第86話 『34食目:喫茶店エスクのマ・エコール』

そんな感じで、酒場からは、逃げるように去ったので、別の場所で一服することになった。なので、今出た店の近くにある、エコールがすごくおいしい喫茶店エスクに入った。


4人テーブルに腰掛け、エコールを4人分、注文した。…ここウェイトレスさんの制服が、ロングメイド風で可愛いんだよね。


まもなくウェイトレスさん…たしかレイナちゃんだったかな?…がエコールを4人分を運んできてくれた。


「シダンくん、いらっしゃい…はい、これシダンくんの分」

「あはは…どうもありがとう」


ここのエコールは、未発酵のいわゆる地球でよく飲んだコーヒーにとても近い味をしている。生豆を焙煎して、香りを出したのだろう。どうやらこういうエコールもそれなりに出ているらしい。


甘味が好きな人が、もう少し苦味が効いたエコールの方が食べ合わせとして、おいしくなるのでは?という理由で、作り始めたらしい。苦味とフルーティさがちょうどバランスのいい馴染み深い味だ。


「薫りも結構強くて、楽しめるよなぁ」


ちなみに、エコールとは言うが、厳密には未発酵のエコールはマ・エコールと言う。発酵の手間がなく安いし、甘味とも合うので、ロクフケイでは最近、人気だそうだ。


みんなが一口二口飲んで落ち着いたところで、ニーアが口火を切った。


「ルカ、だったか?あんた、最近ロクフケイに来たパーティー『奇跡の恩寵』のメンバー…いや、だったんだな?」


ニーアさんが、ルカにそう聞く。ニーアさんは、昔かずっとロクフケイにいるハンターらしく、そういう出入りに詳しい。


「む?主は?」

「これは失礼した」


ニーアさんは、軽く頭を下げ、向き直って挨拶をする。


「私は鬼人族デーモンのニーア、階級5のハンターで、今はソロで仕事を受けている。ロクフケイ中心で活動している」

「これは丁寧にすまぬのう。妾は精霊族エレメンタルのルカ。階級6じゃ。今はソロじゃが、旦那様のパーティーにすぐいれてもらう予定じゃ…で…ニーアは」


ルカも丁寧に頭を下げた。ルカの長く、蒼い髪が、店内の淡い照明を反射して、キラキラと煌めく。


「はぁ?」

「旦那さまのハーレムメンバーでは…ないのか?」

「い…いや…シダンのことを、尊敬はしているが…それは違う」

「かなりの美人だから、そうなのかと思ったのじゃが…ふぅむ…旦那さまは、思っていた以上にモテる体質のようじゃのう…」


うぐ。再会したばかりのルカに、すでにいろいろ察せられてる。これ…ちゃんと気をつけないと、いつか女の人に刺されそうだな。


「あールカ、それはほかの3人にも…すごく注意されているというか…。その…4人もいて今さらなんだけど…ほかの3人には、ルカのみ許可を得ていてですね…もう増やしません。はい」


しどろもどろになりながら、クズみたいな言い訳をする俺。でも、ホントに4人はなし崩し的だったんだよなぁ。


「はぁ〜旦那さまが非凡なのは、昔会ったときに察していたからのう。覚悟がなかった訳ではないのじゃが…。仕方ないが、ちゃーんと妾も寵愛してくれるのじゃろ?」

「4人に差をつけるつもりはないよ」

「ふむ。つまり、そこの助平な身体付きの女中と同じ様に可愛がってくれるということかのう?」


助平な身体付きの女中…。


「…アンのことだよね?」

「旦那さまはやはり、その女中の身体付きを助平と思っているのじゃな?」


ルカの言葉を受けて、アンが、隣の席の上でくねくねしだした。


「当たり前ですぅ〜ご主人様はいつもぉ〜私の身体を〜なめまわすようにぃ欲情したぁ〜視線でぇ〜視姦するのがぁ〜朝の挨拶代わりですからぁ〜キャッ!」


キャッ!じゃないよ。そういう嘘を平気で吐くんじゃないの!あれ?それとも、俺がアン見るときってそんなイヤらしい目線になってたの?自信なくなってきたな…というか。


「つーか、ルカ、カマかけたな…」

「ふふん。じゃが、旦那さま、安心するのじゃ?」

「何の話?」

「妾、確かに実年齢よりちょっと幼く見えるがな、胸は結構ある方なのじゃ?そのあたり、旦那さまの欲望は十分に満たせるはずじゃ」


俺、別に、おっぱい星人って訳じゃ…ない…いや、あるかもしれない。今、ルカの発言聞いて「マジか!よしっ!」って思っちゃった自分がいたしね。深く自省せねば。


ニーアさんが、そこでポンと手を打った。


「なるほど、私がシダンの鞭の使い方を教える役として選んばれたときに、アンが反対しなかったのはそういうことか」

「ニーア、なんか変な勘違いを…」

「私もそうだが、鬼人族デーモンの女は大抵、貧乳だからな。我らは胸に肉がいくと、脂肪にはならずみーんな筋肉になる。胸が大きい女性が好きなシダンの琴線に引っかからないと思われたのだろう」


反論したいけど、反論できる根拠はなかった。俺はガードを下げ、フットワークを封じられたボクサー。殴られたい放題だった。


※※※※※※


日も暮れてきたので、ニーアとは喫茶店でお別れした。ルカ、アンと、ハンター協会に戻ってきた。ルカが『奇跡の恩寵』からパーティーを抜ける手続きをするためだ。


ハンター協会の建物に入ると、俺が入ってきたことに気が付いた受付嬢が、カウンターから出てきて、俺のところに駆け寄ってきた。


焦った表情をしているが、何かあったのか?


「シダン様、ああ良かった。シダン様が治療院に居らず、探していたのですよ」

「え、俺を?重傷の患者でも?」

「いえ。実は…」


受付嬢が一瞬、息を飲み、そしてそのあと少し声のトーンを落として話を続けた。


「シダン様の命を狙っている集団がいる。そういう情報をハンター協会で掴みました」

「俺の命を狙ってる?」


なんだそれ??何だか、いきなり過ぎる話だな。


「最近、ハンター協会や治療院を探っている人物がいたんです。本部長が、そのことを気にされていて、それを今日、捕まえることが出来ました。そこで、精神探査をかけて調べたのですが…」 

「俺がターゲットだった、と」

「はい。その通りです。しかも恨みとかそういう個人的な感情はなく、組織的なもののようです。ただ捕まえたのは下っ端らしく、情報らしい情報もつかめず…という訳です」


なるほどね。俺が恨まれることは、そりゃあ、ある。副本部長には嫌われているだろうし、治療ができることも軋轢を生む。


そして女の子関係だ。実際、勝手に俺に惚れた女の子が、誰かが想っていた相手で、その筋で恨まれて…なんて話は、一度や二度ではない。


しかし、そういう単純な怨恨路線からではないようだ。だとすると、理由はなんだろうか?


「で、俺はどうすれば?」

「我々としても調査は続けます。そのため、脚が治るまでか、相手組織をどうにかするまで、護衛をつけて頂きたいと思います」

「なるほど。誰が護衛に?」

「それをいま見繕っているところなのですが…」


ルカが、す、と前に出た。


「その役、妾がやろうぞ?」

「…ええと…もしかして『奇跡の恩寵』のルカさまですか?」


ルカ名前知られてるんだなぁ。まぁ、神が直接生み出した精霊族エレメンタル龍人族ドラゴンニュートは、極端に人数が少ないので、いた瞬間目立つ。


だからこそ、俺が知ってる容姿から変わっていたにも関わらず、探し始めてから1年程度で情報を掴むことも出来たのだ。


何せ、寿命もなく、妊娠をせず、不死性も高いため、増えるのは神が産み出したときだけなのだ。世界全体で合わせて、数百人程度しかいないとも言われている。


「もう『奇跡の恩寵』は抜けるがな」

「ええ?そうなのですか?だってリーダーのマクセル様と恋仲だと…」

「それじゃ!」


ルカが怒りの表情になり、受付嬢に食って掛かった。受付嬢は、ルカの怒りに疑問を浮かべている。


「は?」

「妾はやつなど、そこらのマーガイモくらいにしか思っとらんのじゃ。それなのに精霊族エレメンタル龍人族ドラゴンニュートだからお似合いだとか、勝手に言われて…妾がどれだけ嫌だったか!寒イボが立つのじゃ!」


ううう、と自分の肩を抱く仕草で、嫌悪感を示した。まー好きでもない相手と勝手にカップル扱いされたら、そりゃあ、嫌だよね。


「なんと、そうだったんですね」

「もう我慢ならないのじゃ。ま、もともとその予定だったので『奇跡の恩寵』から抜けるのじゃ!そして、旦那さまの護衛は、妾に任せよ!」

「旦那さま??えーと、シダン様のことですか?」

「その通りじゃ!妾は、産まれた直後から旦那さま一筋でほかの男など、興味ないのじゃ!」


瞬間、受付嬢の目が氷点下になり、俺の方をジト目で見つめてきた。待って、いま引っ掛けてきたとかそんなんじゃないの?疑わないで!?


「えーとそのぉ〜」

「シダン様…またですか?さっきもヴァネッサ様が『せんせーに、ふられたゾ〜』なんて、泣きながら仕事に行きましたけど…そんなことしてると、いつか刺されますよ?」

「アッハイ」


そんなに女の子を口説いたりなんてしてないんだけどなぁ。正直、口説いた自覚あるの、ロゼッタとアンとリーゼくらいなんだけど…。


「ルカのことはぁ〜ロゼッタやぁ〜リーゼからもぉ〜託されていたのでぇ〜問題ありませんよぉ〜」


おおお!アンが庇ってくれた。


「いろいろとぉ〜事情がありましてぇ〜ご主人様はぁ〜私とぉ〜ルカ、ロゼッタ、リーゼの4人以外にはぁ〜手を出さないという〜約束をされましたぁ〜」

「そうなんですね」

「だからぁ〜この4人以外にぃご主人様がぁ〜粉かけてたらぁ〜容赦なく〜通報してくださいぃ〜」

「は、はい」


受付嬢が、アンの般若顔に泣きそうな顔になっている。受付嬢さん、すみません。

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