第50話 『17食目:キワイト流フローデ』

「あっはっはっ!カトリーヌ様は、そのような子供のようなハンターで、狩り祭りを諦めたってことですかね〜?」


バカにしたようなダミ声に、俺は思考の海から帰ってきた。


見ると、禿げ上がった40代後半から50代の男性のハンターと、ほぼ同年台らしい4人が、ニタニタした嫌らしい感じの笑みを浮かべて立っていた。


そういえば、協会の建物に、ハンターが入ってきたって理由で、受付嬢が話を止めていたな。


「お嬢様も、同年代の方が気楽なんだろ。そんなことより、酒飲み行くぜ〜」

「働かなくても、金はあるからなーガハハハ〜」


おいおい、ここに来て、それだけ言って帰るのか?仕事しないのか?俺らを威嚇しにきたのか?単に酒場への通りがかりか?


何もしなくても、シモイシから金を貰ってるから、悠々自適って訳か。


人が真面目に仕事してるのに、こいつらは働かずに、金貰って、酒飲んでって、思ったら、何だかムカついてきた。だから、ちょっとしたイタズラをしてやる。


縄罠スネア


「「「「うわー」」」」


俺が地下茎でやつらの足を引っ掻けてやると、全員が、まるでコントの様にキレイに揃ってズッコケた。こんな簡単な罠に気が付かないって時点で、かなりレベルの低いハンターだ。


慌てて起き上がって何事か周りをキョロキョロ見ている。もちろん、地下茎はもう引っ込めているので、何があったかなどわからないだろう。


「あんな、レベルの低いハンターで、狩り祭りハンティングフェス、どうにかなるのか?」

「彼らは休暇中のハンターで、狩り祭りハンティングフェスとしては予備というか、こういう嫌がらせのためのハンターです。依頼を受けているのとは、別のハンターですね」


それはそうだろうな。あんなのが狩り祭りハンティングフェスのメインハンターだとしたら、拍子抜けが過ぎる。なるほどね、手が空いてるやつはこうして、嫌がらせをして威嚇してまわってる訳か。


「本命の、そいつはどんなハンターなんだ?」

「その説明をしてもいいのですが…」


お嬢様は、ハンター協会の建物の外を手で指した。


「時間もかかると思いますので、お昼を食べながらにでもしません?」


※※※※※※


馬車に乗せられて数分。白い、石造りの平屋に案内された。入り口には「コタケ」と書いてある。店の名前だろうか?止まった馬車から真っ先に降りたお嬢様は、店の方に歩いて行く。


「ここは、キワイトでも伝統的なフローデを出すお店なんです。静かで、すべて個室なのでこういうお話をするのに向いています」

「なるほど…ところでフローデって?」

「フローデは、キワイトの料理のジャンル、と言えば良いでしょうか?」

「ジャンル?料理の名前ではなく?」

「そうです。料理自体は何種類も出されるのですが、それが少量づつ、順番に出てくるのです」


いわゆるコース料理か。確かに、お嬢様が来るお店ともなれば、1品料理ドンって訳にもいかないから、自然とそういうお店になるよな。


「順番も決まっておりまして、最初にラコメットを炊いた『ハン』、マーガミンというキワイトの伝統調味料で作ったスープの『ソスー』、それと小皿乗ったお肉などを出します」

「おお、ラコメットもマーガミンも気になっていたんだ…」

「それは良かったです。ここのは絶品ですから、楽しみにしていてください」


ハンは、いわゆるご飯、ソスーは味噌汁かな。いやー楽しみだわー。すると、いつのまにか、俺の隣に立っていたアンがまた俺の腕に抱きついてきた。


「ぜひ〜フローデのデザートとしてぇ〜私をペロリと召し上がってぇ〜みません〜?キャッ!」

「デザートにしては重すぎ…いや、精神的な意味で…」

「そんな重くではなくぅ〜かるぅ〜い気持ちでぇ〜味見みたいな感じてぇ〜構わないのですよぉ♪」

「いや、ははは、それはちょっと」


この娘、積極的過ぎるっ。ま、まぁ、そのなんだ?グイグイ来るときは、その度にガンガンので、内心ではニヤニヤしちゃってるんだよな。あざと過ぎます。


「残念ですぅ。あ〜でもフローデはぁ〜ハンの後にもたくさん出てきますよぉ〜」

「料理が何種類も出てくるって、言ってたもんね」

「そうですぅ〜。次に、薄いお酒、煮た料理、焼いた料理、もう一度煮た料理を出してぇ〜小皿3つと薄いお酒、最後にぃ〜お菓子とぉ〜やはりキワイトの特産である『クーチャー』という温かい飲み物で締めになりますぅ〜」


それは……単なる和食のコース料理なんかじゃあない。細かいところは覚えてないが、確か懐石料理だ。


ガチの懐石なんて食ったことねーけど、知識としては持っている。何か、マナーもあったよな…最初のご飯は少し残すとか…うわー自信ねぇよ。


「随分と豪華なんだね……」

「そうですぅ〜フローデと言えばぁ〜キワイトではぁ〜豪華な料理の代名詞ですぅ〜」

「なるほど。そういう料理を食べられる訳かー」


懐石ってそういえば、寺だかで客をもてなすことが目的だったっけ?そうなると、俺らをもてなすという意味でも、フローデはちょうど良いのかもな。


「ところで、最後のクーチャーってもしかして、蒸した葉っぱをお湯で濾したような飲物?それとも葉っぱを乾かして細かく切って粉末状にしたものをお湯で溶かしたもの?」

「あら〜?よぉ〜くご存じですねぇ。クーチャーはぁ蒸した葉っぱにぃお湯をかけてぇゆ〜っくりとその成分を抽出した飲み物ですぅ。いまぁ、シダン様のぉおっしゃった粉末状のはぁ『パウチャー』ですぅ」


懐石料理なら、最期に出されるのは、抹茶の方が多いんだろうけど、こんなのは些細な差だな。


※※※※※※


「こちらがハンとソスーになります。小皿は猪肉のマーガミン風味です」


まず出てきたのが、見た目はまんま日本食…という感じにはならなかった。まず器だが、石製だった。カラトリーは予想通りだが、フォークとスプーン…こちらは金属製…だった。


この世界には、魔法がある。魔法は、実は工業の分野で使われることが、それなりにあるのだ。


魔法使いが、ハンターとは限らない。


例えば火炎球ファイアボールという、それなりに習得が難しい魔法がある。手に火球を生み出す魔法だが、火に質量はない。


そのため、当たるとその熱のみで攻撃を行うが、火というのは一瞬、当たった程度では「熱い」となって火傷負わす程度だ。殺すには程遠い。


しかも、手に生み出した火炎球ファイアボールは当てるのが難しい。魔法で飛ばすが、真っ直ぐにしか飛ばせず、自動追尾するわけではない。当てるのも実は技量が必要だ。下手な魔法使いより、ギフトなしだが訓練された人間が放つ弓矢の方が殺傷力があったりする。


ハンターの魔法使いは、サポーターが多い。光条ライトを使って光源を目に当てれば、目潰しになる。誘眠スリープで眠らせればあとは、仕留めるのは楽だ。


もちろん、攻撃的な魔法もあり、かなりの殺傷力を誇っているのもある。運用次第で、遠距離武器と比較して、とんでもない効果を生み出す魔法もある。


しかし魔法使いが工業製品を作る場合、何より怪我のリスクがないし、やり方次第ではハンターより儲かることもある。


「この石の器は、地属性魔法アースアトリビュートマギー石作成クリエイトストーンによるものかな?」

「はい〜そうですぅ〜器造りでは〜有名な魔法使いさんの作品〜ですぅ〜」


やっぱりね。材料不要。一瞬で出来る。そして、大量生産も可能だ。センスがあれば貴族からも声がかかる。


さて。それはともかく、ハンから頂こう。見るからにご飯だが…味も間違いなくご飯だ。粘り気があるというよりは、粒立ちがはっきりしている感じ。


すぐに、ソスーを啜る。あ、お嬢様もソスーをズズっとやってるの確認したので大丈夫と思われる。これも味噌汁にだいぶ近い味だ。


マーガイモが原料だからか、だいぶまろやかではあるが、味噌汁だ。具の肉は…これは突撃猪チャージボアか?いや、それより野性味がないな。家畜化した豚とかいるのだろうか?


マーガイモや野菜もゴロゴロと入っていて、味噌汁というより豚汁…いや、甘みが強くて、田舎風味噌鍋というのが一番しっくりくるかもしれない。


猪肉のマーガミン風味は、まぁ、まんまだな。味噌炒めの肉。しかし猪肉がかなり柔らかい。どういう調理をしたんだろうなぁ。ハンが素晴らしく進む。


「これは…おいしいですね」

「気に入ってもらえてぇ良かったですぅ〜。まだ、料理は続きますのでぇ、楽しんでくださいねぇ♪」


俺の問いかけには、また割り込むようにアンが返事をしてきた。お嬢様が口を開きかけたの見えたけどね…アンが喋り始めたのを見て、閉じてた。


続いて、出て来た酒…ほぼ芋焼酎の水割りだった。これはマーガイモの酒だろう。


「これは?マーガイモのお酒?」

「そうですぅ!さっすが〜シダン様ぁ!よぉくわかりましたねぇ〜」

「もしかして、魔法使いが蒸留や熟成なんかにも魔法を使ってるの?」

「博識ぃ〜ですね〜シダン様ぁ♪」


さもありなん。手作業で発酵や蒸留させるより、安定してるし、燃費も時間もかからない。1人で大量にできる。


酒に続いて出てきた煮物は、おでんみたいなものと、タケノコらしきものの煮物だった。味付けは間違いなくだった。


「この煮物の味付けは、ですね。一体どういうものを使っているのでしょう?」


この世界ではね、と内心で付け加えた。


「これはぁ〜マーガミンを〜作る際に出てくる液体を集めたものでぇ〜ショウスと言いますぅ」


うむ。もうネーミングも慣れてきたわ…しょうゆ…ソイソース……うごごご。製法的には、地球で言うたまり醤油ってやつだ。個人的にもすごく欲しい…キワイトの街で買えるかなぁ?


「そのショウスって、キワイトの街で買える?」

「はい〜普通にぃ〜お店で売ってますよぉ〜」


それは買わない手はない。大量買いして、いつでも味わえるように、ストックしておかねばなるまい。


その後に、続く食事も酒も、和食を彷彿させる料理ばかりだった。完全に同じものではなかったが、決してジェネリック和食というものでもなかった。


マーガイモを軸にした確かな歴史と文化を感じる出来で、完成度でも和食に劣るものではなかった。感動したわ。ぜひまた食べに来たいものだ。

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