第58話 『20食目:マーダー丼』

ぺたり、とアンは力が抜けたようにその場にへたり込んだ。アンに駆け寄ってあげたいところだが…まずはリーゼの怪我を治してあげた。


治療で意識を取り戻したリーゼだが、もう狩りが終わってしまっていたことがショックだったようで、また気を失ってしまった。


リーゼをお嬢様に頼んで馬車に寝かせてから、まだ、へたり込んでいるアンのところに行った。アンに手を差し出し、立たせてあげながら俺は声をかける。


「アン…攻撃魔法使えたじゃん」

「シダン様のぉ〜ことを〜考えたら〜身体が勝手に〜魔法を使っていました〜」


アンは自分が攻撃魔法を使えたことに、まだ呆然としているようだ。だが、思わずでもいいと思う。これをキッカケに、また使えるようになるはずた。


「全く、アンは私の危機には使ってくれないのに、好きな男の危機には魔法を使うのね?」

「お、お嬢様〜」


馬車から降りてきたお嬢様が、からかうように言った。


※※※※※※


こうして、狩り祭りハンティングフェスは終わった。


殺人鬼マーダーは、階級7と得点が49のため、今回の敵の中では圧倒的に高かった。が、アンの助けが入ったため、得点としては無効になった。


しかし合計得点で言うと、お嬢様は134点。シモイシが39点。比べるべくもない得点差だった。シモイシは殺人鬼マーダーで、お嬢様を殺して一発逆転するのが、最後の策だったようだ。


殺人鬼マーダーが、狩られたという報告と得点を聞いて、シモイシは、灰のように白くなってたからな。


さらに、狩り祭りハンティングフェスが終わったため、侯爵閣下が一気に捜査に乗り出した。ハンター協会を巻き込んで、領民にまで被害が出たこともあり、シモイシは、領地の端で幽閉となるらしい。


もちろん、お嬢様が狩り祭りハンティングフェスに出られていなければ、ペナルティこそあったもののシモイシが次期領主になることは、確実だった。それくらいキワイトにとって狩り祭りハンティングフェスは大事らしい。


しかし、そんなことよりも、俺は変異種殺人鬼マーダーのことの方が気になる。


どう考えても、あそこに殺人鬼マーダーがいたのは偶然ではない。シモイシの、あの狩り祭りハンティングフェス前に見せた余裕は、変異種が居たからなのは、間違いないのだ。


では、どうやってシモイシは、変異種なんてものを調達できたのか?シモイシを取り調べるのが何よりも手っ取り早いだろうが、ハンターである俺にその権限はない。


何せ、俺は護衛の仕事が終わる。だからこの前みたいな裏技を、さすがに何度もやるわけにはいかないのだ。


ほかの候補が全て消え、その場で次期領主として指名されたお嬢様にシモイシの調査のお願いした。お嬢様は、調査を快諾してくれ、調べた情報も可能な限り知らせるという約束をしてくれた。


※※※※※※


「今回の依頼の達成を確認しました」


狩り祭りハンティングフェスの翌日、ハンター協会に仕事終わりの報告に行った。受付には、初めてキワイトに来たときに報告を行なったあの受付嬢がポツン、と仕事をしていた。


「お仕事、お疲れ様でした。シダン様に来て頂いて助かりました。あの突撃猪チャージボアの仕事、こっそり出した甲斐がありましたよ」

「え?」

「外部からハンターを入れなきゃと協会支部長と話をして、移動を含むような仕事をコーダエに出したんですよ…まさか変異種が出るなんて思いませんでしたけど…」

「なるほど、そういうことだったんですね」


狩り祭りハンティングフェスのタイミングで、ちょうどハンターを呼び込むような仕事があったのは、偶然ではなかったということか。


「さて、シモイシのせいで、今年はかなりの被害が出ました。本来なら毎年、狩りに行くシーズンに丸々仕事を無くされたので、領民にも被害が出ています」

「それは、ハンター協会の存在意義すら問われる重大な問題だよなぁ…」


ハンター協会は、モンスターの被害から人を守るための組織だ。それが、領主一族と結託をして、モンスターを狩らずに被害を出していたとなると…場合によっては中央から粛清などがあってもおかしくない。


ハンターには統制委員ルーラーという、特別な役職がある。言わば、組織内の警察機構だ。逮捕権と裁判権を持っていて、ハンターを綱紀粛正としてその場で処刑する権限もある。


統制委員ルーラーも、今すぐには来ないと思いますが…状況次第では派遣されるでしょう。我々としては、それまでにやれることを進めておきたいです」

「なるほど…では、何か手伝えることあります?」


ここまで乗りかかった船だ。お嬢様を手伝うつもりで、ある程度は付き合ってもいいとは思う。


「特に希望がなければ、周辺の狩りをお願いする予定です。出来れば3か月…いえ、1か月、周辺の狩りをお願いします。それまでにほかのハンターの手配を進めますので…」

「わかりました…リーゼもそれで大丈夫?」


振り返って、後ろにいたリーゼに確認を求めるとウン、と頷いた。リーゼからしても、ここでお嬢様たちを見捨てるという選択肢はあるまい。


「その、周辺の狩りが一区切りついた後は、シマット方面に移動できる仕事を回してください」

「わかりました。あ、ハンター証、お返ししますね…次の仕事のサインもお願いしますね」


俺とリーゼのハンター証が返された。その場で次の仕事の依頼票に、ハンター証の焼き印を起動して、サインをした。サインをした後、ハンター証を見て、階級がまた上がっていることに気がついた。


「…階級6一流か…」

「ボクも階級5腕利きだよ…ボク、半分気絶してたのになぁ…良いのかなぁ…」


階級が上がるのはいいことではあるが、この俺の年齢で、この階級というのは、プレッシャーがすごい。俺らのボヤキを拾った受付嬢さんは、キレイな営業スマイルを浮かべた。


階級5腕利き一人前の二人で、殺人鬼マーダーを仕留める人の階級を、そのままにしておけませんよ。特にシダンさんは、階級7凄腕でも良いんじゃないか?なーんて話も出ていたくらいですから」

「それは…勘弁して下さい…」


階級7凄腕より上に到達できるのは、ハンターの内1%しかいない。ハンターが世界で1万人程らしいので、世界全体でも100人もいない階級だ。


老若男女あらゆる歴戦のハンターも含めた中で、上位1%の階級7凄腕はやりすぎだと思う。もはや、嫌がらせの類ではなかろうか?


「あ、それとシダンさん、殺人鬼マーダーのお肉、牙、骨、それと同族喰らいカルニバルの牙どうします?内臓は使い道がないので、勝手ながら捨てておきました。骨はたぶんワンちゃんが喜ぶくらいですが、牙はどっちも加工品として使われますよ?」


ドン、と牙をカウンターに置かれた。こんなに大量にあっても使い道ないよなぁ。


「牙は、リーゼと半々にしようかな?」

「そうだね…まぁボクもあまり使い道ないから、同族喰らいカルニバルのを貰おうかな?殺人鬼マーダーのは、シダンが貰ってよ」


牙の使い道…あ、1つだけ、思い当たるものがあったので、頂いておくことした。大きい犬歯1本だけもらい、細かいほかの牙は、めんどいのでハンター協会の資金にしてもらうことした。


あとは肉ねぇ。肉食動物の肉って臭いイメージしかないんだけど、使えるのかなぁ…。というか殺人鬼マーダーの肉…人を食べたりしたやつの肉はちょっと、忌避感あるなぁ。


殺人鬼マーダーの肉って…どうなんでしょう?」

「古い書物によると、処理をキチンとすれば美味しいらしいですよ?殺人鬼マーダーは、肉食ではあるのですが、その名前に反して、人間は絶対に食べないらしいですし」

「え?それではなんで、人を殺そうとするんですか?」

「どうやら、単に快楽のためだけに殺すらしいです…。だからこそ食人鬼マンイーターとかではなく殺人鬼マーダーって名前らしいですよ?」


快楽のために殺すって変異種ってホントに恐ろしい存在なんだな。それに、殺人鬼とつく理由がわかった気がする。


「へーそうなんだ。取り敢えず美味しいらしいので…リーゼ、山分けにしようか?」

「それはぁ〜私にぃ〜お任せくださいぃ〜」


その独特に間延びした声に振り返ると、やはり、アンが後ろに立っていた。リーゼも俺と同じく驚いた顔をしている。


「アン?何でここに?」

「シダン様♪♪♪♪♪のぉ〜行くところにぃ〜体が勝手に行ってしまうんですぅ〜」


ちょっと何言っているのか、意味がわからない。というか、お嬢様のお付きの仕事はどうしたんだろう??


「あ〜お嬢様お付きの仕事はぁ〜お休みですぅ〜」

「お嬢様に不敬すぎてクビになったとか?」

「違いますぅ〜」


ぷぅ、とほおを膨らませるアン。こういうあざとい表情をするのを見ていると、リアルなメイドというより、秋葉原とかにいるメイドなんじゃないかって思えてくる。


「いまぁ〜領主になるお嬢様はぁ〜周りの人を増員中なんですぅ。だからぁ〜人手が多い〜今なら休めるとぉ〜お休みを〜お願いしたんですぅ〜」


アンは、なんだかワタワタと言い訳しているようだが、人員整理にあった訳ではなさそうだ。お嬢様と何だかんだ仲が良さそうだしねぇ。


「で、その殺人鬼マーダーのお肉ですが、私にぃ〜お任せくださいぃ〜二足蜥蜴ガルギウスなら何度もぉ〜料理したことありますからぁ〜」

「え?いいの?」


実は、あのお粥以降も、護衛という立場から、城に滞在していたので、アンの料理は食べさせてもらっていた。


キワイトの和食風料理のみならず、南方の魔人族マギーの料理なんかも作ってもらったが、どれもこれも絶品だったのだ。変態的な喋り方とは裏腹に、ものすごい料理上手なのだ。


「シダン様♪♪の胃袋を〜ガッチリキャッチ作戦ですぅ〜」

「ううう…ボクとしては敗北感強いんだけど…アンの料理は美味しすぎるからなぁ」


初めのうちは喧嘩をしていたリーゼすらも、アンの絶品料理には陥落寸前だった。


※※※※※※


「いろいろとぉ〜考えましたがぁ〜この手のお肉を食べるのにぃ〜1番いいのはぁ〜やはり丼料理ですねぇ〜」


丼料理。ふと、シュールな光景を思い出した。いや、実は城で出たんだよね。石造りのキレイな広い部屋、長い立派なテーブル、白いテーブルクロス、その上に丼。一瞬、ギャグかと思った。


殺人鬼マーダーのぉ〜お肉をぶつ切りにしてぇ〜香草や〜何種類かの野菜とぉ一緒に煮込みましたぁ〜。味付けはぁ〜ショウスとマーガミンほかにも出汁を何種類かとぉ〜あとシダン様♪には愛情たっぷりですぅ〜」


大きな石の器に盛られたラコメットと、その上に殺人鬼マーダーのぶつ切り肉が載せられている。


明らかにトロットロになるまで、柔らかく煮込まれたのだろう、肉の角の取れたシルエットに、ショウス主体の香り。とんでもなくそそられるこれは、もはや暴力だ。


リーゼをちらりと横目で見ると、尻尾がブンブンと振られていた。まるで、ご馳走をお預けされた犬のように。


「こ…これは…絶対に美味しいやつじゃん」

「ボク、もう我慢できない…頂きますっ!!」


リーゼ、堕ちたな。ズゴゴゴって効果音が聞こえて来そうな、物凄い勢いで食べ進めている。ま、俺も我慢する理由はないので、早速いただくことにした。


「じゃあ、アン、いただくね」

「はぁい〜シダン様♪どうぞぉ〜お召し上がりください〜」


では、まずは肉だけ一口…うお。スプーンを入れただけで切れる。あの凶悪な殺人鬼マーダーの肉がこんなに柔らかくなるとは…。


スプーンにすくった一口目を運ぶ。柔らかく口に溶けていく脂と、肉のハーモニーが素晴らしい。恐らく敢えて完全に消しきっていない肉肉しい匂いと、ショウスの暴力的な香りと、それをサポートする香草のトリニティが、不思議なハーモニーを醸し出して、味の深みになっている。


「さて、今度はハンと一緒に食べてみようかな?」


肉にスプーンを入れ、そのまま下にあるハンまで一緒にすくうことで、スプーンの上に小さな丼を作り、二口目をいただく。


ああ、米って、最強だな。


ともすれば脂っこくもなる、殺人鬼マーダーの肉だが、やはりハンと食べることで完璧なバランスになる。脂の甘みや深みのみを接種し、脂っこさはすべてハンが受け入れてくれる。


もちろんこのショウスベースの味付けとハンの相性が最強なのは言うまでもなく、あっという間に完食となった。


「ふう、アン、ごちそうさまでした」

「はい〜♪シダン様♪♪♪がぁ美味しそうに食べてくださってるのを見ていたらぁ〜私を食べていただいていることを〜妄想しちゃってぇ〜体が火照ってきました♪」

「………」


これがなけりゃあなぁ、と思いつつ、これがアンの面白さでもあるのかなぁと思う俺は、アンを受け入れつつあるのかもしれない。

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