第53話 芋づる式

翌朝、朝飯にと呼ばれた俺は、お嬢様と一緒のテーブルにいた。そこで、昨晩成功した、アンとの実験と、その成果をお嬢様に報告した。


「という訳で、この方法をうまく使って、ショークが従っている理由を探れば、突破口になると思うんだ」


政治的なあれこれを気にしながら、ちまちまやるのは性に合わない。やはり俺たちハンターは、恵まれたギフトと、高い能力でゴリ押しするのが性に合う。


「なるほど。人質などで仕方なくであれば、その原因次第では、ショークさんが降りる可能性も十分にあります。ショークさんは、シモイシ側のハンターの要ですから、彼が引けば、シモイシは一気に不利になります」


そこはショークの矜持次第だろうがな。やる価値は十分にあるだろう。


「ただこの方法でも、ショークは警戒されて失敗する可能性がある。だからショーク以外に使った方がいい」

「ならば簡単です。シモイシから情報を集めましょう。大丈夫です。1つ案がありますから」


そういうとお嬢様は、アンの方を振り返った。


「アンリエッタ」

「わかりましたぁ〜お嬢様ぁ。シダン様とのぉ愛の実験成果を〜使うんですねぇ?」

「あ、愛…。ま、まぁそういうことです。もちろん、シダン様もご一緒していただくことになりますが、よろしいですよね?」


シモイシさえ呼び出せれば、この方法をうまく使って、簡単に聞き出すことができるだろう。


「わかった。シモイシを引きずり出せるだけで成功なんだが…お嬢様にはその算段があるんだな」

「そういうことです。私にお任せください」


ニヤリとしたお嬢様が窓の外を見ると、そこには城の中心とも言える、天守閣がそびえていた。


※※※※※※


「ところでシダン、昨晩はアンと部屋で2人きりで、イチャイチャしていたってこと?」

「…………」


リーゼが、ちょっと涙目になりながら、俺に詰め寄ってきた。2人きりとか、昨晩とか、抱きつかれていたり、なんてことを考えると、イチャイチャとかもあながち否定できないので、思わず黙ってしまった。


そこにアンがやってきて、得意げな顔をしながら、もはや当たり前のように、俺に右肩にしなだれかかってきた。


「リーゼ様〜そうですぅ〜昨晩は〜シダン様の部屋で2人っきりで〜手とり足取り〜愛のご指導を〜頂いて〜身も心も〜捧げましたぁ〜」

「ずるいっ!ボクもシダンから手取り足取りの愛の指導受けて、身も心も捧げたいっ!」


リーゼが左腕に、抱きついてきたが、抱きつき方に色気が全くない。地球にあった腕に取り付ける、抱きついたポーズをしている人形みたいに見えた。


「そんなこと、してないし、やりもしないからな」


※※※※※※


ところで、ハンターの外交的な立ち位置は、案外高い。


階級3半人前までは庶民と変わらないが、階級41人前から下級騎士なみ、階級5〜6腕利きや一流は下級貴族なみ、7〜8凄腕や超一流だと上級貴族程度として扱われる。英雄になると他国元首や王族と対等になるが、現在協会に階級9英雄は、いない。


もちろん実務的には、事務方のお偉方が交渉するし、ハンターにそういう権限があるわけではない。単に、貴族と相対するときの、相手側からの作法や扱いなどの参照にされるだけだ。


お嬢様につき従って、城まで来た俺は、あれよこれよといううちに、お嬢様の父親に、いわゆる謁見の間で、会うということになった。


あれよこれよと言ってもわかりづらいので、説明すると、どうやらさっきまで馬車に積んでた盗賊を使ったらしい。


単なる護衛なら、謁見の間までついていくことはできない。俺らがハンターであり、階級5、4だからこそ、ついていくことができたのだ。


キワイトは侯爵領だ。お嬢様は、厳密には侯爵令嬢。シモイシは、侯爵令息。そして、これから会う姫様の父親はすなわち侯爵閣下だ。


「なるほど、野盗がお前を襲って、そこのハンターが助けた。そして、その野盗がシモイシからの依頼だと言っている、と」


そう話してる侯爵閣下は、それなりに年を食っているように見える。多分、70前後の身体を豪奢な服で包んでいる。15歳のお嬢様の父親としては、だいぶ離れているように思える。


「ええ。お兄様がまさかそのようなことをするとは思えませんが、とても恐ろしくて…どうすればいいのか…」


お嬢様は、今まで話していた人物と同一人物とは思えない、悲劇のヒロイン、か弱い少女のロールプレイング?をして、侯爵に訴えた。そもそも、さっきまでシモイシって呼び捨てにしていたのに…お兄様って。


俺を含め、…を鋭く見る侯爵。何を思っているのか、そのシワが刻まれた表情からは伺いしれない。


「相、わかった…精神系統魔法マインドブランチングマギーの使い手を呼べ…あと、精神系統魔法マインドブランチングマギーは、接触しないと使えないからな…何かあったら困る。その野盗は厳重にしばっておけ」


侯爵は横に控えていた近衛に命令する。


ちなみに、精神系統マインドブランチングのほかにも肉体系統フィジカルブランチング治癒系統キュアブランチング移動系統ムーブブランチングも効果を及ぼす対象への接触が必須だ。つまりこっそりかけることができない。


精神系統マインドブランチングの魔法には、記憶を読んだり、消去したり、などかなりエグい魔法がそろっている。むしろ接触でないと、ゲームだったら「壊れ性能」と言われてしまうだろう。


もともと手足が縛られていた野盗だが、侯爵の横にいた近衛兵らしき人物がさらにぐるぐる巻にした。精神魔法の使い手に危害を加えられては、まずいからねぇ。


数分後、森人族エルフのイケメンが謁見の間に現れた。あ、精神系統魔法マインドブランチングマギーの使い手か。


魔法は、まず自分の体力を消費する。これは触媒だ。消費した体力を、詠唱、腕の動き、あるいは指の動き、などを通して種火に変える。


そして、変えた種火を使って、大気中に漂う魔力に働きかける。大気中の魔力の濃度はどこでもそう変わらないため、一度の魔法で使える魔力は限られる。


精神探査メモリーサーチ!」


エルフの男性が、野盗の頭を掴むと、2、3秒詠唱してから、最後に魔法名を言う。詠唱や動きは熟練することでかなり減らせるが、この魔法名…今回は精神探査メモリーサーチ…これは絶対に省けない。


森人族エルフの男性は野盗の頭に手をおいたまま目をつぶっている。10秒ほど、手が光り続けたが、やがてそれも消えた。森人族エルフの男性が、ふう、と息を吐き、目を開けた。


「どうだった?」

「記憶を覗き見ましたが、この野盗は、5日前にこの領地の下級役人、タカマという男と接触しています。タカマは、この野盗に金を渡して、『シモイシ様からの命令だ。視察任務についていき、帰りにカトリーヌ様を殺せ』と話していますね」


これは俺らは知っている情報だ。野盗の自白だけでは不安だったので、アンに精神系統魔法マインドブランチングマギーを使って事前に調べてもらっている。


侯爵は、苦虫を噛み潰したような顔をするが、やがて、ため息をついて、近くの近衛に命令を出す。


「…タカマを呼べ」

「ハッ!」


タカマは、左右を兵士に挟まれて、半分引き摺られる様に連れてこられた。小太りの、いかにも冴えないおっさんだ。


おそらく呼ばれた理由がわかっているのだろう、全身が怯えのため震えている。まぁ状況次第では、死罪だからな。


「タカマよ、何か釈明はあるか?」

「わ…私は、ヌキイ近衛から、命じられたのですっ!近衛から命じられれば、私ごときに拒否権などありません」

「ほう…ならば精神探査メモリーサーチの魔法を受け入れるな?」

「ももももももちろんにございますっ!」


エルフの魔法使いが再び、精神探査メモリーサーチを唱えた。さすがにタカマは縛られていないが。


「ヌキイ近衛から『シモイシ様からの命令で、次の視察任務の際にカトリーヌ様を、護衛と称して野盗をつけて、いいタイミングで殺させろ』と命令がされています…6日前ですね」

「ヌキイ近衛は、シモイシの部下だったな…シモイシとヌキイ近衛を呼べ」


おうおう。芋づる式に呼び出されて、ついにシモイシまでたどり着いた。ここまでくれば、目的は達成だ。さてさて、俺は…と。


これまでと同じように数分後。今度は誰かに連れてこられるとかではなく、自分の足で、2人の男性が謁見の間にきた。


神経質そうな細目に眼鏡をかけた小柄で小太りの男性…恐らく30歳前後と、同じ年くらいの、こちらは鍛えられた大柄な体躯の男性だった。小太りがシモイシで、デカいのがヌキイだろう。


ショークは護衛のはずだが、居ないんだな…。まぁ、そういうことをさせる信頼関係がある訳では、ないだろうからな。シモイシが意図的に側に置かないのだろう。


ヌキイは、近衛らしくかなり戦闘力が高いと思われる。ギフトはなさそうだが、それでも立ち振舞いなどを見るに、ハンター階級にして3〜4にはなれそうだ。


シモイシは落ち着いた様子、一方でヌキイは、不満たらたらの顔をしていた。侯爵の前でその態度ええんか?


「何故、私が呼ばれたのでしょうか?」


ヌキイはイライラも隠さずに、慇懃に侯爵に問う。こいつ、このレベルでよく近衛になれたな…。侯爵の方は、ヌキイの態度を、気に留める風もない。


「ヌキイ近衛よ、自らの潔白を証明するために、精神系統魔法マインドブランチングマギーの使用を受け入れるか?」

「私が…そのような魔法を…それは…いくらなんでも屈辱ではありませんか?」


えー。こいつ、候爵閣下に対してこんな態度で大丈夫なのか?いや、そうか…。ここで、抵抗しないと処刑確定コースなのを自覚しているのか。そう考えると、この態度の理由がわからないでもない。


そんなヌキイとは反対に、シモイシは、す、と前に出た。


「私は別に構いませんよ。ただ私にも秘密にしたいことがあります。飽くまで、最近の、ヌキイ近衛との接触に関する記憶だけにしてくださいよ」

「なるほど…では、精神探査メモリーサーチを」


森人族エルフのお兄さん大活躍だな。今日、3度目となる精神探査メモリーサーチにお疲れ気味のようだ。少し肩で息をしている。魔法は体力を使うし、精神探査メモリーサーチ精神系統魔法マインドブランチングマギーでも、かなり高等な魔法なので、消耗も激しい。


「シモイシ様はヌキイ近衛にこう命令しています『ヌキイ近衛。兵を集めてカトリーヌにつけろ。狩り祭りも近い、この意味がお前ならわかるな?野盗などいたら大変だからな』」


なるほど、そうきたか、やるなぁ。シモイシは、どうやら精神探査メモリーサーチされることも想定済みで、対策をしていたようだ。


つまり敢えて殺すということを口にせず、察しろ、的な命令をしている。さすがにこんな簡単なことで尻尾は掴ませないか。


「ふむ。シモイシは殺せなどと命令していないようだが?」

「な、確かにシモイシ様はそうおっしゃいましたが、この意味がわかるな、と言われて、そう解釈をして…はっ!?」


確かにこれまでの関係があれば、そういう解釈が正しいのだろう。しかし、これで単体では、決定的な証拠にはならない。ヌキイ近衛が勝手に曲解したで、充分押し通せる話だ。


(、ここで追い詰めるのは無理か…ま、目的は達成したからいいだろう)


お嬢様が、ホッとした…演技…をする。これは事前に決めておいた「もうここまで」の合図。やはりお嬢様もここらで手打ちとするのか。


「そういうことでしたか。お兄様、恐ろしさのあまり、申し訳ありませんでした」

「ふん。今回は部下の曲解が迷惑をかけたみたいだな。よくよく戒めておこう」


本命は別だが、予定通り、シモイシ陣営にダメージを与えられたので、まずは成功だ。


俺に、シモイシの表情は読めないが、内心では死ぬほど悔しがっていることだろう。恐らく切り札に近い近衛を切らざるを得なかったのはもちろん、お嬢様側は、ハンターを護衛につけ、警戒レベルを上げていることが判明したからな。


向こうは、こっちの手札などを見極めきれず、手を出しにくくなっただろう。


「では、この件、シモイシの命令を曲解したヌキイ近衛は処刑。命令に従っただけだが、報告を怠ったタカマはキワイトを追放、直接犯の野盗は凌遅刑。それでよいな」


来たときとは反対にヌキイは、ほかの近衛に引っ張られて、下がり、タカマは処刑をまぬがれたからか、あからさまに安心した顔になって自分の足で出ていった。玉無し野盗は…やはり、あのときミイラにした部下の方がマシだったな。


俺らも、領主に頭を下げてから、謁見の間から退室した。

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