第57話 狩り祭り・後

殺人鬼マーダーについて、もう少し掘り下げよう。


こいつは、対人族との戦いを重ねた経験深い、壮年の二足蜥蜴ガルギウスが進化して変異すると言われている。知力へのブーストを得ることで、それらの経験がさらに老練となる。


そのため、戦闘時の判断が本能のみの二足蜥蜴ガルギウスとは全く違ったことになる。


逃げる擬態、不利な擬態、フェイント、こちらのパターンの学習。厄介極まりない。


また二足蜥蜴ガルギウスは、年を経るごとに身体が大きく強くなる。ギフトによるブーストがあるわけではないので極端な差ではないが、普通の二足蜥蜴ガルギウスと比べると、大抵の殺人鬼マーダーは、鍛えた人間と鍛えてない人間くらいの差はある。


そして、殺しへの執着は強い。結果として殺すことが目的なので、その目的のためなら、スキを作るために、一旦、引くこともする。そういう先のことまで考えた、かなり高度な判断ができるのが殺人鬼マーダーなのだ。


「こういう相手の小賢しさを破るのは、昔から圧倒的な暴力って相場は決まってるんだよね」


圧倒的な暴力とは、即ちリーゼだ。ところが投擲斧トマホークは全部ダメになって、開始早々、攻撃を封じられた。それでも、まだリーゼが素手でも殴りにいけば、優勢に立てるような気がする。


しかし、俺が下がって、リーゼを前にしようとすると、殺人鬼マーダーは円を描くように動いて、それをさせない。判断が早い!


「うーん、そうだ」


リーゼがポン、と手を叩いた。


「シダン、位置の入れ替わりに時間を使うから、対策されるんだよ。一気にやっちゃおう?いちにのさんで、シダンがしゃがんで」

「なるほど…わかった」


円の動きで変えられる前に、一気に前に出れば、立ち位置を変えられるかもしれない。


「いちにの」

「「さん」」


俺はしゃがむというより、五体投地を敢行。リーゼは俺の上を弾丸のように飛んでいき、殺人鬼マーダーに迫った。


よし!位置の入れ替えに成功した!


殺人鬼マーダーは、それにもすぐに反応して、リーゼに牙と爪を向けてきた。リーゼはうまく、牙と爪を避けて懐に入るが、動きに精細がない。


こっちが牙と爪を警戒していることにも気づいている。殺人鬼マーダーは、リーゼの攻撃先にカウンターで爪や牙を出してきた。


リーゼは投擲斧トマホークはおろか、ナックルガードすら、文明破壊カタストロフの効果でボロボロなので、完全に剥き出しで、素手の拳だ。


そのため、もし爪に掠りでもすれば、すぐに腕が使えなくなる。しかも激痛で動きが鈍れば、さらに大変なことになる。殺人鬼マーダーは、そこまで計算しているようで、まるで熟練の戦士、としか言いようがない。


とは言え、それだけリーゼに集中させれば、充分だ。殺人鬼マーダーからしても、リーゼの一撃が危険なのは変わらない。接近されて、気を抜ける相手ではないだろう。


ならば、俺はリーゼが作ってくれた隙を狙う。


捕獲ホールド✕1010倍!!」


今いる場所と、ほかにもいくつか、逃げそうな場所を予測する。その全ての箇所に同時に捕獲ホールドを仕掛けた。


「グギャッ♪」


殺人鬼マーダーも、俺が仕掛けてくるのは察知していたようだ。小馬鹿にしたような啼き声を上げながら、最初の場所からは逃れる。


しかし、殺人鬼マーダーが逃げた先も、俺が予想した先の1つだった。そのため、地下茎が地面から伸びてくるところに、まんまと片足を突っ込んできた。ガッチリと、捕まえることに成功する。


「シダン、ナイス!私が決めるっ!」


俺が捕獲ホールドに成功したのを見たらすぐにリーゼが反応した。


バックステップで下がったリーゼは、軽く走り出し、そして高く飛び上がった。リーゼは空中で、右脚を頭よりも高く上げている。…これは踵落とし?


「喰らえっ!」


リーゼが、捕獲ホールドでその場から動けない殺人鬼マーダーに、踵落としを決めようとしていた、そのとき。


殺人鬼マーダーの顔にが浮かんだ。


「リーゼ!攻撃は待てっ!」


すると、殺人鬼マーダーは、俺の捕縛ホールドを噛み切ってあっさり拘束を解いてしまったのだ。拘束から逃れた殺人鬼マーダーは、余裕を持って、リーゼの攻撃の軌道から外れる。


「くそっ!捕まっていたのは、ブラフかよっ!?」


俺の叫びも虚しく、リーゼの踵落としは地面に刺さった。そのスキを殺人鬼マーダーが逃すはずもない。


大きな空振りで、地面を蹴りで叩いている隙だらけのリーゼを、殺人鬼マーダーは丸太のような太い尻尾で薙ぎ払った。


「あぐぅっ!?」

「リーゼッ!」


薙ぎ払われたリーゼは、後ろに転がるように飛ばされると、最後は地面に寝転がった。


目は閉じているが、わかりやすい胸は上下しているので、息はある。どうやら気絶しただけらしい。しかし、倒れたリーゼの右脚は、変な方向に曲がっていて、素人目に見てもわかるほどハッキリと骨折していた。


これは…殺人鬼マーダーの尻尾の攻撃のせいではないな…。さっき放った踵落としのせいだろう。なにせ、踵落としを外した地面には、直径1メートルはあるクレーターが出来ているのだ。当たれば、とんでもない威力だったんだな、これ。


「リーゼ、今治す……って…!!」


俺が治すために、倒れたリーゼに駆け寄ろうとした。しかし、殺人鬼マーダーが、素早く俺とリーゼの間に割り込んできた。


「ちぃ…」


こいつ…つくづく頭を使ってくるな!俺が、リーゼを助けようとしようとしていることを、察したようだ。さらに先程までの対峙で、一対一なら、俺に決め手がないこともわかったのだろう。


今度は、リーゼの方に行かせないようにだろう、爪での横振りなどを仕掛けてきた。、避けやすい攻撃を、だ。


嫌らしいヤツだ。こちらに攻撃手段がないのをいいことに、殺人鬼マーダーは、攻めがどんどん大胆になっていく。


俺に、殺人鬼マーダーが嫌がるくらいのパワーがあればなぁ。リーゼ並に、20倍…いや、せめて10倍のパワーがあれば、殺人鬼マーダーに充分なダメージを与えられるのになぁ。


10倍…10人分…。


む?俺10人分…??


「ガヴァッ!!」

「チッ!?」


思考の海に浸って呆けている俺に、殺人鬼マーダーの爪での一撃を見舞ってくる。俺は避けきれずに、右腕にザックリと大きなキズができた。


ギフトの効果で、神経毒は俺には効かないので、怪我をしただけで済むのが幸いだ。


続けて、噛み付き攻撃を仕掛けてきた殺人鬼マーダーとの間に、苗木の根ルートを使った障壁ウォールを建てて、攻撃を遮る。


障壁ウォールは、苗木の根ルートを10本撚り合わせて、壁のようにしたものだ。もちろん1本の時より、遥かに耐久力がある障壁になっている。いわゆる、三本の矢の教えってヤツだな。


んんん?何か閃きそうだ。…10本を撚り合わせる?…三本の矢…力を合わせる。


「待てよ…」


俺の苗木の根ルートは、同時に10本まで出せる。地下茎は、1本のパワーが、俺の脚力と同等だ。それが10本生やせる…?そのどうなるんだ!?


「やってみるか…苗木の根ルート!」


10本の地下茎をロープの様に撚り合わせて、デカい一本の、地下茎を作る。


そして、それを鞭のように横薙ぎに振るった。


この攻撃も、殺人鬼マーダーには避けられた。が、しなる地下茎が当たった樹木が、途中からキレイにへし折られていた。太さは大人の太ももほどあったのだから、これまでの苗木の根ルートとは明らかに違った破壊力だ。


これは…思っていた以上の威力が出ているな。単に10倍のパワーがあるだけではない。これに、地下茎の硬さ、そして地下茎10本分の重量の慣性が威力として加わっているみたいだ。


「これはいい…リーゼには及ばないが、かなりの破壊力が出せるみたいだな…よし、巨人の腕ギカントと名付けよう」


縦横無尽に、まずは、とにかく振りまくる。スキを与えないように、大振りはせずに、殺人鬼マーダーに圧をかけていく。


縦向きの振り方だと、最後は地面に当たるため、慣性を少し無視して、次の行動に移れる。しかし、攻撃でカバーできる範囲が狭くなる。


横向きの振り方だと避けられたときに、思いっきり


そのため、斜め向きの振り下ろしを中心に殺人鬼マーダーに対して攻勢に出ていった。もちろん、それだけでは読まれてしまうので、横振り、縦振りも混ぜながらだが…。


「くうっ!なかなか当たらないな」


最初こそ、殺人鬼マーダーを掠めていたので、やつは、その威力を明らか脅威に感じていたようだ。しかし、こちらに攻撃のパターンがあまりないためか、殺人鬼マーダーの顔には、次第に余裕が浮かぶようになってきた。


そう、殺人鬼マーダーは知性の獲得により、感情があるのだ。


先程のリーゼのスキができた際のあの嫌らしい笑みは、殺人鬼マーダーが心から出したものなのだ。


殺人鬼マーダーは、焦りや、喜びなどがまるわかりであり、それ故に攻撃が読みやすくなるところがある。殺人鬼マーダーは所詮、獣であり、その感情を隠すほどの知性はないようだ。そのため、殺人鬼マーダーの弱点と、聞いたことがある。


(そうだな…感情を隠せないなら、今は完全に俺をバカにしきっているのは間違いない…。ならば、この罠にかけられるはずだ)


大きい空振りのあと、一気に距離を詰めてきた殺人鬼マーダーから、尻尾の一振りをまともに受ける。俺はリーゼと違い、生命力にブーストがあるためか、どうも打たれ強い。思いっきり後ろに吹き飛ばされつつも、リーゼの様に意識を失うことはなかった。


「くっそ…快癒の新葉ハイキュアリーフ


それに今の尻尾の一撃は、腕で防御することが出来たので、腕が折られるだけで済んだ。その腕の骨折も快癒の新葉ハイキュアリーフですぐに治した。


殺人鬼マーダーには、身体的なブーストがかかっていないことも幸いしたかもしれない。かかっていたら、いくら生命力にブーストがある俺でも、命がなかった。


転んだ体制から起き上がっていない俺に、追い打ちをかけようと殺人鬼マーダーが迫ってきた。


近づき過ぎるとキツい俺は、フェイントも何もない、予備動作すらも大きい、見え見えの横振りをする。


もちろんそれは殺人鬼マーダーにとって、とてもわかりやすい攻撃だったに違いない。


高く飛び上がり、巨人の腕ギカントによる横振りの攻撃を、軽く避ける殺人鬼マーダー。やはり、表情が隠せておらず、明らかに俺を見下したような笑みを浮かべている。


殺人鬼マーダーが、そうやって余裕を持って飛び上がり、俺の巨人の腕ギカントを避けた瞬間のことだ。


これまでなら慣性で、横向きいっぱいまで振ってから止まるはずの巨人の腕ギカントが、慣性を完全に無視して、空中で、ピタリ、と止まった。


「引っかかったな」


これまでは、攻撃を受けながらも、敢えて、


もし今回も慣性通りに振られていれば、巨人の腕ギカントは遠くまで行き、飛び上がった殺人鬼マーダーは、着地して、その後、俺に噛みつくくらいまでたっぷりと余裕があっただろう。


ところが、巨人の腕ギカントは、単なる地下茎ではなく、俺のギフトで動かしているものだ。慣性に任せることもできるが、慣性を無視して


俺は、これまでずっと殺人鬼マーダーに向かって、慣性に従った振り方を執拗に続けた。知性が高い殺人鬼マーダーは、間違いなくこの、慣性に従った軌道を覚えてくるだろう。


俺は、逆にそれを狙っていた。


巨人の抱擁ギガントホールド


流石の殺人鬼マーダーも、飛び上がった空中では身動きが出来ないはすだ。巨大な地下茎による拘束を狙う。しかし、完全に不意をついたはずの攻撃なのに、まだ殺人鬼マーダーのニヤケ顔は変わっていなかった。


「!?」


殺人鬼マーダーは、空中で俺の巨人の抱擁ギガントホールドに向けて、自らの尻尾を振るってきたのだ。その姿勢からまだそんなことができるのかこいつ!?殺人鬼マーダーは、尻尾をぶつけた反動で、反対側に逃げようという目論んでいるのだろう。


これは…まずい…読み負けた…?


このままだと殺人鬼マーダーに、巨人の抱擁ギガントホールドを避けられてしまう。そして、この1度使った手で、次、騙すことはできない。自分の作戦の失敗を悟った、そのとき…。


飛来する石礫ストーンバレットぉ〜!」


この5日間、何度も聞いて、聞き慣れた、彼女の声とともに、無数の小さな石が、弾丸のように飛来したきた。


殺人鬼マーダーは、これはさすがに予想してなかったらしい。飛来した石礫にまともに晒された。


大したダメージにはならないだろう。しかし、石礫を受けた衝撃と痛みのためか、殺人鬼マーダー振るった尻尾が外れて、空を切った。


声の方をチラリと見ると、馬車に居たはずのアンが、メイド服のまま、すぐそこまで来ていた。殺人鬼マーダーの方に向けた白い手が、この距離からでもわかるほど震えていた。


自分とお嬢様に危険が及んだときも使わかなかった。アンは、その気持ちを乗り越えて、俺を助けるために、を放ってくれたのだ。


「シダン様ぁ〜勝ってください〜!」

「アン!助かった!」


10本を撚り合わせて2メートルの太さになった地下茎が、空中で完全に態勢を崩した殺人鬼マーダーを、まるで巨蛇アナコンダの様に巻き付きながら捕らえる。


やっと捕らえた…もう放さねぇぜ!!これだけ太い地下茎なら、さっきみたいに簡単には噛み切られたりはしまい!


殺人鬼マーダーのギフトは恐ろしいものばかりだが、肉体能力は普通の二足蜥蜴ガルギウスと変わらないからな。


「グギャギャギャギャギャ!!!」

「こんちくしょうおおおおおお!!!」


そのまま、空中の殺人鬼マーダーの上下をひっくり返す。そして、そのまま殺人鬼マーダーを、下に向かって振り下ろした。今、出すことができる最大限の力で。


慣性も。

地下茎の重さも。

10倍のパワーも。

殺人鬼マーダー自身の体重も。


全て、全て、載せられる全てを載せて、殺人鬼マーダーを頭から地面に叩きつけた。



「死ねやあああああああああッッッ!!!」



重量、慣性、パワーが、集約した一撃に、ズッドォン!!!と、大地が激しく揺れる。


それと、同時に「ミギャァァァァァァッ!!」という、世にもおそろしい殺人鬼マーダーがあたり一帯に響きわたった。


振り絞るような悲鳴が途切れると、殺人鬼マーダーは、そのまま力尽きたようにドサッ、と倒れる。


見れば、殺人鬼マーダーの首は、ありえない方向にグネグネと曲がっていた。変異種と言えど、この状態で命を繋ぐのは無理だろう。


ピィィィイイイイ!!


狩り祭りハンティングフェス終了の笛が鳴らされた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る