第58話 『20食目:マーダー丼』
ぺたり、とアンは力が抜けたようにその場にへたり込んだ。アンに駆け寄ってあげたいところだが…まずはリーゼの怪我を治してあげた。
治療で意識を取り戻したリーゼだが、もう狩りが終わってしまっていたことがショックだったようで、また気を失ってしまった。
リーゼをお嬢様に頼んで馬車に寝かせてから、まだ、へたり込んでいるアンのところに行った。アンに手を差し出し、立たせてあげながら俺は声をかける。
「アン…攻撃魔法使えたじゃん」
「シダン様のぉ〜ことを〜考えたら〜身体が勝手に〜魔法を使っていました〜」
アンは自分が攻撃魔法を使えたことに、まだ呆然としているようだ。だが、思わずでもいいと思う。これをキッカケに、また使えるようになるはずた。
「全く、アンは私の危機には使ってくれないのに、好きな男の危機には魔法を使うのね?」
「お、お嬢様〜」
馬車から降りてきたお嬢様が、からかうように言った。
※※※※※※
こうして、
しかし合計得点で言うと、お嬢様は134点。シモイシが39点。比べるべくもない得点差だった。シモイシは
さらに、
もちろん、お嬢様が
しかし、そんなことよりも、俺は変異種
どう考えても、あそこに
では、どうやってシモイシは、変異種なんてものを調達できたのか?シモイシを取り調べるのが何よりも手っ取り早いだろうが、ハンターである俺にその権限はない。
何せ、俺は護衛の仕事が終わる。だからこの前みたいな裏技を、さすがに何度もやるわけにはいかないのだ。
ほかの候補が全て消え、その場で次期領主として指名されたお嬢様にシモイシの調査のお願いした。お嬢様は、調査を快諾してくれ、調べた情報も可能な限り知らせるという約束をしてくれた。
※※※※※※
「今回の依頼の達成を確認しました」
「お仕事、お疲れ様でした。シダン様に来て頂いて助かりました。あの
「え?」
「外部からハンターを入れなきゃと協会支部長と話をして、移動を含むような仕事をコーダエに出したんですよ…まさか変異種が出るなんて思いませんでしたけど…」
「なるほど、そういうことだったんですね」
「さて、シモイシのせいで、今年はかなりの被害が出ました。本来なら毎年、狩りに行くシーズンに丸々仕事を無くされたので、領民にも被害が出ています」
「それは、ハンター協会の存在意義すら問われる重大な問題だよなぁ…」
ハンター協会は、モンスターの被害から人を守るための組織だ。それが、領主一族と結託をして、モンスターを狩らずに被害を出していたとなると…場合によっては中央から粛清などがあってもおかしくない。
ハンターには
「
「なるほど…では、何か手伝えることあります?」
ここまで乗りかかった船だ。お嬢様を手伝うつもりで、ある程度は付き合ってもいいとは思う。
「特に希望がなければ、周辺の狩りをお願いする予定です。出来れば3か月…いえ、1か月、周辺の狩りをお願いします。それまでにほかのハンターの手配を進めますので…」
「わかりました…リーゼもそれで大丈夫?」
振り返って、後ろにいたリーゼに確認を求めるとウン、と頷いた。リーゼからしても、ここでお嬢様たちを見捨てるという選択肢はあるまい。
「その、周辺の狩りが一区切りついた後は、シマット方面に移動できる仕事を回してください」
「わかりました。あ、ハンター証、お返ししますね…次の仕事のサインもお願いしますね」
俺とリーゼのハンター証が返された。その場で次の仕事の依頼票に、ハンター証の焼き印を起動して、サインをした。サインをした後、ハンター証を見て、階級がまた上がっていることに気がついた。
「…
「ボクも
階級が上がるのはいいことではあるが、この俺の年齢で、この階級というのは、プレッシャーがすごい。俺らのボヤキを拾った受付嬢さんは、キレイな営業スマイルを浮かべた。
「
「それは…勘弁して下さい…」
老若男女あらゆる歴戦のハンターも含めた中で、上位1%の
「あ、それとシダンさん、
ドン、と牙をカウンターに置かれた。こんなに大量にあっても使い道ないよなぁ。
「牙は、リーゼと半々にしようかな?」
「そうだね…まぁボクもあまり使い道ないから、
牙の使い道…あ、1つだけ、思い当たるものがあったので、頂いておくことした。大きい犬歯1本だけもらい、細かいほかの牙は、めんどいのでハンター協会の資金にしてもらうことした。
あとは肉ねぇ。肉食動物の肉って臭いイメージしかないんだけど、使えるのかなぁ…。というか
「
「古い書物によると、処理をキチンとすれば美味しいらしいですよ?
「え?それではなんで、人を殺そうとするんですか?」
「どうやら、単に快楽のためだけに殺すらしいです…。だからこそ
快楽のために殺すって変異種ってホントに恐ろしい存在なんだな。それに、殺人鬼とつく理由がわかった気がする。
「へーそうなんだ。取り敢えず美味しいらしいので…リーゼ、山分けにしようか?」
「それはぁ〜私にぃ〜お任せくださいぃ〜」
その独特に間延びした声に振り返ると、やはり、アンが後ろに立っていた。リーゼも俺と同じく驚いた顔をしている。
「アン?何でここに?」
「シダン様♪♪♪♪♪のぉ〜行くところにぃ〜体が勝手に行ってしまうんですぅ〜」
ちょっと何言っているのか、意味がわからない。というか、お嬢様のお付きの仕事はどうしたんだろう??
「あ〜お嬢様お付きの仕事はぁ〜お休みですぅ〜」
「お嬢様に不敬すぎてクビになったとか?」
「違いますぅ〜」
ぷぅ、とほおを膨らませるアン。こういうあざとい表情をするのを見ていると、リアルなメイドというより、秋葉原とかにいるメイドなんじゃないかって思えてくる。
「いまぁ〜領主になるお嬢様はぁ〜周りの人を増員中なんですぅ。だからぁ〜人手が多い〜今なら休めるとぉ〜お休みを〜お願いしたんですぅ〜」
アンは、なんだかワタワタと言い訳しているようだが、人員整理にあった訳ではなさそうだ。お嬢様と何だかんだ仲が良さそうだしねぇ。
「で、その
「え?いいの?」
実は、あのお粥以降も、護衛という立場から、城に滞在していたので、アンの料理は食べさせてもらっていた。
キワイトの和食風料理のみならず、南方の
「シダン様♪♪の胃袋を〜ガッチリキャッチ作戦ですぅ〜」
「ううう…ボクとしては敗北感強いんだけど…アンの料理は美味しすぎるからなぁ」
初めのうちは喧嘩をしていたリーゼすらも、アンの絶品料理には陥落寸前だった。
※※※※※※
「いろいろとぉ〜考えましたがぁ〜この手のお肉を食べるのにぃ〜1番いいのはぁ〜やはり丼料理ですねぇ〜」
丼料理。ふと、シュールな光景を思い出した。いや、実は城で出たんだよね。石造りのキレイな広い部屋、長い立派なテーブル、白いテーブルクロス、その上に丼。一瞬、ギャグかと思った。
「
大きな石の器に盛られたラコメットと、その上に
明らかにトロットロになるまで、柔らかく煮込まれたのだろう、肉の角の取れたシルエットに、ショウス主体の香り。とんでもなくそそられるこれは、もはや暴力だ。
リーゼをちらりと横目で見ると、尻尾がブンブンと振られていた。まるで、ご馳走をお預けされた犬のように。
「こ…これは…絶対に美味しいやつじゃん」
「ボク、もう我慢できない…頂きますっ!!」
リーゼ、堕ちたな。ズゴゴゴって効果音が聞こえて来そうな、物凄い勢いで食べ進めている。ま、俺も我慢する理由はないので、早速いただくことにした。
「じゃあ、アン、いただくね」
「はぁい〜シダン様♪どうぞぉ〜お召し上がりください〜」
では、まずは肉だけ一口…うお。スプーンを入れただけで切れる。あの凶悪な
スプーンにすくった一口目を運ぶ。柔らかく口に溶けていく脂と、肉のハーモニーが素晴らしい。恐らく敢えて完全に消しきっていない肉肉しい匂いと、ショウスの暴力的な香りと、それをサポートする香草のトリニティが、不思議なハーモニーを醸し出して、味の深みになっている。
「さて、今度はハンと一緒に食べてみようかな?」
肉にスプーンを入れ、そのまま下にあるハンまで一緒にすくうことで、スプーンの上に小さな丼を作り、二口目をいただく。
ああ、米って、最強だな。
ともすれば脂っこくもなる、
もちろんこのショウスベースの味付けとハンの相性が最強なのは言うまでもなく、あっという間に完食となった。
「ふう、アン、ごちそうさまでした」
「はい〜♪シダン様♪♪♪がぁ美味しそうに食べてくださってるのを見ていたらぁ〜私を食べていただいていることを〜妄想しちゃってぇ〜体が火照ってきました♪」
「………」
これがなけりゃあなぁ、と思いつつ、これがアンの面白さでもあるのかなぁと思う俺は、アンを受け入れつつあるのかもしれない。
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