外伝03話 出会いと別れ
ロゼッタが集落に来て1月ほど経った。
「プラト!訓練場に行こう!」
「うん、いま行くねー」
同じ家と言っても、廊下を隔て、キッチンも、その他のスペースも別なので、プライベートは保たれる。飽くまでも「同じ一族」を強調するための手段である。
ロゼッタはウチで預かっていることになっているが、実際はとなりのプラト一家の家に入り浸りだ。ウチと、プラト一家の家を、毎日廊下越しに行き来している。
そんななので、ロゼッタはすっかりプラトと打ち解けている。毎日、魔法の修練もプラトといっしょにしているらしい。
「訓練場…魔法修練か?俺も一緒に行く」
ある日、プラトとロゼッタが外の訓練場に行こうとしたので、俺はそう声をかけた。
「大丈夫だよー」
「やだ。俺はプラトが何よりも大事で、だからプラトが大事にする友達と一緒に守るんだ」
「え?まぁその…フォームくんがそう言うなら…うん」
なんでこんなことを言うかといえば、プラトと同じBランクのギフトを持っているロゼッタの周りに、不穏な気配が漂い始めているからだ。
留まってもらって、集落の誰かと結婚させるべきだ、という声すらある。ロゼッタ本人の意見をガン無視してまで。
なので、俺が一緒に行って、ふざけたことをするやつがいないか、警戒をするわけだ。バカどもは実力行使しかねないからな。
プラトとロゼッタが行こうとしていた訓練場は、要するに単なる広場だ。魔法を間違えて何か壊したりの心配もないので、そこでひたすら魔法を使って練習をする。
魔法の練習は、まず書籍でやり方を学び、実践する。これの繰り返しになる。
この世界の紙は、現代日本と同等はまではいわずとも、そこまで貴重品ではない。本についても、活版印刷はないが、光闇系の魔法に、転写の魔法があるため安価で手に入る。
そのため、部族が保管する図書館、図書室?には魔法に関する書籍も揃っている。魔法の勉強自体は特に困らない。
今日、2人が行く先は図書館ではなく、訓練場なので、勉強ではなく、実践の時間なのだろう。
「詠唱…治癒系統魔法…第2階位…小さな傷を直ちに癒やす効果を与える奇跡を実現せよ…
魔法は、詠唱と動作、そして、魔法の名前で構成される。詠唱は、その魔法がどのようなものか説明する文書だ。系統と、階位…その魔法が系統の中でどの立ち位置にいるかを示す…と、その効果を言う。
修練すれば、詠唱や動作は省けて、魔法名と指をちょっと動かすくらいで使えるようになるらしい。
「うーん…
今、ロゼッタが使ったように。
ロゼッタは、物凄い早さで魔法を使えるようになっていく。今のは
「ロゼッタはいい感じね、もう少しで次の階位にも進めそう。プラトもだいぶ安定してきたから、少しづつスピードを上げていきましょう」
2人には、先輩魔法使い…キースさんと同じチームのマリーさんというやたら艶っぽい魔法使いさんが指導に当たっている。ロゼッタは、プラトの次にたぶんこのマリーさんに懐いている。
「階位は飛ばせないから、1つづつ丁寧に覚えていきましょう!」
例えば、第2階位の
それぞれの魔法に使われているコツみたいなのが、上の階位の前提になるからだそうだ。だから最上位の第5階位の魔法を覚えるにはその下の2〜30ほどの魔法を覚える必要がある。
「プラトも熱心に頑張っているけれど、ロゼッタの覚える速度はかなりのものだな…」
「そうねぇ…ロゼッタのは本人の努力はもちろん天賦のものね。星の慈悲か神の恩寵かわからないけどね」
そういう言葉で、マリーさんは、俺の意見に同調した。
そんな風に美少女2人が懸命に修練している姿をほっこり見ていたのだが。ほどなく、何人かの男の集団…俺よりも10歳は上の…20人ほどが、近づいてきた。
「キミがロゼッタか!うちの一族に嫁に来ないか!うちなら、毎日、楽をさせてやるぞ!」
挨拶もなく唐突なやつめ…だが、やっぱり来やがったな。こいつは、隣の一族の連中だ。ウチにギフト持ちが集まっていることを1番グダグダ言ってる奴らだ。
「あぁ!?それは、まず俺を通してからにして貰えますかね?」
ガン睨みで、隣の連中を威嚇する。連中はビク、となるが…そのあと、何と全員が武器を抜いてきた。
「今日という今日は、クソ生意気なお前をぶっ倒してやるよ!ギフト持ちが偉そうにするのは今日までだ!」
「このクッソ生意気なギフト持ちに、思い知らせてやれ!」
素手の9歳児に、20歳程度の男が武器を持って20人。普通なら勝負にもならないが、この世界は違う。むしろ状況は逆。俺の持つランクAのギフト金剛力は、ほんとにヤバいのだ。
「かかってこいやぁ」
まず、1番に近づいてきた3人が木製の棍棒を俺に振り下ろすが、少しも痛くない。俺は、この身体の大きさで、2トンのものを持ち上げられる様な非常識な筋肉に全身を覆われて、骨格はそれを悠々と支える強度を持ち合わせているのだ。
つまり密度・強度ともにバケモノ過ぎる筋肉・骨格が、天然の鎧になっているのだ。
俺は、振り下ろした棍棒を持っていた相手の手を全力で掴み、そして無造作に振り払う。それだけで、その男の手はねじ切れた。
「あぎゃああああぁ!」
「怯むな!全員でかかれ」
俺が叩けば、叩いたところが砕け、蹴れば、そこが吹き飛ぶ。逆に俺が、棍棒で叩かれても、石槍で突かれても、武器が壊れるだけ。俺の身体は、全て高密度の筋肉と鋼より硬い骨で、それらの武器による攻撃を止めてしまう。
5分で、残りは向こうのリーダー。つまりとなりの一族の次期頭領だけになった。
「で?どうする?続けるか?」
「くそ!くそ!このバケモノめ!」
次期頭領は、率いてきた一族の部下を放って、逃げ出してしまった。倒れていた部下たちも体を引き釣りながら、よろよろと逃げていった。
※※※※※※
俺はとりあえず、今回の襲撃を報告しに戻った。こういうのは先制攻撃に限る。親父を通して厳重注意させた方がいい。
状況を話すと、親父は虎も逃げ出しそうな笑みを浮かべて言った。
「よく、2人を守った。後は任せておけ」
すっ飛ぶように家から出ていった。まもなく帰ってきた親父は、何かいろいろな物…食料を持って帰ってきた。
「大量のお詫びの品を受け取ってきたぞ。外にも荷車に乗っかってる!ガハハハ!」
親父は上機嫌で言って、一族にも食料を分け与えたので、今日はその食料を使っての、祭りとなった。
しかし、それは罠だった。
何とお詫びの食料に、隣の一族は、大量の睡眠薬をぶち込んで来たのだ。睡眠薬で、一族が寝こけているスキに、今度は50人規模でおしかけてきた。
だが、幸運なことに、俺は、睡眠薬の効果がひどく限定的だった。恐らく、異常筋肉のおかげで、心臓も鬼強く、結果として、代謝も常人の50倍早かったのだと思う。
つまり、一瞬だけ眠くはなったが、あっという間に目が覚めてしまったのだ。疲れか何かかと思い、最初は睡眠薬とすら考えなかった。
で、トイレに起きていたから、こいつらも、ボコボコにして、退散させられた。これでとなりの一族はほぼ、全員が重傷で、狩りも農作業もできなくなる。しばらくは大変な思いをするだろう。
※※※※※※
「あの一族以外も動きを見せ始めている。だから、2人のウチどちらかを、ほかの部族に嫁がせる。それでバランスが取れる。そうもしないと、もはや
翌朝、親父がそう切り出した。さすがに相手が、ここまで執念深く出てくるとは思わなかったらしい。しかも、重傷者を出した一族が、ほかの一族まで煽り始めたとか。
こうなると、全面戦争だ。好戦的な親父も、そこまではマズいと思ったのだろう。ただ、それは2人の気持ちを無視した上での話だ。
「おじさま!私が行きます…
「あの…私、さすがにご迷惑をかけるわけには…私が…その嫁げば…」
2人が互いに譲るようにそう言うが、大人の政治的な犠牲に子供が生贄とか、ハッキリおかしい。
「プラト…悪いが俺はそんなのイヤだ!そんなんなら俺がほかの部族の連中を潰す。ロゼッタは外の人だ。こっちの都合を押し付けられない!親父、俺は徹底抗戦するぞ!舐められたら潰す!潰して手を出させなくしてやる!」
親父は俺の怒りにため息をついたが、俺の肩に手を置いて宥めようとしてきた。
「気持ちはわかるがな、放っておくと今回みたいな手に出るくるやつが後を絶たない。今回はうまく立ち回れたが、いつまで上手くいくかなんてわからない。下手したら、2人のどちらかをさらって、既成事実を作ろうとするやつすら出てくるだろう…」
うーん、と丸太のような腕を組んで唸った。
「ウチに留めて置けないなら、いっそ外に出した方がいいかもな…彼女ら自身の意思もあるしな」
親父がそう妥協案を出した。
この会議にはハンターの3人組、キースさんとマリーさんとチャドさん、の3人が参加していた。チャドさんは2人とずっとハンターをしている
その3人のうちのマリーさんが、親父の声に反応して、あの、と声を上げた。
「ならば、私が知っている孤児院まで連れて行きましょうか?」
「マリー殿…なるほど…その孤児院はどこにあるのだ?」
「ええ。普通に旅をしても2ヶ月はかかる遠くなの。彼らが手を出せるような場所ではないです」
「それはいいな」
マリーさんの説明にロゼッタが、すく、と立ち上がった。
「それなら、私が孤児院に行きます」
「ふふ。いいわよ。私、ロゼッタちゃんみたいに頭良くて、しっかりした子、好きだから。大丈夫、私もその孤児院出身で、院長もすごくいい人だから」
俺は、何もかも一人で引き受けて出ていくロゼッタに申し訳ない気持ちになった。決意に満ちた表情のロゼッタに俺は思わず聞いてしまった。
「ロゼッタはそれでいいのか?」
「うん。記憶ない私に親切にしてくれたみんなに迷惑かけたくない…でも誰かよくわからない人と結婚もしたくない…だから、マリーさんたちに着いていく。マリーさんお願いします」
「お安い御用よ」
その日はちょうど、キースさんたちも仕事の報告で、街に戻る日だったらしい。会議が終わるや否や、ロゼッタを連れて行く準備を一緒にしてくれた。
ロゼッタには、荷物らしい荷物もないが、プラトのお下がりの服…着替えと、結構な量の保存食…スイル粉や干し肉、塩などをズタ袋に詰めて渡した。
見送りも、ほかの一族に気づかれないよう、人数を絞ったものになった。ロゼッタが何かしたわけでもないのに…。
「親切にしてくれてありがとうね、フォーム」
「あーうん。ロゼッタも元気でな」
ロゼッタに引け目がある俺は、何となくぎこちない言い方になってしまった。プラトの方はというと、さらに申し訳ないのか、ボロボロ涙を溢していた。
「ロゼッタ…ごめん…ありがとう…」
「プラト。いいの!だって私、記憶ないし。それにプラトに教わったシチュー、私の最初の記憶だから、向こうでも作るね!」
「うん。ロゼッタは…私の初めての友達だから…これを上げるよ」
「?これはなに?」
それは、琥珀に包まれた小さな花のネックレスだった。これもウチの部族でよく作られる、渡す相手の無事を祈り、持ち主と作り主がまた巡り会えるよう願ってわたすものだ。
「私が作ったの…友達の証…無事でいてね…幸せになってね」
「うん。ありがとう!大切にするね!」
キースさんたちに連れられて遠ざかっていくロゼッタ。はち切れんばかりに手を振っているが…あれだけ才能がある子だ…こんな辺境の蛮族の村にいるよりも、孤児院の方が幸せに生きていけるかも、とぼんやり思った。
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