第2話 『1食目:ヤギミルクを薄めた汁』
(赤ん坊に転生するなんて、もはや手垢にまみれた話だけど)
まさか、そんなネット小説みたいな話が、自分の身に降りかかってくるとはなぁ。
確かに、雪山にあのままいたら肉体も精神も死んで消えるだけだった。だから、転生して、新しい人生っていうのも、ラッキーと言えばラッキーだったのかもしれない。
いや、まぁ、赤ん坊になって転生しているということは、あの雪山で俺の前の肉体は死んでしまっているのだが。
そんな下らないことを考えていたら、強い眠気が襲ってきた。余りの眠気に俺の精神は抗うこともできず、眠りにつく。が、すぐに目が覚めたり、また、うとうとしたり、とを繰り返した。
赤ん坊はよく寝る…というが、事実は完全にその通りとは言い難い。産まれたばかりの赤ん坊は、長く寝ることができないのだ。朝夜関係なく1、2時間ごとに目を覚ましては、何かを要求する。
俺は自我があるので、何かを要求することはない。が、寝る、寝ないという本能的なものには、逆らうこともできず、ただただ迫りくる眠気に、身を委ねるしかなかった。
あのゲロマズ食事のあと、何回目かの目覚めで、外の暗さで夜であることがわかる。また、そのあと何回かの目覚めで、再び日が昇ったことがわかった。
転生して1日が過ぎたってわけだ。
朝になると、まもなく、かざごそと周囲から音がしてきた。恐らく、昨日怒鳴っていたであろう中年男性?であろう、男のため息や独り言が聞こえて、何らかの活動をしていることだけはわかった。
相変わらず首は動かせないので、何をしているかはわからない。
一般的な赤ん坊のタイムスケジュールに沿えば、首が据わるのは産まれて3ヶ月程度。景色を見るのはそれまでお預けだろう。半年で腰が据わり、ハイハイをする。半年。そんなに長く移動が許されない生活を送らねばならないのだ。
「行ってくる」という声とともに、ひどく軋む扉らしきものを開け閉めする音。流石に中年男性…推測ではあるが、この肉体の父親らしき人物は、仕事をしているようだ。
父親らしき人が仕事にでかけてしばらくすると、何かの匂いが漂ってきた。これは、昨日のゲキマズ飯の匂いか!あー嫌だ。嫌だが、食べなくてはまた餓死してしまうよなぁ。
「ご飯、ぼくがあげるよ」
「じゃあ、やっておいて」
少年の声が聞こえ、それに答える母親らしき声も聞こえた。お、俺の兄弟かな?兄弟が飯食わせてくれるのかな?視界に入り込んできたのは、7、8歳くらいの少年だ。ガリガリに痩せ細っていて、いかにも頭が悪そうで、ワルガキという感じだ。
(何だか、嫌な予感がする)
少年は匙で、たぶん昨日のゲキマズ飯らしきものを掬って、俺の口には…運ばす、自分で食べた。
(は?何してるんだ、こいつ!?)
少年はそのまま何口か食べ続けると、ついに容器からなくなったのだろう。視界から消えた。
「食べさせたよー」
「食器、そこにおいて」
要するに、この小汚い少年は、俺の飯を横取りしたのだ。しかも、俺について全くの無関心なのか、母親は俺に食べさせたかどうかを確認もしなかった。
いや、これ、やばくないか!?
こんなことされ続けたらあっという間に餓死するぞ。しかし、意思疎通も、身動きもできない、この身では、この少年の暴挙に対して、何一つ抵抗できないではないか。されるがままに、なるしかないのか…。
「
ひどく無関心な親。薄汚れた家族たち。兄の悪行が暴かれるとは思えない。恐らく、転生先のこの家族は、現代日本の価値観からすると、信じられないくらい、ど貧乏なのだろう。兄弟の飯を盗まなくてはいけないほどに。
そもそも母親がその日に作った飯は、兄に盗まれた1回だけだった。赤ん坊の飯が1日1回というのもおかしい話なのだ。
産まれてまもなくの、いきなりの、詰んだ状況ではあるが、俺に抵抗する方法は思いつけなかった。できることは、生きるのを諦め、ふて寝したり、起きたりを繰り返すだけだ。
そんな諦めきった状況ではあるが、気づくと、あっというまに転生して1週間ほど経っていた。
自分でも不思議だがあの酷い扱いの中、腹も減らず、死ぬことはなかった。1週間と言っても、こっちの世界に1週間という概念があるか知らないが、夜が来て、朝が来て、というのを7回繰り返した。
ふて寝してたり、起きたりを繰り返している間、暇すぎた俺は視界に入るものを観察し、推察することにした。
兄弟はたぶん俺を含めて5人いる。兄3人、姉1人。俺は1番下の5番目だ。いまのところ。そして、俺の股間には、ナニモノかの感触はあるので、たぶん俺は男だと思う。前世と同じでよかった。TS願望はなかったので助かる。
(ぽかぽかの太陽にあたっていると、何もかも忘れられる。いや、もう忘れたい)
家は…家と辛うじて呼べる建造物は屋根さえ半分程度しかなかった。材料は恐らく、木と何か大型動物の骨。
それを素人丸出しの技術で、組み合わせたというか、積み上げたというか。屋根の空いたところには、応急措置なのか、藁が被せてあったが隙間だらけだ。お陰で、俺は家の中なのに毎日陽当たり良好だった。
1週間ほど過ぎたある日、食事当番はゴミクソ兄貴ではなく、姉だった。姉はそわそわして俺を見ていたが、どうやら俺に構うタイミングを見計らっていた模様だ。母親から受け取った食事を、キチンと俺に持ってきてくれた。
姉は恐らく長男よりやや歳下くらいの歳だ。いま、4、5歳、というところだろう。作りだけは悪くない母親から、疲れた感じを引いて、肌のハリを年齢相応によくした感じ。かなりの美人になるだろうことが予想される。
「はーい、ごーちゃん、これは、ヤギのミルクを、飲めるように薄めたやつだよー」
姉は俺のことを「ごーちゃん」と呼ぶ。どうやら5番目に産まれた
木の匙に掬われた、何か白い液体はどうやらヤギミルクを薄めたものらしい。
「あ、まだ、熱いかなぁ…冷ましてあげるね、ふーふー」
何回か吹くと、冷めたのだろう俺の口に近づけてきた。
う、うーん、不味い。ヌルい水に無理矢理味をつけた何とも言えない汁としか言えない。しかし、姉がせっかくくれたものを邪険にも扱えまい。必死で笑顔を作る。
「わー!ごーちゃん、可愛い!はーいあーんしてー」
二口目!まずい!不味いよ!これはあれだ重湯だ。重湯をより、薄めたやつ。でも唯一の食事なんだよね、これ!
何よりこのキラッキラの姉の笑顔。守りたい。俺はいろいろな葛藤に挟まれながらも、姉がくれる飯を食べきった。
「わーごーちゃん食べきって偉い!またそのうち上げるね!」
以降、食事は、姉の日はもらえて他の日は奪われるということが続いた。姉だけは、まだまともな人間らしい。
(いやそれでも、このまま行くと、餓死した俺がまた餓死かよ…つーか親がまったく俺を守ってくれないぞ!)
両親は、直接的に暴力を振るうようなわかりやすい虐待はしてこないものの、俺に限らず子供全員に対して無関心なようだ。
それは、俺に出す食事で充分に想像がつく。味も量も誰がどれくらい食べたのかも、あまりにも適当すぎる。そのため、食べ盛りの兄たちが満ち足りることが少ないのだろう。
結果として、ほぼ毎日飢えていたようだ。姉は飢えていないのか、飢えても我慢しているのか。
そんな、子供にろくに食べさせられることすらできない、というか食べさせる気すらない、親失格のゴミクソ親のくせに…。
もぞもぞ…。
子供が寝静まると、両親は…なんと盛っているのだ。しかもほぼ毎日。夜でも何故だか、俺にはバッチリ見えちゃってるし。
(なんなんだこいつら!管理活動しねぇくせに生産活動ばっかりしやがって!バカか!大バカのクソ猿だ!)
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