第52話 『18食目:就眠前のハーブティー』
「アンってさ、
俺たちは、再び馬車に乗って揺られていた。正面にはお嬢様。右には、やはりアンが俺の右腕に抱きつきながら陣取っている。
ちなみに、アンが俺の隣に座った瞬間、リーゼと何かやりあっていたが、リーゼが俺の左腕に抱きつくことで話が収まった。
「アンリエッタは、
「へぇ…それはすごいな」
右スイカ、左メロンを実らせた状態で話に集中するのに、ひどく精神力がいる。が、よくよく考えてみると、その状態を目の当たりにしているお嬢様が真面目に話し続ける方が、すごい気がしてきた。
「だけど、それなら、野盗くらいどうにか出来た気がするけど…さっきのショークとのやりとりの反応を見るに、何か事情があるんだな?」
「そうです…アンは事情があって、魔法が苦手で、特に攻撃的な魔法が一切、使えないんです」
改めて右にいるアンを見ると、ちょうど目があった。アンは満面の笑み…ではなく、少し憂いげな目をしていた。
「事情ねぇ…ま、無理には聞かないよ」
魔法には様々な属性、系統があり、素養のある系統や属性以外の魔法は一切習得できない。ランクBのギフトでも4系統が限界だ。
そのため5種類以上の魔法を使えるものは限られている。魔法に関する
それくらいレアなのだ。ショークではないが勿体ない、というのが率直な感想だ。だが、こんな憂いげな目をしている女の子にそんなことは言えない。
※※※※※※
馬車に揺られてお城につくと、そのまま城の中の部屋を滞在用に使ってくれ、と案内された。お嬢様の私室と、かなり近い場所だ。
「私の護衛用の部屋です。2部屋ありますので、シダン様、リーゼ様でお使いください」
野営をしていたときは、リーゼと隣で寝たりもした。が、リーゼも女の子だ。寝室を分けられるならそうした方が良いだろう。野営とは言え、女の子が隣で寝ているのは…ちょっとドキドキしていたし。
部屋は豪華ではないが、家具やベッドなどは作りのいい高級品が使われていた。要するに品のいい部屋のようだ。間取りは2LD。Kはない。
荷物の整理や道具のチェックなどをしていたら、お嬢様に夕飯に誘われて、ご一緒させてもらう。
そして、夕飯も終わり、自分の部屋に戻ると、心地の良いソファに座ってノンビリと過ごしていた。
しばらくして軽い眠気を感じてきたので、さて、そろそろ寝ようかと思ったら、部屋の扉がノックされた。立派な扉だったせいか、思いのほか、低めの音が部屋に響く。
「アンリエッタですぅ〜シダン様ぁ〜いま、よろしいですかぁ〜?」
「アン?こんな夜に何?」
「そのぉ〜よく眠れるハーブティーを〜お持ちしましたぁ〜」
「あ…あぁ、ありがとう…いま開けるね」
意外と普通な内容だった。いや、実は『夜這に来ましたぁ〜キャッ!』っていうのを期待していました。すみません。
厚めの扉を開けると、メイド服のアンが、ポットとカップを乗せたトレイを持って、立っていた。
「えーと、こっちのテーブルに、おいてくれる?」
「はぁい〜ではぁ〜失礼しますぅ〜」
しずしずと歩くアンは、俺が指したテーブルにトレイを置く。そして、トポポ…とポットから、カップに淡く金色のお茶を注いでいった。
背筋が伸びたキレイな姿勢で、お茶を注ぐ様子にアンってちゃんとメイドしてるんだなぁ、と変なところで感心してしまう。
「レジーという果物の葉っぱを使ったハーブティーですぅ〜どうぞぉ〜」
そう言って、ソファに座っている俺にソーサー付きでカップを渡してくれた。
ハーブティーを入れてくれたカップからは、柑橘系の爽やかな香りが湯気とともに漂ってくる。
まずは、一口だけ含む。そうすると、一気に口の中から、鼻にまで、甘酸っぱい香りが広がった。甘酸っぱくはあるが、決して刺激が強いのではなく、緊張をほぐしてくれるツボをついてくれているような、そんな優しげな香りだ。
「ふう…」
飲み干すと、思わず軽いため息が出る。それと同時に、額のあたりの凝りがほぐれていくのがわかった。そこで初めて、自分が緊張していたことを自覚する。
二口目。今度は、喉を潤すつもりで、さっきよりも多めに口に含む。ゆっくり嚥下していく中で、乾いた喉が潤されるのと同時に、首周りへと暖かさが伝わっていった。
この暖かさと香りは、疲れた身体によく染みていく。さらに、野営続きからの、久々のちゃんとしたベッドだ。これなら、今日はよく寝られそうだ。
「アン、このお茶すごく安らぐね、ありがとう」
「あ…え、とぉ〜。はい〜どういたしまして〜ですぅ〜」
俺の言葉に対しても、少し引っかかるような、上の空のような返事。何か言いたくても、言い出せない、そんな感じがする。
「自意識過剰だったら、ごめん。…何か俺に話したいことがあったりする?」
「…」
アンは、俺の言葉には答えず、しかし、すすす、寄ってきてと隣に座った。そして、今朝、会ってから何度もやっているように、俺の腕にギュッと抱きついてきた。右腕はカップを持っていたからか、抱きついてきたのは左腕だが。
「…」
だが、昼まで流れるように繰り出されいた変態的な言葉は、一切、出てこない。会ってからずっと見せてきているような、ニコニコの笑顔でもない。アンの表情は、キュッと口を結んで、目も暗かった。
まぁ、このタイミングでアンが話したいことなんて、決まっているだろう。
「まぁ、さ。事情はわからないけど、攻撃的な魔法を使いたくないんだろ?だったら無理して使わなくてもいいじゃない?」
「シダン様ぁ〜はぁ〜ほんとにぃ~そう思いますぅ〜?」
「思うよ。ほんとにそう思う。
「そうですけどぉ〜さっきぃショークに言われて〜気が付きましたぁ〜私がぁ〜攻撃魔法を使えれば〜お嬢様に〜あんな思いを〜させなかったぁということにぃ〜」
ふと、左に目を向けると、縋るような目と見つめ合うことになった。
卑怯だなぁ、美少女って。そんな風に、潤んだ瞳と、悲しげな顔でじっと見られたら、優しい言葉をかけるしかなくなるじゃないか。
「でもさ、結果としてお嬢様は助かってる。大事なのは結果だよ。で、次からは護衛をちゃんと選べばいいだけの話じゃない?」
「ううう〜シダン様ぁ〜お優しいですぅ〜」
そういって、さらに強く抱きついてきた。ムニュが押し付けられすぎて、ムニュのゲシュタルト崩壊起こしそうだ。
「きっとぉ~シダン様ぁ〜なら〜そういう優しい言葉をかけてくれるかなぁ~って期待してぇ〜来ちゃいましたぁ〜私〜計算高い女ぁ〜かもしれません〜」
その自覚、今さらかい!もしロゼッタが真面目な正妻ならアンは計算高い愛人だろう。間違いなく。リーゼは…ポンコツなペット…。
「ま、まぁ、ご期待に添えてよかった」
「ここで〜さらに〜シダン様ぁ〜にぃ〜甘えてもいいですかぁ〜?」
そして、俺の腕に顔をうずめるようにしながら、上目遣いで聞いてくる。
「今さら、遠慮もないでしょ」
「でしたら〜お嬢様にもぉ〜話してない〜私のぁ〜昔話聞いてくれますぅ?会ったその日にぃ〜そんな話するなんて〜重い女って〜思いますぅ〜?」
「全然思わないよ。話してすっきりするなら、話せば良いんじゃないかな?」
親しい仲でなければ、相談しちゃいけない、ということはない。占い師に相談するとき、ほとんどの場合は初見だろう。初見で、偏見が少ないからこそ、客観的に言える、という場合もある。
ま、アンの場合は、単に誰かに聞いてほしい、というだけだろうけどね。
「私〜そのぉ~捨て子なんですぅ〜。しかも記憶喪失でしたぁ〜。グーメロ鉱国の端の端の〜ド田舎のぁ〜大きな木の根元にぃ〜5歳くらいの頃、捨てられていたらしいですぅ〜」
おおう。いきなり思ってたより重い…捨て子かぁ。極限環境の、蛮族産まれな俺といい勝負かもなぁ。
「拾われたお家は〜まぁ〜普通の家庭ですぅ〜。拾われた子供なのでぇ〜こき使われはしましたぁ〜お陰で家事はぁ〜たくさん覚えましたけどぉ〜」
必死で覚えたんだろうな。今日、1日見ていた限り、アンは、その手のスキルがかなり高いのは感じていた。気配りも細かく、城につくや否や、あっという間に俺の着ていた服を洗濯して、キレイにしてくれた。
「田舎ぁ〜なのでぇ〜私のぉ記憶している言葉とぉ〜違って〜聞き取れないからぁ〜ゆっくり喋れとぉ~怒られているうちにぃ~こういう喋り方にぃ〜なっちゃいましたし〜」
あ、その喋り方って、あざとさを狙ってた訳じゃなかったのか…何か疑ってごめん。
「そんな〜大変ではありますがぁ〜平和な日々を送ってぇ居たのですが〜数年前にぃ〜黒マントをつけたぁ~魔法使いに〜住んでた村がぁ〜襲われて〜私以外みんな死にました」
「村人全員が?」
「そうですぅ〜」
魔法は使うたびにとにかく疲れる。だから魔法だけで、多人数を殺そうとすると、かなりの腕と才能が必要になってくる。
「黒マントはぁ〜私とぉ〜同じくらいの歳だったのに〜魔法というだけで〜あんな恐ろしいことが〜できることに〜怖くなってぇ…」
ということは、その黒マントは、俺とも変わらないくらいの歳ということか。それは、とんでもない化け物だな。
「魔法が〜あんな〜残酷なぁ〜ことをぉ〜できるものだと思うとぉ~今でも〜あの家族の死に顔が浮かんできて〜竦んでしまいますぅ~」
また、ぼふ、と俺の腕に顔を押し付けてきた。今度は全部押し付けて、顔を隠しているので、表情を俺に見せたくないのかもしれない。
「あんなにぃ〜…お嬢様がぁ〜大変なことになっていたのに〜自分だって危なかったのに〜魔法を使う〜そんなことすらぁ〜頭に浮かびませんでしたぁ〜」
「それだけ、村が襲われた怖さで、使いたくないって心に刻まれていたんだろ?」
「……」
「でも、それでも、今、こうして後悔しているということは攻撃的な魔法が誰かを守ることに使える…というのを頭ではわかっているんだよね?」
俺の腕に顔を擦り付けながら、アンは首を縦に振った。
すっとぼけた話し方と裏腹に、アンは、お嬢様を自分で助けられなかったことを強く、深刻に、後悔している。
ま、お嬢様は、アンが魔法を使えなかったことを、少しも怒ってないとは思うけどね。
「アンは、今日、お嬢様の危機について、自分ならできたはずのことが何もできなくて悔しかったんだろ?だから、悩んでいるんだな?」
うんうんと、何度も頷くアン。攻撃魔法は、怖いけど、今度は助けるために、使えるようになりたい。アンの本心の、着地点はそんなところか。
「そうやって後悔をした今のアンなら、きっと次は、大切な人のために攻撃魔法を使えるよ」
「そうでぇ〜しょうかぁ〜?」
「大丈夫、大丈夫。もし、使えなかったら、ここにいる間はさ、俺が何とかするように頑張ってみるさ」
「ふふふ〜シダン様ぁ〜」
アンが、ようやく笑ってくれた。うん。女の子は笑っているのが一番だね。
「そういえば、話変わるけどさ。アンが三属性以外に使える二系統って、
「はい〜そうですぅ〜攻撃的なものがないのでそちらは何とか使えますぅ」
さっき食事をしながら、アンの適正については話に上がったので、知っている。
「そっか、
「実験ですかぁ〜?」
まずは、攻撃的ではない魔法をたくさん使うようにすれば、そのうち攻撃魔法だって使えるようになる。そんな軽い気持ちで、思いついたことを提案してみた。
「そうそう。アンは攻撃的な魔法がほとんどない、
「はぃ〜何とかぁ〜使えはしますぅ〜」
なら良かった。
「
「そうですぅ〜一応〜木でできたぁ〜ものがあればその分の延長はできますがぁ〜」
そう、
そして、射程を延長する唯一の方法が杖だ。
手に持った木製の
ただし、一本の木でないとダメで、合板だと使えなくなる。そう一本の木なのが大事なのだ。
「で、こんなことを思いついたんだけど…できたらすごいと思わない?」
俺が、思いついたことを説明する。これ、上手くいったらかなり画期的なんだよなぁ。
「こ、これ〜ほんとにぃできますぅ〜??」
「だからさ、ちょっと実験してみようよ?」
「はい〜!」
まずは、アンが気軽に魔法を使えるように、とか思っていたら、この思いつき、思いのほかヤバかったかもしれない。これはすごいな。こんなことが出来るなら、ちょっとアンとパーティを組みたくなってきた。
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