第76話 再会

「もうすぐ、ここでの仕事も終わりかー」


キースさんが誰にということもなく、呟く。俺たち北限の疾風ノースゲイル九尾の狐ナインテールを倒してから、1月が経っていた。


九尾の狐ナインテールの討伐からは特に大きな事件もなく、まもなく、期限の半年が経ち、ここでの仕事も終わる。


季節的に、今は秋が過ぎまもなく冬になろうとしてる。しかも、ここは山腹の村だから、さらに寒い。地球の季節的には、真冬の気温に近いだろう。


山を見上げると、山頂の方は白い冠を被っている。


「つくづくシダン君が階級6一流っていうのがなぁ、先輩として教えたかったのに、と、しみじみ思うよ」

「あははは…また、その話します?俺たちは運がよかったというか、悪かったというかなんで…それにいろいろ教えてもらっているのは、確かですし」


この半年間、北限の疾風ノースゲイルのメンバーのうち、キースさん、マリーさん、リーゼは階級5腕利きのまま。俺も、もちろん階級は階級6一流で保留だった。


チャドさんのみ、九尾の狐ナインテール討伐で、これまでの功績と合わせて階級6一流になるのに十分と判断され、昇格している。そして、俺と同じ階級6一流のハンターとして、ここリザ村のトップハンターになっている。


ちなみにキースさん、マリーさんは俺より9つ上で、今22歳、チャドさんはさらに9つ上の31歳だ。


そして、精霊族エレメンタル龍人族ドラゴンニュートのように希少な種族という例外を除いて、世間一般的には、チャドさんはかなり順調な出世をしている方である。はっきり言って、俺の歳で階級6一流というのが異常というべきなのだ。


階級が上がる、ということは、上の階級のモンスターを駆逐できる、ということだ。しかし当然、仕事で回ってくるのは適性階級のモンスターしかいない。


適性階級より上のモンスターを狩れる、と証明するのは、容易ではない。判断基準として同格のモンスターの処理速度などを見たり、適当なタイミングで、階級が上のハンターと組ませて、格上を狩らせて様子を見たりする。


あとは、俺たちのような、予定外の格上との遭遇だ。これは当然、予定外なので、どうにもならない。稀にバカなハンターが勝手に格上を狩りに行ったりするが、ほとんどが殺されてしまって帰ってこない。


「俺もあんな変異種と連戦させられるなんて思いませんでしたよ。まぁ、この半年、目立ったのは適正階級6の九尾の狐ナインテールくらいで、ほかには何もありませんでしたから、当面は階級6一流だと思いますよ」


あ。これフラグだったり、しないよな。しないと信じたい。もう格上となんてやりたくない。この村に来て半年。安心しきっていたけれど…大丈夫だよね?


「さて、今日も規定数は狩ったし、そろそろ村に戻るよ〜」


キースさんの掛け声で、みんなが帰り支度を始める。俺は荷物らしい荷物もないので、ほかのみんなの分を手分けして持つようにしてる。


「シダン君はホントに万能だよねー。根っこを使った索敵、遠距離からの投石攻撃、接近戦の粘り強さ、傷の治療に、味方の戦いのサポートまで、何でもこなせるよね」

「リーゼちゃんもすごいよー!火力が高いから狩りがすーぐ終わる」

「うむ。シダンをスカウトしたキースの目は正しかったな。リーゼも加わったから、尚更だな」


大人組の3人はハンターとして若手ではあるが、もちろん俺らよりははるかに経験豊富で、教わることもたくさんある。彼らは、世間的には『出世頭として注目の若手ハンター』なのだ。


さらに若い組の2人俺とリーゼに問題点があれば丁寧に指摘をして、それ以外はよく褒めてくれる。師匠としても優秀な、めちゃくちゃできるハンターなのだ。


「荷物はまとめ終わったね。じゃあ、撤収!」


※※※※※※


リザ村のハンター協会に今日の成果を報告しようと戻ってきた。しかし、何故だかハンター協会の建物前に人混みが出来ていた。


普段、ハンター協会の建物は、こんなに人が集まるような場所ではない。何かあったのだろうか?


「あれ?何か見たことないハンターたちがいるけど、一体何があったんだ?」


リザ村は、隔絶された山奥の村故に、半年も居れば顔見知りしかいなくなる。だから、ハンター協会の前に、明らかに見知らぬハンターが多数、陣取っていたりしたら、すぐに気が付く。


「キースさん、この人たちのことはよくわかりませんが、まずは仕事の報告に行きましょう…ってこの人たち…」


建物の前には、人だかりができていたのではなく、建物の中から続く列が、ハンター協会の建物の外に出ていただけだったのだ。


リザ村のハンター協会の建物がいくら小さいと言っても、それはハンターの数相応なだけで、列がはみ出るほどの数がいるなんてありえない。


謎の列を避けて、中に入って様子を見ると、いつもの氷の表情な狼人族ワーウルフの受付嬢、ルーリさんの前には、一人たりとて並んでいなかった。どういうことだが、全く意味がわからない。


謎の列の先頭のハンターは…ルーリさんの横の受付に立っていた。これ…受付嬢の前に出来てる列ってこと?


しかも何だろう?列に並んでいるハンター…顔に締まりがないというか、命のやり取りを日々行うハンター特有のピリピリとした感じが薄い。


いっそ言うなら


「何かここの列だけ長いし、雰囲気がおかしい…」


キースさんがみんなが思ってそうなことを口に出す。ほかの4人も、俺を含めてうんうんと頷いた。


「キースさん、列のことはともかく、まずはルーリさんに今日の仕事を報告しちゃいません?」

「そうだね…………で、ルーリ、受付の子、2人に増員したんだね」


俺に返事したあと、キースさんは、ルーリさんに報告がてら、何があったのか尋ねてみたようだ。


「本部からの指示がありまして、ここでの狩りのハンターを増やす決定をしたようです。それに対応して、受付の女の子が来たのですが…」

「ですが?」

「どうやらその受付嬢が、とても人気な子だそうで、それ目当てのハンターが、ごっそりとこっちに来たわけです」

「なるほどね…そりゃひどいな…ハンターの質もそういうことね」


なるほど、道理でイカ臭い連中なわけだ。仕事じゃなくて、のだから。


「でも、あの子が悪いわけでないんです。挨拶もしっかりしてますし、仕事もできます。問題は、あの子目当てのハンターが…データを見ると腕もイマイチのようで、気も抜けてるのばっかりみたいで…」

「シマットの本部は何してるんだ?」

「彼女を派遣すると、国から言われている頭数を揃えるのに計算しやすいから、却って便利に使ってて、実質、放置らしいです」


それはいくらなんでも酷い。その受付嬢は、生贄にされているようなものじゃないか。さすがに可哀想過ぎるだろう。


しかし、ね。そんなハンターがこぞって集まる美人受付嬢ってどんだけ美人さんなんだろうなぁ?ちょっと、気になって列の方を何気なく見ると、その受付嬢と目があって…。


知っていた顔に、お互いを見て、驚き、見合ってしまった。


「ロ…ロゼッタ??」

「シーくん!?シーくんだよね!?」


そう叫ぶや、否や、ロゼッタは列が並んでいる受付をほっぽりだして、カウンターを、文字通り飛んで、越えてきた。そして、そのままの勢いで、ばふっと俺に抱きついてくる。


「まじか、ロゼッタ、うわー、1年で美人になりすぎじゃね?」

「シーくんも、めっちゃイケメンになってる〜♪」


ロゼッタが俺に抱きついてきた、その瞬間。


正面のイカ臭い列と、そして背後から強い殺気を感じた。列からは、それはもう、ロゼッタ目当ての連中だとすれば理由もわかるが…後ろ?


振り返ると、キースさんが、ものすごい苦笑を浮かべていた。しかし、とてもではないが、先程のような殺気を出す雰囲気ではない。


では、殺気の元は一体誰が…?


「…シダンくん、頑張れよ」


キースさんが、ボソリとそれだけ言うと、そっぽを向いて、ジリジリと俺から離れて行った。マリーさんとチャドさんは、いつの間にか、だいぶ向こうのテーブルに陣取って、遅めの昼ご飯を食べていた。


「え?キースさん?頑張るって、何を?」


キースさんに、その不思議な行動の意味を聞こうとした、そのとき。


後ろから、強い衝撃とともに、ものすごくぷにぷにした誰かに抱きつかれたのを感じた。そして後ろから抱きついてきた誰かと、前にいるロゼッタは、お互いを指さして、こう絶叫したのだ。


「「その女だれ!?」」


ロゼッタは、俺の胸に顔を埋めたまま、右手で俺の後ろのぷにぷにとした誰か…つまりリーゼを指差して、長い耳を上下にピクピクさせながら、ワナワナと震えていた。


リーゼは、後ろから俺の首に抱きつきながら、俺の肩越しにロゼッタを指さしていた。


あれ?これってば、修羅場的な何かなの?


よし。整理するぞ。


俺は12歳で孤児院を出る際にロゼッタと将来の約束なんてしてない。うん。また会おうとは言っていたがそれだけだ。むしろ誘って振られた側だ。何で好かれていたのに振られたのかは分からないが。


そして、リーゼと一線を越えたことはない。結婚を迫られたが了承はしていない。


確認終了。判定はセーフ。セーフだよな??


俺に瑕疵はないよね?いや、リーゼに1回だけキスをしてしまったが、あれはそのアレだ。よくよく考えてみれば、その応急処置をしたのだから、実質、人工呼吸みたいなもんだよね?


「シーくん!その後ろにいる犬耳巨乳女との関係を教えて!」

「この子は、いまパーティーを組んでるワーウルフの女の子でリーゼ。ギフトが優秀で階級5のハンターだよ」

「ふーん。泥棒猫ならぬ、泥棒犬ってことね…」


美少女にサンドイッチされてるこの不思議な状況はさておき、とにかく冷静に対処せねば…。


現状セーフのはず?だが、対応を誤れば、大火傷をする気がする。火薬庫のすぐ横で寝ているような、ヒリつく皮膚感覚があるッッ!


「シダン、このトンガリ耳垂れ目女は?」

「幼馴染みのロゼッタ。見ての通りエルフの女の子で、同じ孤児院で育った同期。ほら前に初めての進化のきっかけになったって説明した」

「ふーん。この子が、あのロゼッタかーふーん」


何でこんな2人の圧は強いのか?2人は睨み合うと、俺をさらに強くギュッと抱きしめてきた。俺に瑕疵がないのは確認した。セーフのはずだ。


俺は悪くないし、やましいこともない。はずだ。はずだよね?


「シーくん、見てこれ」

「ああ、あのときのブレスレットか」

「そう、いつも離さずに着けているよ!」

「そんなに気に入ってくれたのならよかった」


すると、何故か、リーゼが対抗するように、足首まで覆ったパンツを膝下まで捲った。そこには、キワイトでプレゼントしたアンクレットが架かっていた。


「シダン!ボクも!」

「?」

「ボクもすごく気にいってる!助かってるし、デザインも気に入って、寝るときも付けているんだ!」

「そ、そうか。気に入ってもらえて嬉しいよ」


そして、また睨み合う両者。しかしリーゼが次第に余裕の表情になり、口を開いた。


「いいもん。ボクは、シダンに押し倒されて、強引にチュウされたことあるもん!そこのタレ目は、シダンとチュウしたことあるのかな?」

「な、な、な!シーくん!嘘でしょ!」


止めてくれリーゼ、その話は俺に効く。


ロゼッタが涙目で俺を睨んでくる。えーと、そのぉ…と、言い淀んでるとロゼッタの顔がさらにむくれた。あー、むくれてもロゼッタは可愛いんだよなぁとか、場違いなことを頭に浮かべた。


「むううううう!シーくんは昔からエッチだから、女の子からの誘惑に弱いの!だからコーダエではずっとガードしてたのに…そういうのダメだよ!!」

「アッハイ」

「さ、シーくん、こっちを向いて」


ロゼッタの方を向いた途端、目を瞑ったロゼッタの顔が迫り、唇にとても柔らかい、それはとっても柔らかい感触がした。


数秒経っても、ロゼッタは俺をホールドして離す気がないらしい。俺は抵抗などできるはずもない。


再び列の方から、今度は、濃密すぎる殺気が飛んできた。しかし、それ以上はない。


殺気を放った列の、イカ臭い連中は全員、ロゼッタを目当てにこの仕事を受けてる。かと言って、露骨にそうとは言えないから黙っているだけと…。呆れた連中だ。


「や、やめるんだー!ロゼッタァー!」


ところが、そんな沈黙を越えて、列の真ん中あたりにいた体格の大きな男が、大声を上げてきた。その声にも、顔にも、ひどく見覚えがあった…。


こいつ…嘘だろ…ここまで追ってきたのか!


「蛮族野郎!ロゼッタから離れろ!」

クソ豚イワァ…2回も漏らしておいて、懲りもせずによく俺の前に姿を見せたなぁ!!」

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