第85話 『33食目:クリーム卵焼きプレート』
アン、ニーアと一緒に晩ごはんを食べに行ったのは、ロクフケイでも有名な酒場の『トリル』だ。
この店、前にロクフケイに来たばかりのときに、オストリームラン……甘いダチョウっぽいやつの卵で作ったメレンゲ……を食べた店だ。
どうやら、あのときは店の裏手だったそうで、反対側からだと、昼は飯屋、夜は酒場になる、食堂だそうだ。
この世界では成人…12歳から飲酒が許可されているので、俺たちが入ってもなにも問題はない。
むしろ、神経毒でもあるアルコールによって、一時的な中毒状態になっている「酩酊感」は、俺の体質上、一切起きない。
酒の味はちゃんとするので、飲んで楽しむことはできるけどね。
「まずはご飯から頼もうか」
「そ〜うですねぇ〜ご主人様はぁ何にぃしますぅ?」
悩むまでもなく、ここに来たら、オストリーの卵料理がメインと決まっている。この店の日当たりのいい庭では、いつもオストリーの卵が日を浴びて甘くなっているのだ。
「クリーム卵焼きプレートかな?」
「ご主人様ぁ〜それぇ好きですよねぇ〜」
「俺は、甘いものに目がないんだよ」
「ふふふふ〜甘いもの大好きなご主人様ぁ〜可愛いぃ〜」
「えー。でもアンは、いつだって可愛いよー」
図らずも、アンといちゃつく事になってしまったため、ニーアが呆れた様な顔になった。
「うーん。あんたら仲いいのはいいが、一応、私もいるんでね…」
「あはは…すみません」
ウェイトレスさんを呼んで、3人が注文するとまもなく料理が来た。結局2人とも俺と同じものにしたらしい。
クリーム卵焼き。ヤギミルクのクリームを入れたオストリーの卵にヤギミルクを混ぜたものを、薄く伸ばして焼いた、クレープ風の食べ物だ。
中に入れる具は、ヤギバターだけのこともあるが、このプレートは、クリーム卵焼きが5枚とそれに入れる具が何種類か一緒に乗ってる、手巻き寿司的なプレートだ。
クリーム卵焼きが甘いので、ドライフルーツや蜂蜜など、やはりそれに合うものが多いが、腸詰め肉などもプレートにはある。
特に何も言わなければ、そうやって幅広くおかずが乗せてあるが、常連だと、ドライフルーツだけとか、そういうやつもいる。
俺はどれを包んだのものも好きなので、特に偏らせたりはしない。地球では、甘いクレープもおかずクレープも、どちらもイケる派だったのでね。
まぁ小麦粉…スイル粉などが入っていないのでもちもち感は少なめで、クレープではなく、薄い玉子焼きと言われるとそうなのかもしれない。
甘い生地に、この塩っぱい腸詰め肉も、悪くない。地球でもポテトチップスや煎餅にチョコレートをかけたもの、甘いホットケーキ生地で、肉を挟んだもの、塩チョコなど、甘✕塩の組み合わせが奥深い。
「うーん。おいしいなぁ」
「ですよねぇ〜おいしいですぅ〜」
ドライフルーツを包んだクリーム卵焼きを頬張ってアンが満面の笑みを浮かべている。
「そういえばシダン」
「?」
「最近、副本部長が妙に羽振りが良いというか、レベルの高いハンターを集めているのを知っているか?」
「いや、気にしたことないな…」
「シダンが治療するようになって、任務達成率が上がったのが気に入らないのかね、とハンター仲間とは話している」
ニーアは、何かと面倒見がいい性格だ。そのため、彼女を慕う後輩も多く、自然とそういう情報も集まってくるらしい。
「つまり、本部長の力でなく、自分の力で達成率を上げたいという副本部長の見栄がハンターを呼んだ、と」
「結論としては、そういうことだろうな」
「そういえば、さっきも副本部長が診察室まできて、嫌味を言って帰って行ったな」
「暇なやつだ…基本的に虚栄心が強く、小物ではある。だが、だからこそ今のように高レベルのハンターを集めることが、果たしてあの金勘定しかできないやつに可能かなぁと、疑問には思う」
とにかく副本部長は、ケチなやつだ。だから金のかかるの高レベルハンターを呼び寄せるというのことをあのケチがするとは思えない。
「つまり、副本部長のバッグに誰かがいる?と?」
「そこまでハッキリと陰謀めいたことは言えないが…1番の高レベルパーティーだと、『奇跡の恩寵』と言ってな、
「
「ほう流石はシダン…話が早いな」
「??」
「何だ、その
「それ、褒めてないよね…」
俺が苦笑いをしたとき、少し離れたテーブルから、明らかに怒気を孕んだ声が聞こえてきた。
「だから、何度も言っとるじゃろう!」
のんびりと和気藹々しながら食べている酒場に唐突に響いたものだから、みんな静まり返ってしまった。雑談をしていたほかの酔客は、何ごとかと、声の方に視線を向けた。
「そんなこと言って、俺の優秀さはわかっただろ?いい加減に認めて、俺の女になれよ」
青年と少女が向き合っている。何だか妙にキザで上から目線の物言いをしている青年は、牙、翼、尻尾を見れば誰でもわかる、
「お主が優秀かどうかなど話はしておらぬ。妾は、探している男がいるのじゃ。その男がロクフケイにいるから、道行きで同行しただけじゃ!だから、お主の誘いには乗らないと何度も話したし、一緒に行くのはロクフケイまでだと何度も確認したはずじゃ!」
痴話喧嘩かとも思ったが、どっちかというと、男の方が強引に迫っているように見える。少女の声は呆れと怒りの成分半々と言ったところだ。
「あのぉ…女の子ぉ〜全身に魔力が満ちてて…間違いなく
「しつこいのじゃ…!妾は、そなたにオスとして、全く興味が沸かぬと申しておろう!妾には心に決めている男がいるのじゃ!」
何度も肩を掴んで迫ってくる青年のしつこさに
「何を言う!俺は
まぁ、その青年、顔もかなりこう、陽キャ染みたマイルドヤンキー風味のイケメンではある。前世から陰キャを引きずる俺には、苦手なタイプではあるが。
「いい加減にするのじゃ!もう頭にキたのじゃ!これで頭を冷やすがいいのじゃ!」
そう怒鳴ると、
「
突如、巨大な、3メートルはある、氷の塊が酒場のど真ん中に出現して、そのまま
青年は勢いよく、壁に突っ込み、そのまま壁を破壊して、崩れてきた瓦礫に埋まってしまった。
あれが、現代の魔法とは全く異なる、
現代魔法は大気中に薄ぼんやりある魔力を、自分の体力をトリガーに使う。しかし
だが、そんなことはどうでもいい!
「ヒェ〜
俺は思わず立ち上がっていたのだ。何故なら、いま、魔法を唱えるときに、ちらっと、
見えた、あの顔は……間違いない。あの頃と、全く同じ顔をしていた…!
「ルカ!」
俺の呼び声に、
まるで、精巧な人形のような、丸い目が、俺を見ると、怪訝な顔になり、そしてすぐに驚愕の顔に変わった。
「あ…ああああッッッッッ!!!??」
少女は、俺を指でさして、口をあんぐり開けていた。俺も驚いたよ。行方を探して情報を集めていた女の子が、いきなり酒場にいるとはね。
「ルカだよな?元気だったか?」
「も、も、もしかして…!!」
そう
ルカは、パッと見には、俺よりも2、3歳下の
「あ。あのときの妾に髪の毛をくれた…少年なのか…!?」
「ああそうだ…今はシダンと名乗ってい…」
「旦那様〜」
ルカは、俺と確認するや否や、すでにいる恋人たちから、抗議が飛んできそうな呼び方をしながら、俺に飛びついて、抱きついてきた。旦那様…って。
「ふええええん、妾、旦那様に会いたかったのじゃ〜」
俺のお腹当たりにぎゅうぎゅう抱きついて、顔を擦りつけながら、泣きじゃくっている。
「妾もようやく実体を得て、あの村に恩返しに行こうと思ったら、もうおらなんだで、随分と探したんじゃぞ?キワイトで、旦那様の伝言を聞いて、もしやと思って、急いでロクフケイに来たのじゃ!」
「そうだよな、探させて悪かったよ」
ルカは、俺を見て、ニカッと笑うと、もう1度、ギュッと俺の匂いを嗅ぐかのように顔を俺に押し付けながらグイグイと抱きしめてきた。
「ということで、旦那様よ、妾を妻にしてくれ」
「えええエッッッ!?」
抗議の声というか、悲鳴をあげるアン。まぁ、そうなりますよね?
「なんじゃ、なんじゃ、このおなごは、もしかして旦那様の善き人なのかのう?」
「善き人…ああ、恋人だよ…すまないが、あと2人いる…」
「な…なんじゃとお!?あと2人って全部で3人もおるのか!?いやっ!?だが、これは譲れぬ」
ルカは俺から離れて、アンのところにダッシュで駆け寄り始めた。唐突に、鬼気迫る表情で走り、迫ってくるルカに、ひどくビビるアン。そして、怯え固まるアンに向かって、ルカはキレイなスライディング土下座を決めた。
「頼む!4人目で構わぬ!14年間ずっと考えていたのじゃ!いまさらここでダメと言われても困るのじゃ!」
ルカ…わかってるな。許可を出せるのは俺ではない、女性陣であるということに。
だけど、許可を出すのが、女性陣だとしてもだ。俺から切り出さないのは、いくらなんでもルカにもアンにも、申し訳がなさすぎる。
恋人を4人も囲おうっていうのだから、いい加減に腹を括れ!俺!
「アン、本当にすまない!」
「ご主人様…」
「彼女のことを受けれ入れて欲しい!全て俺のワガママでしかない。軽蔑されるかもしれない。でも、頼む!」
そう頭を下げて言う俺に、アンは苦笑いしながら言う。
「私もぉ〜いいですよぉ〜この方がルカさんならばぁ〜それにぃ〜ほかの2人は、もともと許可をしてますしぃ〜」
「な!?ほかの2人は妾のことを知っているのかえ?」
「それはぁもう〜。ご主人様…シダン様ぁからお話はぁ聞いており〜、
「……」
アンも、4人であることを受け入れてくれた。
ルカはそもそもそれでいいと今、話していた。
ロゼッタとリーゼは端っから諦めていた、というか、4人であることを受け入れていた。
(ということは…良かった…そうか…4人、全員が受け入れてくれた…)
思わず、ホッとして力が抜けた、そのとき。
ガラ、この広いホールの片隅で、何かが崩れる音がした。音がした方を見ると、
「てめぇ…女だからって、優しくしていたらつけ上がりやがって…殺す…!」
つまり、女の子に、吹き飛ばされたことにプライドが、傷ついたのだろう。怒りのあまり、口説いていた相手に向けるとは思えない敵意が浮かんでいた。
そして、
「
その言葉とともに、
「
「
ルカの古代魔法で生み出した氷が、
まるで示し合わせたかのように、息ピッタリの攻撃に思わず、ルカと顔を見合わせた。
「ふむ。さすが旦那様。妾が見込んだいい男に成長しておるのじゃ」
「いや、そんなことより…あいつこんなところで吐息とか正気じゃねぇな」
このまま、ヤツが戻ってくると話がややこしそうだ。そのため、
立ち去ったあとの酒場には、爆笑が外まで響いていた。
「シダンまた女の子を引っ掛けってったよ!」
「爆乳メイドじゃ飽き足らずまた新しい女の子がハーレム入りか!」
「オールラウンダーって夜の方かよ!!」
くそー言いたい放題言いやがって〜!
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