのハンターの愛用品になっている。


「そうだね。ボクもそう思う。この異常な樹のことは報告すべきかもだけど、いずれにしても実の回収はしちゃおう」


と、リーゼの掛け声もあり、4人で落ちている実の回収を始めた。規定数さえ収めれば、余計に持っていくのはもちろん、問題ない。シーくんのため、余計に持っていけるように、たくさん採らないと。


小一時間も集めると、持ち帰り用の袋が一杯になった。この樹の存在が、あまりにも不気味過ぎることもあり「早くこの場を離れよう」と、みんなの意思確認をした、そのときだった。


私の耳にではなく、直接、頭の中に響くように、ひどく重い、荘厳な声が聞こえてきた。



『夏の巫女と夏の騎士か、それに冬の巫女まで…よく来たな』



「え?なに?なんの声!?」


慌てて周りを見るが、それらしき者はいない。これ…霧に迷う前に一瞬だけ聞こえた声にそっくりだった。


しかし、前回とは違って、今回はフォームとリーゼも何かしらが聞こえたみたいで、首を振って周りを確認している。


…プラトだけは、今回もこの声が聞こえていないみたいだった。私たち3人の様子が、おかしいことを心配している。



『我は星の樹コズミックウィル星の意志四季の一部を代理する夏の主である』



不思議な声の主は、自分のことをそう紹介した。星の?もしかして、この目の前にいる怪物みたいにデカい樹が自我を持って喋っているの?



『いかにも…そなたらの目の前にいるのが我である』



それにしても、一体どれだけ年を経れば、このような重々しい声が出るようになるのだろう?重々しくも、歳を経たことによるヨレのようなものも、感じさせない、張りのある声をしている。幾千年の歳月と若さが同居する不思議な声だった。


星の樹コズミックウィル?それって、なによ、それ?一体何なの?何の話!?」


リーゼが、小声で「ロゼッタも聞こえているの?」と言っていた。目を合わせてから、うん、と1回だけ深く頷くと、リーゼも頷き返してきた。



『安心せよ。私は、そなたたちの敵でない…むしろ味方だ…。夏の騎士…貴様と会うのは2回目のはずだが…まぁ、それよりだ』



荘厳な声に、疑問?興味?少し感情が混じった。



『自分のことがわからないとはな…なるほど、夏の巫女と夏の騎士がこの場にいるからこそ、姿を現したのだが…まさか運命が交錯していないとはな……。それどころか、我が巫女は、むしろ春の王と…?』



「ちょっと勝手に納得して話進めないでよ!キッチリと説明をして!」



『急くな、夏の巫女よ。我は星から許可されたことしか説明できない。だから多くの疑問には答えられないだろう。何故なら、多くの疑問に答えることは、人への運命の干渉に当たるからだ…夏の巫女よ…』



その声とともに、突然、私の手が光りだした。


手の光はとても熱く、暑い。しかし、その暑さは、何とも心が落ち着くような感じもしていた。


心地よさすら感じるその光は、徐々に収まっていき、完全に光と熱が、なくなると、そこには、ひどくキレイな、青い、まるで夏を閉じ込めたような、美しい樹の実があった。



『夏の巫女よ、そなたは夏の騎士ではなく、春の王を選んだようだ…。つまり、この実は…夏の実は…春の王に渡すべきものとなった』



「さっきから、夏の巫女って話しかけてるけれど、それって、私のことなんだよね?こんな、なんかステキものを貰えるのは嬉しいけど…私は春の何とかさんじゃなくて、自分の恋人に渡しちゃうけどいいの?」



『それで構わない、夏の巫女よ。星は、場を作っても運命を決められないし、曲げもしない。あるがままを受け入れると決めているのだ』



つまり、条件のセッティングをするだけで、そこから先は思い通りにならなくても、それで構わないということ?



『ふむ。人の言葉だとそうなるかな?』



「心が読めるのね」



『夏の巫女だけはな。さて、人は、自分の意志を持って動く。産まれた環境は違えど、その先を切り開くのは全て人の意志なのだ。星の思惑などは無視して、夏の巫女が思うようにするべきだ。それこそ人を愛した星のあり方なのだから』



※※※※※※


「結局なんだったんだろうな」


星の樹コズミックウィルとやらとの話が終わるとまるで幻かだったかのように、あの巨大な樹は消えていた。あれだけ巨大だったのに、陰も形もなくなって、その場にあるのは、エインシャントトレントだった。


エインシャントトレントの実は、袋にぎっしり詰まっていたし、私の手の中にはこの「夏の実」という不思議な樹の実が残っている。どっちも幻ではなかった。あの巨大な樹だけが消えてしまったのだ。


「あの星の樹コズミックウィルってやつの話だと私が夏の巫女?で、フォームが夏の騎士、リーゼが冬の巫女ってやつなのかな?」

「2回目かー。確かにこのバカでかい樹を見るの2回目かも」

「え?どういうこと?」

「あー、話してなかったか?ロゼッタを森の中で拾ったときさ、ロゼッタは、バカデカい木の根本に寝てたんだよ。で、ロゼッタを拾ったら、フッと消えたんだよね。あれが今のデカい樹と同一人物?同一樹物?なのかもなぁ」


プラトが不安そうな顔をしていた。プラトだけはこの声が聞こえなかったのだ。それで、私たちが星の樹の話を説明をしたのだが、それから却って不安な顔が強くなってしまった。


『まさか運命が交錯していないとは』


つまり、星の樹コズミックウィルとやらが、私とフォームには星が選んだような縁がある、というような言い方をしていたのだ。フォームと、縁って言われてもなぁ…私はシーくん一筋だしなぁ。


「ま、星の思惑なんて知らね。俺は俺で、騎士だか、夏だか、そんなもんは知らん。プラトと2人で幸せに生きていくぜ!な、プラト!」

「う、うん!」

「それに星の樹コズミックウィルも言ってたって話しただろ『星は、場を作っても運命を決められないし、曲げもしない』ってな。俺は何もかも、自分のやりたいようにするぜ」

「ありがとうフォーム、大好きよ!」

「おう!プラト、愛してるぜ!」


すごいなぁ、フォーム。さすがに今のは、ちょっとカッコいいと思ったちゃったよ。


「フォームもたまには良いこと言うじゃん。私は私。誰かの思惑なんて気にしない。私の運命は、私が決めるんだ!」

「そうだね。ボクもそう思う。自分の手で切り開いてこその運命だよね」


リーゼとはこういうとき意見が合う。普段は真逆なのに、不思議なものだ。


「さて、この夏の実をシーくんに持ち帰ってあげよう!シーくんきっと喜んでくれるよ!」

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