第6話 『2食目:濾過したてサバンナの水』

ぶらぶらと井戸までたどり着くと、誰もいなかった。順番を待たなくて済むのはありがたい。


俺は井戸の横に取り付けられているひもで繋がってる桶を中に落とした。ぽしゃん、という音が聞こえたら、井戸から水の入った桶を引き上げて、横にある石と砂と布を使った簡単なろ過装置に入れる。しばらくすると、ろ過装置の下から水が垂れてくるので、そこにたらいを置いておく。


俺は5歳を過ぎたあたりから、家の仕事をやらされるようになった。これはその一環で、この水汲みは俺の仕事になっている。


このサバンナ気候で、水は貴重だ。川など雨季しか見ることができない。井戸もかなり深く掘らなくてはいけないので、そこから組み上げる水汲みは、かなりの重労働だ。5歳児にやらせることではなかった気もする。しかし最初こそ苦労したが、みるみる筋肉がついていき、1月も経つ頃には苦労しなくなっていた。


それは構わない。むしろ筋トレになるから、肉体労働は積極的にしている。筋肉は嫉妬深いが、可愛がり続ける限り決して裏切らない。それに理由はいまだに不明だけど、どうせ腹は減らないしね。


ちょろちょろ、とたらいに水が溜まり始めたので、まずコップに掬って一杯飲む。ヌルい。ヌルヌルの水。味はハッキリ土つーか沼臭い。砂石布のろ過装置じゃあ、ゴミは取れるだろうがこびりついた匂いまでは取れないだろうなぁ。


しかし、背に腹は代えられない。こんな水でも汲みに来たタイミングで飲まないと、家ではまず飲ませて貰えない。年上優先なのだ。


2杯目を汲んで飲む…不味い、不味い水だなぁこれ。ほんと勘弁してほしい。あれだな、この匂いを例えてみると、地球の公園の池というか淀んだ沼みたいなのに住んでいるアメリカザリガニの匂いだ。消毒まみれでも地球の水道水の方が遥かに美味しい。


あれだよね。アメリカザリガニって何で家で飼うとあんなにすごい臭いなんだろうね…ヤバイよね。水変えても変えても臭う。あのクドい臭いが水からするし、飲み込んだあとも胃の奥から、ヤバい臭いが上がってきて吐きそうだわ。


そんな風にどうにもならないことを考えながら2杯目の水を飲んでいたら、不意に視界に影が差し込んでくる。


「きみ、水を貰って良いかな?」


影の差す、頭の上の方から聞き慣れない男性の声が聞こえてきた。声の方に顔を向けると…。


そこに居たのは…おおお…いかにもファンタジーな格好のお兄さんだった。


お兄さんは、鎖鎧チェーンメイル鉄の小手アイアンガンドレッド厚手の革長靴レザーブーツを身につけていた。ザ・戦士って感じだ。


「…」


この貧相なゴミクソな村とは異なり、身なりが立派でファンタジーなお兄さんを見て、感激のあまりじっとしていたら、お兄さんとお見合いになってしまった。


「キース、子供が困ってるじゃない」


すると、今度は、女性の声がしてまた別の新しい人が現れた。女の人は、旅装束のマントに厚手の革のチョッキレザージャケットズボンレザーパンツ、左手に小盾バックラーといかにも旅をしてますって雰囲気の格好をしている。お姉さんに、キースと呼ばれたお兄さんは、蜂蜜色の頭の毛をかきながら俺に対して「すまん」と軽く頭を下げた。


「ああ、ごめん、えーと…マリー説明してくれ」


お兄さんこと、キースさんは降参、言わんばかりにお姉さんに説明を投げた。お姉さんこと、マリーさんは、おほん、と咳払いをすると、キレイな茶色の髪をかき揚げて、腰を曲げると、俺に視線を合わせてきた。


「突然話しかけてごめんね。私、猛獣狩人ハンターのマリーと、こっちが同じくハンターのキース」

「はじめまして、マリーさん、キースさん」


うーん。こっちに転生して初めて色っぽい女の人に会った。この村の人は男とか女とか以前に人として殺伐しすぎてる。マリーさんは、レザージャケットでもわかるくらい、出るとこ出てるし、仕草も艶やかだ。年齢は、死ぬ前の俺と同じ18歳くらいかな?


「きみの名前、聞いてもいいかな」

「名前は、ありません」

「え?」

「この村は成人しないと名前がもらえないんです…『ン・ダメナ5番目の子供』と呼んでください」


これはホント。最初なんで俺は名前呼ばれないのかと思っていたら真相なそんなところだった。これは、あまりにも子供の死亡率が高すぎるので、付けないそうな。「ン・ダメナ」は父の名前。母が「チカチカ」。クズ兄貴は成人して、最近名前がついた。…俺の感覚からすると、どいつもかなり変わっている。だから姉が俺をごーちゃんと呼んだのは物事がよくわかっていなかったからではない。さっきン・ジョモが俺のことを5番目と呼んだのは、バカにしたとかではない。ほんとにそう呼ぶしか識別がないのだ。


「えーと、水ですよね」


さっきは突然話しかけられて驚いたが、水が欲しいと言っていたのは聞こえていた。井戸の横には棚があって、みんなが水を飲みたいときに使う木製のコップがいくつか置いてある。そのコップをとり、濾過された水が溜まっているタライに突っ込み、掬って、キースさんに渡した。


「お。ありがとう」


俺はついでにもう一杯汲んでマリーさんにも渡す。


「マリーさんもどうぞ」

「あら?優しいのね。ありがとう」


そういえば猛獣狩人ハンターって言ってたっけ?せっかくだし、こんな不味い水でも美味しそうに飲む2人に、聞いてみるか。


「そのさっき自己紹介してもらったときに話していたハンターってなんですか?」

「ん?ハンター?」


先に水を飲み終えたキースさんが俺の問いに応じてくれる。


「国とか町とかから頼まれて、猛獣モンスターを狩るお仕事だな。ほかにも細々とした仕事はあるんだが、モンスターの狩りがメインなことは間違いない」

「モンスター?」

「おう。猛獣モンスターだ。人の生活圏に出てくると、被害が出るからな、その前に狩ってしまおうってわけだ」


見ればキースさんは腰に山刀マチェットや持ち手の短い投擲スローイングナイフを下げている。背中にはスパイク付きの円盾ラウンドシールド片手鎚メイスも見える。


「このあたりにそのモンスターというのが出るんですか?」

「いや、ここではないんだけど、馬車で南に3、4日くらい行ったところに森があって、そこで出るから狩ってほしいって頼まれてね」

「じゃあここで休憩してるってことですね」

「そうそう」


馬車で3、4日の距離に森がある…つまりサバンナがそこで途絶えるってことか!いいことを聞いた。馬車で3、4日なら150〜200キロ程度。徒歩であっても1週間あればたどりつける。


俺が内心でそんなことを考えていたら、マリーさんが、俺を興味深そうに、じっと見つめてくる。こんな美人に見つめられると、照れるな。


「きみ…」

「はい?なんですか?」

「なんか肌艶すごく良いし、受け答えもしっかりしてて頭もいいのね…この村のほかの大人より会話がちゃんと成り立つわ」

「そうですか?ありがとうございます」

「何かのギフトを持っているの?」


ギフト?初めて聞いた言葉だ。


「ギフトってなんですか?」

「え?ギフトを知らないの?ギフトって言うのはね…」


マリーさんがそう言いかけたとき、家の向こうからさらに1人、筋肉ダルマみたいな髭もじゃのおじさんが登場して、マリーさんたちに声をかけてきた。


「おい。マリー、キース、そらそろ行くぞ!」

「チャド、ごめん…いま行く…ぼうや、また今度ね」


マリーさんは、チャドさん?に返事をすると、またこっちを向いてから、両手を顔の前で合わせてウインクする。こっちでもそれ、謝罪の意味で使うんだ。


「いえ。お話しできて楽しかったです。気をつけて行ってきてくださいね」

「ありがとう。またね~」


マリーさん、キースさんがチャドさんのところに行くと、3人は並んで村の外に出ていった。


「ハンターに、ギフトねぇ」


いいことを聞いた。それに俺にそのギフトがあるかもしれないだと?ぐふふ。ここを脱出できる日も近いかもな。

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