第10話 チート?

「さて、いい加減扉を開けるぞ」

「はい、お願いします」

「よし。おーい、院長先生~遊びに来たぞ~」


キースさんが、勝手知ったる感じで孤児院の扉を開け、返事を待たず入っていった。扉の向こうは、開けた空間になっていて、少し広めの玄関だった。地面から少し上がっていて、靴が散らかっている。


(靴を脱ぐ文化があるのか…つまりこのあたりは多湿な気候なんだな)


靴を脱ぐ文化は、一説には泥を部屋の中に持ち込まないためにあるとも言われ、多湿な地域によく見られる。


(恐らく途中で越えた、というか寝ている間にキースさんたちが越えてくれた山に雨雲がぶつかり、雨になるのだろう。山の向こう側の故郷には雨が降らず、山のこちら側ばかり降るんだろうな)


すぐ向こうの部屋にいたのだろう、玄関を上がった向こう側にある正面の扉をあけて、高齢の、人の良さそうな女性が顔を出した。


「まぁ、キースじゃない、元気そうで良かったわ~」

「おー院長先生も元気そうだな」

「あら、マリーも来ているのね」


院長先生に振られたマリーさんが軽く頭を下げて挨拶する。


「お久しぶりです。院長先生。早速ですが、今日はお願いがあってきました」


そして、マリーさんに院長さんの前に押し出される俺。


「この少年をここで預かって貰えませんか?」

「この少年ですか?」

「はい」


マリーさんと俺を交互に見る院長先生。院長先生と目があったので俺は慌てて「よろしくお願いします」と挨拶をした。


「わかりました…血色がよくて、孤児院に預けられる子供には見えないので、訳有りなんでしょうが、2人が言うなら問題ないでしょう」


まぁそうなるよね。服が汚い割に、俺ってば栄養状態がめっちゃよく見えるからね。


「村ではかなりひどい生活をしていたようです…。見た目ではわからないと思いますが、食事も出されず、実際に彼は売られる形で村を出されています。それでこの血色と体格のよさは…ギフトが関係していると思われます」

「なるほど。ではすぐに見ましょう」


うんうんと頷いた院長は、懐から紙を取り出すと、それを床に置いた。そして俺の正面に立つと、両掌を俺に向かってかざした。


鑑定アナライズ


院長先生がそう呟くと、両掌が光だし…床に置いた紙に文字が浮かび上がってきた。そうか院長先生は、あのおっさんヨーダが言ってた鑑定士アナライザーのギフトを持ってる、ということか。


やがて掌の光が止むと院長先生は手を下ろし、床にあった紙を拾う。


「さぁどうぞ。あなたはギフト持ちのようです。そして、これがあなたのギフトです」


そして、院長先生から渡された紙にはこう書いてあった。




名前:なし

健康状態:良好

出身:北方蛮族イーサマータ族

種族:只人族ヒューム

年齢:9

身長:1.31メートル、体重:28000グラム


犯罪歴:なし


ギフト:ある

技法憑依ライカンスロープランクA:シード


ギフト特性

半人半樹精霊の身体ハーフドライアド

樹精霊の身体に近くなり、植物に近い性質を帯びるようになる。実体を得る前の精霊を見ることができる。人間種のかかる病気にならない。動かずにいると知能の低い怪物種モンスターから植物として認識される。成人後、老化の速度が1/10になる。


胚乳プラントミール

3652日分の栄養をあらかじめ持っている。残り342日。



単位がメートルとグラム。まじかよ。それに年齢まで計算通りの9。これ、まんま地球のものと同じじゃね?恐ろしい偶然だな。


「このメートルとかグラムって?」


院長先生が、ギフトよりそこがまず気になるのですか…と呟いてから、俺をじっと見る。


「長さや重さを表すための名称です…数字はわかりますか?」

「はい」

「ならば、簡単ですね、あなたの身体大きさや重さを数値で表すために付けられた…単位、といいます」

「へぇそうなんですね」


優しく導くような口調の院長先生だが、普段から子どもたちにいろいろ教えているのだろう。そういえば、この世界の科学力ってどうなってるんだろう?メートルやらグラムって、地球だと近世以降の概念だよね。うーん。


「すごい!技法憑依ライカンスロープランクAって初めて見たよ!シードって何か可愛いけど…」


うーん、と悩んでいると、横から鑑定の紙を覗き込んだマリーさんが、驚きの声を上げる。その声に俺がマリーさんを見て質問をする。


「ランクAって何ですか?」

「ギフトが珍しさをランク付けしたものよ。ランクA~Eまであってギフト持ちの9割はランクE。その残りの9割がD、そのまた残りの9割がCでその最後の残りがランクBになるわ」

「その計算だとランクAはいなくなってしまうんじゃあ…」

「ランクAは星の恋人ユニークギフトって言われていて、世界で1人しか持てないレアなやつなの。それで、その人が亡くなるまで同じギフトを持つ人は表れないというとっても珍しいギフトよ」

「世界で1人!?」

「あーえーと同じやつを持ってる人が同時に世界に存在しないってだけで、ランクAギフトの人は何人かいるよ…もちろんランクBよりは全然少ないけどね」


ランクAが珍しいのはわかったけど…胚乳プラントミールねぇ。9年間なんで俺が飯も食わずに、飢えなかったのか疑問だらけだったが、理由があっさりとわかってしまった。


そしてあのデカ狼に襲われたとき、俺だけ生き残った理由もわかった。半人半樹精霊ハーフドライアドの説明にある『動かずにいると知能の低い怪物種モンスターから植物として認識される』ってやつだな。いくら見境のない怪物とは言え、そこらの植物にわざわざ襲いかかったりしないだろうからな。


いや、しかしなぁ…このギフト。能力も…たくさんあって、俺の命を繋いでくれたものではあるんだけど…。


「ランクAなのに地味だね」


マリーさんがずばっと言ってきた。俺もすげぇ気にしていたのに。異世界転生のチート特典はないのか。まぁ、生き残ることに、かけては確かにすごいかもしれないけど。


「う…はい…」

「ランクはレア度だけの話で強いか、どうかとは別問題だからね。気にしない気にしない」


それはなぐさめなのか?つーか、マリーさん結構ずばずば言うのね。初めて会ったときの大人っぽい印象は…うごごごご。


「ところで…」


院長先生が、話に割り込んできた。すみません、置いてけぼりにしていました。鑑定してくれたの院長先生なのに。


「あなたの名前は…なし…?」

「ありません」

「な…ない?」


さすがにその返事は予想していなかったのか、院長先生が狼狽える。とは言ってもないものはないんだから仕方ない。


「そうですか…では…」


院長はオホン、と咳払いをしてから、垂れてきた前髪をかき揚げてから、腰を曲げ、俺に目線を合わせてきた。そういえば、マリーさんも前に似たような仕草をしていたな…あれって院長譲りか。


「あなたはとてもキレイな黒い瞳と髪の毛をしています。まるで黒曜石オブシダンのような」

「ありがとうございます」


母は最低な女ではあったが、黒い輝くような瞳と黒髪は目を引いたし、小さな逆卵顔の輪郭に、クリッとした目と、見た目だけは美しかった。俺もどうやらその母の容姿を引き継いでいるらしい。


「なので、そこから取って『シダン』はどうですか?」

「ぼくの名前ですか?」

「そうシダン。あなたの名前です」

「シダン…とても素敵な名前ですね!ありがとうございます。すごく気に入りました。今日からぼくはシダン、です」


ここから、俺の人生が本当の意味で始まったのだ。

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