第77話 シーくん…カッコいい…

「ロゼッタは、お前のような蛮族野郎が触れていい存在じゃないんだ」


そう、ぶつくさ言う、ブタ野郎の目は明らかに正気ではなかった。目が血走っていて、口角からは泡を吹き出している。


あまりの様子にほかの列に並んでいたイカ臭い細身のハンターが、イワの肩に手をおいた。


「ファンクラブ1番!どうしたのだ!様子がおかしいぞ!」


細身のハンターが、そう心配な様子で声をかけた。しかし、イワは血走った目で、その細身ハンターを睨みつけたのだ。いや、というかファンクラブって、なに?


「煩いぞ!!!お前も俺とロゼッタの仲の邪魔をするのかぁっ!!」


どうやら、錯乱しているのか、ファンクラブ仲間の声が届いていないのか、イワは狂気を孕む声でそう叫んだ。


そして、イワは、肩に置かれた手を振り払うかのように、上半身を乱暴に振るった。すると心配して声をかけた細身のハンターの、イワの肩に置いていた腕が消滅したのだ。


「へ?」


肘から先の突然の消滅に、間抜けな声しか出ない細身のハンター。やがて事態を理解して、遅れた痛みがやってきたのか、痛いいいいい、と叫んでその場に転がる。


イワの手を見ると…肩から先が、巨大な蛇に変わっていた。イワ本来の腕よりも一周り太く、そして3メートルはある巨大な蛇にだ。


その腕が変化しただろう蛇の口には、肘から先の手が咥えられていた。つまり、この一瞬で、蛇に変わったイワの腕が、細身ハンターの腕を噛みちぎったのだろう。


「蛮族野郎め!調子に乗るのは今日までだ!正義のハンターイワ様は、ギフトを授かったのだ!ロゼッタ、見ててくれよ!!!」


再び、クソ豚が狂ったように吠える。


だと?どういうことだ?人間族のギフトはなものだ。それに例外は存在しない。


?だと?」


後天的にギフトを授かるのは、だと、言われている。なぜ、モンスターのみギフトを後天的に授かれるのかは、原因はわかっていない。


様々なギフト研究者によると、ギフトは魂に根付いているため、最初に魂を形成する際にしか差し込めない、という。身長、性別、種族など肉体に付随することより、より根源的なものだという。だから後天的にはどうやっても授かれない、というのが共通の見解だ。


何よりギフトは、が授けるもので、どっかの誰かから授かるようなものではない。


「クソ豚…お前からはいろいろと聞かなくちゃならんみたいだな…」 

「蛮族野郎に出来るかな!?俺が授かったギフトは、技能憑依ライカンスロープのランクB:鶏体蛇尾コカトリスだ!てめぇのチンケな植物とは大違いの最強のギフトだぜ!」


鶏体蛇尾コカトリスねぇ。石になる呪いの吐息カースブレスが象徴的だが、ほかにも蛇の尻尾などが有名だ。イワの腕は、その蛇の尻尾に類する能力だろう。


「蛮族野郎!俺を馬鹿にしたことを後悔しろ!!!偉大なるイワ様の呪いの吐息カースブレスで石になりやがれ!!!」


叫んだ豚が、こちらに向かって呪いの吐息カースブレスらしき、煙みたいなものを吐いてきた。おいおい、こっち側には、ロゼッタいるのに、おかまいなしかよ!


「ちぃ…要塞フォートレス!」


要塞フォートレスは、身を護るための技だが、今回は自分らを守るのではなく、あの豚を覆って呪いの吐息カースブレスを封じ込めるのに使った。本当に鶏体蛇尾コカトリス技能憑依ライカンスロープだとすると、あの吐息は危険すぎるからだ。


「おい!お前ら!さっさと逃げろ!死ぬぞ!」


イカ臭い列に向かってそう警告する。俺の警告に弾かれたように、イカ臭ハンターたちは、雪崩をうって外に逃げていった。


「リーゼも、ロゼッタも、下がってて。標的は俺みたいだからさ」

「シダン…大丈夫?」


リーゼが心配そうに言うが、ハッキリ言って負ける相手とは思っていない。


鶏体蛇尾コカトリスが使う、対象を石にしてしまう呪いの吐息カースブレスは、確かにものすごく厄介な攻撃だ。


だが、それだけなら、簡単に対策はできる。今みたいに無限に出せる若木の根ルートで受け止めれば良いだけなのだ。ついでに言うと祝福の若葉ブレスで解呪も出来るだろう。


本物の鶏体蛇尾コカトリスが怖いのは、呪いの吐息カースブレスを警戒しながら、頭まで5メートルはある体躯と、翼の飛行、尻尾の蛇の咬合力など、たくさんある危険な要素にも注意を払わなくてはいけないところなのだ。


はてさて、技能憑依ライカンスロープで、それらの脅威がどこまで再現されるのか?そして、それらの多彩な能力を、あのクソ豚ごときが使いこなせるのか。


そんな要素を複合して考えると「油断をするべきではないが、恐れるほどではない」というのが、俺の結論だ。


「任せとけ。技能憑依ライカンスロープは、使いこなすのに工夫がものを言うんだ。あの豚にゃあ使いこなせねぇよ」


クソ豚を覆っていた要塞フォートレスが石になり、そして、内側からバラバラと崩れていった。あの蛇の腕を使って破壊したみたいだ。


蛇の腕には、鶏体蛇尾コカトリスの本物にも迫る強力なパワーがあるみたいだな。動きはだいぶ乱暴だが。


すでにイワは、両腕とも蛇になっていた。これは下手すると足も蛇になったりするかもなぁ。可能性を考慮して、要警戒だな。


「シーくんの言うとおりだと思う。イワがギフト授かったとか話していたのは、半年くらい前だけど…訓練もろくにしていないみたいだから、まともに使いこなせていないはず」

「だろうな」


ロゼッタがそう説明した。先程のクソ豚の、石になった要塞フォートレスを破壊したときの、ぎこちない動きを見るに、そんな感じだろう。


蛇の腕は、確かにかなりのパワーを秘めているようではあるようだが、それを使いこなすイワの動きには全く慣れというものがない。


そもそもパワー以前に、普通の腕に比べると、長さは何倍もあり、太さもあるので、かなりの重さになるだろう。それを振り回す、イワの足元はふらふらとしていて、蛇のパワーと重さに振り回されているのが見て取れた。


巨人の双腕ギガントアームズ


イワの二匹の蛇に対抗して、俺も若木の根ルートで組み上げた、二本の大きな巨人の腕ギガントを出す。


「…まずは力比べと行こうか」

「蛮族野郎!!!死ねやぁぁぁ!!!」


力いっぱい、だが、ぎこちなく振るわれる蛇の腕。パワーはあるのだろうが、振り方も、狙いも、何もあったものじゃない。ほんとに、ただ振り回しているだけだ。


俺は、樹でできた巨人の腕ギガントを、振り回された蛇に対して、正確にぶつけていった。まるで剣戟の様なぶつかり合いが始まる。


「こっのヤロー」


イワは、身体を回転させながら横向きに蛇を振るう。しかし、鍛錬も何もしていないからだろう、身体が蛇より先に、動かす方向に周るので、、軌道がわかり易すぎる。正確に、蛇の頭を上から巨人の腕ギガントで叩きつけていった。


蛇が叩きつけられる度に、地面に押し付けられた蛇の腕に合わせて、イワが簡単にバランスを崩す。


巨人の腕キガントは、ハンター協会の建物の床を突き破り、地面から生えている。そのため、高いパワーの蛇と何度ぶつかっても、俺にはなんの影響もない。


ところが、蛇の腕はイワの体から生えている。蛇と樹がぶつかる度に、返ってくる衝撃に、本体のイワが引っ張られているのが、見て取れる。


姿勢が崩れれば、次の攻撃態勢を整えるのに時間がかかる。だから、攻撃の頻度もどんどん下がる。攻撃の毎に姿勢を戻すのにも体力が必要だから、数回のぶつかり合いて、イワは、早くも息切れしてきていた。


「これじゃあ、お話にならないな…巨人の拘束ギガントホールド


疲れて、お休み中の蛇の腕に、ギュルギュルギュル、と巨人の腕キガントが巻き付いていく。体力がもう尽きているのか、ノタノタとしか動かせない蛇の腕は、あっさりと捕まり、全力で絞め上げられた。


「ガアアアアア!?」


巨人の腕キガントの締め付けに対して、イワが絶叫を上げる。蛇とは感覚を共有しているらしい。メキメキと、蛇の骨すら砕ける音が聴こえてきたので、それを共有しているならば、かなりの激痛だろう。


俺の予想通り、勝負にすらならなかったな。


「シダン…やっぱり、強い…」

「シーくん、カッコいい…」


両腕の蛇を離さず、そのまま上空に持ち上げた。ハンター協会の建物は、イワが腕の蛇を振り回したことで、すでに半壊している。


天井すらもなくなっているので、そのまま10メートルほどの高さにクソ豚を持ち上げた。


「さて、いい加減、お前と関わるのも、これで最後にしたいな」

「ば…蛮族野郎め…くそ…死ね!死ねよ!!」


空中で何を喚いても、イワは身動きすら取れない。いまさらながら、足も蛇に変化させて、攻撃をしかけてきているが、間合いは見切っている。


蛇は、その長さがせいぜい3メートル程度なので、10メートル近く持ち上げられたクソ豚の攻撃はまったく届かない。空中でバタバタするだけだ。


「くそ…こうなったら奥の手だ!今度こそ殺してやるからな!蛮族野郎!!」


ブタ野郎は、蛇に変化した足を、今度は自身に向かって伸ばした。


「何をする気だ?」

「うるせぇ!泣いて、後悔しやがれ!!!」


蛇化した脚は、器用なことに、イワの懐から紙?呪符?みたいなものを取り出した。そして、蛇の牙で、それを破り割く。


途端。


謎の呪符らしきものから、禍々しさを感じさせる、黒い光が漏れ出し、まもなくイワを完全に包みこんだ。


「な、なにが起きている!?」


黒い光に包まれて、何が起きてるかもわからない。しかし、イワの身体の重さが急速に増していくことだけは、巨人の双腕ギガントアームズを通してわかった。


しばらくすると、ボトリ、と光の中から何かが落ちてきた。見るとそれはイワだった。イワが落ちてきた?では、この光の中で重くなり続けているのは何なんだ!?


そして、ついに、俺の巨人の双腕ギガントアームズで、支えられなくなり、地面に落とすがそれでも、まだ黒く光る何かは重くなり、続けているようだ。


ようやく、黒い光が晴れかけてきた。すると、何がそこにいるのか少しづつ見えるようになってきた。そこに居たのは…。


鶏体蛇尾コカトリス…」


技能憑依ライカンスロープのギフトではない、鶏体蛇尾コカトリスそのものが、そこに立っていたのだった。

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