21.突破口を開け
さっきまで、ウジウジ考えて泣いていたのがウソのようだ。頭がスッキリしているし、気持ちも晴れ渡っている。
気持ちも体も問題ない。後は打開策を見つけるだけだ。せっかく、事態が大きく転がったのだから。
「さすがにここで火の術を使ったら、あたし達も死ぬよね」
「確実にな」
すっかり泣き止んだ蒼に、
「……ここでも〈焔〉に反応するオート機能があるかもしれないし」
「植物の妖は火の術で燃えやすくて、あたし達も焼け死ぬかもってことだよね? ここ、地下だから余計に逃げられないし……」
森に閉じ込められたばかりの時に一鞘から教えられたことをなぞると、
「ここを燃やす人と、守る人に分かれてもダメかな?」
「その場合、『守る人』ってのは火に反応して妖が反撃してきたのを防ぐ役と、炎からおれらを守る役が必要になるよな? どれも1人ずつで担うのは無理がある」
「……呪力の炎は、妖に対して燃えやすい。力を増しやすい。それを防ぐのは、一苦労」
「そっか……残念」
一鞘も姫織も、自分達にできる範囲を卑屈になることなく把握している。……見習わなくては。
粘液はもう地面全体に薄く広がっており、3人とも靴の裏は完全に粘液に浸されていた。ねばついているので、足を持ち上げてみるだけでも重たい。
焦りがじわりとこみ上げそうになって、蒼は自分の両頬を軽く叩いた。落ち着け落ち着け、と自分に言い聞かせて、深呼吸する。
(……そもそも、何でこの妖は豹変することができたんだろう)
妖がいたのは、森の中。そのさらに、しめ縄の内側。つまり結界の内部だ。
一鞘が龍能者で、姫織はそのふたごの片割れ。2人も妖を惹きつける人間がいたら、どっちも喰おうと襲いかかるのは理解できる。でもそれは自由に身動きができる場合だ。結界の中に閉じ込められていて、そこを抜けられたとしてもすぐ近くに龍脈が通っているようなところで、こんなに妖力を使えるのだろうか。
(一鞘と姫織は、操作型かもしれないって言ってた……)
操っているのは、木。攻撃手段は枝を伸ばして刺すこと。攻撃する直前、目玉がいくつも開く。
(目玉は、脳みそみたいなものなのかもしれない)
だから、各所に“脳”を与える。脳とは、司令塔だ。火の呪力を素早く感知し、そこを攻撃しろと近くの木々に指示を出す。
蒼達を追い回していた時も同じだ。目の前を通る人間を感知する。そいつを刺せと木々に命令する。
(やっぱり高位の妖だ)
一鞘も姫織もその前提で話していた。裏森にはいろんな種類の木が生えていて、そのどれもを操っているからと。操る種類が多ければ多いほど、操作型の位は高いと。今蒼が考えた“脳”のことからしても、確信できることだ。
(でも、邪気からして高位に決まってた)
邪気は妖の強さをそのまま示している。邪気、と蒼は再び考える。
(森全体でひとつの妖……)
蒼が一鞘に言ったことだった。だってどの木からも同じ邪気がしみ出していた。……だが、これって本当に操作型の確たる証拠になるのだろうか?
(操っているものからも本体と同じ邪気が出るのは、合ってる)
例えば妖を操作する妖であっても、それは変わらない。ただ、操られている妖の邪気の上から、操作主の妖の邪気が被さる感じで……、
「……‼」
蒼はぶわりと鳥肌が立つのを感じた。今、自分は何か重要なことに気が付いている。ドクドクする心臓をおさえ、落ち着け、落ち着けと自分に言い聞かせる。
(……邪気が、被さる……)
重要なのは、そこなのだ。そしてこの森の邪気について、自分はどう感じた?
(……枝の1本1本、葉っぱの1枚1枚から……、)
――邪気が、しみ出していた。
「……一鞘、姫織っ!」
蒼はばっと顔を上げていた。それを。
「落ち着け」
「むぐっ」
一鞘が、べちりと蒼の口を手の平で塞いできた。驚きに目を瞬かせていると、呪力を感じた。視線だけをそちらに向けると、姫織がぽうと周囲に淡い光を生じさせていた。これは見覚えがある――防音の結界だ。
「もう喋っていいぞ」
ぱっと、一鞘が手を離してくれた。止められた分の息を吸ってから、蒼は尋ねた。
「な、何で防音……?」
「……この妖、多分、言葉が分かる」
と答えたのは、姫織であった。蒼はギョッと目を見開く。
「……わたし達が何かに勘付く度に、攻撃を仕掛けてきていたから。でもそれだったら、大事なことを言った1人だけを攻撃すればいい」
「じゃあ、そうしなかったのは……?」
「……誰が正解を言い当てているかをわたし達に悟らせない為。もしくは、言葉を理解しているのではなく、ただ呼気を聞き取っているか」
「コキ……?」
「……呼吸のこと。蒼も今、何か重大なことに気付いて大きく息を吸った。違う?」
まさしくそうだ。ちらりと瞳を向ける姫織に息を呑みそうになったが、慌てて両手で自分の口を押さえる。「……今は結界があるから大丈夫」と姫織にそっと言われてしまった。
「どっちにせよ、防音の結界は用心の為にあった方が良さそうってことだ」
一鞘が肩をすくめ、姫織がコクリとうなずいた。それを見届けて、一鞘が蒼へと顔を向けた。
「――で? お前は何を言おうとしてたんだ」
そうだった。蒼は気を引き締め、口を開いた。
「この妖、操作型じゃない」
「……根拠は?」
一鞘は大して驚いた様子を見せず、しかし真剣な表情で先を促す。
「操作型の妖の邪気って、普通、操るものの上を覆ってるの。だから、植物を操ってるならその表面に被さってるというか」
「お前は操作型の妖に出くわしたことがあるのか」
やはり冷静な指摘であった。両腕を組み、静かにこちらを見つめている。責めているワケではなく、疑っているワケでもなく。ただ、根拠を示せとその目が言っている。
(……当たり前だ)
だって、3人分の命がかかっている。あたしが適当なことを言ったせいで、死んじゃうなんてことになったら。
冷たい汗が背中を冷やすのを感じたが、蒼は一鞘から目を逸らさなかった。だってお父さんから教わったことだ。自分で体感してきたことだ。あの澄んだ青い光が滲みそうな隙のない目を睨むように見つめ、蒼ははっきりとうなずいた。
「あるよ。……何度も」
「……」
「だから分かるの。この妖は、今まで見てきた操作型とは違う」
お父さんから教えられたことを、疑うな。……ううん、お父さんから教えられたことなら、信じられる。
「木を操作してるなら木の周りを覆うだけのハズの邪気が、木そのものから滲み出てるの。……まるで木そのものが妖みたいに」
「邪気にアテられて妖化したってことはないのか?」
「だったら同じ邪気なんて発さない」
蒼はキッパリと言った。言い切れた。
「どの木からも、まったく同じ邪気が、木自体からしみ出してる。操作型じゃ、あり得ないよ」
「……」
一鞘が思考を巡らせるように、わずかに視線を落とした。そうして、髪を無造作にかきながら顔を上げた。
「……なら、そうなんだろうな」
え、と声を漏らす蒼の目を、一鞘が凛とした目で見つめ返した。
「お前の言うことを、信じるよ」
「……!」
防音の結界がなかったら、きっと蒼のこの呼気に妖は攻撃を仕掛けていただろう。それぐらい、ハッと息を呑み込んでいる自分がいた。
(……うれしい)
そんな思いが、戸惑うほどに突き上げてくる。蒼はパッと顔を伏せて、そんな自分を何とかなだめた。
一鞘が言葉を続ける。
「操作型ではない可能性も、なくはないとは思ってたんだ」
「操作型『かもしれない』って、言ってたもんね」
「あぁ。だが今お前が操作型の可能性を完全に消してくれたワケで……、」
一鞘がそこで眉根を寄せた。
「……だがそうなるといろいろ矛盾が出てくるんだよな……」
「……矛盾?」
「この妖は、自分で戦うタイプじゃない」
一鞘がキッパリと言った。
「戦闘力の高い妖は、好戦的な奴が多い。こんな風に自分が出てこずに消耗させるだけなんてこと、まずしてこない」
(……確かに……)
蒼は声には出さず、そっと同意した。
戦闘力の高い妖の中にも、戦闘を好まない妖はいる。だがそれは人を襲わない――いい妖と晦日が言っていた――妖の話だ。
妖は何故人を襲うのか。人間が食事をするように、狐が兎を狩るように、栄養分を求めてというのももちろんある。自分が喰らうのか、はたまた子どもに喰わせるのか。だがそれ以上に、呪力を宿した人の血肉を好んでという理由が大きい。感情豊かな人間が苦しみながら、泣きながら死んでいく様が愉しいなんて理由で喰ったり、ただ殺したりすることも珍しくない。
今蒼達を閉じ込めている妖は、間違いなく蒼達を殺す意志がある。まだトドメを刺していないというだけで。それはこの嫌な邪気からも、長時間閉じ込めていることからも言える。夜になるまで体力を消耗させて、自分が完全に有利になったら喰おうというのだろう。龍能を秘めた一鞘とそのふたごである姫織は、妖にとってこの上ないごちそうだ。
だからこの件には関係ないのだが、純粋に戦いを何よりも好む妖というのは、確かに存在する。人を襲う妖の中では、そうした妖の方がもっと手強い。今が決して安心できる状態ではないのだが、そうした妖でないだけまだマシだと蒼は内心ホッとしていた。
とにかく、悪い妖の中で戦闘力が極めて高いタイプがやることでないのは確かだ。
「これだけの邪気を出せて自分自身で攻撃をけしかけてこない、時間を稼いでおれらを消耗させる……となれば、操作型じゃないにせよ、大元の妖がいてそいつ自身は弱いんじゃないか?」
「……!」
思いがけない言葉に、蒼は息を呑んだ。ぞわぞわするほどの不気味で濃い邪気。それにずっと晒されていたから、そんな発想まるで浮かばなかった。
「……確かに高位の妖が、戦闘に特化しているとは限らない」
姫織は驚いている様子こそないものの、納得したようにうなずいている。
例えば今まで疑ってきた操作型なら、それだけ操作の精度や範囲、連携などが下位の妖より遥かに強い。だがそうした妖は基本、自分では戦わない。自分自身は戦闘力を持ち合わせていないからだ。妖力が高いから操作型にしては強いというのはあり得るが、戦闘に特化したものには遠く及ばない。
「だがそうなると、結界はどうなるんだ?」
一鞘が真剣な眼差しで問う。
「戦闘型の妖なら、結界を破ってこっちに攻撃を仕掛けてくる。操作型の妖なら、結界の中から外の木を操っておれ達を閉じ込められる。だが自分で攻撃してこない、操作型じゃない妖なら――一体どうやってこの状況を生み出してるんだ?」
「……!」
一鞘の言うことが呑み込めてきて、蒼はぶわりと鳥肌が立った。
せっかく1つ1つ、答えに近付けていると思ったのに。それが余計に、謎を呼んで自分達を雁字搦めにしていく。
(……落ち着け……)
前向きに考えようって、決めたばかりじゃないか。蒼はぎゅっと拳を握り、無理矢理深呼吸した。絶対負けたくない。
改めて決意している一方で、一鞘が顎に手を当てて考えながら口を開いた。
「この妖は、時間稼ぎをしていたんだ。おれ達を消耗させつつ、夜になるのを待っていた」
「……夜は、妖力が強まる時間だもんね」
「……正確には、本来の妖力を取り戻す時間」
蒼の相槌に、姫織がボソリと補足する。
「もしかして、この妖は弱ってたのかなぁ?」
「あ? 何でだよ」
「夜になるのを待ってたって……。高位の妖だったら、夕方でも全然動けるよなぁと思って。ほら、あたし達が閉じ込められたのだって、夕方だったし」
「……その可能性もあるが、本体が弱い妖は用心深いヤツが多い。だから、確実におれ達を喰える時まで待っていたってのもあり得そうだ」
「……高位の妖は、単純な強さだけじゃなくて、賢さも含まれるから」
「くそっ、本当に小賢しい真似してきやがって」
毒づく一鞘の言葉に、ふと引っかかるものを覚えた。……それは、ここに落とされる前にも思っていたことで、
(……この妖って……、賢いよね?)
ものすごく計画的で、頭がいい。高位の妖らしく。蒼達を閉じ込めて、すぐに殺すのではなく、適度に追い回して体力を消耗させた。そして時間を稼いだ。自分にとって優位な、夜の時間になるまで。自分の弱点である火の呪力の対策までしてある。
「……ねぇ、姫織」
「……何」
「森の中にあるしめ縄の結界には、魔寄せがしてあるかもって言ってたよね?」
「……ん」
姫織がコクリとうなずいた。
「それで、興奮状態にするーとか何とか……」
「……魔寄せの力を強めたり弱めたりして、中に放す妖の強さを調整する」
「そうそれ! ……それなんだけど、」
蒼はあたりを見渡してみる。苔むしたまぁるい空間。恐らくは地下深く。完全に閉じ込められ、地面中央の不気味な巨大口からは消化液が絶えず溢れている……。
「これって……、興奮してるのかな?」
脇で聞いていた一鞘が、ハッとしたように顔を上げた。
「一鞘が言ってたみたいに、この妖はあたし達が地上にいた時は、時間を稼いでいたんだと思う。適当に攻撃して、こっちの体力と呪力を削って、夜になるのを待って」
夜は妖力を高めてしまう。いや、本来の力を発揮できる時間帯と言った方が正しいか。そして夕方――黄昏時は、逢魔が時とも言う。昼と夜の境目。そこには、魔が潜むという。
(妖にとっては目覚めの時だって、お父さん言ってたな)
そんなことを、ちらりと思う。
「でもそれって、興奮してるっていうより、むしろ冷静過ぎるような……」
とは思うものの、それは人間である蒼の感覚だ。
「あっ、でも妖の興奮ってまた違うのかな⁉ それとも、学術的? にはまた違うことを言ってるとか……。ごめん、そのあたり全然分かんなくて……!」
「――それだ」
「へっ?」
唐突に落とされたつぶやきに、蒼はきょとんと瞬いた。見れば一鞘が、こちらを穴が開きそうなほど見つめているではないか。いつも隙のない、どこか鋭い目をしているというのに、今はもっと10代の男の子っぽい、無防備な顔をしている。
(……こんな顔もするんだ……って、いやいや!)
何を見惚れているのか。いや見惚れてなどいないのだが、
「蒼、でかした」
「へッ⁉」
ズカズカと歩み寄ってきた一鞘に、両肩を掴まれた。まっすぐ過ぎる称賛に、さらにギョッと目を見開く。そんな蒼の様子を気にせず、一鞘は蒼の肩を2,3回軽く叩くとすぐに離れた。そうして、蒼と姫織とを、強い光の宿った目で見た。
「森にあったしめ縄の結界に施されてたのは魔寄せじゃない。――龍脈除けだったんだ」
「……!」
息を呑んだのは、姫織だった。いつもは伏し目がちな瞳を、大きく見開いている。珍しいその様子に目を奪われつつも、蒼は一鞘に尋ねた。
「えーっと、龍脈除けってことは……」
「その名の通り、龍脈の力を通さない結界だ」
そうだろうなとは思っていたものの、まだピンとこない。
「おれは結界が破られたか、結界の内部から森を操っている妖がいるんだと思ってた。……だが龍脈の影響が強い結界の外のものを操るのは、高位の妖ならできなくはないが、それでも進んではやりたがらない。だから結界が破られた可能性の方が高いだろうなって」
呪具はあんな分かりやすくぶら下がってるだけだしな、と一鞘が言う。
「何かのアクシデントで破られやすそうとも言ってたよね」
「あぁ。だが違う。結界は破られてなんかいなかったんだ」
「……やっぱり結界の中から、操ってたってこと?」
「半分正解だ」
「は、半分?」
思ってもみない答えに、蒼は呆気に取られた。
「おれ達が結界の中にいるんだ」
「……」
あたし達が。結界の中に。……いる。
(――いるッ!?!?!?)
ものすんごい時間をかけて理解したのち、蒼は目をかっ開いた。
「ちちちちちちちちょっと待って⁉ だってあたし達、森の隅っこに最初いたよね⁉」
「お前すごいどもり方するな」
そちらこそよくこの状況でそんなところに突っ込んでいられるなと言いたい。
「それに森の中にどんどん入ってったけど、しめ縄なんて……‼」
パニックになりながらそこまで言い募って、ハタと時が止まった。違う。止まったのは蒼だ。
(しめ縄……、あったっけ?)
……そうだ。しめ縄なんてどこにもなかった。あんなに森の奥にまで入ったというのに、どこにもないなんておかしい。
(それに、妖だったらあたし達を結界の中に入れたいよね?)
結界の中の方が、妖にとっては有利なんだから……。
「でも、だったらしめ縄はどこに……」
「おれ達の真下だ」
「……はい⁉」
またしても、とんでもないことを言われた‼
「妖は根を使って、しめ縄を地中へと沈めた。そして無数の根を使って、しめ縄をおれ達の真下へと移動させたんだ。……自分ごと」
地面が巨人に踏み荒らされたように足場が悪かったところがあるのを思い出す。本当はあそこに、しめ縄があったということか。
「……じゃあ、突然邪気が発生したのって……」
「あぁ。おれ達の真下に着いたから、準備完了ってことで妖力を発揮したんだろうな」
(……だから、突然邪気が発生したように感じたんだ……‼)
「お前が、特に殺気には敏感だって言ってただろ。だから地中の根は攻撃以外の何かに使われてると思ってたんだ」
どうやら移動手段だったらしい、と一鞘が言う。蒼達が歩き回るのに合わせて、地中でもしめ縄の結界を移動させていた……。
(……すごい)
こんな状況の中で、思ってもみない答えに辿り着けるなんて。
「お陰で突破口が見えてきた」
「……え」
そしてまた、そんな突拍子もないことを言い出すのだ。この男は。
「恐らく、この妖は植物体なんじゃないか」
「植物体……」
その名の通り、植物に極めて近い体を持つ妖のことだ。本能のままに動き、他の妖のように感情や思考が豊かではない。しかし高位の妖であれば、その本能が非常に賢いのである。無意識に、緻密に計算している状態というか。
「植物体は、気配自体も植物に限りなく近い。だからお前でも感知し辛いんじゃないかと思った」
「……!」
確かにそうだ。しかもそこら中邪気だらけで、攻撃してこない地面の下になんて構ってられない。いざ集中してみても、植物だらけなのだから区別がつかない。蒼達が歩き回るのに合わせて本体も真下を同じように動いていたのなら、より感知し辛い。
ほーっと蒼が感心していると、
「なるほどな、妖探知器はこうやって使うのか」
「ひど⁉」
人権の尊重もへったくれもない言い草である。
「……もしかして、突破口って」
打ちのめされる蒼を無視して、姫織が一鞘に顔を向けた。あぁ、と一鞘が力強くうなずいた。
「――その結界を破る」
「――……‼」
今度こそ、蒼も目を見開いた。
龍脈除けの結界に囲まれてるから、妖は龍脈の影響を受けない。
「それでありがたい龍脈の力を、存分に浴びてもらおうじゃねぇか」
――本当に、この妖を倒すんだ。
そう実感した途端、言いようのない震えが体の奥底から湧き上がった。恐怖ではない。
(……武者震いって言うんだっけ。こういうの)
震えと共に湧き上がるのは気力とでも呼ぶものか。力がみなぎってくるのだ。すごく心が熱くなって、それが全身を駆け巡っていく感じ。
(……すごい)
今日何度、そう思っただろう。一鞘に対して。姫織に対して。そして今は、まだ戦える自分に、自分自身で。
「――そこでお前だ」
「えっ」
突然の名指しに、びっくりする。一鞘は当たり前のように「そうだ」とうなずいた。
「まだまだ働いてもらうからな妖探知器」
「だからひどっ⁉ ……それであたしは、何をすればいいの?」
「切り替えが早いじゃねぇか」
からかうように言われ、何故だが顔が熱くなる。
「お前には、結界の範囲を――いや、正確にはしめ縄の正確な位置を見つけてほしい。そんで引きちぎれ」
…………………………………何だか今ものすごいことを言われなかっただろうか。
(はい―――――――ッ⁉)
声に出さなかっただけ我ながらエライと思う。
「……って言い方だと、お前は頭真っ白になるんだろうな」
「……蒼が得意なのは、あくまで邪気の感知」
「えっ?」
肩をすくめる一鞘と、落ち着いた様子の姫織。蒼は、ぽかんとして2人を交互に見た。
「邪気が充満してるのは、あくまで結界内部だけの話ってことだ。だから――」
一鞘が真剣な眼差しを、こちらに向ける。
「――邪気の“淵”がどこか探してくれ」
「淵……?」
「邪気は本来煙や霧みたいに、遠ざかれば遠ざかるほど薄くなって、感じなくなる。……それはお前の感覚でも一緒か?」
「う、うん」
「だが龍脈除けの中にいるってことは、邪気が不自然に途切れてるところがあるはずだ」
――そこが“淵”だ、と。一鞘が言う。
その言葉はとても自然に蒼の感覚に当てはまった。
やったことはない。しかし、できると確信できた。
「分かった……。やってみる!」
蒼は目を閉じた。ゆっくりと、深呼吸を重ねる。
目を閉じて、より感覚を研ぎ澄ませた。水がどろりと溢れ続ける音が絶えず流れ続ける。しかし濃い邪気に意識を向ければ、その音さえも遠ざかっていく。
(……不思議だな。さっきまで、あんなにいっぱいいっぱいだったのに)
死が近付いているというのに、心が落ち着いている。邪気に、邪気だけに意識を向けていられる。
(……一鞘と姫織が、いてくれてるからかな)
感覚を広げる。自分を中心に、それこそ、あの不気味な口から水が溢れていくのと似たような感じ。水がじわじわと広がっていって、意識だけがどこまでも遠くに行くような。
そうして――見つけた。
「……!」
不自然に邪気が断絶した境目。ブツリと、そこで途切れている。そこから先はただの地面だ。ついでに、しめ縄の呪力までもが蒼の意識に引っかかる。1度捉えると、もう目を見開いてもどこにあるのかハッキリと分かってしまう。
「……あった‼」
「本当か」
「うん! しめ縄の位置も分かった!」
これには一鞘だけでなく姫織までもが目を丸くした。しかしすぐに一鞘は勝ち気な笑みを浮かべ、姫織は凛とした真顔になった。
「そうと決まれば反撃だ」
自分の手の平に拳を当てた一鞘が、蒼と姫織とを見渡した。
「――一気に叩くぞ」
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