第8話 『3食目:ロングコートバッファローの干し肉』

「おい、グズ、水は汲んできたか?」

「はい。どうぞ」


家に帰ったら真っ先に、クズ兄貴に水の入ったコップを渡しに行った。機嫌を損ねても殴られるだけだから、サクサクと渡す。が、コップを受け取るなり、クソ兄貴は、ついでとばかりに俺の顔面を殴ってきた。


「おせぇんだよ!グズが。名無しは、名ありの俺のために喜んで働くんだよ」

「痛いよ…」


痛みに思わず呻いてしまうが、クソ兄貴には関係ない。屈んだ俺に蹴りを入れてくる。


「うっせークソガキが!俺が気にくわなかったら、殴っていいんだよ!俺様は名有りだからな!」


さらに2発、3発と浴びせるように蹴ってくるクソ兄貴の攻撃を頭を庇うように屈んでただひたすら耐えた。ゴミクズ両親のクズ遺伝子をしっかり継承して開花させた、クソ兄貴らしい、見事なゴミ人間ムーヴなことこの上ない。


「ン・ジョモ、今日はそれくらいにしておけ」


あれ?珍しく…いや初めてか?何とゴミ親父が割り込んできて、クソ兄貴の暴力を止めた。何が起こったんだ?明日はスコールでもくるのか?


「オヤジ、なんでだよ。こんなクソみたいなヤツなんか、いくら殺してもすぐに生えてくる。殺すのためらう必要ねぇよ」

「聞け、ン・ジョモ。ヨータさまが、こいつを買いたいと言ってるのだ。あまり傷をつけると値段が落ちる」


ヨータってあのキモオッサンか。何だよ、ゴミ親父も、子供のことではなく、値段の心配だけってことか。まじくっそ終わってるな。むしろ飯をくれると言ってるし、殺しまではしなさそうなだけ、あのキモオッサンの方がマシな気がしてきた。


「ほんとか!男なのに買ってくれるのか!ということは金もたくさん貰えるのか!」

「そうだ。しかも女は金貨50枚だったのに、こいつは金貨100枚だという。だからほどほどにしておけと言っている」


女か。姉はこいつにとって「娘」ですらない商品だったというわけだ。


金貨の価値はわからないが、莫大な収入なのは間違いない。何せこいつらが普段狩っているヒュージコブラは全身でも1匹で銀板2枚だ。銀板は4枚で金貨1枚だ。ヒュージコブラ200匹分。


金があれば、行商からいろいろ生活に必要なものを買える。村のノルマも提出できる。だから、金が手に入れば、狩りを減らして休むこともできる。


金だけで食料品を買っていたらキリがないので、食糧用のロングコートバッファローは狩ることになる。


しかし、金貨100枚ともなれば、換金用のヒュージコブラは10年は狩らなくて済む。ヒュージコブラの方が狩りのリスクは圧倒的に高いので、それは目の色を変える話だろう。


ま、俺には関係ない。どうせ売られる身。こいつらの楽のために、キモいおっさんに身体を差し出さなくてはいけないのだ。


(くそ。だからって死んでたまるか!何とか…何とか生き残るんだ)


※※※※※※


翌朝の未明。


おっさんに買われた俺は、おっさんの乗る隊商の馬車に乗せられ移動していた。家に未練などなく、家族は見送りすらしない。清々しいほどのクズだ。


そういえば、太陽(?)には背を向けて馬車は進んでいた。ということは北方向に向かっているのだろうか?キースさんが話していた森は南方向と言っていたので違う方向なのか?


いや、それは飽くまで北半球なら、なんだけど、南半球に居たら、南に向かってることになり、キースさんたちと同じ方向になる。果たしてどっちなんだろう??


初日の夜近く。地平線の向こうに薄っすら山らしきものが見えた。数日行った先にあるという、キースさんたちが話していた森はあの山のふもとなのだろうか?


夜になると、商隊のおっさん…ヨーダは商隊長で、その部下らしき人…が俺に何か持ってきて、差し出した。


「??これは?」

「ロングコートバッファローの干し肉、お前のメシだよ飯」

「なるほど。ありがとうございます」


そういえば、俺のいた村でロングコートバッファローって一応、名産品みたいなのだっけ?たまに食事にありつけたときに食べたけど…ものすごく不味いんだよね。


齧ると…やっぱりものすごく堅い…いや食べ物の硬さじゃねーだろこれ。しかも塩っぱい。相変わらずこれ食べるほうが体に悪そうに思える、ひどい味だ。


こいつは唾でふやかしながら、食べるしかない。格闘に格闘を重ねて、ようやく一口入れると…まだかなり塩っぱい。そして、肝心の肉の味は…ああ、もうこの味だよ!臭い!乳臭いというか、獣臭いというか。強いて言えば、牛小屋を口の中に入れてるみたいな感じがする。噛めば、噛むほど口の中で牛小屋が拡張工事を重ねていく。


「これ…ホントに不味すぎてヤバいよな…餓えないことだけを目的に口にするもんだよな…」


それでもちゃんと、飯を出してくれただけ、あの村よりはマシかもしれない。口の中が臭くなるのも我慢しながら、残りの肉をすべて平らげた。平らげたあとは疲れ切ってしまったので、そのまま泥のように眠りについた。


俺を買い付けたおっさんは、見た目に反して仕事は真面目らしく、日中は隊商を指揮しながら、金勘定をしていて、夜は疲れたのか酒を飲んで、寝ていたようだ。2日目からは、俺も言われるがままに、商隊の手伝いをしていたので、夜は干し肉を食べたらあとは、気絶するように寝ていた。


さらに未明から夕方まで、馬車で揺られること合計で4日目。サバンナが切れて、森に着いた。まさか念願のサバンナ脱出がこんな形で達成されるとは思っていなかったが、9年の人生で初めて、サバンナ以外の光景を目にした。


馬車で、200キロは移動しただろうか?速度は歩きの2倍弱程度。毎日、朝から夕方までの8、9時間続けて動いていたので、そんなものだろう。


夜営の準備も終わり、ぼーっとしているとついにその時が来た。おっさんの護衛の1人に声をかけられ、おっさんのテントまで来るように、と言われたのだ。


(…街に到着するまでないと勝手に高を括っていたが、来ちまったか、この時間が。ここで放り出されるわけにもいかない…大腸検査を思い出せ…検査だ…これは検査…くそっ!)


前世が残念ながら魔法使い候補生だったので、合計30年弱の人生で、初めての体験が生理的に受け付けないおっさんに、無理矢理とか、不幸の極み過ぎる。しかしだからってどうにもならないので、覚悟を決め、おっさんのテントを開けると



…テントの中は、血の海だった……!!



「う…うわっ!?」


テント内に充満する、鉄のような鼻をつく臭いに、本能的な恐怖を覚え、尻餅をつく俺。テントに居るはずのおっさんは、そこに居たというより、その血の海のど真ん中に沈んでいた。


テントの真ん中で沈んでいるおっさんの横にいる、牛よりも大きな、四つ足の真っ黒い、まるで立ち上がってきた影みたいなやつが、おっさんを、影の中で口がありそうな箇所でつついていた。


(これは…おっさん、死んじまってる…というかこの黒いやつはなんだこれ!?)


グル…


四つ足がおっさんをつつくのを止めて…いや現実を見よう。こちらを向いた。ヤバい…逃げたくとも、腰が抜けて、まったくもって動けねぇ!


こちらを向いた四つ足は…顔だけは狼みたいだった。牛よりも大きい狼なんてきいたことないけどな。そして、一瞬脚が曲がると、まるで弾丸のようにこちらに向かって飛びかかってきた。


(こりゃあ死んだな…)


死の恐怖のあまり、俺は思わず目をつぶる。集落に残っても死、集落を出ても死。この世界ハードモード過ぎません?


しかし、来るはずの衝撃は訪れず、代わりに後ろでギャー、という悲鳴があがった。おそるおそる目を開けて振りかえると、隊商の護衛をしていた戦士が牛狼に押し倒されて…噛み殺されていた。


グルルルルル

グルルルルル

グルルルルル


聞こえてくる唸り声は1つでない。暗闇の向こうからいくつも唸り声が聞こえる。あの牛狼…かなりやばいやつじゃねぇか!


武装した大人でも瞬殺されるのに、丸腰の子供の俺がどうにかできる状況でもなく…。あまりにも絶望的な状況に、俺はついに意識を手放した。

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