餓死から始まる異世界グルメ旅

そこらへんのおじさん

1章:餓死と転生といつかザマァしたいヤツら

第1話 餓死しました

昨今の日本で餓死は珍しくない。


ここ数年、日本国内の餓死者は1年間2000人前後で推移している。4、5時間に1人が死んでいるペースだ。


これらの統計で餓死に計上されている多くは、虐待によって食事を与えられなかった子供か、老人の栄養失調によるものだ。


しかし、貧困に陥っても、生活保護という手段を拒絶するケースがある。あるいは、無知のために、そこに至ることすらできずに、命を落とすことも珍しくない。


「ひもじい…何でもいいから…メシ食べたい…」


俺も、いま日本国内で、餓死しかけている一人だ。


とは言え、一人暮らしの大学生らしく貧しくはあったが、飢えるような家計ではない。虐待でも、老衰でも、生活保護を拒否しているわけでも、知らないわけでもない。


俺がこうして餓死しかけているのは、様々な不運が度重なってしまった結果だ。


数日前、大学生である俺は、土日を利用して、1人スノーボードをしに山へ来た。1人で行ったのは友達が少ないからだよ、言わせるな。しかしこの冬休みに1人って言うのが、俺の不幸連鎖の要因の1つでもあった。


コース上にある小さな雪山を使いジャンプの練習をしていたら、大幅にコースアウト。コース横の谷を思いっきり転がっていき、気を失った…ようだ。


目を覚ますと、両足は骨折していた。


それは、もう見事に素人目にもわかるくらいハッキリとだ。ポケットに入れていたスマホは転んだ際にだろう、完全に壊れていた。しかも寒いところで長時間、気絶していたせいか、酷い高熱が出ている。


見回してみると、周りは完璧な暗闇。さらに、かなり吹雪いているせいか、人の気配は微塵も感じることができない。


友達と来ていれば、すぐに捜索隊が組まれ、コースから落ちただけの俺は助けられただろう。


普通の土日だったとしても助かっただろう。月曜日に講義に来なければ、数少ない知り合いからの、何らかリアクションがあった可能性もある。


数少ない友達には、スノーボードに行ったことを話していなかった。冬休みなので、講義もない。だから、俺が普段と違うことを気にするやつもいなかったのだ。


俺は、思索の果てに、そのことへ思い至り、ひどく焦った。もちろん、この若さで死にたくなどはなかった。だから、無事な両手を使い、這って、かなりの時間をかけて、小さな洞窟のようなところに逃げ込んだ。


その後、熱は引くどころか、さらにひどくなる一方だった。両足の骨折と、下がらない熱で、ついには全く動くこともできなくなった。食料なんて持ち歩いていないし、動けないから水すら飲めない。


そんなこんなで…この有り様。冒頭に戻るんだけども、要するに、この日本国内で餓死寸前というわけだ。もし春になって俺の死体が見つかれば、餓死者の統計に加えられるだろう。


「あーこりゃ…死ぬな…現代日本で餓死とか…運が悪すぎて…もう…来世は…そうとう…に…幸運にならなきゃ…嘘だよ…な」


ここから助かる術がないことは、自覚している。疲れきった俺は、脱力して、眠気に任せるまま、目を瞑った。そして、訪れるだろう死の暗い帳を待つ。


しかし、待てども待てども、死は一向に訪れる気配がなかった。1度も死んだことはないのに、ほんとに死にそうな気配があるのかないのかわかるのか?と問われると、怪しくはあるのだが。


(あれ…もう死ぬ感じだったけどなぁ)


それどころか、いつのまにか寒さも感じなくなっていた。あれほど苦しかった、飢えも感じなくなってきている。


(おおお!?意外だな。死ぬときってこんな風に、楽になって天国に行く感じなのか!?よし!天国さん、いらっしゃい!!)


もはや、陽気のような暖かさすら感じる心地よさに、天国を確信した俺が目を開けると。





知らない天井の染みが見えた。





あうあうあうあーなんじゃこりゃ!?


驚きのあまりに上げた自分の声に、自分自身で再び驚くという器用なことをした。なんだ!?この俺の声!?というか、そもそも上手く喋れない!?


あうあばばばばぶぶ!なんで喋れない!?


俺が慌てて喋ろうとしても、やはり、俺の発声に合わせて、カン高い、やかましい声しかでなかった。俺のやかましい声に反応したのか、すぐ近くから怒鳴り声が聞こえてくる。


「おい!ガキがうるせぇぞ!黙らせろ!」


怒鳴り声の主は、中年手前くらいの男といったところだろうか?何故か、首を動かせない俺は、その声の主の方を振り向けないため、確認はできなかったが…。


「はいはいはい。いまやりますよ」


男の声に応えたらしい、女性の声が聞こえ…そして近づいてきた。視界の端から、覗き込むように映ったのは…ひどく汚れて、疲れたような女性の顔だった。


女性は、黒い瞳が、クリっとして大きく、逆卵形の輪郭といい、顔立ちは悪くないように思える。が、ひどくやつれていて、疲れきっていた。とてもではないが、女性的な魅力を感じることは、俺にとって難しい案件である。


「これでも飲んでだまっててくれる?」


女は手に持った木の匙で何かを掬うと、それを俺の口に乱暴に入れてきた。無理矢理味わう羽目になった謎の汁?は、ひどく不味い。不味すぎる!これは、何かの乳を水で薄めたものか?


薄めた水すらも、かなり臭い水なのか、地獄の床に溜まった雨水を啜ったような気分だ。


久しぶりの食事だからって、思わず飲み込んでしまって、ひどく後悔した。腹が極限まで減っていても、それがスパイスとして役に立たないほど、クソ不味い。


「はいはい、じゃあもう1口」

あばばばばばもういらねぇ


だー!どうやっても喋れねぇぞ!!!ぐおおおおおお!俺は「うーん、不味い!もう一杯!!」なんて言ってねぇからな!


拒否しようと手を伸ばして、視界に映った自分の手に…またまた驚愕して、思考が停止した。そして俺が止まった隙に、女性は2口目を投入してくる。


(うわーーーゲロマズ~…しかし、さっき視界に映ったあの手…)


もう一度、自分の手を見てみると…やはり幻覚ではなかったみたいだ。


(こりゃあ…どう見ても…赤ん坊の手だ)

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