第3話 転生して1年

そんなこんなで、地獄ような貧乏家庭の赤ん坊として転生してから、だいたい1年経った。


1週間と同じで、こっちに1年という概念があるのか、あって長さはどうなのかわからないが、朝と夜を365回繰り返したということだ。


で、食事すらまともにとれない地獄のような環境だったにも関わらず、何と、俺はまだ生きていた。それどころか、むしろ順調に育っている。


食事はこの頃になると1週間に1度取れるか、取れないかというところまで減った。しかし、不思議とお腹が減ることがなかった。


(うーん。普通に考えてありえないよなぁ。何らかの不思議な力が働いている…?のか?ということは、転生でもいわゆる、異世界転生の類いなのかもな)


転生なんて、とんでもないことが起きている以上、ここに異世界が加わってもいまさら違和感はない。


親は俺が食べなくても育っていることについて、何も言わない。しかし、クソ親すぎるので、無関心で何も言わないのか、実はこの世界では食事しなくて赤ん坊が死なないのが当たり前だから何も言わないのか、判別しない。


まぁ、常に飢えている兄たち、そして先日産まれたばかりにも関わらず、日々弱っていく妹?弟?を見るからに、恐らく俺が特別で、親が無関心だから、何も言わない、と考えるのが妥当だ。


1歳…というと地球では大半の赤ん坊がよちよち歩きを始め、初めて意味のある言葉を発するようになる。何せ俺もようやく歩けるようになった程度。このあばら屋以外の景色を知らない。


だから、ここが地球なのか、異世界なのかまだ完全には判別していない。


(とは言え、まぁ、地球説はほぼありえないとは思っているけどな)


何故なら、まず話している言語が日本語、しかも2020年頃の日本、それも南関東あたりの言葉なのがかなりおかしい。


何がおかしいのか。日本語を喋っているならここは日本なんじゃないの?と考えるのが妥当だ。


が、そうだとすると、まずこの家に電気ガス水道が一切ないのは流石におかしい。日本でこの3つが何一つない、そうとう辺鄙なところに住み、意図的にそういう選択をしないとそうならないだろう。


そして、服装も現代日本ではありえない。母親が着ているのは、1枚の薄汚れた麻布を二つ折りにして縫い合わせて、頭の穴を開けただけの服、要するに貫頭衣なのだ。


そんなもの、日本のどの店にも売ってない。たぶん古墳時代の庶民とかの服だよそれ。


ワンチャン、うちだけおかしいなら、ともかく、うちに来た、両親の友達らしき人達も似た服装だった。つまりこういう集落なのだ。


ガス水道電気使わないで住人全員、貫頭衣の集落なんてあったら、現代日本では話題になって、テレビにも出まくるだろう。でも、そんな話を聞いたことない。


日本だとすると、ほかにもおかしいのが気候だ。雨がかなり少ないのだ。100日弱、毎日雨という日が続いたが、残りの250日ほどは晴ればかりだった。


日本にも雨が比較的多い時期、つまり梅雨はあるが、雨自体は一年中降る。あからさまにあそこまでわかりやすい「乾期」がくる地域は日本にはなかった。


気温も常に高く、1番気温が低くても、日本の秋口程度だった。


(気候的には完璧にサバンナ、だよなぁ)


そんなことを考えながら、壁に捕まりながら立ち上がってみた。生前の記憶があるからか、簡単に立ち上がれた。そして、この人生では初めての徒歩も難なくクリアした。


大半のファミリーなら、親の賛辞が飛ぶイベントだが、うちの場合は誰にも、何も気にされない。というか、今日は行商が来るとかで、家族全員が俺をほっておいて出掛けている。


俺は無人の家を闊歩し、玄関と思われる扉をあけ、転生後、初めての外を見た。


(うううっ、日差しつよっ)


強い日差しに思わず目を瞑ってしまう。しばらくして、恐る恐る目を開けると…。


まばらな木。

舞う土埃。

照りつける太陽。


(もろサバンナじゃねーか!これは絶対に日本じゃねぇ!)


家の周囲を見回してみると、家が何軒か並んでいたが、何軒か先には何もない。パッと見には20軒程度だろうか?家の反対側に回ると向こう側に、家はなくサバンナが広がっている。地平線の先にも何も見えない。


恐らく今日だけなんだろうと思うが、家らしきものがない空き地には、行商が馬車を何台か停めている。


馬車の周りにはここの村人たちが、銀貨、銅貨のようなものを握りしめていた。


(うちが村の端っこ…ここに集まっているのは50人は超えてるが…100人はいないな…)


そのままの勢いで、集落の中を歩いてみることにした。見る限り、農耕地はないし、農具も見当たらない。このサバンナ気候では農業自体、かなり高度な技術が必要になるだろうから村では誰も、農業はしていないのだろう。


家で見る父親はいつも手製の槍をメンテナンスしていた。母は麻の服を着ていたが、父親は毛皮を着ていた。総合するに、狩猟で食を得る集落なのだろう。


農耕地はないので、母親の麻布は、外部との交流で得たと考えるのが自然だ。隊商の周りにいた、村民らしき人たちはみな硬貨を握っていたからな。


わずかだが、牧畜もしているようだ。どこの家でも、山羊らしき生き物が数匹、家の横に繋がれている。


(これまで、たまに飲まされていた乳を出している山羊か…)


集落にあるほかの家も、うちと大差ない程度に粗末なものばかりだ。どこの家の玄関にも表札らしき四角いものが備え付けられていて、そこには…。


(カタカナ…まじかよ)


カタカナで、恐らく家の主の名前だろう…文字が書かれていた。…もうここまで揃えば、俺の知る地球ではないことは疑いないだろう。


パラレルワールドか、同じ宇宙の違う星か、何かで文明が衰退した超未来の地球か。そこまではわからないが、いずれにしても元居た2020年代の日本に戻れないくらい遠くに来たのは間違いないだろう。


(日本に帰りてぇ)


日差しに目をしかめた。


考えてみれば、あの空で光っているあれもここが地球じゃないなら、太陽ではない、別の何かなんだよな。そもそも星だとか宇宙だとか、そういう概念があるのかすら、異世界だとわからないんだよな。


改めて、日本は恵まれていたと実感する。水もガスも電気もあって、飯には困らない。様々な種類の娯楽があり、埃にまみれて1日を終わることもない。


日本に戻れないこと、あまりにも最低過ぎる環境から抜け出せない絶望感に、郷愁の念が沸いてきた。残念ながら、どうにもならないことだけは容易に想像がついたが。


(とりあえず、なにはともあれ何としてでも生き残ってやるぞ!)


俺はこの日になってようやく、この世界で生きていく覚悟を決めた。

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