黒薔薇染まる君を

第30話 暗闇と謎の本

人というものは面白いものである。

一人ひとり独立した意思を持ち、それによって進化しているのに、その個人の思想を限りなく平坦化し、規格品として扱う生態を持つ。

詳しく観察を進めれば、彼らがただ矛盾を孕んでいるのではなく、役割分担のようなものを意図せず取っていると思うかもしれない。

大衆は規格化された存在として、極少数はその大衆を動かすほどの進化を成すものとして。

まあ長々述べるのは今ではないだろう。現状大事なのは私が人類に対してある一定以上の興味を持ち合わせているということ。

だからこそ、気紛れも起こしたくなる。

人の世も気紛れというのは自身が思うより他の目につくというもの。

普段と違う道、早めの時間に外出する、いつもと異なる物を身に纏い、好み以外のものを食べる。

そういった非日常から物語は始まるものだろう?


だというのにそれが気に食わんと、人なぞ捨て置けと。

信仰なしに存在できぬ輩が何を言う。

それは信仰なぞ必要ない我が言うべきであろう?

そんなしょーーーもない話が神同士であっていいのか?

あっていいだろう。度が過ぎなければ。

我らは人の子であるのだから。


そう、気紛れに手にした玩具を奪われそうならば、隠すのも人の子がよくやっているではないか。

我らは人の子なのだから、その程度が許されない筈はなかろう?



「やあ」


目が覚めた。

いつもと違う目覚め。

床は冷たく、左手はただ床を這うだけ。


「……またか」

「あれぇ?僕とは初対面のはずじゃない?」


目を開ければ見知らぬ人影。

そしてここは何処なりや?


「誰だお前」

「お前だなんて刺々しいなぁ」


前もこんなことがあった。

けど今は記憶がはっきりしている。


「あそこから助かる未来が思い浮かばないんだけど」

「それはそうだね、現実はこの通り」


その人は両手を広げ、私に周囲を見ろと促す。


「病院にしては暗いな?」

「病院じゃないからね」


真っ暗である。


「まあ、今は何も無いんだけどね、ここ」

「今は?」

「ここは図書室だよ、僕専用のね」


図書室?

棚一つ無いのに?

そう思っていると、目の前の変人がどこからか本を取り出し、積み上げていく。


「ここは本来こうやって本を山積みにする所なんだよ」

「ただの書斎では?」

「んーや、ここの蔵書数は一千億を超える」


この何もなさそうな空間にそれだけの本を床置き?

身動き一つ取れなさそうなもんだけど。


「だから図書館を作ったんだよ、少し前に……いや、作ったばっかり?」

「……あんた地獄の門番にゃ見えないけど、閻魔か何か?」


そう聞くと腹を抱えながらくるくる宙を漂い始めた。馬鹿笑いしながら。


「閻魔!閻魔かぁ……!ある意味そう呼ばれてる存在に近いかもしれないけど、僕は生憎人の世の罪に罰を下す趣味はないねー!」

「じゃあ何なのさ」


笑いを堪えるのに必死になりながら、答える。


「君らの言うカミサマみたいなもんだよ、名前すら無いけどね?」


自称神様。

それも名無し?


「何、新参?」

「どうだろうね、それは僕にもわかんないねぇ」


自分すらはっきりしてないのか?


「他の奴らってさぁ、人が偶像を持って顕現するんだよね」

「……どういうこと?」

「人に作ってもらってるんだよ、自分を」


作ってもらう?

神が?人から?


「まぁまぁ、神ってのは人が居ないと存在してないんだよ」

「神話によっては、人は神に作られたとか聞くんだけども?」

「人が居なければ神は存在しない、この事実は変わらないんだよ」


私は神というものについてはさほど興味はない。

というか、こんな世に神なぞ存在していてたまるかと思っているからで。


「神も霊も人の偶像を形取った存在でしかないんだよ」

「そう言われると付喪神だとかそういうものみたいな……」

「あながち間違いでもないんじゃないかな?」


人が神の親であるなら、子もまた親と同じ事をしてもおかしくない。


「人間って面白いよねぇ」

「そうか?」

「劇中劇ってあるじゃん」


いきなり何だ?


「ああ、とりあえずこの本でもちょっと読んでみてよ」


分厚いカバー……革?の本を手渡される。


「……読めんが?」


真っ暗ですもの、ここ。

と思ったらゆびぱっちん。紙面を照らしてくれた。


「真っ白だが?」

「今の君にはそう見えてるのかー」


なんなんだこいつ。


「じゃあこういうのはどうだろう?」


手を叩き、急に床が消える。


「うおっ……あれ?」


持っていた本に文字が浮かび、読めるようになっている。

内容は……?


「はいストーップ」


本を取り上げられた。


「やっぱりこっちに引き込んだ時かー」


本の内容、全然読めなかったけど、『やっと泣いてくれた』と書かれていたのは見えた。


「何の本?」

「まだ秘密」


なんなんだこいつ。


「あー、せっかくこっちに来たんだしまぁゆっくりしていってよ」

「はい?」

「餞別おいとくねー」


どさっ、という音と気配の消失。


……私これから何すればいいの?

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