第51話 腕利きのハンター

フローデの最後に出てくる緑茶…じゃなくてクーチャーを口をつけた。ほのかな苦味と葉の香りが口内に広がった。うん、これは完璧な緑茶だ。


「食後に飲むのにぴったりな味ですね…口の中がすっきりします」

「クーチャーの良さをわかっていただけて嬉しいです。キワイトでは、よく飲まれるものですので…」


トン…と聞こえるか、聞こえないかの僅かな音を立て、お嬢様が石でできた湯呑をテーブルに置いた。


「それで、シモイシについているハンターですが、リーダーは、階級5腕利きのハンターで、名前はショークと言います」

階級5腕利きか…なるほど、それは油断できないな」


階級5腕利きより上は、才能がない人間には、決してたどり着けない領域だ。稀にギフトもミラクルもなしで、努力を重ねハンターになる変わり者がいるが、それでも階級4一人前が関の山だ。


階級5腕利きより上は、積みに積み上げた努力は当然として星の情けギフト神の恩寵ミラクルが物を言う。才能が強く求められる、ひどく残酷な世界なのだ。


「ほかにも4人は階級5腕利きが2人、階級4一人前が2人という構成で組まれています」


パーティーは、5人までと決まっている。大きな理由はないが管理上の理由が大きいようだ。当然のようにこの世界でも10進法が使われているので、5は計算がしやすいのだろう。


それにハンターは、少数精鋭で、軍隊で行きづらいような場所に踏み込んでモンスターを駆除する仕事だ。バランスなど考えても5人で充分というのも、ハンターの大半の意見だろう。


「ただ調べた限り、どうにも、シモイシの言うことに従ってハンター協会的にも違反ギリギリのようなことをする人物には、とても見えないんですよね」


お嬢様なりに、いろいろ調べてはいたんだな。


「何か理由があるってことか」

「さて…どうでしょう?しかし、それを解消したところで、どうなのでしょうか?手を抜いてくれたり、するのでしょうか?」


お嬢様、甘いなぁ。追い詰められているからか、視点が、狩り祭りハンティングフェスを勝つことだけになっちまってる。領主になった後のことを考えたら、ここは通過地点であってゴールではない。


「さぁ?狩り祭りハンティングフェスに限れば、わからない。でも、今後この領地でのハンターのやり取りには変化があるかもな」

「なるほど、有力ハンターを確保できなければ、来年以降、シモイシは大変になるかもしれませんね」


うーん。まだ言葉が足りないかな?


「それだけじゃねーよ。お嬢様が、ここの領主になるつもりなら、なったあとに、ハンター協会とのやり取りもあるんだ。そのことも考えとかなきゃな?」

「確かに…そうですね」


ハッとなったお嬢様。言わんとしていることが、ようやく伝わったようだ。そこで、ちょうどクーチャーも尽きた。俺は中の空になった湯呑を見て、さてと、と言って立ち上がる。


「護衛と言われちまったからな、狩り祭りハンティングフェスまでの何日間かは、行動を共にさせてもらうぞ…このあとはどうする?」

「そうですね。取り敢えず一旦は城に行きましょうか?あ、そういえば、先程、シダン様が捕えた盗賊、面白いことを言っていましたね」


あの盗賊、実はまだ馬車に積んである。縛って、動けない程度に水分も抜いて抵抗もできないので、御者の人が見張っている。


その盗賊だが、逃げ出すためか、助かりたいためか、簡単に口を割った。そして「シモイシからカトリーナを殺すように命じられた」と、証言したのだ。


「折角なので、明日以降に、シモイシを追い詰めるカードとして使いましょうか?」

「そこらへんの政治的な話は、お嬢様に任せるよ」


俺は肩をすくめる。ハンター協会とのことならともかく、そうでないことに口を出しすぎるのもよくないだろう。いや、正直さっきのでも、ちょっと口を出しすぎたとも思っていたくらいなのだ。


「では、行きましょう」


お嬢様の掛け声に、すでにクーチャーを飲み終わっていたリーゼやアンも、席を立ちがった。


※※※※※※


フローデの店から俺たちが出て、馬車までは数メートル。僅かな、その移動の間に、眼光の鋭い青年が近寄ってきた。


店を出た瞬間からこっちを見ていたから、出てくるまで、張り込んでいたようだ。青年は俺の正面に立つと、ギロリ、鋭い目線を向けてきた。


「突然、話しかけてすまんな。お前が、カトリーヌ様の護衛についたハンターか。俺はショークという。挨拶だけしておきたくてな」


まさか、向こうから来るとはな…こいつがシモイシの本命ハンターのショークか。


ショークは、俺を上から下まで俺を見てから、ふむ、と納得したように頷いた。


「12歳のデビューしたてで、俺と同じランクのハンターとはどういうことかと思ったが…年齢に不相応なほど、濃い経験を積んでいるようだな」


なるほど、ショークは、ハンター協会で絡んできて、すぐに飲み行ったズッコケハゲオヤジたちとは、明らかに格が違う。年齢だけで、俺を見くびるような安易なマネはしないらしい。


恐らく20歳より少し上くらいだろう。身につけている装備は、どれも、かなり使い込まれて、手入れもよくされている。背中には…チャドさんも持っていたな…マスケット銃を背負っていた。


あれ?厳密にはマスケットだけで銃って意味なんだっけか?


鉱人族ドワーフ以外でマスケットなんて珍しいな…ギフトは魔法素養マジョリー近属性魔法の素質ニアアトリビュートマジョリーということか」

「しっかりと勉強もしているようだな」


マスケットは『魔法の攻撃的な運用』の中でも、とても有名なものだ。


使用には、弾、火薬、火の3つが必要になる。弾と火薬は、鉱人族ドワーフの独自技術で作られていて、ほかの種族が使うには買うしかない。


弾はキレイな球状にするのが、難しいそうだ。丸くないと弾道が安定しないので、使えない。火薬は、地球のものと異なり、硝石を特殊な方法で砕いたものになっている。


火は、鉱人族ドワーフなら誰でも使える火属性魔法ファイアアトリビュートマギー発火ファイアスターターで付けるのだが、この魔法、硝石による酸素供給だけで、小さな爆発を起こせるのだ。なので、硫黄と木炭を混ぜなくても、発砲が可能になっている。


弾も火薬も買うと、それなりの値段がするため、自力調達できる鉱人族ドワーフ以外のハンターが使うにはコストがかかりすぎる武器だ。


ならば、弾、火薬、火の3つ全てを自動生成できる魔法道具で解決するという手もあるが、これも難しい。生成には3種の魔法が必要なのに、2つ以上の魔法がかかっている魔法道具マギーツールの時点で魔鋼貨100枚1億5000万円以上の金がかかる。ましてや3つとなると国宝クラスだ。


鉱人族ドワーフ以外のマスケット使いは2パターンしかいないからな。1つは、マスケットの発砲に必要な全てを魔法で補うパターン」


そして、ショークのマスケットを見て、続ける。


金属性魔法メタルアトリビュートマギーで弾丸を自動で生成する魔法道具マギーツールのマスケットを持ち、残りを、火薬を地属性で、発火を火属性で補うパターンだ」


この2パターン以外に、マスケットを使用できるパターンの素質は、今のところ確認されていない。


「正解だ…ふん。しかしそこの魔人族マギーの女なら、俺よりうまくマスケットを使いこなせるだろう。お嬢様の護衛を兼ねてるんじゃないのか?」


ショークはアンをギロリ、と見ながらそういう。アンはショークの言葉で何かに気づいたのか、ひどくショックを受けた顔をしていた。そのアンの表情に、俺は思わず、2人の間に割り込む。


「メイドの女の子を威嚇とか、いくら荒事ばかりのハンターとは言え、行儀が悪くないか?」

「威嚇ではないのだがな…目つきが悪いのはもともとだ」


ショークは、頭をボリボリ、と掻きながら少し気まずそうな顔をした。


「マスケット使いとしては、金、地、火の三属性持ちがマスケットを持ち歩いていないのは、嫉妬というか、苛つくというか、才能もったいねえというか…そういう気持ちになっちまっただけだ」

「金、地、火?なんで、そんなことが分かるんだ?」

「ふん、そこは勉強不足だな。その顔の赤い火花みたいな模様が、金、地、火の三属性の印だ。お前が今、説明した『マスケットの発砲に必要な全てを魔法で補うパターン』の魔法使いに憧れねぇマスケット使いはいねぇよ」


そう、ショークが何かを言う度に、アンの表情が暗くなっていった。そういえば、野盗に襲われたときも、アンは魔法を使っていなかったからな…魔法を使えない何らかの事情があるのだろう。


「それは、お前の憧れだろ。それを彼女に押し付けるなよ」

「そうだったな。すまんな」


ショークが俺の返しに、素直に謝った。見た目は怖いが、案外、素直なやつだな。


「ふん…お返しにお前のギフトだが…ま、技法憑依ライカンスロープだろう?」

「へー。どうしてそう思うんだ?」


俺を見ただけで、ギフトの種類を当てるとは、こいつ、やるなぁ。


「手に持つ武器も盾も簡素な鎧すらも携帯してないからな。ギフトで全部補えるタイプだろ?戦闘強化バトルドレス魔法素養マジョリーなら、手に武器なり、盾なり普通は持つからな」


地球のファンタジーなら、魔法使いはスタッフやら短杖ワンド持つ。しかし、この世界で魔法使いが杖を持つ意味はほとんどない。一部の魔法に、杖が少しだけ有効な使い道もあるが限定的だ。


ゲームのように、現実世界には装備の制限などもないため、魔法使いも武器や盾を持つ方が一般的だ。


「では、何故、特殊異能スペシャルではないんだ?」

「勘だな」


勘かよ。急に適当になったな。そんな俺の気持ちが顔にも出たのか、ショークが続けて補足した。


「強いて言うと雰囲気だな」

「ギフトだけで、そんな雰囲気が出るのか?」

「お前みたいに、経験が豊富だとな」


経験が豊富ねぇ。俺は、まだ2回目の仕事中だけどなぁ。


「特に技法憑依ライカンスロープ只人族ヒュームは、人としての戦いは出来ず、しかも種族特性ミラクルもないから、それだけでハンターとして生き抜く。だから常にギフトだけを使い続けて、磨き続ける必要がある。お前にはそういう覚悟みたいなものが見えた…」


それは、わかる。いつもギフトは使い続けて、慣れて使いこなせるようにしている。コーダエで特に技法憑依ライカンスロープの先輩ハンターに教わっていたときも、そのことを強く言われた。


「なるほど…じゃあ俺の手の内を知って、ぜひ宣伝してくれ…」


足元から、一気に苗木の根ルートを生やして広げた。


「ランクAギフトの技法憑依ライカンスロープ生命の苗木シードリングだ。特性は大きく2つ。地下茎や根を、足元から伸ばして自在に操る苗木の根ルート。治癒効果のある葉を生やして怪我を治す快癒の新葉ハイキュアリーフだ」

「ほう。『治癒系統魔法キュアブランチングマギーではないのに大怪我を治せるギフトの持ち主がわずか9歳でハンター階級3になった』と何年か前に風のうわさで聞いたが…」

「それは多分、俺のことだね」


ある程度、噂になっていたのは知っていた。結構な数のパーティが俺を勧誘しに来たからな。


「なるほど。噂の治癒する特性は、植物の技法憑依ライカンスロープ、しかもランクAだったとはね…ハッハッハッ…これだけでもほかのハンターにいい土産話ができたな」

「…」


ここまで、ショークの本音を探る意味もあって、無駄な雑談をしてみたが、やはり、違和感があった。というのは、どうにもシモイシに加担して、悪さをするやつには見えないってことだ。


こちらが指摘をしたら、年下の女の子であるアンにも素直に謝罪できる性格のヤツだ。


ハンターとしての常識も弁えているし、経験もあり、明らかに能力も高い。そんなこの男が、わざわざ危険な橋を渡る必要もないように思える。


では、何故なのか?止むに止まれぬ事情があるのか?能力からして、金や仕事に困らないはずだ。そういうヤツを思うように動かす方法、思いつくべき可能性。それは…。


「…人質か?弱みを握られたか?」

「!」


一瞬だが、ショークの表情が歪んだ。もしやと思ってカマをかけたが、何とも図星だったようだ。ショークは、歪んだ顔を隠すように後ろを振り返った。


「次は、狩り祭りハンティングフェスで会おう」


ショークの背中に向けて、そう声をかけたが、返事はなかった。そこからは、ショークは一度もこちらを振り返らずに、雑踏に消えていった。


「シダン様のカマかけ見事でした。私も彼の話を横で聞いていて、野心はありそうですが、悪事を働くタイプではないように見受けました。人質か弱みを握られたか…あるいはその両方で間違いないでしょう」

「まぁ、それだけがわかったとしても、いろいろと裏を取る必要があるかもな」


お嬢様の感心したような称賛に、俺はため息をついた。本音を言うと、こういうハンターの本業とは関係のない、給料にならない、面倒なことはしたくない。仕方なくやってるが。


「確かにそうですね。まずはどうするか、城に行って作戦を練りませんか?馬車に乗りましょう?」


確かに貴族をいつまでも道端に立たせたままというのも良くないな。お嬢様に促されるまま、俺たち一行は馬車に乗り込んだ。

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