第54話 魔法の裏技〜使いましたぁ〜

謁見の間から出た、俺、リーゼ、お嬢様は、少し離れたところにあるテラスでアンと待ち合わせをしていた。


そのテラスが、謁見の間からそれなりに離れていて人が少ない。そのため、ちょうど良い場所とは思っていたのだが…。


「なーいいだろ?俺は近衛のエリートだぜ?」

「すみません〜全く〜興味湧きません〜」

「そんなイヤらしい身体してんだ?少しくらいいいだろ?な?我慢できねぇよ?」

「はぁ〜。ほんとぉ〜シダン様以外のぉ〜男はぁ〜腐ったぁマーガイモ以下のぉクズ〜ですねぇ〜」


アンが、立派な武装をしている兵士に口説かれていた。口説かれてるアンの顔、俺と話していたときと違いすぎる…完全に氷点下で、怖い。


『普段、男に少しも興味を持ったことのない貴女』とお嬢様は言っていたが、そういうことなのね。


このままは、まずいなぁ、助けに入るかなと、早足気味に近づいた。すると、俺らに気づいたアンが、こちらから声をかけるよりも先に、声を上げてきた。


「あ…シダン様だぁ〜♪シダン様ぁ〜♪♪」


その瞬間、まるでパッと花が咲いたようにアンの表情が変わる。アンは、しつこい近衛兵をほっぽといて、こっちに走ってきた。


ボフ、と飛び込むように、そして、むにゅっと正面から抱きついてきた。俺の胸に当てられて形を変える何がむにゅっとかは、もはや言うまでもないだろう。


「あーっ!!!またアンは、どさくさに紛れてシダンに抱きついた!許せない!ボクもだ!」


リーゼまで後ろからむにゅっと抱きついてきた。何がむにゅっとかは(ry


また俺は、スイカとメロンに挟まれ、空前絶後のむにゅむにゅパラダイスに突入した。昨日までは左右からだったが、今度は前後からだ。前後からの方が接触面積が多くてだな。


「何なんだ、てめぇは!?いきなり出てきたのに!何だか、すごい羨ましいやつめ!クソッ!」


なされるがままの俺に、近衛が湧き上がってきただろう怒りと混乱をぶつけてきた。


何か、ごめんなさい。近衛の人の言いたいこともわかる。というか、俺もこの人の立場なら同じことを言ったに違いない。


俺は、そんなどうでもいいことを考えていたのだが、それすら腹が立つのか、近衛は腰に佩いた長剣ロングソードを抜いてきた。


「俺はシモイシ様の近衛だ!カトリーヌ様…いや、クソガキのお付きのメイドなんぞ、俺に従えば良いんだ!あとそっちの胸のデカい狼人族ワーウルフの女も寄越せ!!」


シモイシの近衛ねぇ。なるほど、こんなところで剣を抜くわ、お嬢様に直付きのメイドを口説くわ、という暴挙にでる訳だ。


お嬢様への無礼を確認したので、護衛としては、衛兵を呼んで、この馬鹿野郎を無礼討ちにでもすれば良い。しかし、現実的には、こちらに有利になるように手打ちにできる方法がほとんどない。


何故なら、次期領主として有力候補のシモイシに楯突いて、お嬢様の味方をするのは、現在の侯爵家において、リスクが大きすぎる。


だからリスクを懸念して、お嬢様の命令に従って動く兵が居ない。そうなると、手打ちを実行には移せないという訳だ。


俺が手打ちにしてもいいが、領兵ではない、ハンターが行うと、やはり、いろいろ拗れて厄介だ。


ということで、あまり大声で問題にしづらいくらいで懲らしめるくらいのラインを狙う必要がある。


苗木の根ルート


足の裏からびきびき地下茎が伸びて、近衛に迫る。さすがに城の中で、潜らせる訳にもいかないので表面を走らせている。


「どわあああー」


突然のことにビビるだけで、反応もできずに雁字搦めにされる近衛。ヤバい。こいつ弱過ぎるぞ。


「弱いものイジメはマズイからなぁ…」


ギフトのない只人族ヒュームがいくら鍛えても、ギフトやミラクルの壁はひどく大きい。ましてや、こんなろくに鍛えてもいないやつが、俺みたいに鍛えまくったギフト持ちには、ひっくり返っても敵わない。


「よし。剥く」

「む…く…?」

「うん。剥く」


いろいろ考えたが怪我をさせるのは、後々面倒くさそうだ。それでいて、最大限の屈辱を与えると言えばこれだ。


「ハンターに突っかかったら全裸にされました」と、怪我一つないこいつがシモイシに訴えても、馬鹿らしくて、ろくに動かないだろう。動いてもシモイシの恥晒しにしかならないからだ。


俺はにこやかに女性陣に向かって、言う。


「リーゼ、お嬢様、アン…悪いけどあっちを向いて」

「え?ちょシダン…何を!?」


触りたくないからな、苗木の根ルートで剥いて、投擲スリングで廊下に投げ出してやろう。


「な!?ちょ!やめろっ!やめてくだっ?」

「うわーお前……小さいな…削りすぎて持てなくなった鉛筆?」


何が、とは言うまい。武装を解除して、服を次々とひん剥いていく。最近は俺も10本を器用に使えるようになってきた。こんな作業もパラレルでできちゃうのだ。


あっちを向けと言ったのに、アンとリーゼはなんだかんだ興味津々らしく、抱きついた俺の身体の陰から、チラチラ見ちゃってるみたいだ。


(え〜?男の人のってぇ〜あんなぁ〜小指みたいなのなんですかぁ〜?ちっちゃいですぅ〜)

(ちょ…アン!何を言ってって、ほんとだ…折れた枝の先みたい…)


教育に悪いことをしてしまった。そして2人の悪意のないヒソヒソコメントが近衛の耳にも聞こえたらしく、哀れなほどの落涙をしていた。


※※※※※※ 


廊下に全裸で放り出された近衛は、泣きながらどこかへ走り去っていった。悪は滅びる。


「しかし、侯爵閣下は、城の中の秩序すら、ここまでひどくなっているのに何もしないのか?領地の被害も酷いのもそうだけど…」


そもそもの根本的な疑問だ。何で領地が荒れるほど事態になっているのに、侯爵は動かないんだ。


「それは、狩り祭りハンティングフェスについて、当主も絶対に一切の手出しをしてはいけない、というキワイト家の鉄の掟があるからです」


昔、似たような事態が起きたらしい。当主が自分の付けたい後継者を選ぶためにハンターを締め出すという似たようなことをして、大問題になったそうだ。


「それで、狩り祭りハンティングフェスに関しては、絶対に何があっても当主は手を出さない、という侯爵家のルールが出来たんです。ハンター協会の件など干渉すると、どうしても狩り祭りハンティングフェスへの干渉になることばかりで、父上…侯爵も手が出せないみたいです」


何というザルだらけのルールだよ。侯爵家の跡継ぎ決めるんだから、もうちょい何とかしろよ。


「私が当主になったら、狩り祭りハンティングフェスのルールを変えますよ、いろいろ」

「そうだな、それがいいよ…悪いけど、侯爵家、よく今まで保ってたよな」

「それは…その侯爵家は、とある資源が豊富なんです。それが莫大な利益を産むため、言い方は悪いですが、バカが当主でもどうにかなってしまうんですよ…」


うわー。地球で言うところの石油王みたいなもんか。何もしなくても勝手に金が湧いてくるんだから、収支だけ計算してりゃあ、どうにかなるだろう。


魔金触媒マギータイト、と言いまして、特に魔法金属を精製する際の触媒になります」


魔法金属か。不変硬鋼アダマンタイトや、神鉄オリハルコン星錬鋼ヒヒイロカネとかのことだな。


硬度、粘度が高い、かつ軽い金属で、用途が幅広い。もちろん、とんでもなく高価で、最高峰の星錬鋼ヒヒイロカネともなると、1グラムで魔鋼貨が必要になる。


「世界でもキワイト以外だとグーメロ鉱国に3つ鉱山があるくらいです」


それは確かに貴重だな。グーメロ鉱国は大陸ではかなりの南になるので、北側では、キワイトしかないということになる。


「ところでぇ〜お嬢様ぁ〜そろそろ本題いいですかぁ?」

「ああ、近衛の乱入ですっかり忘れてました」

「お嬢様ひどいですぅ〜バ〜ッチリできてぇお役に〜立てましたぁ〜のにぃ~」


バッチリ出来たとは、そう謁見の間にアンだけが来ないでしていた、別行動のことだ。


「シダン様もぉ私を〜褒めて下さい〜。シダン様ぁが〜昨日の夜〜優しく〜甘くぅ〜熱心に〜してくれたお陰で〜魔法を使って〜お嬢様のぉ〜お役に立つことができましたぁ~」


うむ。言ってることはあれだが、いい傾向だ。今回使ったのは攻撃的な魔法ではないが、成功を積み重ねれば、そのうち攻撃魔法も使えるようになるだろう。


「ご褒美はぁ〜シダン様がぁ一晩〜耳元で甘く囁やきながらぁ〜情熱的に抱いて下さるだけでぇ〜構いませんからぁ〜♪♪」

「さっきの近衛のときと態度が違いすぎる…」

「当たり前ですぅ〜。私が興味あるのはぁシダン様だけですぅ〜。シダン様にぃ〜抱かれたくてぇ〜身体がぁうずうずしてるんですぅ〜!」


抱きついたまま、身体をすりすりしてくるアン。対抗してなのか、リーゼも全身をすりすりしてきた。


その様子に、お嬢様が、片手で軽く頭を抱えて、首を振った。お嬢様ももはやお手上げのようだ。


「アンリエッタ…そんなことより、せっかく上手くいった魔法の結果を報告しなさい」

「はい〜。シダン様♪♪のぉ〜予想はぁ〜当たっていたみたいですぅ…ショークはぁ弱みを握られていますぅ〜」


精神探査メモリーサーチ、ホントに便利だな。そんなことまでわかるのか。


「彼にはぁ、恐らく恋人だろう人物がいてぇ〜、病気にかかっていますぅ。病気の治療キュアディジーズまではぁ〜試したようですがぁ〜効果なかったみたいですぅ」

病気の治療キュアディジーズより以上の魔法となると、なかなか使い手探すのが大変だよな」


だからこそ、俺のギフトが貴重がられるのだ。


「そうみたいですぅ〜大きな病気の治療キュアメジャーデジースとなるとぉコネがなくてはぁ〜、とてもぉ〜時間がかかるのでぇ〜それでシモイシが手を差し伸べたみたいですぅ〜」

「なるほど…階級5腕利きのハンターがシモイシについていたのは恋人のため、と」


好きな女の命となれば、確かにだいたいのことに優先されるだろう。恋人ではないが、ロゼッタの命がかかってるとなれば、大半のことには従ってしまう気がする。


「あ、ついでに今回のお嬢様のぉ〜視察の公務もぉ〜シモイシがぁ〜行くようにぃ手を回したみたいですぅ〜」

「そうでしょうね。罠があるとわかっていても、あれは避けられないタイミングでした。外に出なくては、いつ何をされてもおかしくなかったですからね」


ま、さっきの近衛の態度を見ればわかる。あれ、俺かリーゼが居なかったら、大変なことになっていた。つまり、そこまでお嬢様は、シモイシに政治的にも、してやられて、ここまで追い詰められているのだ。


「でもぉ〜私の精神系統魔法マインドブランチングマギーとぉ〜シダン様のギフトの相性がぁ〜ここまでぇ〜良いとはぁ〜思いませんでしたぁ〜」


アンが言っているのは、昨晩、二人でやった魔法に関する実験の話だ。


精神系統魔法マインドブランチングマギーは、直接、対象に触れなければ、効果を得られないというのは、侯爵も話していたし、その通りだ。


元が1本の木で作られた杖なら、その先端で触れることで、接触限定の魔法の対象にすることができる。


で、そこでだ、俺の苗木の根ルートが、杖の代わりに使えないかを検証したのだ。


結果としては可能だった。極限まで細くした苗木の根ルートを絨毯に這わせ、シモイシに。反対をアンに握らせることで、テラスから謁見の間まで離れた距離での精神探査メモリーサーチが成功したのだ。


「ギフトの相性がいいということはぁ〜私とぉ~シダン様ぁ〜♪のぉ〜身体の相性もぉ〜きっとぉ~いいですよぉ〜今晩〜試してみましょう〜」


魔法をうまく使えたことが、よっぽど嬉しかったのか、昨日よりもテンション高く、さらに加速した発言をするアン。俺、もう押し倒されるんじゃ…。


「気持ちは取っておくから、アン、ちょっと落ち着こうか…。それより、まずは、ショークの居場所を教えてくれる?」

「はぁい〜シダン様ぁ〜♪♪♪…ショークはぁ〜お城からぁ〜少し離れたぁ、市民街外れのぉ〜宿に泊まってるだけみたいですぅ〜」

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