第5話 8年経ちました
精霊族ルカとの出会いは衝撃的ではあった。もしかしたら、これからも案外いい出会いがあるんじゃないか、そんなことを当時は考えてきた。
しかし、残念ながら、それ以降、特段何がイベントが発生することもなかった。ただ日々を生き残るだけの時間が8年過ぎた。
そして俺は、誰が祝うわけでもなく9歳になった。たぶん。というのも、俺は俺自身の誕生日を知らないし、一年だって自分で数えているだけなのだ。そもそも、この世界の一年と俺の一年の認識が一致しているかもわからないしな。
9歳と言うと
この9年は、はっきり言ってかなりひどい生活を送らされていた。どれくらいひどいかというと、兄のうち2人は死に、あの俺に唯一優しかった姉はブクブク太ったおっさんが袋に入った50枚の金貨と引き換えに連れていった。何とか助けて上げたいが、幼すぎる俺にはどうにもできなかった。
俺の後にできた3人の弟は、全て餓死によって過去形になってしまった。これだけで、この家庭の惨状を察してほしい。
俺はまともに食事を貰えないことは何のその、不思議なほど肌艶毛艶がよく、周りの9歳児より明らかにガタイも良かった。病気らしい病気もしたことがない。実際、腹が減らないんだから、問題もない。その原因は9年経ったいまでもよくわからない。
そして両親を見ていて気づいたことがある。この両親は「子供」に興味がないのではなく「長男以外の息子」に興味がない、ようだ。姉はそういえば飯をそれなりにではあるが死なない程度にはご飯を食べていた。1番上の兄は跡継ぎ、姉…というか娘は売り払うために育てる…そんなところだろう。
のそり、と起き上がると、横で寝っ転がっていたクソ兄貴が、あの飯を盗んだこそ泥の、クソ兄貴か声をかけてきた。
「おい。喉が乾いたから、このン・ジョモさまのために水を汲んでこい」
ン・ジョモ、というのは1番上の兄の名前だ。ちなみに兄の横暴に家族は無関心である。数少ない味方かつまともな姉は売られてしまったのはさっき言った通りだ。つまりこの家には、俺の味方がいない。
もし逆らっても、殴られるだけだ。俺は諦めて水を汲みに行くことにした。
「さっさと行けよ、
背中に強い衝撃があり、視界が回る。壁にぶつかり、俺がクソ兄貴に殴られて地面を転がったことがわかった。
「俺様は喉が乾いてるんだよ、俺様が嫌な思いをしているんだ、早くしろ!使えねぇな」
どうせ、朝起きたら真っ先にする普段の仕事である水汲みに行くつもりだったのだ。ついでにやってやる。ふらふらと立ち上がった俺を見ても、クソ親父は表情も変えずに槍を磨いているし、母親は飯を食ってる。
(ほんとに家族なのかよ、こいつら)
心中で愚痴をいいつつ、実際には日常過ぎていろいろと諦めモードの俺は、無言で玄関を開け、外に出た。やばいほど照りつけてる太陽を睨み、家の外にある空の大きなたらいを持つ。
「しかし、姉が売られたことといい、バカそうなクソ兄貴といい、死んだ弟たちといい、何より親がクズすぎて、なんというか救いようのない…何とかここを脱出できないものか…」
ルカとの出会いのあと何度か、村の外を出歩いたことがある。父や兄が狩りに行く方角や、隊商が帰る方角を確認し、安全でほかの街があるだろうところを探っていた。
しかし俺の足で往復できる範囲にサバンナ以外のものを見つけることはできなかった。
この世界のサイズも何もわからない。パッと見える視界が、実は全て地球と比べて1万分の1なのか、1万倍なのかもわからない。全てがそのサイズならば、差なんてわからないからなぁ。
そもそもこのいまいるところが惑星みたいな概念かどうかも俺なりに調べてようやく結論を出したところだ。
仮に、自分のサイズが地球の9歳の人間と同じ、約130センチだったとする。すると歩幅はだいたい60センチになる。
何度か計測したところ、地平線に見えた樹まで6~7000歩ほどでたどり着いた。樹までたどり着けば、いままで見えなかった地平線がある。
地平線までの距離が約4キロ。仮に俺の身長が地球と同じ基準ならば、いま足元にある大地は、ほとんど地球と同じ大きさの可能性がある。
9年間観測した結果、季節の巡りも、変化も日の出から日没までの時間間隔も、地球とほとんど変わらないことがわかった。
あの太陽っぽい恒星との距離や、この星の傾きや、自転公転の速度なども、奇跡的に地球とほとんど同じ可能性がある。
となると、ここは星の中でも位置的には赤道に近くなるんだよね。太陽っぽい恒星があるのを仮に南とした場合、隊商がくるのは北、狩りに行くのは南になる。
「観測した結果、地球っぽくて安心したものの、肝心の脱出口については未だに見えずって感じなんだよねぇ」
この村からの脱出は未だに、計画を立てられていなかった。何より自分の腹が空かない理由がわからない限り、ここを離れるのも怖い。
地理的な要因で腹が減らないのか、誰かといると腹が減らないのか、それとも空気から俺が栄養を摂取できるのか。食べなくて済む条件もなにもわからず冒険するのは死に繋がる。
「せめてサバンナの外まで距離さえわかれば考えもできるのになぁ」
それもいまだ達せず。これ以上考えても無駄だと、9年の人生で何度目か数えられないくらいの諦めにたどり着いた俺は、ため息をついて井戸に向かって歩き始めた。
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