第59話 アクセサリー
さて、何だかんだあって、結局、周辺の狩りのために、3ヶ月キワイトにはお世話になった。滞在中は、お嬢様が城に用意してくれた部屋を使い続けていいとなって、滞在費がかなり浮いて助かった。
お城のメイドさんたちや、街の女の子たちからは、
「シダン様、今日は一緒にお茶などいかがですか?」
「シダン様。これから厨房で新作お菓子の試食会するから、ぜひどうぞ」
「シダンくーん、こっち向いて〜わー!イケメーン!」
「キャーシダンくん、かっこいい〜!今度、狩りの話聞かせてー」
お陰で、城中で、街中で、女の子から声をかけられまくるという、空前絶後のモテ期が到来していた。
3か月という、長期の滞在となったのは、キワイト領側からハンター協会への仕事が急増して、ハンター協会にも、お嬢様にも、泣きつかれた結果だ。
別に女の子にチヤホヤされるのが嬉しくて、長期滞在したわけじゃないよ?
その代償かどうかはわからないが、シモイシについては、
記憶を完全に辿って調べるとなるとかなりの日数がかかるようで、結果が帰ってきたのは滞在2ヶ月目だった。あの
「誰かから
というのが調査結果だ。
だが、逆に言えば
お嬢様がしてやられたのは、政治的な能力云々よりも、この組織がシモイシのバックにいたことが大きいようだ。
シモイシが
お嬢様に引き続き、この犯人を調査するようにはお願いはした。
しかし、これでは、シモイシの動機はわかっても、その犯人の動機が全くわからない。手がかりがなさすぎて、捜査が難航することは請け合いだろう。
※※※※※※
「おはようシダン、ようやく今日から違う仕事になるって言ってたっけ?あの受付嬢さん」
「いい加減名前を覚えてあげてくれ…ヘレンさんのことな…」
3か月経ったある朝、荷物を持って部屋から出たら、リーゼもちょうど隣の部屋から荷物を担いで出てきたところだった。
ヘレンさんは、キワイトに来たときから、いろいろと手続きをやってくれていた受付嬢のことだ。結果としてヘレンさんには、だいぶ利用されてしまったが…。
「そうそう、ヘレンだ、ヘレン」
「やっとこ今日から、シマット方面に行く仕事を回してくれるって話をしていたな」
昨日、仕事の報告に行ったときに、そう告げられた。そのため、昨日は仕事から帰ってきて、荷物などをまとめていた。
「じゃーまずは協会からかな?」
「そうしようか…だがお嬢様たちに挨拶くらいはした方がいいだろ」
「えーまー仕方ないかー」
と、二人でお嬢様の執務室に向かおうとしたら、ちょうど廊下の向こうからの、お嬢様とアンが連れ立ってこちらに歩いてきていた。
「シダン様、お世話になりました」
「ああ、お嬢様も元気でな」
前に進み出たリーゼが、お嬢様の両手を取って、ブンブンと縦に振った。
「お嬢様、いろいろお世話になっちゃったね。まったねー」
「はい。こちらこそ、リーゼ様にも、お世話になりました…2人の旅が良いものになるように祈っています」
「うん、ありがとー」
と、リーゼとお嬢様が別れの挨拶をしている横から、出てきたアンが、ガバと俺に正面から抱きついてきた。あ、デジャヴュ。
またやっちまった。
着いてくるの無理だって、最初に会ったとき言ったのにさ、それでもアプローチは激しくなる一方だったもんなぁ。
アンは、顔を合わせる度に
アンって普段は、すっごく冷静なんだよね。仕事とかも話し方はあのまんまなんだけど、澄まし顔でやってる。あの近衛への態度が普段の感じみたい。
そんなアンが、城とかで、俺を見つけるとパァッと笑うんだよ。反則だよ…そのギャップ…。
「シダン様ぁ〜」
「…アン…」
だから、こうなるのは当然の結果であって、わかっていて、だらだらと今日まで来てしまったのだ。カンナのときの反省が、少しも生きていない。
ギュッ、と抱きついたまま、俺の胸に顔まで埋めて、アンの表情は伺えない。
「シダン様ぁ〜結局ぅ〜夜這いに来てくれませんでした~」
「え!?いや、それは…」
「アプローチぃ〜足りませんでしたかぁ〜私は〜魅力なかったぁ~ですかぁ〜?」
「いや、そ、そんなことはない、と思う、うん」
「ぜったいにぃ〜シダン様がぁ〜性的な衝動を抑えきれないようなぁ女になるのでぇ〜待っててくださいよぉ〜」
アンには、滞在中、何から何まで世話をしてもらった。手作り料理を振る舞ってくれたのはもちろん、身の回りのことも、気づくと全部頼ってしまっていた。出かけるときは弁当も作ってくれた。
絶品料理に胃袋を掴まれて、快適な環境に溺れて、日々の積極的なアプローチにニマニマして、アンの気持ちに応じたいと、この3か月、何度思ったことか。
いや、今でも、もう理性の砦は大手門を開門してもいいんじゃね?ってなってる。なんかもう俺、コーダエから出てから、そんなのばっかだな。
「シダンはエッチだから仕方ない」
そう言えば、街中で何回か逆ナンされて、ニマニマしていたときに、リーゼには諦めのため息とともにそう言われた。俺は、エッチなのかそうなのか。
エッチな俺としては、ズルい話なんだけど、開き直って、アンを完全に突き放すのはやめることにした。転生して、ボーナスの人生を貰った俺は欲望に忠実に生きるんだ。もし、女の子に刺されたら、
美人で、胃袋握ってきて、俺にこんな好き好きオーラ出してきてる娘の、フラグ折るの勿体なさ過ぎるもん。
俺は、アンの肩を掴んで、優しく引き離した。そしてポケットから、フラグ管理アイテムを出す。
「アン、これ、プレゼント…おいしい料理を何回も作ってもらったからそのお礼なんだ…もらってくれる?」
あまりにもメシウマ過ぎて、どんどん折れそうになる俺の精神を、旅立つように叱咤激励するのもなかなかに大変だったのだ。その妥協案がこれ。
「これはぁ〜櫛ぃ?ですかぁ〜?」
「そそ、髪留めにも使えるみたいよ?」
キワイトでは、地球の日本と同じで「押櫛」を使う文化があるようだ。いわゆる、飾り付けがされている半円形の櫛で、髪を梳かしつつ、最後に髪を纏めるのにも使えるものだ。
「
聞けば
職人さんが、珍しすぎる素材のために、奪い合って俺がやるーってなってたから、良い素材なことは間違いないだろう。
受け取りに行ったときも「俺の人生で1番いい出来栄えの櫛だ」と太鼓判押してたし。
持ち手の部分には不思議な模様が描かれいて、見た目にも美しい仕上がりになっている。
「素材としては、ちょっと不気味だけど、職人さんは、すごくイイ出来栄えだって、言ってたから良い品だとは思う」
「シダン様♪♪から〜アクセサリーを〜私にぃ〜下さるんですかぁ?」
「ああ、もちろん、そのために作ってもらったんだし」
「♪♪♪」
わー、すっげぇ嬉しそうな…というか蕩けそうな顔をして、アンは櫛を受け取ってくれた。ヤバい。可愛い。可愛すぎるわ…こんなん反則だよ。やっぱり旅立つの止める。
アンは髪をくるくると巻いてから、さらに頭の上で纏めた。そして、俺から受け取った櫛を器用に挿して、アップ気味に髪を留めた。
「こんなぁ〜感じでしょうかぁ〜」
「あ、うん、すごく、いいと思う」
「はうううう〜大事にしますぅ〜」
うぐ、めっちゃ艶っぽいじゃん…黒髪だからか、櫛がすごく合うなぁ…。あー、もうホント、変異種を倒すよりも精神力使うなぁ!
※※※※※※
アンやお嬢様と別れた後、俺とリーゼは、ハンター協会に向かう道のりを歩いていた。しかし、リーゼが肩を落としていて、表情も暗い。
「アン…いいなぁ…シダンからアクセサリーを貰えて…」
「んー、アンにはかなり世話になったしな」
「う、それはわかる。ボクもお世話になっちゃったから」
アンのすごいところは、リーゼにもメイド的ご奉仕をしてたところだ。アンに胃袋を掴まれていたのは、俺だけではないのだ。
「リーゼもアクセサリーが欲しい?」
「もちろん欲しいに決まってるよ!シダンがくれるなら、すっごく欲しい!!」
俺の言葉に、リーゼがそう言いながら、ものすごく興奮して、俺に迫ってきた。顔が近い…。
「何となくそう言うかなぁと思って、実は、リーゼにも用意してた」
「え!?ボ…ボクに!?ボクにアクセサリーをくれるの?」
「ん?ああ、そんなに欲しかったのか?」
「それは、そうだよ!当たり前じゃん!」
アンに用意しながら、リーゼにあげないのも何だか可哀想な気がしてきて、滞在中にあちこち回って探していたのだ。そうしたら、ちょうどいいのを見つけることができた。
俺は、ポケットから、リング状のアクセサリーを出して、リーゼに渡す。リーゼの千切れんばかりに振られる尻尾に、嬉しさが現れている。だいぶ喜んでくれているようだ。
「これは、脚につける…アンクレットだな…」
「アンクレット?」
「おう、脚にブレスレットみたいに着けるんだけど…魔法道具でもある」
「魔法道具なの!?」
うん。だって戦う仲間になら、そういう投資も悪くないだろ。どこかで役に立つはず。
「そうそう。
「あ、あ、ありがとう!大事にする!絶対に大事にするよ!!」
「何だか、大袈裟だなぁ…」
アンやリーゼが、すごく、それはすごく嬉しそうにしていた訳を知ったのは、随分と後になってからなんだけどね。
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